番外編・四 少年王子の暗躍
「お訊ねしたいことがあります、父上」
いきなり本題に入った僕に対し、父は驚くように目を瞬かせた。
「それは構わんが……一体どうした、シリル。こんな夜遅くに」
「あまり、人に聴かれたくはない話なので」
「ほう……?」
興味深げに見てくる父を、僕は正面から見返した。
「父上。リオネルとマリルーシャの間には、一体何があったのですか」
「……誰に聴いた」
はぐらかさなかった辺り、父も僕が本気だと分かっているのだろう。目を細める父に、僕は微笑を返す。
「誰にも。ただ、今日そのことをリオネルに訊ねてしまって……上手く誤魔化してはいましたが、それでも様子がおかしかった気がしたので」
「なるほどな……まるでジルのようなことを言いおる」
僕の言葉に、父は呆れるような表情を浮かべた。思わず苦笑すると、父は僅かに表情を引き締めて僕を見る。
「それに答えるのは簡単だが、良いのか?」
「良い、とは?」
「お前はリオネルのこともマリルーシャのことも慕っているのだろう。全てを聴けば、それが変わることもありうる。それでも、聴きたいのか」
「はい」
躊躇うことなく、頷く。
「だからこそ、聴きたいんです。その程度で揺らぐような、安い信頼じゃありませんから。二人には、幸せになってほしいんです」
「……まったく、お前は」
父上は深く溜息を吐き、訝しげな表情を僕に向けた。
「知りたいのならば、余に訊ねるよりも良い方法があるだろうに」
「確証を得ないまま本人たちに訊いても、僕では上手くはぐらかされてしまうでしょう? かといって、その親に訊ねたところで相手を庇うでしょうし……使用人たちに訊くという手もありますけど、噂というのは正しくは伝わらないものですから。最初に父上に正しい話を聴いておこうと思って」
「余が全て知っていると、何故思ったのだ?」
「アネモスの貴族同士の話を、父上が知らないわけがないでしょう。というか、知らなかったらそれは王としてどうかと思います」
肩を竦める僕に、父上は面白そうに喉を鳴らす。
「まぁ良い、お前にならば話しても大丈夫だろう。……リオネル=レネ=トゥルヌミールとマリルーシャ=フォン=カルネは、婚約者同士だった。八年ほど前まではな」
「今は違う、と?」
眉を顰めた僕に、父は首肯。
「そうだ。彼らが出会ったのは更に十年ほど前、あの二人がまだ幼かった頃だ。領地が隣同士ゆえに知り合い、その日にリオネルが結婚を申し込んだらしいな。まだ彼らが婚約していた頃に聴いた話では、互いに運命とやらを感じたそうだ」
「運命……ハルも、似たようなことを言っていましたね」
「ほう」
何気なく呟いた言葉に、父は興味深げに目を細めた。しかしその表情はすぐに消えて、彼は話を続ける。
「お前がハーロルト殿を憎んでいないことも気になっていたのだが、それはまた後だな。実際リオネルとマリルーシャはかなり仲が良かったのだが、八年前の冬の三に突然婚約を解消した」
「……何が、あったのですか?」
「さて、な。悪いのはリオネルの真面目さか、マリルーシャの無防備さか」
苦笑交じりに父は首を振り、肩を竦めた。
「その直前に城で大喧嘩をする二人を見たものが大勢いる。彼らの話と当人たちの話によると、婚約者がいる身にも関わらず男性に対して無防備すぎる、とリオネルが怒ったらしいな。詳しい内容が知りたければ本人たちに訊くことだ」
「ええ、そうします。……あのマリルーシャが、男性に対して無防備ですか」
その言葉が信じられず、僕は呟く。僕の知っている彼女は、僕たちが何かすると遠慮なく叱り、クレアに女性らしい振る舞いを叩き込む、強かだけど貴族の淑女に相応しい人間だ。その容姿の良さから色々な人に口説かれているが、それを軽くあしらい受け流すところも何度も見ている。
驚く僕に、父は苦笑を向けた。
「本当に驚くべきはこの先だぞ。婚約を破棄した直後、リオネルの方は王族や公爵家に敵意を抱く貴族たちを恐ろしい勢いで潰していった。まるで八つ当たりのように、な。まあそれは良い、問題はマリルーシャの方だ。同じ頃から、彼女には常に浮いた噂がついて回るようになった」
「それは……」
戸惑う僕に、父は表情を変えず続ける。
「長くて一ヶ月、短くて一日。恐ろしい速さで、マリルーシャは貴族の男たちを弄んでいった。まだ十五の少女が、だ。それがリオネルへの復讐なのか、それとも別な意志によるものなのかは知らぬがな。しかしそれを知ったリオネルは、ますます荒れた。彼女は体まで許したことは無かったようだが、そう言ったところで最早リオネルは信じぬであろうな」
「し、調べたのですか!?」
思わず赤面しながら叫ぶと、面白いものを見たように父上は喉を鳴らした。
「気になるか? お前もそんな年だったな、治癒の塔に行けば記録が残っているだろうが」
「違います! そうじゃなくて!」
「冗談だ。……流石に、夫以外の者に容易く純潔を捧げるような人間をお前たちの傍に置くわけにもいかなかったのでな。さておき、そんなことを続けているうちにカルネ候も怒り、彼女を追い出すように城に送ってきた。余もどうしたものかと思ったが、ちょうどお前たちが手も付けられないほど暴れはじめたのでな。試しにマリルーシャを乳母にしてみたところ、それまでが嘘のように彼女は完璧に振る舞い、お前たちも懐いたというわけだ」
「……何か、僕たちが実験台みたいですが」
僕は苦笑交じりに呟き、父に訊ねる。
「ということは、リオネルとマリルーシャは仲が悪いのですか?」
「愛憎が半々、というところだろうな。……というのは、ジルの言葉だが」
「先生の?」
予想外の言葉に目を丸くすると、父は頷いた。
「リオネルがよく城を訪れるようになったのはマリルーシャよりも後、ジルがお前たちの教育係になった頃だ。余も二人のことが気にかかったのでな、ジルに訊ねると返ってきたのはその言葉だった」
「先生は……二人を、どうしたかったのでしょう」
「復縁させたかったようだな。もっとも、その前にあの事件が起きてしまったが」
苦く笑う父の言葉に、僕は決意する。
――先生が、そうしようとしたなら。間違いであるはずがない。ならば僕が、と。
こんにちは、高良です。
前回二人の関係に疑問を抱いたシリル君。真実を知るために彼が向かったのは、彼の父である国王のところでした。客観的に全てを知るのは、恐らく彼だけですからね。
真実と共に、アネモスを去る前のジルが考えていたこともまた知ってしまったシリル君。賢者盲信の彼が、それを聴いて動かないはずがありません。
では、また次回。




