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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第十二話 されど壁は厚く高く

「二人目?」

 最近じゃ大抵のことには動じなくなったアタシだったが、これには流石に絶句する。そんなアタシを面白そうに見ながら、義母さんは首肯した。

「ええ。学校の無いときは柚希ちゃんがいてくれるけど、それでも寂しいときは寂しいもの。……咲月ちゃんたちも、もういないし」

 義母さんの言葉に、アタシはそっと唇を噛む。親友とその恋人が突然命を落としたのは、数か月前のことだった。あと一年半もすれば大学を卒業する、そんな秋の出来事。当時巷で騒がれていた通り魔に襲われて、即死だったと聞く。……アタシはまた、何も出来なかった。全てが終わった後で、悔やむことしか。慎以外の前では泣かない、その誓いを破るわけにはいかなかったし、やっぱり周りが心配で、アタシまで哀しむわけにはいかなかったけど。寂しい、というのは、アタシだって否定できない。

 それでも、義母さんの言葉には引っかかるものがあった。

「……生まれてくる子を慎の代わりにする、ってこと? それなら、悪いけど賛成は出来ないわよ」

 アタシの声が僅かに低くなったのに気付いたのか、義母さんは苦笑交じりに首を横に振る。

「違うわよ、そうじゃないわ。違うけど……何て言ったらいいのかしら、説明出来ないわ。とにかく、寂しいのよ」

 困ったように頬に手を当てる義母さんを見て、アタシは僅かに――彼女に気づかれないほどに小さく目を細める。

 彼女は説明出来ないと言ったけど、分かってしまった。義母さんが欲しがっているのは、足りないと思っているのは、血の繋がりだ。実の娘でも何でもないアタシがどれだけ傍にいたって、義母さんの寂しさが消えることはない。……分かっている。アタシも、同じ孤児院で育った他の奴らも、その寂しさを覆い隠して生きてきたのだから。

 小さく嘆息すると、アタシはまた義母さんの方を見た。

「なら良いわ。でも、大丈夫なの? 義母さん、確か慎を産んだとき十六だっけ。それでも、二十年くらい前じゃない」

「あら、平気よ。それを怖がってちゃ始まらないわ」

「……そっか」

 彼女の言葉に、ほんの僅かに微笑む。本当はまだ少しだけ不安が残ってはいたけど、それでも反対などさせないほどの説得力が、義母さんの一言にはあったのだ。

「なら、アタシも反対はしないわ。義弟おとうとでも義妹いもうとでも、ちゃんと可愛がりに来るから安心して」

「まぁ、強敵ねぇ。実の両親より義姉あねの方に懐かれちゃったらどうしようかしら」

「じゃあそれが目標ね。孤児院育ち舐めないでよ」

 自慢じゃないが、年下の面倒なら見慣れているのだ。悪戯っぽく笑いながら、アタシは心の中で、密かに決意を固めていた。

 ……あの慎の妹で、この人たちの子だ。何もしなかったら、恐らく彼のように育つだろう。周りのことばかり考えて自分のことなんて後回し、そんな優しすぎる人間に。だから……そうさせてたまるか、と。


 ◆◇◆


「あーっ! ゆっ……リザ!」

 背後からの叫び声に振り返ると、ついてきていたキースの更に向こう、銀髪の王女がこっちを指差していた。隣には金髪の王子の姿。この二人がシリルにくっついていないのが意外と言えば意外だが、あいつはあいつで忙しくしている――というか、むしろあたしがさせているのだ。こいつらの相手をしている暇はないだろう。

 顔を顰めるあたしに構わず、彼女は傍らの少年を置いてずかずかと近寄ってくる。あたしは深く嘆息すると、目の前で止まった少女に向き直った。

「女子としてというか、王女としてそれはどうかと思うわ、クレア。マリルーシャに怒られるわよ」

「そんなこといいから、ちょっとこっちに来てっ!」

 嫌だという暇もなく、腕を掴まれる。引っ張られるままに廊下の隅に移動しながらちらりと見ると、追いついたもののどうすべきか迷ったのだろう、ハーロルトがキースの隣で戸惑うように顔を顰めていた。

「……うん、ここまでくれば聴こえないかな」

「一体何の用なの? あたし、忙しいんだけど」

 呟いて立ち止まったクレアを、あたしは睨むように見上げる。彼女は一瞬怯んだものの、すぐにムッとしたように反論してきた。

「忙しいんだけど、じゃないわ。一体どういうことなのよ、柚希!」

「何が?」

「慎がウィクトリアにいるって……アネモスが苦戦してるのは、慎が向こう側についたからだ、って。シリルに聞いたのよ、いざとなったらお父様は慎のこと見捨てる気だって!」

 信じたくないような表情で、しかし少女は訊ねてくる。その言葉に、あたしは目を見開いた。そういえばリオ様からもそんなことを――ハーロルトも似たようなことを言っていたと聞いたが、そこまで知っているとは思わなかった。出来ることなら、今のこの子たちには伝わってほしくなかったのに。

 そんなあたしの反応を肯定と見たのか、クレアは絶句する。

「嘘……それじゃ、本当に?」

「あんたがそれを知ってどうす――」

「だったらどうしてこんなところにいるの、柚希!」

 嘆息交じりに突き放そうとした言葉は、彼女の叫び声に掻き消された。クレアはハッと気づいたようにキースとハーロルトの方を伺うと、彼らが気付いていないのを見て安堵するように表情を和らげる。……しかしあいつら、何でまた無言で睨み合ってるのよ。キースはともかく、この二人には彼のことは話していないのだから、ハーロルトもキースの前世のことは知らないはず。

 そんなことを考えていると、クレアがずいと更に一歩近づいてくる。

「どうして? どうして慎のこと説得しに行かないの柚希、治癒の塔で走り回ってる場合じゃないでしょ? あの人――キースさんだってそう、柚希が一緒にいなきゃいけないわけじゃないわ。誰か他の人と組んでもらって、柚希はウィクトリアに行くべきじゃないの? 慎がこの国を裏切るなんて、絶対あっちゃいけないのに」

 咄嗟に飛び出しかけた反論を、唇を噛むことでどうにか抑え込む。代わりに、自分でも驚くほど低い、まるで呻き声のような呟きが漏れた。

「……アネモスの人間を助けてないであいつを助けろ、っていうのね。あんたたちを護るために戦ってる騎士たちをみんな見捨てて、代わりに何の策も無いまま敵国に飛び込めって」

「っ……そ、そういうわけじゃ」

 途端に勢いを失くしたクレアを見て、あたしはそっと目を細めた。

 知らないことは、罪だ。知らせないあたしにそれを指摘する資格はないけど、それでも確かに、何も知らないことは罪なのだ。ジルのことだけではない、転生の意味も何も知らないことこそが。それが、ジルを苦しめていたというのに。

 腕を掴んでいたクレアの手を振り払い、見下すように少女を見る。親友同士だったのは、あくまでも柚希と咲月なのだ。あたしとクレアはただ擦れ違っただけの、殆ど他人に近い知り合いでしかない。そんなことすら、この子は知らない。指摘する気にも、今はなれなかった。

「あたしだって、助けに行きたいわ。だけど、考え無しに行ったところで、負けてジルを脅す材料にされるだけ。同じ過ちを繰り返すのは大嫌いなのよ、あたし」

 だから関わらないで、と冷たく言い放ち、背を向ける。小さく呼び止めてくるような聞こえたがそれは聞こえないふりをして、あたしはキースのところまで戻った。

「……終わった?」

「ええ、待たせたわね」

 首を傾げる青年に嘆息交じりに答えて、その隣に気まずそうに立つ少年に視線をやる。ハーロルトはびくりと肩を震わせると、不機嫌そうにあたしを見下ろした。

「何、あんたも何かあるわけ? クレアにも言ったけど、あたしたちは忙しいの。用があるなら手短にどうぞ」

「別に……何でもねえよ」

 眉を顰めてキースを凝視し、彼は首を振ってクレアの方へと駆けていく。その背をぼんやりと見ながら、キースはぽつりと呟いた。

「ちょっと……怪しまれた、かも」

「怪しまれた? あんたの前世のこと? 悠だったときも別にあの子たちと親しくはなかったんでしょ、黙っていればばれないんじゃなかったの?」

「そう、思ってた。多分……向こうも、確信してるわけじゃ、ない……と思う」

「ああ、だから『怪しまれた』なのね。睨み合ってなかった?」

「……俺は、睨んでない。一方的に、睨まれた、だけ」

「そう」

 抗議するようなキースに頷きを返し、二人が去っていた方向を見つめる。ジルを殺しかけたこともあってか、あまり目立つようなことはしなくなったらしいが、クレアよりもハーロルトの方が勘は鋭いはずだ。いくら前世むかしから親しくなかったとはいえ、面識が無かったわけではない。どこかで会ったような、という既視感でも覚えていたのだろう。

 どちらにしろ、今それを考えたところで意味は無い。気を取り直して、あたしはくるりと振り返った。

「じゃ、あたしたちも行きましょ。そろそろ回復したでしょうね」

 元はといえば、魔力を使いすぎて倒れかけたこいつをどうにかしようと食事を取りに来たのが原因なのだ。その意味も込めて軽く睨むと、キースは無表情のまま首を傾げる。

「……多分」

「また倒れても今度は介抱しないわよ」

 予想は出来ていたものの、不安を誘うその答えに、あたしは深く嘆息した。


こんにちは、高良です。もうしばらく五日おき更新が続きそうです。辛い。


というわけで、今回もジルはさておき。

前半は大学三年になってしばらく経った柚希。咲月や真澄の死から少し後の出来事です。ここで慎の母が決意したことが、のちに大きく関わってくるのですが……そちらは今は置いておきましょう。

後半は久々に登場のハルクレ、というか主にクレア。最初から前世の記憶を持っていた三人と、途中で取り戻してしまった二人。その違いはあまりに大きく……


では、また次回。

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