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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第六話 凶兆に似た

「こうも何も分からないと、全部投げ出したくなるわね」

「あまり大声でそういうことを言わない、リザ」

 最早見慣れてしまった廊下を歩きつつ、嘆息する。内心では同じようなことを思っているのだろう、苦笑混じりにあたしをたしなめるジルの口調は、そこまで強いものではなかった。とはいえ彼の言うことももっともだったから、あたしは「はいはい」と返して声を落とす。

「でも、事実でしょ? 神子については分かったけどそれだけで、肝心の神泉についてはほとんど進展無しじゃない」

「そうだね……もう三ヶ月だし、国王陛下に相談して他国で調べた方が良いかもしれない。この国にあるものは、大体調べ終わってしまったから」

「……それはそれで異様な早さよね」

 流石は風の国の賢者というべきなのか、本を読む速度だけでなく、膨大な本の中から必要な情報がありそうなものを選び出すことにも長けているのがこの青年の凄いところだった。そりゃあたしだって、タイトルや本の並びからそれらしき物を察することは出来る。けれどジルは、全く関係なさそうな本の中の一文とか、そういうのまで探し当てるのだ。もうこれも魔法じゃないかと疑いたくなるものの、よく考えれば前世むかしからそういうところはあった。言葉の裏に交えた呆れが伝わったのだろう、ジルは僅かに苦笑し、話を続ける。

「神子に関わるところでは魔物についても気になったけど、それは今回の異変には関わってこないだろうからね。後はグリモワールや、……あまり気は進まないんだけれど聖地辺りを当たってみようかと思って」

「そういえば、クローウィンってやたら魔物が多いのよね。神に愛された国、なんて言われてるくせに」

「だからだよ」

 遠い昔、神子によって封印されたという魔物。他国にも封じられてはいるけれど、神国に封印されている魔物は他よりずっと多いという。初めてそれを知ったときからおかしな話だと思っていたのだが、意外にもジルは穏やかに微笑み、首を振った。

「魔物っていうのは、元は神獣と呼ばれていたものなんだ。ある事件の際に何らかの事情で魔に堕ちて、当時の神子に封印されたと言われているけれど。神に愛された国クローウィンに神の加護たる獣が多かったのは、別におかしなことじゃないだろう? おかげでこの国には、一体で国を亡ぼせるような強い魔物もたくさんいるって話だけど――」

 そこで、言葉が不自然に途切れる。同時に立ち止まったジルを何事かと見上げれば、彼は宙を見つめ、どこか呆然と左目を見開いていた。少しして、そんな、とその唇が小さく動く。

「ジル?」

「……来て、リザ」

 あまりにも珍しい彼の様子に眉を顰めれば、どこか掠れた声が返ってくる。何を、と訊ね返す暇も無く、ジルは足を速めた。当然、身長が違えば歩幅も違うから、彼にそうされるとあたしは小走りで追い掛けなければいけなくなる。普段はその辺りも気を遣ってくれるのだが、どうやら今のジルにはそうする余裕も無いようだった。

「ちょっと、ジルってば! どうしたのよ!」

「ここじゃ話せない」

 いつも通りの落ち着いた言葉に聞こえるけれど、彼の顔は明らかに焦りを浮かべている。話せない、と言うのは本当のようで、それ以上何かを口にする気はないようだった。代わりにジルは少しだけ足を速め、あたしは仕方なくついていくことに専念する。

 やがて辿り着いたのはジルの部屋の前で、彼はその勢いのまま扉を開き、あたしが入ったのを確認すると普段より勢いよく扉を閉めると、そのまま扉に何か魔法をかけた。いや、元々この部屋には魔法がかかっていたから、重ねがけでもしたのか。僅かに上がった息を整えながら振り返れば、ちょうどこっちを向いたジルと目が合う。さっきと同じ、彼らしくない強張った顔で、ジルは唐突に告げてきた。

「カタリナの封印が解かれた」

「……は?」

 一瞬遅れて、その意味を理解する。カタリナ。数か月前までアネモスと戦争をしていたウィクトリアの、ジルをこれでもかというほど苦しめた狂王女の名。死してなお精霊と成ってこの世界に留まり、ジルに封印されたはずの、頭のおかしい恋敵。……待って、あれを恋敵だなんて認めるのは、キースをそれと認めるより癪だわ。というかジルの周りにはどうしてそんな奴しか集まらないのか。いや、そういう話は、今はしてなくて。

「封印が、って……どういうことよそれ、まずいんじゃ」

「うん、僕たちにとってはあまり良いとは言えないね。さっき話していたこともあるし、一度アネモスに帰ろう。状況によっては、彼女を封印し直す」

「……まぁ、そうなるわよね」

 奴が風の国に対して何をしたかを考えれば、むしろ今この瞬間大人しくしていることが不気味なくらいだった。もしかしたらこっちに伝わってきていないだけで、アネモスでは何かが起きているのかもしれない。そう思えば、なおさらじっとしてはいられないだろう。

「でも、何でこの部屋じゃないと話せなかったわけ?」

 さっきのジルの様子を思い出し、首を傾げる。ジルに与えられたこの部屋には彼の手で色々と魔法がかけられているから、誰かに話を聴かれる心配は無いに等しい。つまりジルは、この話をクローウィンの人間に聴かれたくなかった?

 返ってきたのは、真っ直ぐな視線だった。

「考えてみて、リザ。カタリナを封印したのは、僕だ。それが解ける人間は、アネモスにはいない。少なくとも、数か月前にはそうだった。だけど、今は?」

「あ……」.

 そこまで言われれば、ジルが何を言いたいのかはあたしにも分かる。人がかけた封印の魔法を解くのには、それなりの魔力が必要なはずだ。アネモスであの女を解放出来るだけの魔力を持つ人間は、ジルとあたし、それに王女本人を除けばいなかった。けれど、今はその例外が、アネモスにいるのだ。

「……神子、ね」

「うん、正解。僕より魔力が高いかどうかまでは流石に分からないけど、あの封印からカタリナを解き放てるだけの魔力は持っているだろうね。つまり、カタリナを解放してしまったのは、間違いなく今代の神子だということになる」

「そっか、だから外じゃ言えなかったわけ? この国の人間にとっては神子だって十分に信仰対象だものね、その神子が狂王女を解き放ったなんて知られたら、どんな反応するか分かったもんじゃないわ。……騙されたのかしら?」

 神子ならばそれなりに頭だって良いだろうし、アネモスの人間だって彼女を無知なまま放っておくはずがない。もう神子が降りてから三ヶ月も経っているのだ、この世界の常識を教えるくらいのことは、当然しているだろう。ウィクトリアとの戦争のことだってそうだ、神子が知らないとは思えなかった。ならば狡猾なあの王女に騙されたか、数か月前のジルのように脅されたと考えるのが自然。ジルも同じことを考えていたのだろう、難しい顔で頷いた。

「断定は出来ないけれど、ね。カタリナから神子に接触しようとしても、その時点で不可能に近いはずだし……」

「かといって、神子の方から近づく理由も無いわよね。やっぱアネモスに行ってみないことには分からない、か」

 ジルほどではないが、あたしにだってあの国には知り合いがたくさんいる。十分に第二の故郷と言えるし、三ヶ月ぶりに帰れるのは嬉しい。ジルを苦しめるものがあの国に無くなった以上、帰るのを躊躇う理由なんてどこにもないのだ。……だけど何故だろう、今だけは、少し気が進まなかった。


 ◆◇◆


「思ったより頻繁に帰ってくるな、お前は」

「……僕もそう思いますよ」

 苦い顔で嘆息してみせると、兄様は面白そうに目を細めた。

「まあ、そう言ってやるな。お前たちが帰ってくることを喜ぶ者は大勢いるが、嫌がる人間はいないだろう」

「そうだと良いんですけどね」

「マリルーシャが喜ぶ。それだけでも十分だ」

 どこまでも兄らしいその言葉に、僕は思わず苦笑する。その義姉にもさっき会ったときに似たようなことを言われたっけ。本当にいつ見ても仲が良いというか、一時期は険悪だったのが嘘のようだった。

「マリルーシャさんは、僕ではなくリザが目当てでしょう」

「その言い方は少し気になるが、違いないな」

 実際、今だってリザとマリルーシャさんは別室でお茶の最中である。二人で似たような笑みを交わしたところで、兄様はふと真面目な顔に戻った。

「母上に話は聞いたな? あの王女を解放したのは神子だが、神子であるがゆえにその行動は誰にも責められない。王女の扱いについては意見が分かれたが、シリル様の計らいにより神子の護衛となった」

「はい。兄様までそれに賛成した、というのは少し意外でしたが」

「何だ、そこまで話したのか」

 僅かに目を見開き、まったくあの人は、と兄は苦い顔で嘆息する。母はその理由――僕に無理をさせたくないからだ、というのも面白そうに話してくれたけれど、そこまで教えてしまう必要はないだろう。けれど僕の表情から考えていることを察したのか、兄様は顔を顰めた。

「大事な弟を心配して何が悪い」

「……いえ。ありがとうございます、兄様」

「そういうところが心配なんだ」

 微笑んで答えれば、苦笑混じりの答えが返ってくる。それでも前に比べれば良くなったとは思うのだけれど、自分が凄く心配をかけていたことも自覚しているから、何も言い返せなかった。曖昧に笑って誤魔化すと、兄は呆れたように目を細め、「そういえば」と話を逸らす。

「母上は、他に神子について何か言っていなかったか?」

「他に? ……いえ。ああ、神子の教師役を引き受けた、というのは聞きましたけれど、それ以外には何も」

「そうか、なら良い」

 首を振ると、兄は考え込むような表情で頷いた。説明を求めて視線をやれば、彼はまた苦笑する。

「何でもない。母上が話さなかったのなら、それはシリル様にお任せするということなのだろう。俺が話すべきではない」

「……そう、ですか」

 兄様がそう言うなら、そうなのだろう。マリルーシャさん絡みでなければ、この兄が判断を違えることなど滅多に無かった。シリル様やアネモスに関係することなら、なおさらだ。ならば追究しなくとも、僕が知る必要があることならいずれ分かるだろうと判断して、僕は素直に引き下がった。

 そしてその予想通り、僕は……僕たちはすぐに、兄の言葉の意味を知ることになる。

こんばんは、高良です。


というわけで、繋がりました。狂王女の目覚めに気付いたジル。第四部で言うと前半は第十六話~第十七話辺り、後半は第十八話の直前になります。主君たる王子に色々な説明を丸投げする公爵家の人たち。

ここからしばらく第四部とリンクしまくります。第四部では語られなかったジルリザ側の事情とか、真相とか、その辺りを説明したいなぁなんて。


ではでは、また次回!

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