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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第二部
46/173

if.二 壊れた想いの結末

『もしも慎が病んだら』、慎→咲月。後日談。


これは本編の流れとは全く関係ありません。キャラのイメージを損なう恐れがありますので、そういうのが苦手な方は注意。

ヤンデレです。また、自殺表現らしきものがあります。

 神というものが、いるのなら。

 それは僕に対して、どこまでも冷酷だ。


 ◆◇◆


「ね、慎。知ってる? もうすぐ一年よ」

「……そっか、もうそんなになるんだ。早いね」

 机に肘をつき、ちょっとだけ上目遣いで見上げる。今は私の彼氏である慎は、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに幸せそうに微笑んだ。

 たった今彼に言った通り、慎と付き合い始めて一年。気付けば、私たちは高校生になっていた。あっという間だったから、ちょっと実感が湧かないんだけど。

 進路に悩んでいた私の背を押して……というか手を引いてくれたのは、やっぱり慎だった。地元の高校に進めば、私に立った悪い噂を知る人間がたくさんいる。だから、二人でちょっと遠くの、寮のある高校に行こう、と。慎が示してきた学校はそこそこの進学校だったから、流石に迷った。けど、慎がつきっきりで教えてくれて、何とかここにいるのだ。本当に、慎には助けられてばっかり。

 それから私たちは、寝るとき以外はほとんどずっと一緒に過ごしている。男女で寮の建物は別なものの、食堂や談話スペースなんかは二つの建物の中央に位置するから、一緒にいること自体は難しくなかった。クラスも一緒だし。

「じゃあ、今度の休みはどこか遊びに行こうか?」

「本当? やった、デートなんて久しぶりね」

「受験で忙しかったからね。折角知らない場所に来たんだし、これから色々と見て回ろう」

「うんっ!」

 微笑む慎に頷き返し、そろそろ部屋に戻ろうかと席を立つ。気が早い自分に呆れつつ、頭の中はもうどこに行くかでいっぱいだった。

 少し低い声で慎が訊ねてきたのは、その時だった。

「そういえば咲月、三年の人に告白されたって本当?」

「へっ」

 間の抜けた声を上げ、慎を振り返る。彼はさっきと同じ、いつも通りの微笑のままだった。しかしそれがどこか恐ろしく思えて、私は引き攣った笑みを浮かべながら首を傾げる。

「どうして知ってるの?」

「……本当、なんだね」

 微笑んだまま、慎は僅かに目を細めた。そこで私はようやく、違和感に気づく。……慎、目が! 怖い! 笑ってない!

 慎と付き合い始めてから、私は変わった。周りにもそう言われたし、自分でも変わろうとした。慎の彼女でいられるように、それでも文句を言われないように。外見だって可愛くなろうとしたし、苦手だった勉強も慎に教えてもらって、高校に受かってからもサボらないように気を付けてきた。料理や裁縫だって、必死に覚えた。……運動神経までは、どうにもならなかったけど。

 そんな努力が実ったのか、最近じゃ慎の隣にいても何も言われなくなったし、男子も昔に比べて優しくなった。ちやほやされるようになった、と言い換えても良いかもしれない。そんな扱いには戸惑うばかりだけど決して悪い気はしなくて、だけど告白されたのは昨日が初めてだった。

 言い訳するように、私は慎と目を合わせないまま呟く。

「三年の、サッカー部って言ってたわ。入学式で見かけてからずっと気になってた、慎のことも知ってるけどそれでも良い、って……あっ、ちゃんと断ったわよっ」

「……そう」

「そうに決まってるでしょ? 慎の方がずっと格好良いし優しいし、それに」

「告白されたことを責めているわけじゃないよ」

 静かな声に、私は肩を落とす。慎とはこれでも生まれて間もない頃からの付き合いだ、本気で怒るところだって見たことが無いわけじゃない。けど、今日のは多分今までで一番だ。私や真澄と違って声を荒げたりしないから性質が悪い。

 ……真澄。慎と付き合い始めてから、何となく彼とは疎遠になっていた。中学を卒業する頃には、隣の家に住んでいるのにすれ違っても目を逸らすだけの気まずい関係になってたし……真澄は地元の高校に進んだから、卒業してからは一度も在っていない。彼は、どうしているだろうか。

「じゃあ一体どうしてそんなに怒ってるわけ? 珍しいじゃない、慎が怒るなんて」

「怒っているわけでも、ないんだけど」

 胸に浮かんだ色々なことを無視して訊ねると、慎は僅かに困惑したように首を振った。そんなところすら絵になるんだから、本当イケメンってずるいわ……

「そんなことより、明日は早いんだろう? そろそろ部屋に戻らないと」

「あの、慎っ」

 このままじゃいけない。何が、かは分からないけど、とにかく取り返しのつかないことになるような、そんな得体の知れない胸騒ぎに、私は思わず声を上げる。それを無視して慎は立ち上がり、私に向かってにっこりと微笑んだ。さっきまでの妙な恐ろしさも無い、いつも通りの笑顔で。

「おやすみ、咲月。また明日ね」

「……うん、また明日」

 その言葉に、私は諦めて頷いた。……慎は、一体何に怒ったのか。明日までに考えて、明日謝ろう。慎とは逆の方向に向かって歩きながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 ――崩壊の足音は、すぐそこまで迫っていた。


 ◆◇◆


 唇を、強く噛み締める。じわりとした痛みと鉄の味に、ようやく我に返った。

「……咲月」

 たった今見たものを振り払うように首を振り、僕は踵を返す。思い出すのは中学の頃、咲月を手に入れたときのこと。高校時代は治まっていた、どんよりと濁った感情が、再び胸に巣食うのを感じた。

 彼女が楽しそうに話していた、恐らく僕らと同年代の青年。僕は見たことが無いから、恐らく大学で出来た知り合いだろうか。

 咲月と付き合い始めてから、僕は病的なほどにずっと彼女の傍にいた。ようやく手に入れた彼女の心が僕以外に向くのは耐えられなくて、咲月に好意を向ける男子を裏で牽制したりもした。真澄のことだってそう。彼から咲月を奪い取って、その後も擦れ違うたびに見下すような目を向けて、彼を咲月から遠ざけた。そうやって彼女を繋ぎ留めていることを実感して、僕はやっと安心して彼女の傍にいられたのだ。

 彼女を信頼していないわけではない。ただ、恐ろしくて。

 あの時僕が咲月に抱いていた感情は、恐らく愛ではない。そんなことは、もうとっくの昔に分かっていた。愛、というのはきっと、もっと綺麗なものだろう。こんなどろどろしていて暗く濁った感情を、愛と呼べるわけがない。依存、執着、きっとそう呼ぶ方が近いのだろう。

 咲月と共に過ごすうち、正しく愛と呼べるのだろう感情も少しずつ芽生えていた。それでも、打ち勝つのはいつだって、幼い頃から慣れ親しんだ濁った想いの方。

 気付けば、分からなくなっていた。僕はあの子を、幸せにしたかったはずなのに。一体いつから、彼女が泣いて嫌がっても離さないと、僕が咲月さえいれば良いように、彼女には僕だけがいればそれでいいのだと、そう思うようになっていたのだろうか。

 間違っていることは、知っている。それでも、もう抑えられなかった。

「……どうすればいい? 咲月」

 大学こそ同じであるものの、学部は違う。ゆえに、今までのようにずっと傍にいることは出来なくなってしまった。さっきのようなことが起こるのは、ある意味では必然だったのかもしれない。咲月にはきっと他意はなかっただろう。同性の友人に向けるのと同じような笑顔だったから。

 それでも、僕以外が君に近づくのは、許せないのだ。

 ねえ、どうすればいい? どうすれば君を、君の心を僕の元に縛り付けておける? 愛情や好意じゃなくても構わないから、君にとって一番大きな存在は、僕であってほしい。どうすれば君は、僕のことを忘れずにいてくれる?

「忘れずに……?」

 そうして。ごく自然に、僕は答えに辿り着いた。




「慎。話って、何?」

 夕方、人気のない踏切の近くに、僕は咲月を呼び出した。一緒に住んではいるものの、互いの予定がずれて一緒に帰れないことはよくある。今日も、先に来ていたのは僕の方だった。

 笑顔で駆けてきた少女は、僕の表情に気づくと足を止め、訝しむように首を傾げる。そんな咲月に、僕は微笑を向けた。こっちにおいで、というように軽く手招きし、手の届くところまで来たら抱き寄せる。遮断機が下りてきたら当たるか当たらないか、それほど線路に近い場所。

「きゃっ」

「ねえ、咲月」

 悲鳴を上げる彼女の頭を優しく撫でながら、語りかける。咲月は恐る恐る顔を上げると、僕を目が合った瞬間、まるで怯えるように身を強張らせた。

「咲月は僕のこと、どう思ってる?」

「え? ……大好きよ、愛してるわ。小さい頃からずっと助けてくれて、傍にいてくれた、大切な人。慎は、違うの?」

「ううん。愛しているよ、咲月」

 彼女の答えに、僕は笑みを強めた。ずっと欲しかった言葉。けれど、それは永遠ではないのだ。人の心は、移り変わるもの。

「だったら……僕と一緒に、死ねる?」

「――え?」

 僕の言葉に、彼女は絶句した。何を言っているのか、とでも言いたげな、怯え混じりの瞳。それすら愛しくて、僕は彼女を抱く腕に力を込める。

「ああ、そうして欲しいって言っているわけじゃないんだ。むしろ、来ないでほしい。そうして永遠に一緒にいるのも悪くないけど、でも多分、それじゃ駄目なんだ」

「な、慎……何、言って」

「ずっと僕のことを想っていてほしい。他の人と話しているときも、僕のことを忘れられるのは耐えられない……僕の我侭、以外の何物でもないけど、それでも、君に忘れられるのは耐えられないんだ。だから」

 そこで僕は言葉を切り、唐突に彼女に口付けた。

 それだけなら、普段と変わらない。それでは、彼女は驚くだけだ。だから、彼女の唇を噛み切るように、強く歯を立てる。

 カンカン、と鳴り出す音。それに合わせるように、咲月は思いっきり僕を突き飛ばした。

 余計な力は入れない。そうすれば、彼女の細い腕でも、僕を線路の真ん中に転がすには十分だった。

「……あ」

 口を押さえたまま、咲月が目を見開く。思考が追いつかないのか、線路の脇に立ったまま。……そう、それで良い。こっちにくる必要はないから、そこで『全て』見ていて。

 そんな彼女に、僕は再び微笑む。

 近づいてくる電車の音。本来なら、こういう線路にはセンサーがついているから、人が入り込めば電車は止まるようになっている。けれどそれが分かっていれば、咲月が来る前に色々と仕掛けるくらいは簡単だった。きっとあの電車は、僕を連れ去ってくれることだろう。彼女の心に、癒えぬ傷を遺して。

 間接的に、であっても、きっと彼女は自分を責めるだろう。彼女のせいで僕が死んだのだと、そう思い込んでくれることだろう。咲月がそういうのに耐えられない子なのは、十分すぎるほどに知っている。

 これで、君が僕を忘れることは無くなるだろう。君の心に、僕の死という出来事は永遠に取り憑いてくれるはず。

「愛してるよ、咲月。……だから、僕を忘れないで」

 君が僕を殺した、その事実を、いつまでも覚えていて。近づいてくる電車の音に掻き消される、小さな呟き。彼女には、聴こえただろうか。

 最期に見えたのは愛しい少女の、絶望に染まった泣き顔だった。


こんばんは、高良です。前回書いた後日談。短くするつもりがいつもと変わりませんねおかしいな。


お前も自殺か、とか思ってませんよ、ええ。

流石悠の親友と言うべきか、どこかで見たことがありますね。ついでに嫉妬の仕方がリオネルそっくりですね。本編で兄弟なのはあながち自然なことなのかもしれません。

誰だこいつら、と何度思ったか分かりませんが、これはifであって本編とは全く関係ありませんのであしからず。

ちなみにこれ、本編での時系列的にはちょうど咲月と真澄が死んだのと同じ頃です。なので近いうちに真澄も通り魔に刺されて死亡。ありえないことですが転生するとしたらジルとハルが同い年ですね。

更にちなみに、柚希は高校が違うので慎に出会うことも無く人を遠ざけたまま生きる→本編通り惨殺されて死亡。悠は慎に救われて依存はするもののその後慎が咲月しか見なくなるので遠くから見守りつつ慎が死んだらやっぱり自殺、とかそんな感じ。


第三部は予定通り二十日から開始出来たらいいな、と思います。ようやくジルリザにガッツリスポットを当てつつもジルリザな場面は殆ど無い。


では、また次回。

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