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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
145/173

番外編・二 若き王は戸惑う

「失礼致します、陛下」

「ドミニクか」

 政務はほとんど僕とドミニクが行っているものの、執務室には他の家臣がいることも多い。それが分かっているからだろう、ノックに続いて扉の向こうから聞こえた彼の言葉は敬語だった。入ってきた彼に視線を向け、僕は首を傾げる。

「シルヴィアは――」

「アドリエンヌと侍女に任せてきました。先日使って頂いたのと同じ部屋でよろしいですね」

「ああ、それで良い」

 シルヴィアをしばらく療養のためアネモスに滞在させてほしい、とクローウィン王から使者が来たのは、式典が終わり、彼女が自国に帰ってそう経たない頃のことである。故郷よりもアネモスの環境の方が過ごしやすいようだから、と。断る理由もなかったため承諾すれば、シルヴィアはその数日後に転移の魔法にて再びこの国にやってきた。この間と違って全く馬車を使わなかったのは、彼女の体調を気遣ってのことだろう。ちょうど公爵夫妻が城を訪れるのが今日だったから、出迎えを二人に任せたのだ。彼女を客人として受け入れる、と示すのに、こいつの身分はちょうどいい。だが、ドミニクの言葉には少し気になるところがあった。他の人間を部屋から出し、彼らの気配が消えたところで眉を顰める。

「アドリエンヌに、だと? 大丈夫なのか」

 まだ僕はあの二人が面と向かって話すところを見てはいないが、彼女たちが仲良く話すところというのは想像出来なかった。そもそも、アドリエンヌの出身は智の国グリモワールゆえ信仰心が薄く、王族にすら物怖じしない肝の座った性格である。神国クローウィンで生まれ育った、信心深く、どこか儚い印象を与えるシルヴィアとは、性格も価値観も違いすぎるのではないか。しかしそんな僕の危惧に対し、ドミニクは苦笑を返した。

「私もそう思ったのだがな……意外なことに打ち解けたぞ、あの二人」

「……それは、確かに意外だな」

 アドリエンヌはドミニクほど頻繁に城を訪れるわけではないが、それでも長く滞在するのなら、顔を合わせることも多くなるだろう。それを思えば二人が仲良くなれそうだというのは良いことなのだが、それにしても驚きが勝った。そんな僕から目を逸らし、彼はどこか言い辛そうに嘆息する。

「フェリクス。この間私が言いかけたことを覚えているか?」

「別の問題、とやらのことか」

「ああ。お前、シルヴィア殿下をどう思う」

「は? 可愛、……っ、あ、いや、……意外としっかりしているとは、思ったな」

 僅かに身構えるも、飛んできたのは全く予想外の問いだった。それで気が緩んで、思わず口を滑らせてしまう。慌てて誤魔化すも、余計な一言は思いっきり聞かれてしまったらしい。ドミニクは一瞬驚いた表情を浮かべると、面白そうにその目を細めた。

「何だ。お前、殿下に惚れたか」

「っ! 何を――」

「違うのか?」

「……馬鹿なことを言うな。相手は子供だぞ!」

 初対面の時にその可憐さに見惚れてしまったのは事実だし、今も彼女を可愛らしい王女だとは思っている。守りたい、とも思う。だが、シルヴィアは成人すらまだの子供なのだ。そう訴えても、ドミニクは表情を崩さなかった。

「殿下が成年に達していないだけだ。五歳程度の年の差はよくある話だろう」

「それはそうだが……何が言いたい、ドミニク」

「この間、お前が王として認められてきたという話をしたな」

 僕の言葉に、彼は唐突に話題を変える。戸惑いつつも頷くと、ドミニクはどこか呆れたような顔で言葉を続けた。

「そうなると、民は今度は世継ぎを求めるようになる。お前にも分かるように言ってやると、最近陛下はまだ結婚しないのかと訊ねられることが増えた」

「……だから、シルヴィアか?」

 気恥ずかしさからだろう、顔が熱くなるのを抑え込もうとしながら訊ねると、「ああ」と首肯が返ってくる。

「神国クローウィンの王女ならば、お前が娶るのを反対する者もいないだろう。……念のために言っておくが、私はお前に理由も無く政略結婚しろと言っているわけじゃない。殿下のことも、あくまで候補の一人として考えてみたらどうか、と提案しているんだ」

「そうだな……それは、分かっている」

 本当にそれがこの国にとって必要なことならば、この友人はもっと理論立てて攻めてくるだろう。そうして僕が反論する暇もなく何もかも決まってしまうに違いない。そうではない、というのは、彼にしてはかなり優しい振る舞いだった。だから、僕は苦い顔で頷く。

「考えておく。……感謝する、ドミニク」

「私は国のために尽くすのみです。お気になさらず、陛下」

 僕の言葉に、彼はどこか不敵な笑みを浮かべ、そんな答えを返してきた。


 ◆◇◆


「あの……アドリエンヌ様」

「アドリエンヌで構いませんよ、シルヴィア様。私は元々、貴族でも何でもありませんから」

「ですが……いえ、分かりました。では、アドリエンヌ」

 彼女の出自については聞いていた。智の国グリモワールの有識者の娘で、公爵がかの国に留学中に知り合った女性なのだと。それでも遠い昔から大国アネモスを支えてきた一族であるトゥルヌミール公爵の夫人という地位は十分他国の王族に匹敵するのだけれど、そういう扱いを受けるのはあまり好きではないようだ。神国には信仰を捨てたグリモワールに対して良い印象を抱いていない人も多いから少し不安だったのだけれど、話してみれば彼女はとても素敵な女性だった。わたくしの前で神を否定するようなことは言わず、年下であるわたくしを見下すようなこともない。言おうとする言葉をその前に察してくれるのは、あまり分かりやすく説明することが得意ではないわたくしにとってはありがたいことだった。

 頷くと、アドリエンヌは満足げに微笑む。

「はい。何ですか?」

「少し、訊きたいことがあって……あの、アドリエンヌは、公爵夫人なのですよね」

「ええ、そういうことになっていますね。不思議なことに」

 不思議なのだろうか。いや、そうではなくて。

「ドミニク様と共に城を訪れる機会も多いでしょう? フェリクス陛下とは、よく話されるのですか」

「陛下と? ……まぁ、そうですね。友人程度には」

「陛下に想い人がいるとか、そういったことはご存知ですか?」

 わたくしの問いに、彼女は一瞬だけ動きを止めた。黙って目の前に置かれた焼き菓子を取って頬張り、飲み込むと、アドリエンヌはどこか呆れるように目を細める。

「想い人どころか、年の近い友人などドミニク様くらいですよ。あの方は。……いえ、最近は私もでしょうか」

「では、陛下はどのような女性に惹かれるのでしょう……年上が好きとか、年下が好きとか。わたくしが頑張ったら、振り向いてくださると思いますか? 女としての魅力に欠けていても、あの方は受け入れてくださるでしょうか」

「……兄王子殿下のために、ですか? シルヴィア様」

 返ってきたのはわたくしの問いへの答えではなく、核心を突くそんな言葉だった。まるで心を読まれたかのようなそれに、わたくしは思わず硬直する。よく考えてみれば、それが何よりの肯定だったのだろう。アドリエンヌは特に驚いた様子もなく「やはり」と呟くと、今度は紅茶に手を伸ばした。一口飲んでカップを置き、彼女はこちらを見る。

「王権争いというのは、いつの時代も絶えないものですからね。神国すら例外ではないというのは、知った時には驚きましたが、不思議なことではありません」

「……よく、ご存知ですね」

「クローウィンの王弟殿下が兄の地位を狙っているというのは、智の国では有名な話なのですよ。元々グリモワール人はそういった話が好きですから」

 才女と謳われるアドリエンヌを欺くことなど、どうやらわたくしには不可能だったらしい。諦めて頷き、机の上で組んだ両手にグッと力を入れる。

「神国では、王族であればみな等しく継承権を持ちます。王が存命中に後継者を指名しない限り、継承順位の優劣はありませんから……叔父は、父が生きているうちに自分を選ばせようとしているのです」

「一年ほど前に王子殿下が怪我をなさったのは、関係がありますか?」

「っ、……はい」

 何故知っているのか、という問いは最早不要だろう。そう、あの時までわたくしは、事態の大きさに気づいていなかったのだ。叔父は優しい人だった。会うといつも父に似た柔らかな笑顔で話しかけてくれて、父とも仲が良いのだろうと思っていた。実際、わたくしに対しては今も優しいままである。けれど、そんな彼が、兄の命を奪いかけたのだ。呑気だった自分が嫌いになりそうで、兄のために何が出来るだろうかと考えた。

「アネモスは大国です。クローウィンよりずっと長い歴史を持つ、とても強大な国です。そんな国が兄の後ろにつけば、叔父も手出しは出来ないでしょう。ですが、ただ援助を請うたところで、風の国にとって有益なことが無いのに手を貸してくださるとは思えません」

「そうですね。あのお人好し陛下は分かりませんが、夫がそれを許しはしないでしょう。……シルヴィア様。それは、貴女のお父様やお兄様の指示ですか?」

「……いいえ。わたくしの独断です」

 兄はむしろそんな、妹を差し出すような真似は嫌うだろう。父だって、療養のためでなければ私が他国に滞在することを許してはくれなかったに違いない。だから、そんな愛に対して何も返せない無力さを痛感するのだ。わたくしの答えに、アドリエンヌは「そうでしょうね」と目を細める。

「でしたら、私はこう言わざるを得ないのでしょうね、シルヴィア様。それはうちの陛下に対しても、貴女のお父様やお兄様に対しても失礼ですよ。お分かりですか?」

「失礼、ですか?」

「ええ。シルヴィア様はご家族を信じていない、ということでしょう」

 その言葉に、ハッと我に返った。違う、と否定しようとしても、言葉が出てこない。恐る恐るアドリエンヌを見れば、彼女はさっきとまるで変わらない、涼しげな笑みを浮かべていた。

「貴女の力を借りずとも何とかしてみせる、という陛下や殿下の意志を、シルヴィア様が無駄にしてしまってはいけませんよ。大体、そんな目的で嫁いできても、フェリクス陛下とシルヴィア様の双方が不幸になるだけです」

「……きっと大丈夫です。陛下はお優しそうでしたから」

 彼なら良いと思ったのだ。彼になら、祖国のために心を捧げてもきっと大丈夫だと、そう感じた。政略結婚だって、穏やかな愛を紡いだ例はいくらでもあるのだから。そっと囁くと、アドリエンヌは驚いたように「あら」と微笑む。

「あの方も随分と猫を被るのが上手くなったようで。……シルヴィア様。現時点で私は貴女に協力することは出来ませんが、もし貴女が国のためではなく自分の意志でそうしたいと思ったなら、そのときには協力を惜しみませんよ」

「……え、と」

 その言葉の意味をゆっくりと理解し、わたくしは僅かに頬を染めた。確かに自分から言ったことではあるのだけれど、よくよく考えると存外に恥ずかしい。そんなわたくしを見て、公爵夫人は涼やかに微笑んだ。


こんばんは、高良です。もしかしてもしかすると久々に遅刻しなかったのではないでしょうか。


アネモスに滞在することになったシルヴィア。国王フェリクスと公爵であるドミニク、そしてその妻になったアドリエンヌとの、四人でわちゃわちゃする日々の始まりです。いえそれほど詳しく描写はしませんけれども。今回の構成としては多分起→承→突然の日常→転→結で五話です。五話の予定です。ずれたらそれはそれ。

っていうかドミニクさんとアドリエンヌさんっょぃ。


では、また次回!

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