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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第六部
149/173

第一話 心は僅かに近づいて

 愛とは呪いである。

 自分を縛り、相手を縛る強い呪い。前世むかしからずっと、それに縛られ続けてきた。人から向けられる愛は嫌われることへの恐怖へと形を変えて、僕自身にはその感情は芽生えなくて、それが露呈するのを恐れて偽って、その偽物の愛がまた色々な人を縛っていた。孤独は何よりも恐るべきもので、けれどそれ故に、僕は孤独だったのだ。臆病で弱い本当の姿は、決して誰にも見せてはいけないものだった。見せてしまったら何かが崩れてしまう。それが恐ろしくて貼り付けた笑顔もやがて泣いてはいけないという呪いに変わって、そんな幾重にも重なった呪いがかつての僕を殺した。ようやく千切れると思った鎖は、しかし死してなお――再び生まれ落ちてなお、呪いであり続けた。

 けれどそんな呪いを解いたのは、愛しているという最も恐れていた言葉だった。何があっても傍にいると、絶対に一人はしないと、そう誓ってくれた彼女に、返したいと思ったのだ。彼女が僕を愛してくれたように、 愛したいと誓った。彼女を信じる。傍にいるというあの子の言葉を信じる。前世では最期まで出来なかったことだ、というのはただの言い訳だろう。

 逃げるのは、いい加減に終わりにしよう。向き合うのだ。自分の心と。彼女の想いと。愚かな前世かこを悔いるのなら、彼女のために変わろう。鎖を断ち切ってくれた君を、今度は僕が守る番だから。

 ……けれど、それは僕達が思っているよりずっと昔から、ずっと強固に僕達を縛り続けていた。


 ◆◇◆


「何でよりによって冬にこんなところに来ようと思ったのよ……」

「冬だから、かな」

 恨みの篭ったリザの言葉に、そう苦笑を返す。その答えは予想済みだったのだろう、彼女はしばらく僕を睨み続けると、やがて呆れたように嘆息した。

「この雪でまだ冬の二ってのが信じられないわ。あと一ヶ月もすればもっと厳しくなるってことよね」

「そうだね……ネヴェイアの人は凄いよ」

「凄いっていうか、頭おかしいわ」

 ぼそっと呟く少女に、再び苦笑する。日本に近い気候のメルカートリアで暮らしていたリザにとっては、この寒さは耐え難いのだろう。アネモスも滅多に雪の降らない温暖な国だから、寒さが辛いのは僕も同じだった。

 対し、このネヴェイア公国は常に雪に覆われている。真冬になれば豪雪で閉ざされ、夏になってもその雪が融け切ることはない。比較的天気が安定している夏の間は観光で訪れる人も多いのだけれど、わざわざ冬に来るような物好きは珍しい、と今泊まっている宿の主にも驚かれた。数日前の会話を思い出していると、リザが不服そうに見上げてきた。

「聞いてるの、ジル? 大体、……っ!」

「っと、……大丈夫?」

 踏み固められた雪で滑ったのだろう、バランスを崩したようによろめいたリザを慌てて支え、訊ねる。流石に恥ずかしかったのか、彼女は無言で頷くと、抱き止めた僕の手をぱしっと叩いた。不機嫌そうな、けれど赤く染まった顔に気付かないふりをして手を離し、僕は苦笑する。

「リザは、こっちの世界で雪を見るのは初めて?」

「メルカートリアに住む前に何回か見たと思うけど、それだってここまでじゃなかったわよ。親が死んでからは初めてね。去年なんてアネモスにいたし」

「そう……そうだね。僕は去年はウィクトリアにいたけれど、あの国は寒さが厳しいだけで雪は殆ど降らないから」

 前世で僕達が暮らしていた地域もあまり雪は降らないところだったから、互いに不慣れなのも当然だろう。半年前まで起こっていた異常気象による寒さもせいぜい冬の初め頃のそれで、クローウィンにいた僕達は雪なんて見ていない。もちろん、ここ、ネヴェイアやアネモスの隣国グラキエスではかなりの被害が出たようだけれど。そんなことを考えていると、リザが「それにしても」と話題を変えた。

「ジル、本当に行く気?」

「……うん」

 その問いに、僕は一通の手紙を取り出し、封筒に書かれた自分の名を見て目を細める。それはこの国についてすぐに届いた、この辺りを治めているという領主からの招待状だった。賢者の噂は聞いている、是非話がしたい、と。

「……こういう呼び出しって、嫌な予感しかしないのよね」

「気持ちは分かるよ」

 遠い目で呟いたリザに、僕は苦笑を返す。半年前の事件の時も、元はといえば神国の王の依頼を受けたことから始まったのだ。彼女がそう思うのも無理はない。……ウィクトリアの一件については、呼び出しと言うには手荒すぎてこれには当てはまらないかもしれないけれど。

「城に滞在している間の暮らしは保証する、ね……まぁどこ行ってもジルはそういう扱いだけど、こう強調して書かれると怪しいわよね。罠っていうか、獲物を逃がさないための餌みたい」

「僕も正直気は進まないし、それが現実になってほしくはないけど、言い得て妙だね」

 封筒に視線を下ろして顔を顰めるリザに対し、僕は苦笑した。

「でも、ここで断って逆上されたりしたら、もっと面倒なことになるかもしれない。この辺りはネヴェイアでは辺境に位置するけれど、僕達を招待した彼は、国内ではかなりの権力を持っているらしいから」

「アネモスでいうトゥルヌミール家みたいな?」

「……流石にそこまでではないと思うけど、王にも引けを取らないって噂はあったよ」

 うちは特殊だから、と苦笑し、手紙をしまう。そんな僕の手を視線だけで追い、リザは「でも」と呟くように漏らした。

「領民からは散々な言われようだったわね」

「そうだね……気味悪いとか恐ろしいとか、人間ではないとか。それでも暴動の類が起きていないんだから、領主としては優秀なんだろうけれど」

 領主の人柄は恐れていても、自分たちの生活には満足しているから従っている、ということだ。誰からも好かれる心優しい統治者でいるよりずっと難しい。あるいは、実際にはそこまで恐ろしい人間でもないのに、噂だけが独り歩きしているのか。

「あたしたちがこの国にいるって分かったくらいだし、多分優秀なのね。ジルと同じくらいの若い男だって言ってたけど」

 リザの言葉に、思わず苦笑する。半年前に黙ってクローウィンを発ってから、僕とリザはそれまでに比べれば目立たないように……もっと言ってしまえば正体を悟られないように、だいぶ密やかに旅を続けてきた。それほど本気で隠す気は無かったとはいえ、なるべく彼に居場所を知られないように。それが今回は、僕たちがこの国にいるのではという噂も立たないうちにこの手紙だ。権力者は皆独自の情報網を持つがそれがよほど優秀なのか、あるいは何か魔法でも使っているのか。

「いくら隠れていても、お互い目立つから仕方ないのかな」

「そうね、一緒にいれば尚更だわ。赤い髪なんて滅多にいないし、ジルは目を見られたら一発よね。っていうか眼帯を?」

「両方だね」

 リザのような鮮やかな赤は歌守の一族特有のもので、赤みがかった髪と言うのも少ない。けれど青系の髪色はグリモワールには多いし、他の国にもそれなりにいるから、髪色だけならそこまで注目を集めはしないのだ。けれどそこにこの夜空の瞳と眼帯が加わってしまえば話は別で、本気で正体を隠そうとするならフードかで顔を隠すか、それこそ魔法で変装するしかないだろう。ルフィノが追ってくる気配もなかったから、そこまではしなくていいだろうと判断したのだけれど。

「ま、どんな奴だか興味はあるし、いざとなったら逃げれば良いだけよね。行ってみましょ」

「本当に大丈夫?」

 渋っていたのはリザの方だ。心配になって訊ね返すと、彼女はおかしそうに微笑んだ。

「断る方が面倒だって言ったのジルでしょ? 大丈夫よ。今のジルなら、信じられるから」

「昔はそうじゃなかった、と。……否定は出来ないけど」

「そうは言ってないわ」

 否定しながらも、リザはどこかばつの悪そうな表情で僕から目を逸らす。そんな彼女を撫でるように頭に手を載せて、……出会ったときよりも縮んだ身長差に、僕たちは確かに前に進めているのだと、そう感じた。


こんばんは、高良です。


お待たせいたしました。今回から第六部の開始となります。

雪に覆われた小国を訪れた二人。そこで待っていたのは……まぁ第六部は一言で言えばジルリザいじめ回です。察してください。ある意味第七部・第八部への繋ぎなのでそこまで長くはならないはず。第二部とどっちが長くなるかな。


実は少し前にムーンライトさんの方で新作の連載を始めまして、そちらと並行していくので少しペースは遅くなるかもしれません……が、最近遅れがちなので頑張って週一は維持したいところです。


では、また次回。

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