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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第七部
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第八話 騎士の再来

 ルフィノさんの言った通り、その日はすぐに訪れた。二週間前のルフィノさんの件があるからだろう、城門の前に立つ見張りの騎士の数は普段より多い。ルフィノさんの姿を見て警戒を露わにする彼らは、けれど背後にいる私を見て動きを止めた。その隙を突くように、ルフィノさんが静かに手を掲げる。ぱち、と金色の光を纏った腕が振り下ろされるのと同時に、視界に入る範囲にいる私たち以外の人間はみんな気を失って倒れていた。……うわぁ、罪悪感。

「意識を奪っただけだ、命に別状は無い。心配しなくとも、俺がこの城を去ってしばらく経てば目覚めるだろう」

「……それについてはルフィノさんのこと信じてるけど、そういうことじゃなくて」

 彼が私やアネモスの人たちを傷つけるなんて、もうほとんど思っていない。けれど、これじゃあまるで私が自主的にルフィノさんに協力したような……いや、大人しく言うことを聞いてはいるわけだから、あながち間違ってもいないのだろうか。

 私はいなくても別に良かったんじゃないか、と思ってしまうほどあっさり城の敷地に足を踏み入れた彼は、立ち止まった私を振り返って小さく息を吐いた。

「信じるという言葉は、味方に対してのみ使うべきだ。……手を」

「手?」

 言われるままに差し出した手に、そっと何かが置かれる。見ればそれは手の中に収まるくらいの小さな球で、ルフィノさんの髪と同じ、深い緑色をしていた。手を通して感じる不思議な気配は、これは魔法だろうか。首を傾げる私に、彼は表情らしい表情も浮かべず、淡々と言葉を紡ぐ。

「誰か、……あいつら以外で信頼出来る人間を探して、それを使え。使い方はお前の精霊に訊くといい。そろそろ目覚めるだろうから」

「……ルフィノさんは、お兄ちゃんとお姉ちゃんのところに行くの?」

「そのために来た」

 一瞬だけ、その夕闇の瞳が、炎のように揺らめいた。止めても聞いてはくれないことは分かっている。だから、その言葉は言わなかった。切り札はあるけれど、その使い所はきっとここじゃない。代わりに、小さく笑ってみせる。

「そこまで連れて行かれると思ってたよ。だってほら、私を盾に取るのって、あの二人に対して凄く有効な手段でしょ?」

「確かに楽だろうな。だがそうしなければ勝てないのならともかく、俺が少し楽をするためだけに、わざわざお前を危険に巻き込む気はない。お前も、見たくもないものを見せられるのは御免だろう」

「じゃあ、ここでお別れだね。ありがとう」

 だから来るな、と暗に言われたのは分かっていた。言葉の裏に込められた意味を読み取るのは得意な方だし、ルフィノさんもこの二週間程度の付き合いでそれを分かっていたからこそ、直接的な言葉を使わず遠回しに警告してくれたのだろう。けれどあえてはっきり答えるようなことはせず、はぐらかすように明るく笑ってみせる。それに気付いた彼は一瞬不本意そうに目を細めたものの、何も言わず私に背を向けて、とん、と地を蹴った。その足元でぱちっと金色の火花が飛んだかと思うと、ルフィノさんは見えない足場でもあるかのように宙を飛んで、上の階の窓から城に入る。やっぱり古代魔法って便利だなぁ、とそれを見送ったところで我に返った。

 そうだ、時間が無い。彼はお兄ちゃんやお姉ちゃんの居場所を分かっているようだったから、すぐに対峙するだろう。お兄ちゃんの実力を疑うつもりはないけれど、ルフィノさんだって強い。……そもそも私の目的はどちらかを勝たせることではないのだから、勝敗が決まる前に動かないと。急いで城に向かって駆け出しながら、「カタリナ!」と叫ぶ。二週間ぶりに現れた友人が何か言う前に、ルフィノさんから受け取った深緑の球を見せた。信頼出来る人間を探して、と言ってたから、恐らく魔法で眠ってる人たちを起こせるものだろう。

「これの使い方、分かる?」

「ただ魔法を固めただけの、最も単純な魔法道具ですわね。どこかにぶつけて壊せば、勝手に魔法が発動しますわ。とはいえその大きさでは起こせるのは精々一人ね、範囲が狭いから気を付けなさいな。……王子の居場所は分かりますの?」

「うん、何となく」

 それは本当に上手く説明できない感覚で、けれど確かにシリルはこの先にいるのだと感じるのだ。我ながらいい加減な響きだなぁ、と苦笑しながら答える。けれどカタリナはまるでそれが当たり前のように、「そう」と頷いた。思わず彼女の方を振り向いて、小さく目を瞬く。

「訊かないの? その、理由とか」

「わざわざ訊かずとも分かりますわ。ニナがそれだけ魔力の扱いに慣れてきた、ということでしょう。長く一緒にいて、無意識にあの王子の魔力を感じ取れるようになったのね」

「魔力を? ……そっか、お兄ちゃんもカタリナも、前に似たようなことしてたっけ」

 扉の向こうの相手が誰なのか当てたり、遠くにいる相手の居場所が分かったり。魔力は見るものではなく感じ取るものだ、と教えてくれたのはお兄ちゃんだったか。魔法の練習のときには自分の魔力を意識する必要があるから、それを繰り返すうちに自分の外側の魔力にも目を向けられるようになったということだろう。

「そう考えると、お兄ちゃんやカタリナはやっぱり凄いんだね。お兄ちゃんなんて最初の頃、一度会っただけで私の魔力が分かるようになってたし」

「あれは魔法の才能も記憶力も化け物ですもの、比べる方が間違いだわ。……とはいえ、単純に経験の差というのもあるでしょうね。貴女も魔力の高い神子なのですもの、すぐにそれくらいは出来るようになりますわ」

「簡単に言ってくれるなぁ……いた、シリル!」

 視界の端に見慣れた銀色を見つけて、そこで会話を打ち切る。どこかに行こうとしたところだったのか、シリルは彼の部屋から少し離れた廊下で他の人たちと同じように倒れていた。その傍に駆け寄って手に持っていた球を床に打ち付ければ、それは簡単に砕けて緑色の魔法陣に変わり、私とシリルの足元に広がる。光が収まると、シリルは小さく呻いて体を起こし、私の姿に気付いて目を見開いた。

「ニナ! どうしてここに、……怪我はない? 大丈夫なの?」

「平気、何ともないよ。心配かけてごめんね、シリル」

「ううん、君が無事で良かった」

 真っ先にそれか、と小さく笑いながら頷けば、彼は安心したように首を振る。けれど状況は何となく分かっているからだろう、シリルはすぐに「それで」とその表情を引き締めた。

「ニナがここにいるということは、彼も既にこの城にいるんだね」

「うん、さっきまで一緒だったよ。もうお兄ちゃんやお姉ちゃんに会ってると思う。私が一人しか起こせないようにしたのは多分、邪魔するなってことなんじゃないかな」

「そうだろうね、一人や二人なら彼の的にはなり得ない。……この城の人間を全員目覚めさせることは出来ますか?」

 厳しい顔で考え込むシリルに対し、カタリナは「無理ね」とあっさり首を振る。

「あの男が使っているのが通常の魔法であれば、それも可能でしたけれど。古代魔法はお手上げですわ」

「そうですか……どうしようかな、僕たちだけで乗り込んでも足を引っ張るだけだし」

「シリル、そのことなんだけど」

 小さく手を上げてみせれば、何か案があるのか、と言いたげな視線が向けられた。カタリナの方はというと、どこか呆れたような目で私を見下ろしている。聖地での出来事はどこまで見ていたのか分からないけれど、その表情から察するに、さっきのやり取りは聞いていたらしい。よりによって『前例』がそういう顔をしなくても、とは思うけれど、聞いたらシリルも似たような反応をするのだろう。

 それでも、これが最善策だと思うから、躊躇ったりしない。

「協力してほしいの。私、ルフィノさんのことを助けたい」

「ニナがそんな顔をするってことは、理由と……何か、策があるんだね?」

 予想に反し、シリルはどこか面白そうに目を細めた。それに内心驚きつつも頷いてみせれば、「分かった」という言葉と微笑が返ってくる。

「それで、僕たちは何をすればいい?」

「ええと……いいの? そんなにあっさり。敵なのに、とか言われると思ってた」

「まあ、それは今更だし……カタリナさんの件も、結局僕たちにとって有益だったからね」

 やはりカタリナと同じことは彼も考えたのだろう、宙に浮かぶ精霊をちらりと見て、シリルは小さく苦笑を漏らした。

「僕はニナを信じるよ。君のすることにはちゃんと意味があるって、分かってるから」

「……ありがとう」

 ほっと息を吐いて、気を引き締める。時間が無い。むしろ勝負はここからなのだ、安心している場合じゃないと、そう自分に言い聞かせた。


 ◆◇◆


 突然城の全体を覆った古代魔法の気配に、思わず顔を強張らせる。僕が途中で言葉を切ったことを不審に思ったのだろう、向かいに座っていたリザが「ジル?」と小さく首を傾げた。説明する暇もなく、部屋全体に防壁を張る。間一髪のところで、がん、と何かがぶつかるような衝撃が伝わってきた。それで何が起きているのか察したのだろう、リザの表情に怯えの色が浮かぶ。

「なるべく離れたところにいて、リザ。巻き込んでしまうかもしれないから」

「っ、でも、……分かったわ」

 本当ならここから逃がしたいところだけれど、僕の目の届かないところに行かせるのは不安だし、何より今の彼女は走ることが出来ない。揺らいだ魔法がすぐに崩れることのないように意識しつつそう声をかければ、リザは一瞬だけ躊躇ったものの、すぐに頷いて部屋の奥へと移動した。彼女を安心させるように小さく微笑んで、その周りに出来るだけ強固な防壁を重ねる。一方で、そちらから侵入されるわけにはいかないから、部屋の入口付近だけ少し防壁を弱めた。狙い通りそこを破った彼は、そのままの勢いで僕に切りかかってくる。咄嗟にそれを防いだ魔法は、彼が剣を握る手に力を込めた次の瞬間、音を立てて砕け散った。反射的に身をかわして距離を取れば、今まで立っていた場所に剣が振り下ろされる。ち、と小さな舌打ちが聞こえた。

「記憶頼りか。その様子では、力だけに突然覚醒したというわけでもないらしい。……二週間前には聞きそびれたな。どこでその力を手に入れた」

「君に教える必要があるのかい? 今日は随分と饒舌だね」

 にこりと微笑んでみせれば、彼は不快そうに視線を強める。夕闇のような瞳に浮かぶのは燃えるような憎悪の色で、原初の賢者が最期に目論んだことは見事に成功したのだなぁ、と小さく嘆息した。そのせいで苦労している僕たちからすればいい迷惑なのだけれど、自分自身の魂が引き起こしたことだから文句ばかり言ってもいられない。僕の言葉に、ルフィノはああ、とあのどこか歪な笑みを浮かべる。

「喋っている暇などなかったな。今回は長引かせすぎた。早く終わらせなければ」

 彼がリザの方に視線を向ければ、僕の背後でリザが小さく息を呑んだ。安心させてあげたいけれど、今この状況でルフィノから目を逸らすほど愚かではない。代わりに、ルフィノの足下を埋めるように拘束の魔法を放つ。……命まで奪うことは、何となく躊躇われた。向こうは僕たちを殺す気で来ているのに、と内心で苦笑する。賢者アルヴィースの記憶がそうさせているのか、それとも真実を知ってしまった僕自身が彼に同情しているのかは、判断がつかなかったけれど。

 金の火花を纏い、鎖の形を取ってルフィノを襲ったその魔法を、彼は顔色一つ変えずにあっさりと切り捨てた。それは予想出来ていたからその隙を突いて別な魔法を放つけれど、それも避けられる。二週間前に比べて躊躇いや焦りの全く見えない動きに、小さく息を呑んだ。

「そうか、あのとき素直に引き下がったのは、このために……!」

「劣化した賢者に負けるほど、落ちぶれてはいない」

 嘲笑と共に向けられた刃を避ければ、彼も何か魔法を使っているのだろう、その表面で金の光が弾ける。それから身を守るのが精一杯で、反撃する暇などほとんど与えられなかった。たまに苦し紛れに放つ魔法は、当然のようにかわされる。

 もう少しどうにかなると思っていたのだけれど、と浮かんだ苦い思いを押し殺した。僕だってこの二週間、何もしていなかったわけではない。手に入れたばかりの力を使いこなせるように……賢者アルヴィースの記憶に動かされるのではなく、僕自身の意思で動かせるように訓練を重ねた。けれど、向こうも何もしていなかったわけではない、ということだろう。原初の時代、騎士と賢者はよく手合わせしていたようだし、最後には互いに全力でぶつかった。彼らの力はまったくの互角だったのだから、その当時のことを覚えているのであろうルフィノに、ただ知識としてそれを知っただけの僕が敵うはずがない。

 ずきん、と脈打つような痛みが、一瞬だけ頭を刺した。代わってあげようか、と心の奥で聞こえた声を、痛みと共に意識の端に追いやる。それが誰の声なのかは、考えずとも分かっていた。その声に応えれば、声の主はそれこそ殺す気でルフィノと戦うだろう。そうでなければ彼には勝てない。……けれど、やはり死なせたくはないと、そう思うのだ。彼が何度廻っても僕たちを苦しめてきたのは知っているし、今もリザの心に残る傷のことも分かっている。彼を許すつもりは無いけれど、それでも僕には、ルフィノ=ウルティアを憎むことは出来なかった。

 難儀なものだね、と、その声は呆れたような色を帯びる。

 ――だから得るべきではなかったんだ、心なんて。そうすれば、そんな葛藤は抱かずに済んだのに。

「それでも……僕はもう、この感情を煩わしいものだとは思いませんよ、アルヴィース」

 彼らしいその言い方に、思わず苦笑した。口から零れたその名が聞こえたのだろう、ルフィノが警戒するように僕を睨みつける。心なしか重さを増したその剣をどうにか跳ね除けて、数歩だけ距離を取る。

 見覚えのある人影が僕たちの横をすり抜けたのは、ちょうどそのときだった。

「っ、ニナ?」

 その隣にシリル様もいることに気付いて、思わず息を呑む。それが隙にならずに済んだのは、ルフィノも同じように一瞬だけ動きを止めたからだろう。つまり、この状況は彼にとっても想定外ということか。

 ……二週間前にも似たようなことがあった、と苦い思いを抱きつつ視線を戻して、魔法で生み出した金色の刃をルフィノの足元に撃ち込む。それを避けた彼は、どこか僕以上に焦っているように見えた。

お久しぶりです、高良です。

頑張ると言った矢先にサボる癖をいい加減にどうにかしたいですね。


さて、そんなわけで再びの対峙。

一見ジルが圧倒的に不利な状況に思えますが、……誰かさんが現れると、何だかすべてが上手くいってしまう気がしますね……笑

ニナの切り札が何なのかは、次回のお楽しみという事にしておきましょう。


では、また次回。

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