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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第一部
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第三話 過去を夢見る

しん? 慎ってば!」

 その声で、我に返った。

 声の主――自分の隣を歩く少女を振り返ると、彼女は僅かに不機嫌そうな表情で僕を見ている。

「……どうしたの、咲月さつき

「どうしたのはこっちの台詞よ! ぼーっとしちゃって、慎らしくない」

「や、慎は割と高確率でぼーっとしてるだろ」

 彼女の言葉を正したのは、その隣を歩く真澄ますみだった。僕は思わず苦笑する。

「そうかな」

「っていうかお前は考えてることが読みにくすぎんだよ。もうちょっと分かりやすくなれ」

「そんなつもりはないんだけどなぁ……」

 呟くと、咲月がとん、と前に踏み出し、くるりと振り返って僕を覗き込む。たまにこうやって後ろ向きに歩くのは、小さい頃からの彼女のくせだった。僕と真澄に危ないから止めるようにと諭されても、止めようとしない。

「さっきの子のことでも考えてた?」

「え?」

「とぼけないの、慎。また告白されたんでしょ? 今日は誰?」

「それで遅かったのか……てめぇ」

 恨みの籠った視線で睨んでくる真澄を無視し、僕は彼女に問いかける。

「見てたの?」

「まっさかー。そんな悪趣味じゃないわ、私。女子の情報網なめないでよね。で、誰?」

「……伊崎さん。五組の」

「美人じゃん」

 そんな言葉を漏らした真澄を、咲月がじろりと睨みつける。

「ふーん、やっぱり可愛い方が良いんだぁ」

「お、落ち着け咲月! 一番はお前だから!」

「浮気者はみぃんなそういうの!」

 怒鳴る咲月。ここ数カ月――僕たちが高校に上がって以来ずっと続く『お決まりの光景』だ。

 小さい頃からずっと、三人一緒だった。幼稚園も、小学校も、中学校も。高校は……僕としてはそろそろ離れても良かったのだけど、二人が選んだのは僕と同じ高校。そうやって過ごすうちに、真澄と咲月が両想いなのは分かっていた。だから色々と焚き付けたりして、卒業式に告白させた。……いや、だって身近で展開される両片思いって、やきもきするだろう?

 そうして両想いになったのは良いものの、元々真澄はどこか軽いところがあった。というよりは、可愛い子や綺麗な子に目を奪われがち、というか……男なら多少は仕方ないんじゃないかとも思うのだけど、咲月はそれを許さないらしく。結果、こういう口喧嘩は毎日のように起きているわけだ。

「浮気者って……お前だって、イケメン見たらはしゃぐくせに」

「それとこれとは違うわよ!」

「同じだろ!?」

 エスカレートしていく二人から視線を逸らす。最初の頃は困ったけど、こう毎日繰り返していれば対策も身に着く。即ち、放っておけばそのうち二人とも疲れて終わる、と。

 周囲に目を向けると、下校中の他の生徒が目に入る。……まぁ、まだ学校を出てすぐだから、当然と言えば当然なのだけど。

「ぼーっとしてる、か」

 二人に言われた言葉を繰り返す。心当たりがないわけではないけれど、それが表情に出ているのは自覚していなかった。そこまで意識が回っていなかったのかな、と一人で反省する。やらなければいけないことも、考えなければいけないことも、あまりに多すぎて。

 ちょっとは気を付けないと、かな。二人に心配をかけては駄目だ、そう心の中で唱える。

 視線を戻すと、ちょうど幼馴染たちの喧嘩も決着が着いていた。

「はー、はー……もういい、疲れたから今は休戦だ」

「そ、そうね。後で覚えてなさい、真澄っ」

 ……決着、かなぁ?

「終わった?」

 声をかけると、二人は苦笑気味に振り返る。

「あ……悪ぃ、慎のこと忘れてた」

「だと思ったよ」

 肩を竦める僕に、咲月がジト目を向けてくる。

「それじゃ、慎の話に戻ろうかぁ? 伊崎さんに告白されたんでしょ、返事はどうしたの?」

「断ったけど」

「……分かってはいたけど信じらんない、慎ってば本当に馬鹿っ!」

 頭に軽い衝撃。僕は苦笑気味に、背伸びして腕を限界まで伸ばした咲月を見下ろす。

「疲れない? 咲月」

「そんなこと言うなら真澄に代わりに殴ってもらうわよっ」

「さっきまで喧嘩してなかったっけ、君たち」

 随分と仲が良いようで。

「だって、真澄じゃないけど伊崎さんってすっごく可愛いじゃない! それを振るなんて本っ当ありえない! いくら自分が告白されまくりの選び放題だからって! ね、真澄だってそう思うよねっ」

「ぶっちゃけ凄くムカつく」

「ほらぁ!」

「別に選り好みしているわけじゃなくて、今はそういうこと考えられないだけなんだけどなぁ」

 呟くと、真澄が信じられない物を見たと言わんばかりに首を横に振る。

「健全な高校生男子の言葉じゃねぇ……くっそ、これだから顔の良い奴は」

「君たちだって顔が悪いわけじゃないと思うけど」

「嫌味かそれ! どう見たって俺も咲月も中の上が精一杯だろ」

「……事実だから、否定はしないけどね? 自分の彼女に向かってそれは無いんじゃないかなぁ、真澄ぃ」

 頼むから、背後で物凄い顔をしている咲月に気づいてほしいんだけど。何かこの二人、両想いになってから逆に関係が悪化している気が……いや、昔からこんな感じか。

「でも、真澄の言う通りよ。そこらのアイドルとかモデルなんかよりずっと顔が良いくせに、何で彼女作らないの?」

「そんな真顔で聴かれても」

 肩を竦めると、恨めしそうに真澄が指を折る。

「イケメン、成績優秀、運動神経抜群、生徒会役員、誰に対しても優しいお人好し……女子みんなに人気があるのも分かるけど、流石にチートすぎるだろ。出来ないことあるのかよお前」

「ほんっと、人生幸せそうよねぇ」

「いや、だから僕に言われても困るんだけど」

「お前以外の誰に言えば良いんだよ!」

 そういうの、逆ギレって言わないのかな。と言葉に出しても恐らく火に油を注ぐだけなので、心の内に留めておくけど。

「あっ、そうだ慎! 後で行って良いか? 夜辺り。数学教えてくれ」

「……君、たった今まで僕に対して怒ってなかった?」

「あんなの昔から繰り返してる挨拶みたいなもんだろ」

「うわぁ……ねえ咲月、開き直ったよ君の彼氏」

「私は真澄の味方だもーん」

「調子いいなぁ」

 くるくると意見を変える二人に、僕は嘆息する。……けど、恐らく僕は笑顔を浮かべているのだろう。何だかんだで、二人が家に来るのは決して嫌では無いのだから。

 そう、二人だ。

「どうせ君も来るんだろう? 咲月」

「もっちろん! 今日の授業、自慢じゃないけど全然分からなかったから」

「本当に自慢じゃないね……今日は割と簡単だったのに。で、そっちはどこまで行ったの?」

 三人の中で一人だけ別なクラスである真澄に訊ねると、彼は考え込む。

「……忘れた」

「駄目じゃん」

「いや、教科書見れば思い出すって! 分からないところから教えてくれ!」

「真澄の場合は最初から最後まで分からないだろ?」

「うわ、慎ってば容赦ないわぁ……」

「笑顔でそれを言う君もだいぶ容赦ないけどね、咲月」

「てへっ」

「可愛いから咲月は許す! 慎は許さねぇ!」

「……ま、良いけどさ。ただでさえ暑いんだから、更に周りの気温を高くするのは止めてね」

 さっきまで喧嘩していたとは思えないバカップルに僕は嘆息し、視線を前に向ける。十字路を右に曲がると、真っ直ぐ進もうとしていた二人が振り返った。

 対し、僕は微笑む。

「夜まで暇だし、ちょっと寄り道してから帰るよ」

「……また? 昨日もそんなこと言ってなかった、慎?」

「ちょっと色々と用事があってね」

 訝しげに見てくる咲月。僕は苦笑し、冗談混じりに付け加える。

「それに、君たちだって二人きりの方が良いだろ?」

「そ、それは否定しないけどぉっ」

「もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃね……?」

 慌てる咲月と嘆息する真澄に、僕は笑顔を向ける。

 ……彼らは知らない。僕が二人に気を遣ったのではなく、自分のために二人から離れことも。二人が仲良くしているのを見るたび、悲鳴をあげる心を必死で押さえつけていることも。

 小さい頃から、三人一緒。いつも行動を共にしていたなら、惹かれるのは当然。

 けれど、少女は一人、少年は二人。少女が選んだのは、僕ではなかった。

 ずっと、分かっていた。咲月が見ているのは、僕ではなく真澄だと。僕のことはあくまでも幼馴染扱いで、親友扱いで……真澄への片想いの相談相手にはなりえても、彼女が僕自身を恋愛対象として見てくれる日は決して来ないのだ、と。

 それは真澄も同じ。彼にとっても僕は、幼馴染で親友。咲月と同じように、彼も咲月への想いを相談してきた。けれど真澄だって、僕自身が恋敵だとは全く思っていない。

 僕が隠し通せば、それで良かったのだ。

 そうすれば、傷つくのは僕だけだから。

 そうすれば、二人を傷つけずに済むから。

 そうすれば、この幸せな日々が壊れずに済むと、知っていたから。


 ◆◇◆


「……珍しいな、『最後』まで行かないなんて」

 目覚めると同時、僕は僅かに歪んだ笑みを漏らした。

 幼い頃から、毎日見てきた夢。見知らぬ世界で繰り広げられる物語。加波慎という、一人の少年の人生。

 そしてそれは確かに、『加波慎だった頃の僕』が経験したことなのだ。本来なら消されるのであろうその記憶は、何故か生まれた時からはっきりと僕の中に在った。

 最初はじまりから、最期おわりまで。

 加波慎が命を落とすその瞬間を、夢は繰り返す。何十回も、何百回も、夢の中で息絶えた。そして、そのたび――

「わぁ……朝の城ってこんなに静かで幻想的なのね、初めて知ったわ!」

「あまり騒がないでくださいませ、クレア様」

 身支度を整え、少し城の中を散歩してこようかと部屋を出て数分後。聴き慣れた声に振り返ると、予想通り王女と乳母が歩いていた。……マリルーシャさんの服装も相まって、こうして見ると乳母というより侍女に見える。いや、彼女はクレア様の侍女も兼任しているから、間違いではないのかな。

「分かってるわ、マリルーシャ! でも、ちょっとくらい許してよ。十三年暮らしているのに、わたしは知らなかったんだよ? 自分が暮らしている城の別な顔を!」

「それが嬉しいのは見ていればよく分かりますが、今は早朝ですわ。数は少ないと思いますが、まだ寝ている者もいるはずです。仮にも王女なら、その辺りへのご配慮をお忘れなく。それと、言葉遣いが乱れていらっしゃいますよ」

「……はぁい」

 渋々といった様子で、彼女は頷く。そして少女はとん、と前に踏み出し、くるりと振り返って、上目遣いにマリルーシャさんを覗き込んだ。

「でも、凄く楽しいわ」

「危ないですわ、クレア様! 王女らしくない行動は慎むようにと、いつも申し上げているでしょう。歩くときにはきちんと前を見てくださいな、誰かにぶつかったらどうなさるのですか」

「大丈夫、ぶつかったりなんかしないわ。小さい頃からのくせなんだもん、仕方ないじゃない」

「そうですわね、クレア様ときたら聞き流すばかりで、直そうとしないんですもの」

 そんなやり取りを聴いていると、心の奥がずきんと痛む。さっきまで見ていた夢が、蘇って。

 全く同じ仕草をした咲月とクレア様が、重なる。

 全く同じ表情で、二人が笑う。

「きゃっ」

 ――と、その時、お腹のあたりに軽い衝撃と小さな悲鳴。受け止めると、やはりそこにいたのは銀髪の少女だった。

「ほら、だからぶつかりますよと申し上げたでしょう」

 その背後で呆れ顔の女性に、僕は微笑む。

「おはようございます、マリルーシャさん。この暑いのに散歩ですか?」

「ええ、クレア様が朝から我儘を言いまして。おはようございます、ジル」

「……王女より先に乳母に挨拶するんですかー、先生」

 腕の中から上がる、不満げな声。

「おや、この国の王女様は人に挨拶されるまで挨拶をなさらないのですか? シリル様はご自分から挨拶してくださいますが」

「卑怯です、シリルと比べるなんてっ!」

 叫ぶ彼女から腕を話しながら、僕はくすりと笑った。

「冗談ですよ、クレア様。おはようございます」

「おはようございます、先生!」

 満面の笑みを浮かべる彼女に、僕は微笑を返す。

 心の奥、段々と大きくなる痛み。耐えようと必死になって、けれどきっと耐え切れてはいないのだろう。だからこそ、クレア様に――そしてシリル様にも、指摘されてしまったのだから。寂しそうだ、と。

 加波慎がジルベルト=フラル=トゥルヌミールとして再び生まれ落ちたように、その幼馴染である吉良きら咲月もまた、クレア=ネスタ・ラサ=アネモスとしてこの世界に生まれていた。

 そのことを、彼女は――クレア様は知らない。前世で僕たちが知り合いだったことも、かつて彼女が恋し、愛したのは僕ではないことも。

 何も知らず、少女は僕を想うという。幼く純粋なその想いは、例えシリル様や他の人間伝いに聴かなくても分かってしまったことだろう。

 だけど、僕はそうはいかない。例えかつて咲月が好きだったとしても、今も変わらずクレア様を愛しているとしても、その想いに従うわけにはいかないのだ。

 彼女が誰かを好きになってはいけない、というわけではない。今の彼女は『クレア』であって『咲月』ではないのだから、『クレア』として生きればいい。僕だって、かつての自分を引きずるつもりはない。

 だけど、それでも僕は。

「…………君を裏切ることは出来ないよ、真澄」

 去っていく二人を見ながら、僕は未だ現れないもう一人の幼馴染の名を呟いた。



こんばんは、高良です。ちょっと前回より長めの第三話をお届けします。

完全に異世界を舞台として展開してきた第一話・第二話とは打って変わって、今回の前半の舞台は現代日本。何の変哲もない高校生たちの、どこにでもあるような会話。

彼にとってそれは失われたものであり、同時にまだ彼の傍にあり続けるものでもありました。その事実が、彼を苦しめ続けているのです……


それでは、また次回。

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