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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第二部
38/173

第十三話 少女は誓った

「咲月?」

 数回ノックするものの、中から返事はない。アタシは嘆息すると、躊躇いなくドアを押し開けた。

「入るわよ」

 部屋に入ってすぐに、ベッドの上、抱えた膝に顔を埋めて動かない少女が目に入る。そっと近づき、アタシは彼女の肩に手を置いた。

「起きてる?」

「っ!」

 その言葉に、咲月はびくりと肩を震わせる。見開いた目が、恐る恐るこちらを見た。どこか光を失ったその瞳に、アタシは僅かに笑みを返す。

「ゆ……柚、希?」

「あんたまで死んでるんじゃないかと思ったわ。……咲月にも、教えておいた方が良いかと思って。慎、見つかったわよ」

「っ、あ」

 その言葉に、再び彼女の顔が歪む。見つかった、と言っただけでそれ以外のことは何も言っていないが、恐らく彼女にもその続きは……もう彼が帰ってこないことは、分かってしまったのだろう。ぼろぼろと零れる涙など知らないとばかりに、アタシの視線を避けるように、彼女は再び膝にその顔を埋めた。

「ごめん、ごめんね柚希、ごめんなさい」

「……まだ言ってんの、咲月」

 ごめんなさい、と譫言のように繰り返す彼女に、アタシは呆れ気味にそう返す。少し時間を置けば良くなるかと思ったのだが、どうやら逆に酷くなったようだ。あー、慎のこと聞いたからかしら。まったく、真っ先に自分を責める辺り、間違いなくどこぞの幼馴染に悪影響受けてるんじゃなかろうか。

 ……不意に蘇ってきた、さっき見た光景を、必死に頭の隅に追いやる。青白く冷たくなった、包帯塗れの慎の姿。

 駄目。忘れるわけにもいかないけど、それでもアタシは、アタシだけは、悲しみも泣きもしてはいけない。せめてアタシだけでも、普段通りでいなきゃいけない。そうでなければ、誰が慎の両親や幼馴染たちを支えるのか。一緒になって崩れることは、あってはいけないのだ。

「だって、だって私のせいで、慎が」

「別に……あんたのせいじゃないでしょ」

「違う! 私があんなことしなければ、変な意地張ったりしないで、ちゃんと慎のいうこと聞いてれば、慎は……!」

 アタシの言葉を拒絶するように彼女は首を振り、黙りこむ。しばらくして、咲月は顔を伏せたまま。ぽつりと呟いた。

「……ねば、良かったのね」

「え?」

「私が、死ねば良かった」

「っ……あんた、何言って」

「だってそうでしょう!」

 アタシの反論を遮るように、彼女は涙に濡れた顔でアタシを睨みつける。

「私が死ぬべきだったのよ! だって、慎は何でも出来て優しくて、誰からも好かれてて……そんな慎じゃなくて、何のとりえもなくて平凡な私が死ぬべきだったの。慎は、私を助けちゃいけなかった!」

「……そう」

 彼女の言葉に、アタシはそっと目を細めた。何も答えずにいると、異変に気づいたのか咲月が僅かに顔を上げ、アタシの顔色を窺うように覗き込んでくる。そんな彼女に、冷たく返す。

「そうやって、あんたはまた慎の気持ちを踏みにじるんだ」

「っ」

 ショックを受けたように顔を歪める咲月。その目から、再び涙が零れる。それに構わず、アタシは続けた。

「確かに、あいつは馬鹿だったわ。自分が死ねばこうしてたくさんの人間が悲しむってことを分かっていて、死を選んだんだから。でも、慎がそこまでして助けようとした命を無駄になんてしたら、アタシが許さない」

 目を見開く彼女に、笑みを向ける。

「今すぐ立ち直れ、なんて無茶は言わないわ。けどね咲月、あいつはあんたに生きていてほしいって、幸せになってほしいって、そう願ったんでしょ?」

 咲月は黙ったまま、こくりと僅かに頷く。それを見て、アタシは僅かに笑みを強めた。

「だったら、あんたは自分が死ぬべきだった、なんて言っちゃいけないのよ。それは、慎に対する裏切りだわ。……ね、咲月」

 彼女の頭に、そっと手を置く。小さい子供に言い聞かせるように。

「慎の最期の願いを、叶えてやってくれないかしら? ……確かに、あんたにも非はあるのかもしれない。だけどそれは、あんたがこうして閉じこもっていていい理由にはならないわ。慎のことを想うなら、あんたは何が何でも幸せにならなきゃいけないのよ。彼の願った通りに」

「……そう、かな」

「そうじゃなきゃ、アタシが許さないわ」

 許さない、という言葉に肩を震わせる咲月。おずおずと、まるで許しを請うように涙目で見上げてくる彼女に、アタシは僅かに苦笑を返した。

「話聞いてた? あんたがそうやって必要以上に自分を責めるのを止めるなら、何も言わないっての。アタシだって、咲月に幸せに生きてほしいのは一緒よ」

 だから、と言葉を重ねる。

「まずは、この部屋から出て、ちゃんと向き合いなさい。怖いなら、アタシが隣にいてあげるわ。そうね、倉橋だっている。……誰にも、あんたを責めさせやしないから」

 本当は、複雑な思いを抱いたままここまできた。こうして色々と並べ立てたところで、咲月と倉橋のせいで慎が死んだ、その事実は決して変わらないのだから。

 だけど彼は最期まで、想い人と親友の幸せだけを願って逝ったのだ。ならばアタシがすべきことは、その二人を責めることではない。彼の遺志を継ごう、そう心に誓った。


 ◆◇◆


「柚希?」

 背後から聴こえた声に、振り向く。不思議そうにこちらを見る銀髪の王女に、あたしは眉を顰めた。

「……あんた、もう出歩いて大丈夫なわけ」

「ええ、別に怪我してたわけじゃないもの。記憶が戻ってきたショックでちょっと気を失っただけで……それで、何してたの? こんなところで」

 あたしが立っていたのは、ジルの部屋からそれほど離れてはいない、廊下の片隅だった。ぼんやりと眺めていた窓の外には、城の庭と城壁、そして王都の街並みが見える。少し視線をずらせば、治癒の塔も。

 それに視線を向けながら、あたしは首を横に振った。

「別に。ちょっと考え事をしてただけよ」

 そっと空にかざした手にはまだ、彼を叩いたときの感触が僅かに残っていた。

 ジルが目を覚ます前から、絶対に今度こそ何か言ってやろうと心に決めてはいたものの、引っ叩いてしまったのは自分でも予想外。後悔はしていないが、それでも少しだけ、罪悪感のようなものはあった。彼は、突き放されることを極端に恐れるから。あの場に残った二人の王子が告げただろうクレアの異変の方に、気を取られてくれればいいけど。

「慎のこと?」

 視線をずらすと、少女が不思議そうに覗き込んでくるのが目に入った。あたしが答える前に彼女は顔を歪め、訊ねてくる。

「やっぱり先生は……ジルは、慎なんでしょう?」

「……そうね」

 否定は、しなかった。彼はきっとそれを望んではいないだろうけど、それでも彼女が全てを思い出した以上、誤魔化しても意味は無いから。

「それと、城の人間やあんたたちを知っている人間の前で前世まえの名前で呼ぶのは止めてほしいわね。何も知らない奴らを混乱させるわけにもいかないでしょ? 今は誰もいないから良かったものの」

「あっ……ごめんなさい」

 気まずそうに口を押さえ、クレアは素直に頭を下げる。再びあたしを見た彼女の顔には、僅かに笑みが浮かんでいた。

「でも、また出会えて良かったわ。慎にも、柚希にも。もう二度と会えない、って思ってたから」

「慎はともかく、あたしについてはそう思う暇も無く忘れてたでしょあんた」

「あはは、そうなんだけどね。でも、これでやっと慎に謝れる」

 苦笑気味に頷き、彼女は目を閉じる。

「ずっと、謝りたかったから。色々迷惑かけて、弱音とか愚痴とか全部聞いてもらって、慎の時間をたくさん奪って、最期には……私の、身代わりにさせて、それなのに私、何も返せなかったから」

「……それは、あたしじゃなくてジルに言うことね」

 もっともそれを言ったところで、彼が喜ぶことは無いだろうけど。そんな言葉は飲み込んで笑みを浮かべたあたしに、彼女は首肯した。

「うん、そうするわ。……あの、柚希は……どうして、こっちに」

 そして僅かに表情を引き締めて、彼女は地雷を踏む。

 何故、死んだのかと。そう訊ねていることは、すぐに分かった。表情を凍りつかせたあたしに気づいたのか、クレアは慌てるように首と手を振る。

「あっ、ご、ごめんなさい! 言いたくないなら無理にとは、っていうかまぁ普通に考えて言いたくはないか……」

「……別に」

 そんな彼女から顔を逸らすように、あたしは窓から離れ、ジルの部屋の方に歩き出した。

「ま、待ってよ柚希っ」

 慌てて追いかけてくれるクレアには目を向けず、正面を向いたまま呟く。

「あたしやジルは、あんたたちとは違うの。そりゃ進んで言いたいとも思えないけど、今更死んだときのことを怖がったりはしないわ」

 毎日、夢で見ているのだ。それがどんなに凄惨だったとしても、人間は慣れる生き物なのだから。実際にはその言葉は少しだけ嘘混じりで、恐怖が消えたわけじゃないけど、あの光景自体はもう過ぎたこと。

「でも、それはあくまでもあたしが平気なだけで、あんたが平気とは限らないでしょ」

「……私のため?」

 不服そうに眉を寄せるクレア。あたしはジルの部屋の扉の前に来たところで立ち止まり、苦笑を浮かべて彼女を振り返った。

「違うわよ。あたしが、あんたに怖がられるのが嫌なだけ」

「怖がったりなんて――」

「そんなことより、ジルに謝るんでしょ?」

 彼女の言葉を遮り、あたしは扉を指差す。

「だったら、早くした方が良いわ。咲月として好き放題やれるのは、きっと今だけだから」

「え? ……柚希、それって」

「ほら。あたしはもうちょっとしてからまた来るから、それまでに済ませなさい」

 彼女の背をぐいと押して、その場を立ち去る。振り返ると、クレアが躊躇いがちに扉をノックするのが見えて、あたしは再び歩きながら嘆息した。

 前世の記憶が戻ったばかりだから、なのか……今はまだ、咲月としての彼女だけが強く表に出ている状態である。けど今の彼女の中には、咲月とクレア、全く違う人生を歩んだ、全く違う記憶が同居している状態なのだ。どこぞの金髪は一応自分の中で整理は出来たようだけど、思い出してすぐに、というわけにもいかないだろう。

 謝りたい、と言った彼女の意志を尊重できるのは、今だけなのだから。

「……甘いわね」

 そうすることでジルが辛い思いをすると知りながらも、クレアの……咲月の意志を踏みにじることも出来ない自分を嘲笑うように。

 誰もいない廊下を歩きながら、そっと呟いた。


こんばんは、高良です。

今回は前回とは打って変わって難産でした。ここまで更新が遅れた言い訳。


さて、柚希と咲月、もしくはリザとクレアがメインの回。

慎が命を落とした原因が自分であることは、咲月が一番よく分かっていました。だから謝りたい、というかつての咲月の願いは、ここで果たされることになります。ただしそれは、ジルを「慎」として扱うということ。彼がもっとも恐れていた事態は、起こってしまいました。

そろそろ第二部も終わりに近づいています。


では、また次回。

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