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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第十一話 王に従い王に逆らい

「シリル様、陛下がお呼びです」

「父上が? ……分かった、すぐ行くよ」

 不意にかけられた言葉に、僕はペンを置き、立ち上がった。ずっと座っていたせいか、体が僅かに悲鳴を上げる。苦笑交じりにあちこちを伸ばすことでそれを解消しつつ、ちらりと今まで向き合っていた書類の束を眺めた。

 またいくつかの『遺跡の町』が落とされたものの、アネモス側の死者は――特に騎士で命を落とした人間は、驚くほどに少なかった。……場所も戦略も、恐らく先生が指示したのだろう。ウィクトリアの戦いぶりは僕たちから見ても見事なもので、今のところアネモスは全敗だった。

 犠牲になったのは殆どが戦う能力の無い町の住人たちで、剣を取った人間は全員生き残っている。しかし、アネモスの戦力自体は着々と減っていた。理由は簡単で、例の騎士たちと同じように、当分……いや、もう二度と戦場に復帰できないような怪我を負わされていたせいである。腕や足、特に腕を切り落とされた者はかなり多く、また敵が見せてきたという幻覚のせいで戦意を喪失した騎士も多い。恐らく、それがかの国の……人の心、というものをとことん利用するウィクトリアの戦法なのだろう。

 もちろん、まだ戦えると主張する騎士もたくさんいる。けれど、そうではないのは僕にも分かった。問題は戦争が始まる前にこっそり引き抜いておいた数人の騎士たちまで戦いたいと言い出したことで、こちらは僕がどうにか説得しなければいけないだろう。

「それにしても、突然どうしたんだろう。何か言っていた?」

「客人が来るのだと、それしか……シリル様と直接の関係はないようで、忙しいなら無理はしなくていい、とも仰っていましたが」

「いや、行くよ」

 心配そうな騎士に向かって首を振り、僕は部屋を出る。ついて来ようとする彼に、僕はにっこりと微笑んだ。

「城の中なんだから大丈夫だよ。ここにいて」

「はっ。……少々、お疲れのように見えます。あまり無理はなさらないよう」

「うん、ありがとう」

 騎士に背を向け、廊下を歩きだす。僕と直接関係がないなら、急ぐ必要は無いだろう。

 疲れるだなんて、と歩きながらさっきの会話を思い出す。僕の疲れなんて、疲れているうちに入らないだろう。もっと忙しい人はたくさんいるのだ。父上なんてその筆頭だし、リオネルもそう。別な意味での忙しさになるけれど、リザさんだって。無理をするのだってそうだ、今まで生きてきて、先生以上に無理をしている人に出会ったことは無い。……もっとも、あれは真似してはいけない類の無理、だけど。

 それでも僕なんてまだまだ頑張っているうちには入らなくて、ここで弱音なんて吐いてはいられないのだ。……ああでも、城の人たちに心配をかけない程度には休まないといけないかな。

 そんなことを考えているうち、気付けば目的地に辿り着いていた。どこに行けばいいのかは訊いていなかったけど、騎士は客人と言ったのだ。僕が知っている相手なら、名前を言うくらいはするだろう。父上は、初対面の相手をすんなり執務室に通すような不用心な人間ではない。それでは、王など務められない。

 ならば行くべきところは謁見の間くらいしかないだろう、と考えたのだが、それはどうやら正解だったようで、扉を叩くと中から父上の声が聴こえた。

「ああ、シリルか。入れ」

「はい。失礼します、父上」

 王座の脇に位置する小さな扉に手をかけ、中に入る。一礼すると、父が面白そうに僕を見た。

「無理はしなくてもいいと言ったであろう」

「それではまるで来るなと言っているように思えます、父上」

「来てほしくなかったんでしょ」

 突然聴こえた声に、僕は驚いて振り返る。王座からも僕からも少し離れたところで、壁に寄り掛かるように立つ少女。……間違えようもない、こんなに鮮やかな紅の髪の持ち主は、この城には一人しかいない。

「リザさん? どうしてここに」

「呼ばれたからよ」

 思わず問いかけた僕に、リザさんは僅かに呆れたような表情を浮かべて肩を竦めた。それはそうか、いくらリザさんでも、呼ばれてもいないのに国王と客人の謁見に同席することなど出来ないだろう。……出来ない、よね?

「呼ばれた? 父上が呼んだのですか?」

「ああ、そうだ。今から来る客人は、少々特殊でな。仕事の内容からしても、治癒の塔の人間と組ませるのが一番だろう」

「何故リザさんなのですか? 治癒の塔には他にもたくさん人がいるでしょう。ただでさえ忙しいでしょうに、これ以上……」

 無理をさせない方が、と言いかけた僕に、父上は僅かに苦い表情を浮かべた。

「余もそう思ったのだがな、治癒の塔で一番強い力を持つのがリザだ。仕方があるまい」

「……それほど難しいことなのですか? いえ、そもそも客人とは」

「失礼致します!」

「ああ、来たようだな」

 訊ねようとした言葉は、部屋の外に立つ騎士によって遮られる。父上が僕を見て、僅かに笑みを浮かべた。

「そこで聴いていれば分かるだろう。……入れ」

 張り上げられた言葉を聞いて、騎士が外から扉を開く。

 現れたのは、薄紫の瞳に同じ色の瞳の青年だった。その顔立ちはどこか中性的……というよりも女性寄りで、浮かぶのは不安定さを感じさせる、ぼんやりするような無表情。

 彼は静かに一度だけ頭を下げるとこっちに歩いてきて、部屋の中央より少しこちら側で立ち止まる。その視線がまず止まったのは父ではなく、紅髪の少女のところだった。

「……いると、思った、けど……何で、いるの」

「それはこっちの台詞だわ」

 表情一つ変えずに首を傾げる彼に、リザさんは顔を顰め、苦々しく吐き捨てる。

「あ、あの……リザさん、知り合いですか?」

 僕の問いに、彼女は不機嫌そうな表情のまま沈黙を保った。その様子を見て僅かに苦笑すると、父は青年に向き直る。

「『紫水晶の魔眼師』、キース=アメシストだな? 話は聞いているだろうが、単刀直入に話そう。アネモスは今、ウィクトリアと戦争中なのだが――」

「……戦場に、復帰、出来ない騎士が、多すぎるから……義肢や、義眼を作ってほしい、って。……あの、俺」

「義肢の方は専門ではないのは知っている。知っているが、そなた以上の者も聴いたことが無い。いれば是非教えてほしいものだな」

「……いない、と思う……思い、ます」

 試すような言葉に、彼――キースさんは首を傾げ、沈黙する。その視線が、僅かにリザさんの方に向いた。

 一瞬のうちに、彼らが何をやり取りしたのかは分からない。けれど少しして、彼は緩慢な動作で顔を上げた。

「義眼でも、義肢でも……作るのには、たくさん、魔力がいる、から。作れるのは、一日に、三つくらい、だけど」

「それでも構わん。では、引き受けてくれるな?」

 父の言葉に、彼は答えず、じっと父上を凝視する。やがて僅かに……本当に僅かに目を細めると、キースさんはようやく頷いた。

「それでも、良いのなら」

「感謝する、キース殿。……では、そうだな。そなたが滞在するのは治癒の塔になる。この城にいる間は、出来るだけそこのリザと一緒にいるように。仕事の際も、優秀な治癒魔法の使い手がいた方がそなたに負担がかからぬと聴いた」

「…………それは、……そう、です、けど」

「嫌なら早めに嫌って言っといた方が良いわよ、キース」

 リザさんが不機嫌そうな顔のまま、キースさんの方を見もせずに呟く。彼はなおも考え込むと、しかしゆっくりと首を横に振った。

「仕事……だから。それで、良い」

「……そう」

 その答えに目を細め、リザさんは壁に預けていた体を起こす。彼女はそのまますたすたと歩き出すと、キースさんを追い越したところで振り返った。

「だったら来なさい。ちょうど良いわ、話したいこともいくつかあるし」

「……俺も、訊きたいことなら、ある」

 すっ、と父上に一礼すると、キースさんもまた踵を返す。二人の足音が遠ざかったところで、僕はようやく息を吐いた。

 そんな僕に気づいたのか、父が僅かに笑みを漏らす。

「緊張していたようだな、シリル」

「はい」

 父の問いに、僕は素直に頷いた。両親と先生――最近はリザさんもだが、この四人だけは誤魔化せない。あ、リオネルとマリルーシャも、油断すると危ないだろうか。割と多いなぁ、弱点。

「父上。『紫水晶の魔眼師』って、あの……智の国の?」

「ほう、知っておったか」

 感心するように目を細める父に、頷きを返す。

「どの国の人でも、名の知られた人物は頭に入れておくようにと先生に言われましたから」

「……相変わらずジルの言うことだけは聞くのだな、お前は」

 一転し、今度は呆れるように、父上は嘆息。僕は少しだけ表情を引き締め、そんな父に向かって恐る恐る問いかけた。

「あの、父上。キースさんを呼んだということは――」


 ◆◇◆


「あの人、ジルを見捨てるつもりね」

 呟いた声が聴こえたのか、背後でキースが立ち止まったのが分かる。振り返ると、彼はいつも通りの無表情で首を傾げた。

「そう……それが、訊きたかった。賢者が、アネモスを裏切った、って……そんなはず、ないと思った、けど。ジル、いないし」

「そうね。あたしもそれを話そうと思ってたのよ」

 嘆息し、あたしはキースに向き直る。自分の口で説明するのはまだキツいものがあるが、そうも言っていられないだろう。

「噂の通りよ。ジルは今ウィクトリアにいて、あの国に手を貸してるわ。もっとも、それはジル自身が望んだことじゃないけど」

「……脅されてるか、何か? ……ああ、そっか。リザ、だ」

 何かに気づいたように声を上げると、キースはどこか確信するような口調で言った。

「リザを、人質にする、とか……アネモス自体を、とか。そうしたら、ジルは動けない」

「……ええ、そうよ」

 本当に、こいつはジルに関することとなると勘が鋭い。いやそれ以外でも頭は回るか、とあたしは顔をしかめた。

「あいつらは、従わなければあたしを殺すと言った。だから、ジルは従った。あんたの言う通りだわ」

「何で、そんな……脅される、ようなことに、なったの。リザは、ともかく……ジルが、そんな隙を見せる、なんて」

「言っておくけど半分はあんたのせいよ馬鹿」

 切れ気味に答え、あたしは再び嘆息する。

「正しくはあんたじゃなく椎名だけど、あんたが自殺なんてするから! キースのところにいたとき、ジルにそれを話したのよ。それからジルは少しだけ様子がおかしくて、限界だったのかは知らないけど、死にたいのは自分の方だとか、殺してくれだとか言い出して――」

「……それで、か。それでリザは、告白したんだ」

 納得したようにぽつりと呟いたキースに、あたしは硬直した。

「何で分かるのよ」

「それくらい、しないと……ジルとリザが、隙を見せるなんて、ないはずだから」

 言い切る彼に、あたしは嘆息する。……転生してジル以外にも目を向けるようになったのは良いけど、ちょっと向けすぎじゃないかしら。この洞察力が昔は慎一人に向けられていたわけか。

「……そうよ。今のジルに言っても逆効果なのは分かってたけど、つい」

「それで……ジルは、自分を責めて、リザも?」

「あんたそれだけ分かってるなら訊かなくていいんじゃないの」

 睨むようにキースを見ると、彼は首を傾げた。

「当たってるか、どうかは……分からない、し。……それで?」

「気付いたら幻覚の中に入ってて、そのまま得体の知れない奴らに襲われて、負けそうになったところでウィクトリアの王女に助けられた。そうね、今思えば奴らも、ウィクトリアに雇われたとかだったのかもしれないわ」

「それ、だけで? ……幻覚って、何を見たの」

「……柚希だった頃の、悪夢よ。死ぬ少し前のこと」

 ぽつりと呟くと、キースは僅かに不思議そうに目を細める。しかしそれで納得はしたのかそれ以上追及はせず、代わりに別な質問をしてきた。

「それじゃ、さっきの……国王が、ジルを見捨てようとしてる、って」

「ああ……あんたを招いたってことは、つまりそういうことでしょう。戦場に復帰出来ない騎士を、無理やりにでも復帰させる理由。そろそろアネモスも本気を出して攻め入るつもりじゃないかしら。そんなことしたら、向こうにいるジルがどんな目に遭うかくらい予想はつくわ」

「……むしろ、自分の手で、アネモスを滅ぼす方が……ジルは傷つきそう、だけど」

「ええ、どっちに転んでもおかしくないでしょうね。アネモスが優勢なら向こうでジルが殺されるか酷い目に遭うかだし、ウィクトリアが優勢ならジルがアネモスを滅ぼすことになる。どっちにしろ、あたしたちが望まない状況であることに変わりはないわ」

 黙ったままあたしを見るキースの、薄紫の目を見返す。

「いざとなったら、陛下はジルを見捨てる。それくらい、最初から分かっていたわ。だからあたしたちは――さっきいた王子と、それとジルの兄ね。あたしたちは、国王に逆らってでもジルを助けるつもりなのよ」

「……手を貸せ、ってこと? 俺が、味方になった、ところで……出来ることなんて、特に何もない、けど」

「ええ、それでも良いわ。そうね、最悪あいつらがまた余計なことしないように見張っててくれれば、それだけでも十分。話したでしょ、あの馬鹿二人のこと」

「……俺、あいつら、苦手」

 顔を顰めるキースに、あたしは呆れ顔を向ける。そもそも前世むかしもあいつらとはあまり関わろうととしなかったくせに、こいつは何を言っているのか。

「知ってるわよそれくらい。見張ってるだけで良いわ。協力、してくれるわね?」

「もちろん。……ジルを、助けるためなら」

 けれど訊ねたあたしに、彼は躊躇うことなく頷いたのだった。


こんばんは、高良です。五日おき更新すら破ってしまって心ぽっきりです。そろそろ更新ペースを速めたいものです。


そんなわけで、今回も舞台はアネモス。決して殺しはせず手足を奪う、そんなウィクトリアに対抗するため、国王はある人間を呼び寄せます。それはリザのよく知る、どこか歪んだ青年でした。

一人増えた味方。ですが状況は……


では、また次回!

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