表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
140/173

第十九話 少年は嗤う

「それにしても丸くなったな、宝城」

「あはは、やっぱり来実君もそう思う? びっくりするわよねぇ、雰囲気が全然違うんだもの」

「……何よそれ」

 かつてのクラスメイトたちのそんな言葉に、アタシは顔を顰め、持ち上げたグラスに口を付ける。酒を飲んでいる奴らも多いが、奇しくもこのテーブルにはジュースとかお茶とか、酔わないものを選んだ人間が集まっていた。……いや、ゆっくり話したいから、そうしたのかもしれない。かく言うアタシも、グラスの中は烏龍茶だった。酒に弱いわけではない、というかむしろ強い方なのだけど、この面子でそういう気分にはなれなかったのだ。高三の時のクラスの同窓会で、どうして慎を連想せずにいられるだろう。

 軽く首を振り、重い考えを追い払って顔を上げれば、二人はまだその話を続けていた。

「確かに卒業前はちょっととっつきやすくなっていたけど、また昔みたいに戻ってるか、むしろもっとピリピリしているんじゃないかって思ってたのよ。ほら、……その、咲月や倉橋君のこともあったし」

「ああ……まあね、大学出る辺りまでは、結構落ち込んでたけど。呪われてんじゃねーのアタシ、とか割と本気で考えたわよ」

「流石に四人も減るなんて思わないよな……」

 苦笑交じりに来実が呟いたその言葉は、けれどどこか痛々しく響く。……彼にとっては五人、なのだろう。来実冬哉の妹が突如行方を眩ましたのは、慎が命を落とす少し前のことだった。アタシにとってはあの雨の日が、クラスの奴らにとってはそれを知らされた日が始まりだったけれど、恐らく彼にとってはその日から始まっていたことだったのだ。とはいえ当時のアタシはまだそこまで級友たちと親しくはなかったから、それは全て慎に聞いたことだけど。

「でも、三年も前のことじゃない。悼むのと引きずるのとは違うわ。大体、ニナにそんな無様なとこ見せられないわよ」

「慎の妹さん? 今年で二歳だったっけ、私も会ってみたいなぁ」

「あれ、伊崎、会ったことないのか」

 意外そうに目を瞬かせる来実に対し、彼女はむっと口を尖らせ、ちょうど持っていた箸を彼の目の前に突き付けた。

「……行儀悪いわよ」

「あのね、私がこの間まで東京にいたの、来実君だって知ってるでしょう? 柚希と会ったのだって久しぶりなのよ。というか、来実君は会ったことあるの?」

「この間出かけたときに、ばったり。凄い子だよな、流石は慎の妹っていうかさ。僕は小学校以降の慎しか知らないけど、小さい頃の慎ってあんなだったのかな」

 来実の言葉に、アタシは苦笑を返す。賢さや年齢に見合わない聡さは、確かに兄譲りなのだろう。ただ、性質まで似られたらこっちは堪ったもんじゃない。何のために毎日しつこく言い聞かせていると思ってるんだ。

「伊崎だってこれからずっとこっちにいるんだろ、会う機会はあるよ」

「ああ、教師だっけ? 向いてると思うわ、あんた昔からそういうの好きよね」

「ありがとう。……何か、柚希の言い方だと褒められている気がしないわね」

 そんな言葉に、失礼ね、と目を細めてみせる。同時に呆れもしているけど、褒めていないわけじゃない。

「それで、柚希がそのままあの店で働いてるのは知ってるけど、来実君は……警察だっけ? それも意外よね、高校の時はどっちかというと大人しく読書とかしてるタイプじゃなかった?」

「別に、体を動かすのが苦手だったわけじゃないよ。まぁ確かに僕も予想外だったけど、何て言うかさ」

 言い辛そうに口籠る彼を見て、正直に言っちゃえばいいのに、と内心で呟く。来実は誰にも話そうとしないけど、それが例の行方不明になった妹を探すためだろうというのは簡単に推測出来た。生死も分からないならなおさら、何でも良いから知りたいという気持ちは理解出来ないものじゃない。

「警察、っていえばさ」

 ふとあることを思い出して、そう声を上げる。二人の視線がこっちに向いたところで、アタシは表情を変えず言葉を続けた。

「気にするほどでもないし、相談とかそういうのじゃ、ないんだけど。……何か、最近変なのに付き纏われてるっぽいのよね」

「……それは、いつの話だ? 帰り?」

「そうね、仕事帰り。ってか、その後で慎の家に行った帰りかしら」

 すっと一瞬で表情を真面目なものにした来実に少し面食らいつつ、質問に対して頷いてみせる。世間話の延長のつもりだったから、その反応には驚いた。

「本当に大したことないのよ。ちょっと見られてる感じがするだけで、姿を見たのは一回だけだし。それだってちらっと見えただけだから、本当にそうなのかも怪しいわ」

「大したことあるわ。ストーカーじゃない、そういうの。柚希美人だし、狙われててもおかしくは……」

「平気だってば。例えそうだとしても、ストーカー如きに負けるほど弱くないわ、アタシ」

「待った、宝城。そうやって油断するのは流石にやめた方がいい」

 呆れたような来実の言葉に、思わず頬を緩ませる。思い出したのは、君だって女の子なんだから、という慎の口癖だった。けれどそんなあたしの笑みをどう捉えたのか、来実は僅かに顔を顰めてみせる。

「そういうのは何しでかすか分からないんだぞ。警察に相談しろ、……って言いたいところだけど、あいつら役に立たないからなぁ。実際何か起こるまで動かないだろうね」

「……来実君、一応同僚っていうか上司っていうか、仲間なんじゃ」

「だから言ってるんだ。でも宝城、流石に酷くなったら相談した方が良いよ。一人じゃどうにもならないだろうから」

「分かってるわ」

 肩を竦めれば、もうこの話は終わりだという意思が伝わったのだろう、二人とも一気に雰囲気を弛緩させた。元々そう深刻な相談でもなかったのだ、長引かせる必要もないだろう。

 ……そう、それに。相談したところで、きっと結末は変わらなかったのだから。


 ◆◇◆


「――で、あたしってわけ?」

「そう。理由は分からないし、あまり気乗りはしないんだけどね」

 ルフィノ=ウルティアの噂は聞いたことがあったが実際に会ったことはなかったし、彼がこのクローウィンを訪れてから今までの一週間も、幸か不幸か出会うことはなかった。ジルの話を聞き終え、首を傾げてみせれば、彼は言葉通りどこか暗い表情で嘆息する。

 火の国の英雄、神童、秘蔵っ子。かの少年について他国が語るとき、必ずそういった言葉がくっついていた。幼い頃から類稀なる剣技で周囲を圧倒し、最年少で王族の護衛をも任されるほどの強さを誇り、けれど本人は特定の集団には属さずに世界各地をふらついているという変わり者。火の国の騎士、というのが一番有名な二つ名である。そう、それはちょうどジルが――ジルベルト=フラル=トゥルヌミールが、あるいはジル=エヴラールが、風の国の賢者と呼ばれるのと同じように。けれど、ジルが彼について語るときの複雑そうな表情は、どうもそれだけが原因ではないらしかった。

「どこか懐かしいっていうのはまぁ、分からなくもないわ。あたしだって、……『柚希』だって、慎に対して似たようなこと思ってたし。多分それだけ近いってことよね。でも、なら仲良くなってもおかしくないんじゃないの?」

 それこそ、加波慎と宝城柚希が打ち解けたように。彼と共に魔物と戦っているというジルは、当時と似た感情を覚えながらも、どうしても彼を味方とは思えないのだと語った。首を傾げてみせれば、ジルはまた嘆息してみせる。

「僕もそう思う。だから余計に、君と引き合わせるのが嫌なんだよ」

「ふぅん……ねえ、そもそもそいつ、本当に噂通りなの? 客観的にじゃなくて、ジルから見て、どれくらい強いわけ?」

「……そう、だね……」

 訊ねると、彼はどこか迷うように、視線を宙に彷徨わせた。珍しい、と思わず目を瞬く。周囲の人間についてよく知らなければ、嫌われないなどという芸当は出来やしないのだ。ゆえにジルは他人の感情だけでなく能力を見取る術にも長けていて、そんな彼が今の質問に即答しないというのは、実は稀なことだった。少し間をおいて、彼は呟くように「強いよ」と答える。

「とても強い。少なくとも、魔物相手に負けることはないだろうね。例えばだけど、僕と戦ったりしたら……魔法が使えれば、互角かな」

「魔法無しなら?」

「彼が勝つよ」

 今度は即答だった。これまでだったら決してありえなかったはずの答えに、あたしは思わず息を呑む。同時に浮かんできたのは、さっきからずっと抱いたままの疑問だった。

「尚更分かんないわ。そんな奴が、何で? あたし、そいつと接点なんて無いのに」

 誰かと自分から会話することさえ少ないという彼が、あたしと二人で話したいと望んだのだという。そのために用意されたこの部屋に今ジルがいるのは、あの少年が来るまで一人で待つのは嫌だというあたしの言葉を彼が聞いてくれたからだった。けれど、話していても分からないものは分からない。会ったことも無いその少年が、どうしてよりによってあたしとの会話を望んだのか。胸を覆うのは、得体のしれない不安だった。それが表情に出てしまったのか、ジルは困ったように苦笑する。

「ごめん、不安にさせたかな。大丈夫だよ。今のは仮定の話で、実際には味方同士だし。例え本当はそうじゃなかったとしても、ここで何か仕掛けてきたりはしないはずだ。……そろそろ時間かな」

「待っ……」

「大丈夫、隣の部屋にいるよ。普通の会話は聞こえないだろうけど、何かあったら大声で呼んでくれればすぐ来るから」

「……ええ」

 思わず掴んでしまっていた袖を離し、渋々頷く。ジルは安心させるようにもう一度微笑むと、扉の向こうへと消えて行った。すぐに廊下からぱたんと扉の閉まる音が聞こえて、言葉通り隣の部屋に行ったのだと察する。少しすると、今度は足音が近づいてきた。来たか、と扉の方を向くのと同時、ノックの音が部屋に響く。

「どうぞ」

 答えた声は、自分でも苦く聞こえた。扉が開く前に立ち上がり、彼を出迎える。

「……っ!」

 無言で入ってきた少年を見て、あたしは思わず目を見開いた。身長は精々あたしよりいくらか高いくらいだろう。やはりその深い緑髪や、夕闇を連想させる瞳に見覚えはない。けれど真っ直ぐに向けられたどこか冷たい視線は、心の奥に眠っていた憎悪と、それ以上の恐怖を無理やり呼び覚ました。……ああ、ジルが言っていたのは、『分かる』というのは、こういうことだったのか。

 整った無機質な顔に、ふっと重なるもう一つの顔。それは忘れたくても忘れられない、……かつてのあたしを、宝城柚希を、殺した男の顔だった。

 思わず後ずさるあたしに、彼は不思議そうな目を向ける。

「どうかしたのか?」

「あ、……な、何でもないわ」

 どこか拍子抜けするその反応に、もしや覚えていないのか、とあたしは息を吐いた。少年は「なら良い」と頷くと、僅かに表情を緩ませた。それでも、笑顔には程遠い。

「ルフィノ=ウルティアだ。『歌姫』は俺と同い年だと聞いていたから、一度会ってみたかった。無理を言ってすまない」

「歌姫、はやめて。その口ぶりだと知ってるでしょうけど、リザよ。リザ=アーレンス」

 考えてみればそうだろう。何故こいつがここにいるのかは知らないけど、前世の記憶というのは本来失われるものであるはずだ。ジルやあたし、それにキースが特殊だったから、心のどこかでそういうものだと思い込んでいただけ。出会った頃のクレアのように、全て忘れているのが普通だろう。穏やかに会話を続けながら、そんなことを考える。あたしには奴を許すことは出来ないだろう。魂が同じである以上、目の前の少年と心から打ち解けることも難しいかもしれない。それでも、彼があたしやジルと同じ側の人間なら、少しは親しく出来るのではないか。ぴんと張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩む。さっきまでジルと話していたことを忘れたわけではない。……だから完全に心を許したとは言えないけど、それは確かに、隙と呼ぶに足るものだったのだ。

 実際に話していた時間は、数分ほどだろうか。大した話もしていなかったが、彼は元々人と長く話すのは得意ではないらしい。部屋に戻る、という少年に対し、ならばあたしもジルのところへ行こうと立ち上がったところで、不意に彼が唇を歪めた。今までの、笑っているかも分からないほど僅かな、しかし穏やかな微笑ではない。もっとはっきりと、けれどまるで嘲笑うように。

「気楽なものだな」

「……何よ、いきなり」

「もう少し時間がかかると思っていた。継いでいるとはいえ、一度途切れたならこんなものか。それとも、お得意の強がりか?」

「だから、何を――」

 嫌な予感を振り切るように、緑髪の少年を睨みつける。

 返ってきたのは『柚希』が最期に見たような、夢で毎晩見るのとよく似た、狂気を孕んだ冷笑だった。

「逃げられると、思うな」

「っ!」

 その言葉に、思わず息を呑む。一瞬で顔が蒼褪めたのは、自分でも何となく分かった。それでも彼から視線を外さずにいられたのは、それこそ長年続けてきた強がりの延長に過ぎないだろう。彼はそれ以上何も言わず、ふっとあたしから興味を失ったように表情を消して、黙って部屋から出て行った。次の瞬間、あたしは崩れるように床にへたりこむ。体はまるで自分の物じゃないかのように小さく震えて、立ち上がるだけの力も入らない。

「何、で……」

 ずっと強がって生きていた。

 柚希は最期の瞬間に、それを完膚なきまでに叩き壊された。

 リザとして生まれて、どうにか取り繕って、何でもないように過ごしてきた。

 それを、また壊されたような気がした。

「……ジル」

 呆然と座り込んだまま、無意識に呟く。助けてと、柚希が終に言えなかったその言葉は、今なら許されるのだろうか。

 それでも心の奥では、まだ躊躇っているあたしがいた。


こんばんは、高良です。……何て言っている場合じゃないレベルの大遅刻を久々にやらかした気がします。試験とかあったのすっかり忘れていました。三月くらいまで色々と忙しいので不定期更新になりがちかもしれません。


さて、前半はちょっと珍しいかもしれない組み合わせの前世編。ちなみに伊崎さんは第一部前世編で慎に告白していたニナの担任です。

後半は案外早く化けの皮を(自分で)剥がしたルフィノたん。第三部でのあれを経て強くなったような気がするジルとは対照的に、彼女は少しずつ崩れて行きます。気付け主人公。


そうそう、一つお知らせ。現在ブログ(http://takaraakua.exblog.jp/21501275/)の方で短編集通販についてのアンケート的なのを取っています。「なろう」にも投稿している短編の寄せ集めです。意図したわけではないのですが枯花に似たシリアスなのばかりなので、是非お手に取ってみてくださいませ。十一月中とか書いてありますが最近忙しいので多分もう少し募集してます。


では、また次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ