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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第十三話 今なお彼らを縛るのは

 呪われているのは慎だったのか、彼の幼馴染たちなのか、それともアタシなのか。

 目の前が真っ暗になったかのような感覚は、数年前に味わったものとよく似ていた。自分が道のど真ん中で立ち止まっていたことに気づいて、慌てて道の脇に避ける。壁に背を預け、アタシはどこか呆然と、ほんの数秒前に切れたばかりの携帯を見つめた。

『落ち着いて聞いてね、柚希ちゃん。……咲月ちゃんと真澄君が、亡くなったらしいの』

 今にも泣きそうなほどに震えた、義母さんの声を思い出す。……いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない。

「……落ち着いた方が良いのは、義母さんの方でしょうに」

 深く嘆息し、アタシは唇を噛んだ。力を入れすぎたのか、血の味こそしなかったもののじわりと痛みが広がる。そう、それくらいでちょうどいい。慎の前でしか泣かないと、あの日誓ったのだから。

 驚きはあったし、哀しくもあった。倉橋はともかく、咲月の方は仮にも一番仲の良かった相手なのだ。哀しくないわけがない。けれど何故か、今のアタシは不思議なほどに落ち着いていた。ただ悔しさだけが、そして自分への怒りだけが、胸を埋め尽くしていたから。嫌な予感は、していたのだ。慎のときにもあった、妙な胸騒ぎ。それなのに――

 また間に合わなかった。

 また、何も出来なかった。

 それなのにアタシには、自分を責めることも、あの子たちを責めることも出来ないのだ。だってきっと、慎はそれを望まない。彼の遺志を継ごうと、慎の周りの人たちを彼の代わりに支えようと、あの日の誓いを後悔なんてしないけど、それでも。

 慎が命と引き換えにしてまで守ろうとしたものを、こんなにもあっさり失ってしまうなんて、あってはいけないことだったのに。

 一度だけ、嘆息する。渦巻く色々なものを吐き出すように、深く、深く。

「義母さん、相当ショック受けてたわよね。早く帰らないと」

 そして力ない笑みと共に、そっと呟く。

 浮かべた表情とは裏腹に……ふと手元を見下ろすと、携帯を握りしめる手は、力を入れすぎて白くなっていた。


 ◆◇◆


「見つけた! ねえ、ゆ――リザ、今は暇よね? ちゃんと治癒の塔で確認したもの、暇でしょ?」

「……今度は何よ」

 数日前と同じように駆け寄ってくる銀髪の少女に対し、あたしは露骨に顔を顰めた。それにも構わず、クレアもまたどこかムッとしたように手を引いてくる。……今日は、ハーロルトの方はいないのか。それはそれで、珍しい。

「話があるの! この間訊けなかったから。とにかく来て!」

「ああ、道理で今日は仕事が少ないと思ったわ。王女に言われちゃ、いくら治癒の塔の人間でも逆らえないでしょうね」

 権力乱用にもほどがあるわ、と吐き捨てる。そのせいかは知らないが昨日は普段の何倍も動き回ったせいで、ろくに寝てもいないのだ。今日くらいはちゃんと休みたかったけど、どうやらそれも無理か。あたしの言葉が聴こえたのか、クレアは驚いたように目を丸くすると、僅かにその顔を歪めた。

「だって……柚希の方が、大事じゃない」

 それは違う。前世むかしならそれで許されたかもしれないが、今の彼女は王女という身分にあるのだ。シリルほどではないにせよ、国のことを一番に考えなければいけないのは、彼女だって同じはず。そう思ったものの、口には出さなかった。今のクレアに言ったところで、理解は出来ないだろう。

「それより行こうよ、ちゃんと部屋は確保してあるの」

 あたしが黙り込んだのをどう受け取ったのか、クレアは笑顔に戻って再び手を引いてくる。あたしは深く嘆息すると、後ろで会話をじっと眺めていたキースを振り返った。

「仕方ないから、ちょっと行ってくるわ。今日はもうさっきの騎士で終わりだったはずだし、解散にしましょ」

「……分かった」

 僅かに頷き、キースはくるりと振り返って、危なっかしい足取りで歩いていく。とはいえ、奴にとってはそれが普通なのだから、あまり心配はしない。クレアはそうは思わなかったようで、彼の背を見送りながら小首を傾げるものの、すぐにあたしの方に向き直った。

「じゃ、行きましょ。あっ、逃げないでよ?」

「王女様の命令無視して逃げられるほど偉くないわよ、あたし」

 その言葉に、クレアは不服そうに顔を顰める。しかし何も言うことは無く、彼女はあたしの手を掴んだまま歩き出す。向かう先はクレアの部屋かと思ったのだが、意外なことにそこは通り過ぎ、辿り着いたのは普段は目に留まらないような小さな扉の前だった。

 小さく刻まれた、魔法陣のような紋様。それを確認し、クレアはノックもせずに扉を開ける。途端、呆れたような声が中から飛んできた。

「ノックくらいしようよ、クレア」

「だって、どうせここに来るのって私と柚希しかいないでしょ? 中にいるのだってシリルと真澄だけじゃない」

「そういう問題じゃなくて……ハルも何か言ってやってよ」

「あー……俺ほら、こいつに色々言えない立場だしなぁ今」

「こういうときばっかりその言い訳だね」

 クレアとよく似た少年は疲れたように嘆息すると、あたしの方を振り返って僅かに苦笑を浮かべる。……ああ、その表情から察するに、すぐには終わらないんでしょうね。

「すみません、リザさん。忙しいのに、無理に呼んでしまって」

「あんたもね。こんなところで油売ってていいの?」

「良くは無いんですけど……」

 困ったように首を傾げ、シリルは今まで読んでいたらしい本を閉じる。それを確認して、あたしは呑気にハーロルトの隣に座ったクレアを睨んだ。

「で、何の用?」

「偉そうだなお前」

「真澄ったら、余計なこと言わない! とにかく座ってよ、柚希。あ、ごめんねシリルも一緒で。私はいいって言ったんだけど、シリルが」

「この部屋を使いたい、って無理を言ったのはクレアだろ。父上でも余程のことが無い限り使わない部屋なのに」

 嘆息する少年を見て、部屋に刻まれた魔法陣の意味を知る。恐らくそういう、密談なんかを交わすために作られた部屋なのだろう。しかしそんなシリルに対し、クレアは頬を膨らませた。

「あるものは使わなきゃ勿体ないじゃない。あ、それでね柚希っ」

 渋々クレアの正面に座ったあたしを、彼女は不満げな表情のまま睨んでくる。厄介なことになりそうだ、という予感は、次に放たれた言葉で確信へと変わった。

「どうして教えてくれなかったのよ、慎のこと!」

「……何が?」

 一瞬だけ、息が止まる。予想はついたものの、何とか掠れた声でそう返した。クレアはムッとしたように目を細め、身を乗り出す。

「慎がウィクトリアにいるって……そんな大事なこと、どうして黙ってたの? シリルに口止めしたのも柚希なんでしょ、どうしてそんなこと」

「……あんたたちに話したところで、意味ないじゃない。何も出来ないのは一緒でしょ、余計な心配かけたくなかったのよ」

 そう、それも本音だ。幼馴染とその恋人をこれ以上混乱させたくなかったし、心配をかけるのも避けたかった。前世のことを思い出して、どう整理すればいいかも分からないだろうと、ようやく整理出来てきたのだろうと、そう思っていたから。愚かにも、あたしもまた二人のことを心配してしまっていた、けど。

「何よそれ! 何も出来なくても、知る権利くらいあるはずだわ! 柚希やシリルが知ってるのに私たちだけ知らないなんて、そんなの!」

「おい、咲月――」

 戸惑うように制止しようとするハーロルトを振り払って、クレアはほとんど叫ぶように言葉を続ける。

「嫌! 小さい頃からずっと知ってるんだよ、柚希が慎に出会うより、ずっとずっと前から知ってた! 慎は柚希だけのものじゃないわ、私たちの幼馴染なのよ! 大事な幼馴染の心配くらい、させてくれたっていいじゃない!」

 その言葉に、あたしはこれ以上ないほどに目を見開く。――ぷつん、と、何かが切れる音がした。

「……だれ、が」

「え?」

 絞り出した低い声に、クレアはきょとんと首を傾げる。その表情すら腹立たしくて、あたしは思いっきり彼女を睨みつけた。

「誰が、幼馴染よ」

「……柚希?」

「違うって、言ってるでしょう!」

 拳を机に叩き付け、同時に勢いよく立ち上がる。椅子が立てた大きな音に、テーブルの上の食器が揺れた音に、怯えるようにクレアが肩を竦め、あたしを見上げた。深い青の瞳を、あたしは冷たく見下ろす。

「あたしはリザよ、柚希じゃないわ。彼だってそう。今の彼はジルであって、慎じゃない」

「……で、でも、記憶があるなら、変わらないじゃない」

 泣きそうな顔で、けれど少女はあたしを見上げて反論してきた。……その言葉はただ、不快なものでしかなかったけど。

「慎や柚希にだって、前世の記憶はあるんでしょ? だったら、違わないわ。柚希は柚希よ」

「違う」

 驚いたようにやり取りを見守る少年二人など、最早眼中には無い。ただ目の前の少女一人だけに、あたしは憎しみすら籠った視線を向けた。

「加波慎は死んだわ。とっくの昔に。あんたたちは、それを一番よく分かってるんじゃなかったの?」

「……っ」

 その言葉に、ショックを受けたように目を見開いたのはクレアだけでは無かった。黙って話を聴いていたハーロルトもまた、悔やむように唇を噛む。残されたシリルはというと、僅かに眉を顰め、心配そうにあたしを見ていた。……あんた、そこは妹や親友を心配しときなさいっての。

「それは、……だから、もう一度この世界で出会えたから、今度こそって」

「今度こそ、何? 前世は前世よ。幸せだった頃をもう一度、なんて、いくら願ったって叶いやしないわ。慎だけじゃない、吉良咲月も、倉橋真澄も、遠い昔に死んだのよ。柚希だってそう、あたしはそれを、一番よく知ってるもの」

 毎晩、思い知らされるから。そう呟いた言葉に、ハーロルトが訝しげに眉を顰める。しかしクレアは何とも思わなかったのか、再び口を開く。

「でも、柚希――」

「……ここまで言っても、まだ分からないわけ? もう解放して欲しい、って言ってるのよ」

 なおも紡がれる、かつて捨てた名前。ついさっき彼女に覚えた燃えるような怒りが、すうっと冷めていくのを感じた。

「解、放?」

「確かに、慎と咲月は幼馴染だったわ。でもそれは前世での話でしょ、今は違う。今のあんたたちは、一国の王女とその教育係でしかないわ。あたしとあんたに至っては、ジルを介して知り合っただけの他人でしかない」

「あ……」

 泣きそうだったクレアの顔が、更に歪む。まるで突き放されたかのような、捨てられたかのような、そんな表情に。ああ、だけど、気付いていないはずがないのだ。

「それでもあんたたちが彼を慎と呼ぶなら、それは――慎に対する冒涜だわ」

 それも、最大限の。そう吐き捨てて、足早に扉の方へと向かう。扉に手をかけたところで、あたしは一度だけ立ち止まり、深く嘆息した。振り返ることはせず、呟くように言葉を放つ。

「……まだそんなことを続けるつもりなら、もう二度とあたしたちの前には現れないで。これ以上、その言葉でジルを縛らないで。……お願いだから」

 返事が返ってくるより先に扉を開け、外に出る。少し歩いたところで、唐突に足から力が抜けた。

 その場に膝をつき、あたしはそっと頭に手を当てる。……クレアの言葉に、自制が効かなくなって叫び返した辺りからだろうか。頭の痛みは明らかに増していて、あと少しでも長くあの部屋にいれば気付かれていたかもしれない。その点は、よく耐えたと自分を褒めても良いだろう。

 ……いや、そんなことを言ってる場合じゃない、か。ここで誰かが通りかかって騒がれでもしたら、それこそまずい。間違いなく原因は疲労辺りにあるのだが、言って聴いてくれるような人たちでもないだろう。この城の人間は、良くも悪くもお人好しばかりだから。何とか自室に戻ろうとするが、足に力が入らないせいで立つこともままならない。どうしようか、と嘆息したところで、視界に影が映った。

「っ」

「……平気?」

 反射的に見上げると、予想に反して、立っていたのはぼんやりとした無表情の青年。言うまでもなく、キースである。

「何でいるのよ」

「調子……悪そうだった、から。……歩ける?」

「……無理」

「だと、思った」

 表情一つ変えずに首を傾げ、キースはひょいとあたしを抱え上げる。……いや、何でお姫様抱っこなのよおかしいでしょう。あたしが動揺しているのが分かったのか、キースはあたしを見下ろし、僅かに目を細める。

「荷物、抱えるみたいに……持って行っても良いなら、そうする、けど」

「……こっちでいいわ」

 城の中で担がれるのは勘弁願いたい。深く嘆息すると、あたしは僅かに顔を顰め、歩き出したキースを見上げた。

「ジル以外は眼中にないんだと思ってたわ、あんた」

「喋るのは、平気……なの?」

「平気じゃない。これ聞いたら黙るわ」

「……そう」

 僅かに頷き、キースはぽつりと呟く。

「あんたに、何かあったら……ジルが、哀しむから。だから、出来るだけ……気にかけとこうと、思って」

「ああ、そういうこと」

 結局ジル本位なのは変わらないけど、前世むかしじゃ考えられないほどの進歩だ。そう、間違いなく、一番変わったのはキースなのだろう。

 ……これくらい変われたら、きっとこんなことで悩みはしなかったのに。徐々に遠のく意識の中で、薄っすらとそんなことを思った。


こんばんは、高良です。シリアス回になると途端に筆が進みます。いつもシリアスとかそんなの気のせいです。


前半は咲月と真澄が死んだことを知った柚希。どんなにショックでも哀しくても泣きたくても、彼女は慎が死んだとき、強く生きると誓ってしまったのです。

後半はそんな彼らの転生後。再開以来じわじわと深まっていた、リザとクレアの溝。クレアの気持ちが理解出来ても、ジルの苦しみを知る彼女には、それを許すことは出来ませんでした。

ところで初の御姫様抱っこなのに相手がジルじゃなくキースなんですけどどういうこと。


次の次辺りからようやくジルの方も動き出す、予定です。


では、また次回。

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