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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第一部
20/173

番外編・二 擦れ違う心

「マリルーシャ」

「リオ様!」

 俺に背を向け、若い騎士と話す一人の少女。見覚えのある亜麻色の髪に気づいて声をかけると、彼女は振り返り、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「すまない、待たせたか」

「いいえ、構いませんわ。珍しいお話も聴けましたし」

 マリルーシャに悪戯っぽく微笑みかけられ、彼女と話していた騎士は照れ臭そうに笑う。いや、よく見ればその制服は正式な騎士ではなく従騎士のもの。彼自身も、俺たちと殆ど変わらない年に見える。恐らく、城に住み騎士になるべく修行する人間の一人なのだろう。その立ち居振る舞いから、彼もまた貴族の出であると予想をつける。

 ……胸の奥で、ずきんと疼く黒い影。しかし二人にそれを悟られぬよう、俺は僅かに笑みを浮かべる。

「そうか、なら良かった。行くぞ」

「あっ、待ってくださいリオ様。……楽しかったですわ、ありがとうございました」

 二人の隣を抜けて歩き出すと、彼女は慌てるように後を追ってきた。ただしその前に、今まで話していたらしい少年に頭を下げることは忘れない。

「陛下との謁見はどうでしたか? 予定より長くかかったようですけれど」

「あの方は俺にはそこまで関心は無いようだからな、専ら聞き役だったさ」

 肩を竦めると、マリルーシャは訝しげに首を傾げる。

「弟さん……ジルベルト様、でしたっけ。そんなに凄いのですか?」

「そのようだな。気づいたら全ての国の古語を完璧に習得していた」

「まあ」

 目を丸くするマリルーシャ。

「わたくしなんて、アネモス語すらまともに読めませんわ」

「ああ、普通はそうだろうな」

 古語を完璧に操れる人間など、学者や魔法使い程度。それだって、自国以外の古語まで習得した者は少ないだろう。全て覚えた人間は、世界中を探しても数人いるかいないか。

 そこにまだ十になったばかりの少年が名を連ねる、というのがどれだけ異様なことか、弟は知っているのだろうか。いや、恐らく全て分かっているのだろう。弟が俺より年上なのでは、と錯覚したことは数知れない。彼の瞳に宿る光の色は、とても十歳の子供のものとは思えないのだから。きっと彼は、俺の何倍も何十倍も多くのことを知っている。

 昔ならともかく、今の俺は弟を妬んだり羨んだりはしない。彼が公爵位を継げないのと同じこと、陛下に興味を持たれていることを悔しいと思うのなら俺自身の力でそこまでのし上がればいい。

「それで、ドミニク様と弟さんは? 一緒ではないのですか?」

「ああ、ジルが書庫に行きたいと言い出してな。あんなところに行っても暇なだけだ、一足先に戻ってきた」

「あら」

 おかしそうに笑う少女を、少しだけ睨むように見つめる。俺の様子がおかしいことに気づいたのか、マリルーシャは足を止め、訝しげに俺を見上げた。

「リオ様? どうかしたのですか」

「マリルーシャ。さっき、話していたのは」

「ああ、あの方ですか」

 彼女は嬉しそうに笑う。……やめろ、そんな笑顔を浮かべるな。俺以外に、その笑顔を向けるな。

「そういえば名前をお聴きしていなかったわ。従騎士として修行していらっしゃるらしくて、わたくしたちも聴いたことが無いような城のお話をたくさん……」

 不意に、彼女の言葉が止まった。そしてマリルーシャは不安げに、俺を見上げる。

「……リオ様?」

「まだ分かっていないのか、マリルーシャ」

 冷たい目で、俺は彼女を見下ろす。自分だけが気にしていることが苛立たしくて、告げることで彼女もまた意識してくれるだろうと期待して。

「もう十四だろう。年頃の男女が楽しそうに会話していたら、それだけで良からぬ噂が流れるだろうことに、何故気付かない? 忘れるな、お前の婚約者は俺だろう」

「……忘れてなんて」

 少女の顔が、泣きだしそうに歪む。しかし彼女が涙を零すことはなく、彼女もまた睨みつけるように俺を見た。

「公の場では、わたくしだって意識していますわ。それで十分ではありませんか」

「私的な場でも、意識しろと言っているんだ。お前は男に対して無防備すぎる」

 自分が美しい容姿を持つことなど知らずに、他の男たちを無意識に誘惑している。そのことにすら、彼女は気付いていないのだ。今までもずっとそうだった。彼女に向けられる男たちの目を見るたび、どれだけ不安に駆られたことか。

 俺の言葉に、彼女は苛立ちを隠さず反論してくる。

「偉そうに言わないで! 華々しい生活を送る貴族だってたくさんいます。いつもそうですわ、リオ様は真面目すぎるのです。そうやって頑固で融通が利かないから、みんな貴方より弟さんを選ぶんだわ!」

「っ」

 ――弟を妬んだり羨んだりはしない、それは幼い頃に決めたこと。

 だが、それでも……比べられるのは、耐えられなかった。

「お前はどうなんだ、マリルーシャ」

「わたくし、ですか?」

 暗い目で、彼女を睨む。さっきまでとは違う感情が渦巻いていることに気づいたのか、マリルーシャは僅かに怯んだ様子で聞き返してきた。俺はそれに、嘲るような笑みで返す。

「侯爵も夫人も姉君ばかり気に掛ける、と言っていたが。誰だって自分の立場をわきまえないお転婆娘より、貴族の淑女らしい姉君の方が良いんじゃないのか」

 その言葉に、彼女は大きく目を見開く。その唇が、僅かに動く。

「そんな、……貴方に、そんなことを言われるなんて」

 その瞳から雫が零れる寸前、マリルーシャはそれを阻むように目を閉じる。

「……よく、分かりましたわ」

 そして彼女は細く目を開き、憎悪すら浮かべた無表情で俺を見た。

「もう二度とわたくしの前に姿を見せないでくださいませ、リオ様。貴方なんか、大っ嫌いです」

「そうか」

 薄く笑う。彼女に対する狂おしいほどの愛しさはまだ健在だったが、それすら上回る怒りと憎しみが、感情を上書きするように渦巻いていた。

「そのまま返そう、マリルーシャ。お前の声など二度と聴きたくない。……婚約は、破棄させてもらう」

 自分の声だとは信じられないほどに冷たい声音。決別を告げる俺の表情は、そしてそれを聴く彼女の表情は、どちらも今までにないほど強張っていた。


こんばんは、高良です。


今回はリオマリ編第二話。本編の数年前、ジルが十歳の時に起こった話です。互いに抱いていた、小さな不安。口論の末、それは取り返しのつかない言葉に変わってしまいました。

修復不可能じゃ? と思うほど険悪な別れ方をした二人。ですが本編で顔を合わせたとき、二人の関係は穏やかに見えましたね?

というわけで、次回からは本編時系列。賢者が去った後のアネモスで、この二人の物語は続きます。


では、また次回。

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