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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第一部
24/173

番外編・六 運命は彼らを弄ぶ

「り、リオネルさんっ」

「……ハーロルト様?」

 背後からかけられた声に振り返ると、そこには金髪の少年が立っていた。それほど話したことはないが、間違えるはずもない。もう一年以上この城にいる、隣国の王子である。

「どうなさったのです? わざわざ俺に声をかけるなど」

「あー、えっと……その、ですね」

 眉を顰めて訊ねると、少年は居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。それも仕方のないことか、と俺は僅かに苦笑した。

 何しろ、彼は言ってしまえばジルをこの国から追い出した張本人なのである。ジル本人が否定したため、表向きにはハーロルト様は何もしていない、どころかクレア様を守ったということになっている。城の人間の大半がそれを信じているが、全員というわけではないのだ。俺やシリル様、マリルーシャのように当事者に近い位置にいる人間は、陛下の言葉が真実ではないことを悟っていた。

 にも関わらずハーロルト様への怒りが殆ど湧いてこなかったのは、彼の態度ゆえか。当時、罪に問われないという現状に一番苦しんでいたのは他ならぬ彼自身に見えた。一年が経とうとする今も自国に帰ろうとせずこの国に留まるのもまた、彼を許そうとしない王女への贖罪のためか。

 ……だがそれでも、俺とこの王子とはそこまで接点があるわけではない。色々と複雑な思いはあるものの、積極的に話したい相手とは言い難かったはずだが。

 そんな俺の視線に気づいたのか、彼は慌てて顔を上げた。

「あ、あの! ……シリルに、聴いたんです。色々と」

「色々、とは?」

「リオネルさんと、マリルーシャのことを」

 告げられた言葉に、俺は息を呑む。口を開こうとする俺を真っ直ぐ見つめ、少年は言葉を続けた。

「それで、あいつに頼まれたんです。マリルーシャの方は何とかするから、リオネルさんの方の説得は任せたって……俺に頼むなんてどうかしてると思いますけど、でも」

「説得、ですか」

 僅かに、自分の声が低くなったのが分かる。彼は怯むように唇を噛み、しかし目を逸らすことなく頷く。

「二人とも互いに誤解しているはずだから、まずはそれを解く必要がある、って」

「誤解?」

 細めた目に宿った冷たい光に気づいたのか、ハーロルト様が息を呑む。だが、この話題になるともう、自分を抑えることなど出来なかった。

「シリル様に聴いた、と仰いましたね。ならば恐らく詳しいことも知っているのでしょう。どこが誤解だと言うのです、あれは彼女が――」

「それが誤解だって言ってるんだっ!」

 叫び声に、俺は思わず目の前の少年を見つめる。彼もまた叫ぶつもりは無かったのか、ハッと気まずそうに口を閉じ、しかしすぐに言葉を続けた。

「マリルーシャがあんなことをしたのは、リオネルさんが思ってるような理由からじゃないんです。信じてほしいとは言わないけど、今聴かないと絶対後悔すると思うから」

「何故、貴方が来たのです? 俺たちのことは、ハーロルト様には関係ないはず。違いますか?」

「……違いません。けど……怒りに身を任せたって良いことは無いってことも、それで相手を傷つけてしまったときの後悔も、俺が一番よく知っているから」

 僅かに自嘲めいた、切なげな笑みを浮かべる少年。子供らしからぬその表情に、俺は息を呑んだ。――それは、この国を出て行った弟がよく浮かべていた笑顔と似ていたから。

「それに、今の俺がクレアのために出来ることなんて、これくらいしかないですから」

「クレア様のため?」

「マリルーシャは、クレアとシリルにとって姉みたいな存在だから……俺が力になれるなら、力になってやりたくて。シリルは俺があんなことをしても態度を変えなかった変人だし、クレアは俺にとって――運命、だから」

 運命。その言葉に、俺は力なく笑う。かつてそれに踊らされた一人としては、少年の言葉はとても滑稽で、哀れなものに思えたから。

 そんな俺の思いを読み取ったのか、ハーロルト様は勝気な笑みを浮かべる。

「俺は、負けませんよ。リオネルさんと違って」

「貴方は俺より悪い状況に置かれているように思えますが?」

「それでも、です。またクレアと出会うことが出来たんだ、もう前みたいな失敗を犯すわけにはいかない」

 その言葉にどこか引っかかるものを感じたものの、違和感の正体も分からず……笑顔の少年に対し、俺は嘆息を返した。

「……分かりました。話は、聴かせて頂きましょう。ここでは目立ちますから、どこか空いている部屋にでも」

「じゃあ、俺の部屋で。ここから近いし」

 安堵混じりの笑みを浮かべる少年に、俺は苦笑。

 ――そして、俺は全てを聴くことになる。自分は、大きな間違いを犯していたのだと。彼女もまた、傷つき迷っていただけなのだと。光が消えたと思い込み、彼女の言葉を聴かなかった自分の愚かさを。


 ◆◇◆


「ねえシリル、ハーロルト様に頼んだことって何?」

 マリルーシャの部屋を訪れたその日の夜のこと。いつものように僕の部屋に来ていた妹が唐突に放った言葉に、僕は僅かに目を見開いて彼女を見た。

「ハルに聴いたの?」

「うん。今日はいつもみたいに付きまとってこなかったから、おかしいなって思って」

「そっか……大したことじゃないんだけど、ちょっとね」

 クレアの言葉に、こっそり笑みを漏らす。先生のことがあって以来ハルを拒絶し続けているクレアだけど、この一年でその距離はゆっくりと縮まっていた。多分、そのうち前のように接することも出来るのではないだろうか。それでも、クレアの胸の奥に眠る複雑な感情が消えることは当分無いのだろうけど。

 ……いや、クレアの方が普通、なのかな。

「それにしても、シリルはよく平気でいられるよね」

 僕の心を読んだように、クレアが嘆息する。何のことかは察しがついていたけれど、僕は首を傾げて訊き返した。

「何が?」

「ハーロルト様のこと。先生が酷い目に遭わされたのに、怒りもしなかったじゃない」

「もう一年だよ、クレア。流石にそろそろ……」

「シリルは最初からそうだったもの」

 容赦ない妹の言葉に、僕は苦笑する。

「みんなそうだったよ。クレアは気付かなかったみたいだけど、クレア以外はみんな、ハルに対して怒りは覚えても憎しみまでは抱かなかった。ハルが物凄く後悔しているのも分かってたし」

「それは……わたしも、分かってるけど」

 戸惑うように、クレアが目を伏せる。

「それでも、ハーロルト様が先生を傷つけたことに変わりは無いもの。シリルだって異常なくらい先生のこと尊敬してたくせに、その先生をアネモスから追い出したハーロルト様と普通に話せるんだね」

「尊敬していたから、かなぁ」

 僅かに低いクレアの言葉に、ああこれは怒っているな、と再び苦笑しつつ呟く。訝しげに顔を上げる彼女に、僕は僅かに微笑んで見せた。

「先生はハルを許していたし、ハルが罪に問われなかったのも先生の言葉のせいだろ? だったら先生はそう願っていたんだから、そうするべきかなって」

「何か……それもう盲信の域よね、シリル」

 僕の言葉に、クレアは呆れるように嘆息。そのまま、ぽつりと漏らした。

「でも、やっぱりハーロルト様は許せないよ。……わたしね、先生に振られたの」

「告白したの?」

 振られた、という言葉には驚かない。二人が両想いであることも、けれど先生がクレアの想いを受け入れることは決して無いということも、僕は先生本人に聴いていたのだから。だけどクレアの口からそれを聴くのは予想外で、僕は思わず首を傾げた。

 そんな僕の問いに、クレアは首を横に振る。

「ちゃんと言ったわけじゃないの。言う前に、止められちゃった。だけどね、今でも先生のことは好き。大好き。シリルは恋したことなんてないから分かんないだろうけど」

「そりゃ、無いけど。……ハルのことは? 好きじゃないの?」

「……分かんない」

 僕の言葉に、彼女は僅かに表情を歪めた。

「嫌いじゃ、無いわ。多分、ハーロルト様があのまま何もしなかったら、いつか好きになってたかもしれない。だけど、今は……。先生に対する『好き』とハーロルト様に対する『好き』は多分違うんだけど、でもどっちが正解なのかなんて分かんないよ」

 泣きそうな顔で首を振るクレア。当然だろう、僕らはまだ十四歳なのだ。そんなこと、分かるわけがない。

 いや、リオネルとマリルーシャが婚約を破棄したとき、マリルーシャは十五歳だったんだっけ。そういえば、と本題を思い出し、ちょうど良かったので話題を変えることにする。

「そうだクレア、話は変わるんだけどマリルーシャのこと」

「あっ……シリル、様子見てきたんだっけ。大丈夫だった?」

 やはり心配だったのか、疑問も抱かず僕の言葉に反応する彼女に、僕は苦笑した。

「正直、大丈夫では無さそうだったけど。だけど多分大丈夫、かな」

「何それ」

 首を傾げる妹に、再び苦笑。

「ハルに頼んだのも、そのことなんだ。今日は大変だったよ、二人で色々と走り回ったんだから」

 二人の関係に違和感を覚えたその日の夜に父上の元を訪れ、全てを聴いた直後にハルの元へ。寝る直前だったハルに全て話して協力の約束を取り付け、今日は朝から二人の父親であるトゥルヌミール公爵とカルネ侯爵を呼び出して詳しい話を聴いて、それが終わったらすぐに僕はマリルーシャの、ハルはリオネルのところへ。我ながらかなり頑張ったと思う。

「だから、すぐ解決すると思うよ。クレアは心配しなくて大丈夫」

「……何か、わたしだけ仲間外れみたい」

「普段の行いのせいじゃないかなぁ」

 頬を膨らませる妹の額を軽く小突き、僕は立ち上がった。

「ほら、そろそろ自分の部屋に帰りなさい。僕も眠いし」

「むー……まぁ良いわ。おやすみ、シリル」

「おやすみ」

 自分の部屋に戻る妹を見送り、僅かに目を細める。

 大丈夫、とは言ったけれど、正直僕の企みが成功するかどうかは僕自身にも分からなかった。僕は先生じゃないのだ、自分のなすこと全てに自信をもつことは出来ない。まだ、先生に追いつくことなど出来やしない。

 それでも、もう無力な子供でいるわけにはいかなかったのだ。そう先生に誓ったのだから、もう後悔はしたくなかった。


こんにちは、高良です。


前半は久々に登場のハル。加害者であると同時に、もしかしたら被害者でもあるのかも。けれどこれ以上無いほど後悔した彼の言葉だからこそ、やっとリオネルに聴こえました。

後半は双子。シリル君のジル盲信がどんどん酷くなっていく気がします。誰のせいかしら……


リオマリ時間かけすぎてストック尽きちゃったけど次の話はちゃんと更新出来ると思います。多分。


では、また次回。

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