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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第二部
33/173

第八話 それぞれの恋と愛

「慎――ジル!」

 背後から聴こえた声に振り返ると、金髪の少年が駆け寄ってくるところだった。いや、振り返らずとも聴こえた声で既に誰かは分かっていたのだけど、さておき。

「こんにちは、ハーロルト様。どうかなさいましたか?」

 そう言って微笑を浮かべると、彼はまさに違和感たっぷりとでも言うように顔を顰めて首を竦め、辺りを見回す。遠くに人影を確認した彼は、小声で僕に訊ねてきた。

「今、時間あるか? ちょっと話したいことというか、訊きたいことというか……相談、が。あ、もちろん用事があるなら無理にとは言わないけどさ」

「いいえ、構いませんよ。では、場所を変えましょうか?」

「あー、そうだな。近いのは俺の部屋か」

 彼の後について歩き出す。近い、という言葉通り、少し歩いただけで彼に与えられた部屋の前に辿り着いた。部屋の前に立つ衛兵らしき二人組が、僕たちを見て驚いたような表情を浮かべる。

「け、賢者殿!」

「何故ここに!?」

 ……そういえば僕たちは一応加害者と被害者という関係なわけだけれど、そのことは公にはされていない。それでも僕たちの関係が微妙なことはかなりの人間が知っているはず。僕が護れなかったクレア様を彼が護った、そういうことになっているのだから。けれどしばらくアネモスを離れていたせいで失念していたけれど……今更ながら、簡単に頷いてしまった自分を責める。斜め前に立つ少年を見ると、彼もしまったというような表情を浮かべていた。

「と、とにかく入ろう、ジル」

 衛兵たちを無視するように扉に手をかけ、部屋の中に入るハーロルト様。僕もまた何か言いたげな彼らに会釈して部屋の中に入り、扉を閉めたところで、少年は口を開いた。

「確かジル、魔法使えたよな。あれは? 周りに音が聞こえないようにするやつ」

「ええ、使えますよ」

 笑みを返し、僕は扉に小さな魔法陣を描く。アネモス語の呟きに反応し、それが消えたことを確認して、ようやく僕は少年の方を見た。

「それで、相談とは?」

「……もう外の奴らには聴こえないんだから、その喋り方は止めろよな、慎」

 不服そうなその言葉に、僕は苦笑交じりに頷く。

「今はいいけど、城の中を歩いているときなんかは気を付けてね」

「おう」

「で、相談って? まだ微妙な立場みたいだけど、そのこと?」

「あー……そのことっちゃそのこと、か」

 迷うように頭を掻き、彼は僕を見る。

「そっちは良いんだ。一応俺は咲月を……クレアを助けたことになってるし、立場自体はそこまで微妙じゃない。むしろ良くなったくらいだな」

「そう、それは良かった」

 ならば何故? と問うように見ると、少年は嘆息した。

「問題は咲月だ」

「クレア様? ……仲良くなってみせる、って言っていなかったっけ?」

「言っておくけど事件の直後に比べれば仲良くなったからな?」

 僕の言葉に顔を顰め、彼は考え込むように宙に視線をやる。

「……でも、さ。クレアはクレアであって、咲月じゃないんだよな」

「そうだね。僕たちと違って、クレア様に咲月だった頃の記憶はないんだから。もっとも、それは君も同じだったけれどね」

 付け足した言葉に、少年は気まずそうに笑い、反論してきた。

「慎は分からないだろうけど、割と大変だったんだぞ。まったく違う人生歩んでる記憶が二人分あるんだからな?」

 そんな彼に対し、僕は何も言わず苦笑だけを返す。

 ……彼は、気付いているのだろうか。前の人生の記憶を持ったまま、この世界に溶け込むことがどれだけ困難だったか。毎晩のように繰り返される死の記憶に、慣れ切ってしまうことの恐ろしさに。

「君は……夢、は」

「夢? 何のことだ?」

 知らず、口から漏れた言葉。訝しげに眉を顰める彼を見て、僕は苦い気持ちを押さえて僅かに笑みを浮かべた。

 その表情で、分かってしまった。彼は、僕やリザが毎晩のように見る夢を――死の間際の記憶を、見ないのだろう。目覚めるまで夢だとは気付けないまま何度も死ぬ、そんな経験は真澄としての記憶を取り戻してからも殆どしていないのだろう。

「……いや、何でも無いよ。それで、話の続きは?」

 無理やり浮かべた笑みに気づいたのか、彼は不可解そうに、それでも僕の言葉に頷く。

「ああ……何つーか、どう接したらいいか分かんなくなってさ。あいつはクレアで、咲月とは別人なんだって分かったけど、でも咲月なんだ。性格とか、まんま昔の咲月だしさ。先生先生ってたまにうるさいけど」

「それはごめん」

 付け足された言葉に苦笑し、僕は僅かに目を細めた。

「僕も、クレア様に初めて会ったときは似たようなことを思ったよ。何も覚えていないはずなのに、仕草も性格も咲月のままだったから。その点で言えば、リザの方がよほど変わったかな」

「宝城か……」

 嫌そうに顔を顰める彼に再び苦笑を返し、言葉を続ける。

「だけど、君が言った通り別人だ。クレア様はクレア様で、咲月じゃない。咲月の面影はあるけれど、ね。それでも、ずっと彼女の傍にいたいなら、まずは咲月じゃなくてクレア様を好きにならないと。……とはいえ、今更そんなことを言う必要もないか」

「あー、まぁ一年以上一緒にいるしなぁ」

 乾いた笑みを浮かべ、少年はふと何かに気づいたように僕を見た。

「なぁ、もしクレアも咲月だった頃のことを思い出したら、どうなるんだ?」

「どうなる、って……君の悩みが解消するだけじゃないかな。この城の人たちの関係が変わるかどうかは、彼女次第だけど。突然態度が変わったら、誰だって戸惑うはずだから」

「それもそうか」

 納得したように頷く彼に対し、僕は僅かに自嘲するような笑みを浮かべる。

「だけど、出来ることならそういう事態にはならなければいい、とは思うよ」

「何でだ?」

 驚いたように僕を見る少年に、僕は苦笑を返した。

 ……だって、僕にはどうしても、この少年を真澄と呼ぶことは出来ないのだ。慎、と呼ばれるたび、ジルとしての自分が曖昧になっていく。自分はもう加波慎ではないのだと、そう自分に言い聞かせなければ保てないほどに。

 けれど、きっとクレア様が全てを思い出したら、きっと彼女もまた僕のことを慎と呼ぶのだろう。目の前にいる金髪の少年と同じように、咲月として、僕を慎として扱うのだろう。

 そうなってしまったとき、僕は――


 ◆◇◆


「今日は突っかかって来ないのね」

 不意に隣から聴こえた声に、わたしはしぶしぶと返した。

「わたしだって人並みに悩んだりするんですぅー」

「それは意外だわ」

 馬鹿にするように、彼女……リザは深紫の瞳を細めた。ムッとしたものの、ここで言い返したら相手の思うつぼな気がして癪なので我慢。

 中庭の隅に設けられた、小さな東屋。そこで座ってぼんやりと立ち並ぶ草木を眺めていると、突然この子が隣に座ってきたのだ。わたしに声もかけず、まるでわたしなんて目に入っていないかのように。

 わたしが何も答えないことを不思議に思ったのか、リザは眉を顰めてわたしを見る。

「お兄ちゃんがいないと元気も出ないわけ?」

「……わたし、そんなにいつもシリルと一緒にいるかなぁ」

 子ども扱いするような口調に、わたしは思わず頬を膨らませた。そんなつもりはないんだけどなー。小さい頃ならともかく、最近はシリルと昼間に顔を合わせることも少なくなっている。兄に会うのは食事のときと、あとは夜にわたしが一方的にシリルの部屋に行くときくらいかなぁ? わたしと違ってシリルは将来国王になる人間で、だから色々と忙しいのだと聴いた。

 それでもちょっと前まではマリルーシャがいたんだけど、リオネルと色々あってからは数日おきに公爵の屋敷とこの城を行ったり来たりするようになって、つまり数日はわたしが一人でいる期間が続くようになったのだ。マリルーシャ以外の侍女もたくさんいるけど、相手の態度が硬いせいか、散歩しても気が休まらないのだ。

 ……もっとも、今はマリルーシャもずっと城にいるから、呼ぶことは出来るんだけど。

「マリルーシャさんは? あたしたちと一緒に城に戻ってきてるはずよ」

「今日はリオネルと出かけるんだって。っていうかリザ、さん付けとか出来るのね」

「言ったでしょ? 敬う相手くらい自分で選べる、って」

「シリルは駄目でマリルーシャは良いんだ……」

 そのよく分からない基準に首を傾げ、そのままリザの顔をじっと見る。特に理由はないというか、単にそっちを向いた流れで。わたしの視線に気づいたのか、リザは不機嫌そうに眉を顰めた。

「何よ」

「な、何でもないっ」

 慌てて首を振りながら、わたしは内心溜息を吐く。……どれだけ美少女なのこの子! 顔小さいし目は大きいし睫毛長いし、全体的に人形みたいに整った顔立ち。何も知らない人がこの光景を見たら、間違いなくリザの方が王族だと信じて疑わないだろうレベルだ。小さい頃に比べればましになったと思うけど、それでも自分の容姿が平凡なことくらい自覚してるし。

「……リザ、本当に十二歳なの?」

「一応ね。それで、あんたは一体何を悩んでたわけ?」

「え?」

 目を丸くすると、少女は面白そうに笑みを浮かべる。

「あたしに話すのは嫌かもしれないけど。一人で悩んだ末に一番悪い結論に至る、なんてどこぞの賢者みたいなことはやめなさい」

「先生のこと? ……リザ、やけに先生と仲良いよね。どうやって知り合ったの?」

「色々あったのよ」

 どこか悲しげな微笑。だけどそれは一瞬のことで、リザはすぐに元の楽しそうな笑顔に戻り、わたしを覗き込んだ。

「で、一体どうしたのよ」

 どこか懐かしいその笑顔に、わたしは話してみるかと口を開く。普段だったら絶対しないことだったけど、今は誰でも良い、何でも良いから答えが欲しかった。

「先生が右目を失った理由って、知ってる?」

「ジルに聴いたわ、あの金髪がやらかしたんでしょ」

 あっさりと肩を竦めるリザに驚きつつ、わたしは頷く。

「そう。ハル様が、先生のこと殺そうとしたの。なのに、何故かその直後には凄く申し訳なさそうな顔で謝ってて、先生も許してて……それでも、わたしは許せなかった」

 だから、彼を責めた。彼と距離を置いた。一時でも彼に惹かれた自分に、怒りすら覚えた。もう二度と信じてやるものかと、そう思った。今でこそ当時に比べれば距離は縮まったけど、それでも友人以上の関係にはなってやるものかと。

「でも、心の奥で声がするの。ハル様が大好きだって、叫ぶわたしの声」

「それが、受け入れられないってわけ?」

「分かんないの」

 首を傾げる紅髪の少女に、わたしは力なく答えた。

「先生が大好きだからハル様が許せなくて、でもハル様のことも好きで……どうすればいいのか、分からなくて」

「……一つ、良いことを教えてあげるわ。クレア」

 不意に微笑み、リザが立ち上がる、驚いて見上げると、彼女はわたしの目の前に立って、力強く微笑んだ。

「恋と愛は、違うものよ。多分、あんたを悩ませているのはそのことじゃないかしら?」

「恋と……愛?」

「そう。どっちがどっちかは、あたしはあんたじゃないから分からないけど。でもそれは、あんたが一番よく知っているはずね」

 戸惑うわたしの頭に、彼女はそっと、撫でるように手を乗せる。

「恨みとか憎しみとか、そういうややこしい感情は一度しまって、じっくり考えてみなさい。クレアなら見つけられるはずよ。答えが出たら、迷わないこと」

「……年下に撫でられるって、変な気分」

 頬を膨らませて頭に乗せられた手をどけ、その手を両手で握って、わたしは微笑んだ。

「でも、ありがとう、リザ」

「どういたしまして。これで恋敵がいなくなると思えば安いものだわ」

「……この策士」

 彼女を睨みながらも、そこに昨日までのような険悪さは無いのが自分でも分かる。先生が傍にいることを許したわけが、少し分かったような気がした。


こんばんは、高良です。

……ギリギリセーフ? というわけで一分前に書き終わりました。いよいよストックの切れが深刻です。


さて、ジルとハルの方は何やら気になる雰囲気で終わりましたが、女子二人の方は打ち解けたようです。クレアの方には記憶が無いとはいえ、前世では親友だった二人ですからね。リザの強さに感化されて、少しだけクレアが強く……なってると、いいなぁ。


次回こそ更新遅れるんじゃなかろうかとびくびくしつつ頑張ってます。頑張ります。


では、また次回!

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