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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第二部
45/173

if.一 何よりも、君を望んだ

『もしも慎が病んだら』、慎→咲月。


これは本編の流れとは全く関係ありません。キャラのイメージを損なう恐れがありますので、そういうのが苦手な方は注意。

ヤンデレです。

「大体、うるさいんだよ咲月は! 俺のことはお前には関係ないだろ!」

「っ……真澄の馬鹿、もう知らない!」

 いつの頃からだったか。相手のことを好きなのだ、と僕に相談しながらも互いに傷つけ合う二人を、醒めた目で見続けてきた。

 泣きそうな顔で走り去った少女を一瞥し、僕は残った少年に声をかける。

「追いかけなくていいの?」

「……知るかよ、あんな奴」

 ぼそりと呟くような答え。僅かに眉を顰めたのを悟られないように、僕は普段通りの表情を浮かべた。……笑みを、絶やしてはいけない。だから、どこか困ったような微笑。彼らのことを心から心配している、そんな口調で。

「でも、好きなんだろ?」

「……そう、だけどさぁ……」

 複雑そうに真澄は嘆息し、時計を見て「やべっ」と悲鳴を上げる。

「面談忘れてた! 悪い慎、続きはまた夜な」

「うん、了解。……まだ決まっていないの? 高校」

「お前だって決まってないだろ」

「それはそうだけど、流石にそろそろ候補は絞らないと。……じゃあ、僕は先に帰ってるね」

「おう、また後でな!」

 笑顔で頷くと、彼は急ぎ足で教室を出ていく。足音が聴こえなくなったところで、僕は浮かべていた笑みを消した。もう誰もいない教室で、真澄が去っていった方向を無表情で見つめる。

 ついさっきの、傷ついた少女の表情。それを忘れたかのように、いつも通りに笑う少年。ああ、咲月の方の『好き』は事実なのだろう。彼と喧嘩した後に僕のところにやってくる彼女は、いつだって泣きそうな顔なのだから。

 けれど、真澄は? 彼もまた、咲月を好きだと言うけれど。同じ口で彼女を傷つけ続ける彼に、愛しい少女を任せていいのか? それで彼らは、幸せになれるのだろうか?

 ……なれるはずがない、と声が聴こえた。

 彼では、無理だ。少女の痛みにも気付けない彼が、どうしてあの子を幸せに出来る? 咲月の想いにすら気付けない彼に、彼女の願いも叶えられない真澄に。

 知るかよ、と彼は言った。

「だったら……僕が貰っても、構わないよね?」

 どんな手を使ってでも、彼女を手に入れよう。咲月から真澄への想いを消してしまいさえすれば、あの子はあんなに苦しまなくて済むはずなのだから。そのためならば、手段を選んではいけない。胸の奥で囁くその声は、どんどん大きくなっていく。

 ……奪い取ってしまおう。そう心を決めて、僕は薄く笑った。


 ◆◇◆


「……え?」

 ガラリ、と教室の扉を開ける。瞬間、突き刺さるような『何か』を感じて、私は思わず声を上げた。

「おい、咲月?」

「どうかしたの?」

「な、何でもないっ」

 急に立ち止まったことを疑問に思ったのか、背後で幼馴染たちが声を上げる。私は慌てて首を振り、教室に入った。ちょうど傍を通りかかった友人と視線が合い、思わず笑みを浮かべる。

「あ、おはよー」

「……お、おはよ」

 しかし彼女は表情を強張らせ、どこか気まずそうな顔でそそくさと去っていく。それを見送り、私は首を傾げた。

「何かあったのかしら?」

「どうしたの、咲月」

「あ、ごめん慎。何でも――っ」

 再び突き刺さった……視線、だろうか? ううん、ちょっと違うかもしれない。とにかく昨日までは無かったそれに首を竦める。今度はそれが消えることは無かった。

 私の様子がおかしいことに気づいたのか、慎が心配そうに覗き込んでくる。

「本当に大丈夫? 顔色が悪いけど。無理はしちゃ駄目だよ?」

「大丈夫、平気よ」

 慎に心配をかけないように、私は微笑んでみせた。ここ最近、慎はかなり私に優しかった。元々誰に対しても優しい人間ではあったけど、私に対しての態度だけが他と違う、というか……上手く言えないけど、それでもその優しさが凄く嬉しいことは事実。

 もう一人の幼馴染に目を向けると、彼は私のそんな異変など気にもかけず、他の男子と楽しそうに会話していた。思わず顔を歪めたのを、再び慎に見つかってしまう。

「咲月」

「あっ……ご、ごめんね慎、大丈夫だから。そんなことより早く座りましょ、そろそろ先生来ちゃうわ」

 その時……誤魔化すのに必死だった私は、一瞬だけ見えた『それ』を疑問にも思わず、受け流してしまったのだ。

 ――慎の瞳の奥に揺れる、昏い光を。何を見てそんな笑みを浮かべたのか、その答えも知らずに。


 ◆◇◆


「……そろそろ、かな」

 周りには絶対聞こえないような大きさで、そっと呟く。眠気を誘う教師の声を聴き流しながら、僕はちらりと愛しい少女に視線を向けた。ここから見える横顔は憂鬱そうに歪められ、顔色も数日前に比べて悪化しているように見えた。原因は、分かっている。当然だろう、僕がそうなるように仕向けたのだから。

 利用出来るものは何でも利用する、そうと決めてしまえば後は早い。幸い、女子の知り合いも多いのだ。それとなく咲月に関してあまり良くない噂が立つように仕向けるのは、簡単なことだった。出所が僕であると誰にも悟られないように気を使うのは少しだけ大変だったけれど、それだって決して難しいことではなかった。

 ここ数日で、咲月に事務連絡以外で話しかける女子は殆どいなくなっていた。いじめ、というほど酷くもない、けれど確実に広がる冷たい波。咲月に辛い思いをさせる罪悪感はあったけれど、それでも必要なことだったのだ。

 少し視線をずらせば、今度はもう一人の幼馴染の姿。今の咲月がどんな環境に置かれているのか少しも理解せず、普段と同じように喧嘩ばかり。その状況が余計に咲月を苦しめていることも、よく分かっていた。

 だけど、それももう終わり。

「もう少しだけ、耐えてね。咲月」

 一部の女子の間でひそひそと交わされる会話。席の近い僕にも聴こえないほど小さい声だったけれど、表情や目線を見れば予想はついた。思わず浮かべた冷たい笑みを、何とか抑え込む。

 ――君たちを利用することは、申し訳ないと思うよ。でも、それはお互い様だろう? 今まで抑え込んできた色々なものを発散するくらい、許されるはずだ。僕にだって、願いを叶える権利はある。

 不意に、授業の終わりを告げるチャイムが響いた。出ていく教師を見送りながら、僕は再び微笑む。……今日の授業はこれで終わりだから、本当にもうすぐのはずだ。




「あまり調子に乗るな、って言ってるのよ!」

 放課後。予想通りの場所で予想通りの光景を見つけた僕は、見つからないように隠れて様子を伺いながら笑みを浮かべた。人気のない校舎裏で、数人の女子に囲まれ、詰め寄られる幼馴染の姿。その顔は泣きそうに歪んでいて胸が痛むけれど、でも咲月、もう少しだから。もう少しだけ、耐えていて。

 うちのクラスの女子も混ざってはいるものの、正面から咲月に罵声を浴びせかけているのは他のクラスの女子だった。

「大して可愛くもないくせに、男子二人も侍らせて! ずっと生意気だと思ってたのよね」

「そうよ、加波君が優しいからって、いい気になってんじゃないわよ!」

「……い、いい気になんて」

 泣きそうだった咲月の顔が、更に歪む。それが気に食わなかったのか、少女たちの一人がちっと舌打ちした。

「そうやって被害者ぶって、また加波君を騙すわけ?」

「わ、私は慎のこと騙してなんか――」

 思わず、と言ったように反論する咲月の言葉は、再び遮られる。

「黙んなさいよ! そうじゃなきゃ、あんたみたいな平凡なのを加波君が構うわけないじゃない!」

「加波君だって、あんたなんかに付きまとわれて迷惑してるわよ!」

「っ……慎は、そんなこと思わないわ! そうやって卑怯なことする方が、慎にとっては迷惑に決まってる!」

 ……うん。そろそろ、かな。

 咲月が放った言葉に、彼女の正面にいた少女が眉を吊り上げる。それを見て、僕は壁にもたれかかっていた体を起こし、少し急ぎ足で彼女たちの方に歩み寄る。

「何ですってぇ!?」

「ひっ」

 勢いよく振り上げられた手を見て、咲月の顔が恐怖に歪む。それが彼女に振り下ろされる直前のところで、僕は彼女たちの元へ辿り着き、背後からその腕を掴んだ。

「――何を、しているの?」

「か、加波君!?」

「慎……?」

 見開かれる少女たちの瞳。僕はにっこりといつも通りの微笑を浮かべて、目の前の少女に再度訊ねる。

「何をしているの、って訊いているんだけど」

「あ……」

 僕の目が笑っていないことに気づいたのか、少女はがくがくと震え始める。そんな彼女から手を離し、笑みを強めて、僕は言い放った。

「今回だけは、見逃してあげる。……けど、覚えておいて。咲月を危険な目に遭わせたりしたら、絶対に許さないから」

 息を呑むような、短い音。最初に、咲月を殴ろうとした少女が身を翻した。それに続くように、少女たちは次々と逃げ出していく。気付けば、その場にいるのは僕と咲月だけになっていた。

 少女が安堵するように息を吐き、その場に崩れ落ちる。

「咲月っ」

 その傍に膝をつき、僕はその背にそっと手を添えた。まだ震えている彼女を安心させるように、再び微笑む。

「大丈夫だった? ……ごめん、僕のせい、だよね」

 後半は悔やむように顔を歪めて言うと、咲月は慌てて首を振った。

「ち、違うわ、慎は悪くないのっ! ありがとう、助けてくれて」

「他には何もされなかった? 怪我は?」

「大丈夫……大丈夫、よ」

 僕の言葉に答え、彼女は不意に俯く。

「あの、慎。……真澄は」

 咲月の問いに、僕は僅かに困ったような表情を浮かべた。一方、予想通りの問いに心の中では微笑んだまま。

「帰ったよ。咲月のことを待たないの、とは訊いたんだけど」

「そう……」

 泣きそうな顔で、唇を噛む咲月。

「……僕にしなよ、咲月」

「え?」

 彼女にとっては、唐突だっただろう。顔を上げ、眼を瞬かせる咲月に、僕は言葉を続けた。失敗するはずがないと確信しながら、けれど笑みが顔にまで浮かぶことが無いように気を付けて。

 ねえ、君も分かっているんだろう?

「僕だったら、君を不幸にはしない。君の気持ちにも、君がこんな目に遭っていることにも気付かないで笑っていられる真澄とは、違う……ちゃんと、君を大事にしてあげられる。さっきみたいなことだって、絶対起こさせないから。だから、ずっと僕だけを見ていて」

 僕はそこでようやく微笑み、驚いたように固まる彼女の目を見据えた。

「好きだよ、咲月。大好きだ」

 早く、おいで。檻の中に閉じ込めて、護ってあげるから。

「あ……わ、私、は」

 少し間を置いて、見開かれた彼女の目から溢れ出す雫。その背に置いた手に少しだけ力を込めると、咲月は泣き顔を隠すように、僕にしがみついた。

「……っ、怖かったの……怖かったよぉ、慎……っ!」

 嗚咽を漏らしながらも僕を離そうとしない咲月の背を、優しく撫でる。その耳元で、もう大丈夫だから、と囁きながら。

 ようやく手に入れた、ずっと欲しかったもの。咲月を抱きしめたまま、僕は彼女に見えないように、そっと微笑んだ。

 ――もう二度と、離さない。芽生えたその感情が昏く澱んでいることは、自覚していたけれど。


こんばんは、高良です。予告通り(?)if短編。前書きでも書いた通り、本編とは全く関係がありませんのでご注意くださいませ。


今回は前世でもし慎が病んでいたらどうなっていたか、というお話。時系列的には中三の前半辺りになるんじゃないでしょうか。

……読んでくださった皆様ならお分かりと思いますが、とにかく慎が鬼畜です外道です誰だお前。

咲月を自分のものにする、と言う一点に執着して他人に対する思いやりを捨て去るとこうなります。っていうか咲月の幸せも途中から無視してないかこいつ。


ちなみにこの後は咲月に四六時中張り付いて余計な虫がつかないよう見張りながらいちゃいちゃ。当然真澄とは疎遠になります、というか慎が睨みを効かせます。

その結末はバッドエンド。後日談な感じなので短いですが、サクッと書いて次に載せるつもりです。


では、また次回。

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