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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第九話 隠した爪を明かす

 クラスどころか学校の中心にいた慎の死に、クラスメイトたちが受けたショックはどれほどのものだったか。その直後にもう一人のクラスメイトが命を落としたことも、彼らを大きく揺さぶっていた。後者は殆どクラスに馴染んでいなかったとはいえ、数日のうちに人数が二人減った、などそうそうあることでは無いだろう。

 そのせいか……彼らの死から一週間が過ぎると、学校中に、特にアタシたちのクラスには、異様な静けさが漂うようになっていた。

「……ったく」

 泣きそうな顔で身を縮こまらせ、身動きもしない少女を見つけ、教室の入り口で舌打ちする。つかつかとそちらに近寄り、アタシは僅かに笑みを浮かべて彼女の肩をとんと叩いた。

「おはよ咲月。倉橋はまだなの? 珍しいわね、あいつと別なんて。喧嘩でもした?」

「あ、……柚希」

 アタシに気づくと、彼女の顔は更に歪む。それに苦笑し、アタシは彼女の頭にそっと手を乗せた。

「そりゃアタシ、落ち込むなとは言わなかったけどさ。でも近づくたびにそう怯えられると傷つくわ」

「ご、ごめんなさい」

「謝るなっての」

 顔を顰めつつ、わしゃわしゃと彼女を撫でる。肩の辺りまで伸ばされた髪は、あっという間に乱れた。それに気づき、咲月は別な意味で涙目になる。

「あー、何するの柚希!」

「あんたがうじうじしてるからでしょ。ほら櫛貸したげるから」

「……柚希は癖っ毛の苦労を知らないのよ」

 頬を膨らませながらも、咲月は素直に差し出した櫛を受け取って髪を直し始めた。手は貸さずにそれを眺めていると、不意に横から声をかけられた。

「あの……宝城さん?」

 振り返ると、同じクラスの女子が二人。確か、女子の中では一番咲月と親しかったはずだ。そう思って彼女を見るが、咲月は絡まった髪と格闘を続けている。

 慎がいなくなってから咲月が心配で毎日学校に来てはいたものの、元々人付き合いは得意な方ではない。顔は見覚えがあったものの名前までは思い出せなくて、アタシは僅かに眉を顰めた。

「何」

「え、えっと、その、宝城さん、成績良かったよね? 今日の数学、私当てられるんだけど分からなくて……よ、良かったら教えてほしいな、って」

「アタシに?」

 そんなあたしの表情がどう映ったのか、喋っていた少女は怯えたように黙り込む。すると、もう一人がそれを庇うように慌ててぶんぶんと首を振った。

「あ、もちろん無理にとは言わないの、忙しかったら別にっ」

「……いや、別に良いけど。でもアタシ、人に教えるのは苦手だから。分かりにくくても知らないわよ」

 答えると、二人はぱあっと顔を明るくする。教科書は開いたまま持ってきたらしく、二人はすぐに机にノートを置くと、書かれた問題の一つを指差した。

「解き方だけ教えてくれれば大丈夫、後はちゃんと自分で考えるから! それで、ここなんだけど……」

 話を聴いていると、不意に横から視線を感じる。ちらりと見ると、咲月が驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。アタシと目があると、彼女は楽しそうに微笑んでまた髪を整え始める。……何か言ってやりたかったものの、親友のそんな表情を見たのは一週間ぶりで、だから結局許してしまうアタシがいた。


「もう、咲月も何で教えてくれなかったのよ!」

 教室の中から聴こえた声に、アタシはぴたりと足を止めた。今朝勉強を教えたクラスメイトの少女の声である。予想の通り、それに続けるようにもう一人の声も聞こえてきた。

「そうよ、あんなに怖がってたのが馬鹿みたいじゃない! すっごい教えるの上手いし分かりやすいし、そもそも噂と全然違ったし」

「ねー、もっと怖い人かと思ってた」

 ……自分のことを話しているのか、と気付くのに時間はかからなかった。咲月が教室で待っているというから用事を片付けてきたのだが、これはどうも入りにくい。

 その咲月はというと、どこか呆れたような声で答えていた。

「だって、言っても絶対信じなかったでしょー? 私だって仲良くなるまで知らなかったし、私が柚希と仲良くしてるときだってみんな遠巻きに見てるだけだったじゃない」

「いや、ほら……」

「……ねえ?」

 正直、気まずそうな二人に味方したい。アタシだって意図的に学校の奴らを避けていた自覚はあるし、慎みたいなのが特殊なのだ。

 そう一人頷いていると、不意打ちのように咲月の言葉が聴こえた。

「柚希は良い子よ。そりゃうちの学校にいたら不良っぽいけど、でも何だかんだで優しいし、何でも出来るし、凄く良い子」

「みたいだねー。今朝だって、私たちの頼みも聴いてくれたし」

「なかなか学校に来なかったの、何か理由でもあるのかな? 仲良くなりたいよね」

「ああ、それは……」

 言いかけた咲月の声を遮るように、勢いよく教室の扉を開く。予想はついていたが中にいたのはその三人だけで、全員が驚いたようにアタシを見た。

「柚希! 遅かったね? あ、もしかして今の聞い――痛っ!」

 とりあえず他の二人は無視してつかつかと咲月に歩み寄り、その頭を軽く叩く。

「あんたは何を勝手に人の事情話そうとしてんだか」

「……叩くことないじゃない」

 頬を膨らませる咲月を無視して残る二人に視線を向けると、二人とも咲月のことは気にしていないらしく、おずおずと訊ねてきた。

「えっと……ごめんね宝城さん、訊いちゃいけないことだった?」

「別に。明日でも良ければ教えるわ。ほら、帰るわよ咲月」

「あ、うんっ。じゃあね二人とも、また明日!」

 鞄を取って入り口に引き返すと、慌てて咲月が追いかけてくる。残された二人は一瞬だけ顔を見合わせると、嬉しそうにこっちを――アタシの方を見た。

「宝城さんも、また明日ね!」

「……ええ」

 早足で教室を出て、咲月を待たずに廊下を歩く。追いついてきた彼女は、嬉しそうにアタシを覗き込んだ。

「柚希ったら、顔赤いわよ?」

「気のせいじゃないの」

「違うもん。二人とも良い子よ、仲良くなればいいのに」

 咲月の言葉を無視し、彼女に気づかれないように嘆息する。

 ……学校に来れば良いのに、と慎は繰り返しアタシに言っていた。本当はまだ気は進まなかったけど、彼の代わりになれるなら、彼の分まで周りを支えられるなら。

 ――変わろうと、あの日誓ったのだから。


 ◆◇◆


 一ヶ月、なんてあっという間に過ぎていく。互いの国の辺境での小競り合いは、一月で人数も規模も増し、今では毎日のように死傷者も出す戦いとなっていた。

 ゆえに……この治癒の塔もまた、別な戦いに追われている。

「リザ! こっちは良いから向こう、さっき来た騎士の手当てを!」

「いやあれは私たちでも何とかなるでしょ、それより奥の部屋!」

「……相当疲れてるわね」

 指示された通り、奥の病室に向かって駆けながら呟く。騎士たちが移動する転移の魔法とは別に、この治癒の塔にも小さな魔法陣が造られている。軽傷であれば戦場で手当てをしてまた戦いに出るらしいが、そうもいかない怪我だって出てくる。そんな重傷者は、魔法陣を通ってこの塔に送られるのだ。

 魔法陣は一定以下の魔力しか通さないように出来ているため、危険は小さい。ここに送られるような怪我人なら魔力はかなり低下しているだろうし、敵が紛れ込んだとしても魔力が低ければ問題はないのだ。たとえ魔法ではなく武力に秀でていたとしても、所詮一人しか通れないような小さな魔法陣。その周りを護る数人の騎士が抑え込めば、それで事足りるらしい。

 それにしても、と、擦れ違った女性を横目で見ながら嘆息する。今までアネモスが平和だったせいもあるのだろう、治癒の塔にいる魔法使いの数はかなり多いにも関わらず、日に日に忙しさは増していた。……いや、そもそも魔法使い自体が少ないのだから当然か。

 このままではジルを助けるという目的がどこかに行ってしまいそうで、それだけは勘弁して欲しいとあたしは嘆息する。

 ……手段を選んではいられない。ちょうど隣を通りかかった顔見知りの女性の腕を掴むと、あたしは彼女を睨むように見据えた。

「他の奴らにも伝えて。あたしは一階の大部屋にいるから、すぐに手当てしないと死ぬような怪我人をみんなそこに集めて、って。今すぐよ」

「リザ? 何を――」

「早く」

 端的に伝え、階段を駆け下りて大部屋に飛び込む。本来は城で武闘大会なんかが行われたときに怪我人の応急手当てを行う部屋であり、寝台なんかは何もない代わり、床には人が直接寝ても大丈夫な、厚みのある布が敷き詰められている。

 部屋の中央に立ったところで、伝えた通り重傷の騎士が運ばれてくる。訝しげな同僚に笑みを返すと、あたしはそっと口を開いた。二人三人と患者が運ばれてくるのを待つ必要はない。

「――、――――」

 アネモスの古語ではない、恐らくこの国の人間は誰も知らない言葉。呪文ではなく歌という形で、それを放つ。母が死んでからしばらく、この力を使ったことは無かった。歌い出すと同時に現れた魔法陣に安堵しながら、歌い続ける。

「リザ、まさかそれ……歌守うたもり?」

 驚いているのは、最初に入ってきた彼女だけではない。あとから騎士たちを運んできた人間も、『歌が魔法陣を作って傷を癒す』というその現象に驚いていた。

 歌守。数が少なく国を持たないものの、独自の古語を持ち、それを『歌う』ことでとんでもない癒しの力を使う種族である。一族や部族ではなく、種族。歌守の力は普通の人間には扱えないから彼らは人間とは違う種族なのだ、とまことしやかに囁かれていた。隠れ住んではいるものの、医療を学んだことがある人間なら誰もが知っている名だ。

 正確には歌守だったのはあたしではなく母であり、ハーフであるあたしは彼らほどの力は持たない。けれど元々使える治癒魔法と合わせれば、一度に複数人の治療をするくらいは出来る。騎士たちを全員治療し終えてからそう説明すると、同僚たちは羨むように嘆息した。

 そういう反応をされると分かっていたから今まで隠していた、というのは言い訳かもしれない。だけど、ジルを助けなければ――そんな焦りにも似た感情が、あたしを動かしていた。


こんばんは、高良です。……ま、間に合った? 相変わらず〆切に殺されかけてます。


さて、今回は柚希回リザ回。

前半は慎が死んだ直後。この辺りから、彼女は変わり始めます。慎に惹かれた『柚希』から慎を愛していた、そしてジルを愛する『リザ』へ。

後半はそんなリザが隠していた能力。歌守、という種族はともかく、リザのこの力に関してはこれからかなり重要になってきますので、覚えておいてくださいませ。

しばらくアネモスでの出来事が続きます。


ではでは、また次回。

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