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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第三話 神を問う

 背表紙に刻まれた文字を見て、それらしきものを手に取る。ぱらぱらと捲って目当ての情報が無さそうなことを確認すると、僕は本を棚に戻した。また別な本を手に取り、同じことを繰り返す。そうしているうちに、背後で扉の開く音が聞こえた。

「賢者様?」

「おはようございます、フィリップ殿下。何度も申し上げましたが、ジルで結構ですよ」

 振り返れば予想通り、クローウィンの王子が立っている。この国に来てから一ヶ月と少し経ったけれど、既に何度目か分からない僕の言葉に、彼は苦笑を返してきた。

「ですが、こちらは助けていただく立場ですし……」

「それでも、殿下の方が身分は上でしょう。僕も公爵家の出ですから、王族の皆様にそういう態度を取られると落ち着かないのですよ」

「そうなのですか? ……分かりました、ジル」

 僕の言葉に、殿下は素直に頷く。確か僕より二歳ほど年下、今年で十八歳だったか。血が繋がっているから似ている、と即座に断定できるほど人間は単純なものではないけれど、その薄い金の髪は確かに、故郷の王妃様を思い出させた。こちらの国王陛下も同じ色だったから、恐らくそちらからの遺伝なのだろう。同じ金髪でも、ハーロルト様のものとは随分受ける印象が違った。むしろ真逆と言っても良いかもしれない。

 余計なことを考えていたのを悟られる前に、彼に笑みを返す。

「ありがとうございます。殿下は……お勉強ですか?」

「はい。ジルは、シリル殿の教育係をしていらしたのでしょう? ……従弟殿も、最近頑張っていると聴きますから。負けたくなくて」

「良いことだと思います」

 シリル様は従兄にはあまり会ったことが無いのだと語っていたけれど、それでも互いに良い影響は与え合っているらしい。同じような表情で負けたくないと語っていたかつての少年を思い出し、僕は思わず微笑した。フィリップ殿下はどこか照れくさそうに笑うと、質問を返してくる。

「そちらは調べ物ですか? 例のことでしたら、こんな朝早くから無理をしなくても……」

「いえ、それも関係はあるんですが、少し個人的に知りたいことがあって」

「知りたいこと?」

 首を傾げる青年に、僕は「はい」と頷いた。

「神子について、知りたいのです。何か、他国が知らないような事実はありませんか? 断定は出来ませんが、もしかしたらこの件と関係があるかもしれない」

「神子について……ですか」

 訊ねると、殿下は難しい顔で黙り込む。その反応が、そして表情が何よりも雄弁に答えを語っていたけれど、教えてもらえるとは流石に思えなかった。意図的に秘匿されているわけではなくとも、神子については世界全体に関わる重要事項だ。それが知られていないということは、つまり知られない方が自国にとって都合が良いとクローウィンが判断したのだろう。たとえそう決められたのが大昔のことであっても、そう簡単に変えられるわけがない。

 そう思ったのだけれど、彼は少しして、何かを決心したように顔を上げた。

「賢者は全ての国の古語を習得している、という噂を聞きました。クローウィンの古語は分かりますか?」

「ええ、もちろん」

 首肯すると殿下は僅かに目を見開き、すぐにそれを微笑に変える。

「まさかあの噂まで本当だとは思いませんでした……ですが、それなら良かった。御察しの通り、ジルが知りたいことは、ここに置かれた本には書かれていません。神国は、ある意味では神子によって創られたと言っても過言ではありませんから、神子の神聖性と威光を守ることにかけては他国よりも必死なのですよ」

「それがそのまま神国の神聖性や威光を守ることに繋がるから、ですね」

 歴史書に記された神国クローウィンの成り立ちを思い出せば、確かにそれはごく自然な流れだった。頷いてみせた僕に対し、彼もまた首肯を返す。

「はい。アネモスや他の国でも、一部の情報は民には知らされていないでしょう? 例えば『光』と『闇』のこととか。クローウィンにはそう言った情報が少し他国より多く存在する、それだけの話なのです。資料が置いてある部屋をお教えしますから。神国の古語が読めるならそちらを調べた方が良いでしょう。見張りには言っておきます。今日中には無理かもしれませんが、明日には入れるはずですよ」

「よろしいのですか? 確かに、王族や貴族しか知らないようなことはありますが……でしたらなおさら、僕に対しても隠しておくべきだったのでは?」

「いいえ、良いんです。むしろ、クローウィンはもっと早くそうするべきだったのかもしれません。民に対しては隠しておくべきことでも、その中には諸王が知るべきだったのかもしれない事実もあるのですから。慣習から抜け出すことで国をよりよく出来るのなら、そうするべきでしょう」

「……殿下は、良き王になられるでしょうね」

 シリル様とはまた違う方向からではあるけれど、それでも彼と同じくらい自国を想っているのが伝わってくる口調だった。リザの言う通り、気弱で頼りなさそうに見えたけれど、彼も間違いなくシリル様や王妃様の血縁なのだろう。彼の中にもまた、「国のため」という強い芯がある。加えて、彼の場合は強い信仰心も、か。

 ……ことあるごとにアネモスと比べてしまう辺り、僕も相当故郷を懐かしがっているのかもしれない。少し前まであの国にいるのは本当に辛いことだったけれど、その原因さえなくなってしまえば、生まれ育った地であることに変わりはないのだから。かといってアネモスに留まる気ももうないのだけれど、もう少し頻繁に帰るべきかもしれない。いつの間にか関係のないことを考えている自分に気付き、僕はこっそり苦笑する。殿下に意識を戻すと彼は恥ずかしそうに笑い、「ありがとうございます」と頭を下げた。

「風の国の賢者様にそう言って頂けるなんて思わなかった。少し自信がつきました」

「いいえ。こちらこそ、貴重なことを教えてくださってありがとうございました、フィリップ殿下。申し訳ありません、余計な時間を取らせてしまって」

 勉強に来たのだ、と殿下は言った。ここでは必要な情報が見つからないのだと分かれば、僕がこれ以上留まっても彼の邪魔をするだけだろう。そう思って立ち去ろうとすると、部屋を半分ほど来たところで、彼が不意に声を上げた。

「ジル、もう一つだけ伺っても?」

「ええ、もちろん。何ですか?」

「貴方は……神さまを、どう思っていらっしゃるのですか?」

 その言葉に、僕は思わず体を硬直させる。目を見開いたままゆっくりと振り返ると、フィリップ殿下は僕とは対照的に、薄っすらと穏やかに微笑んでいた。


 ◆◇◆


「で、何て言ったのよ」

 そこで一旦言葉を切ると、リザが間髪入れずに訊ねてくる。僕は苦笑交じりに棚から本を抜き出すと、彼女の方を振り返って苦笑した。

「一国の王子殿下を相手に嘘を吐くのも気が引けたからね、正直に話したよ。もちろん、言葉は選んだけど」

「……おかしいわね、国王と王子相手に堂々と嘘吐いたって聴いたけど」

 三年前のあの事件の後、ハーロルト様を庇ったことを言っているのだろう。兄様かシリル様辺りに聴いたのか……どちらにしろ反論は出来ず、はぐらかすように笑って机まで歩いて行き、腰を下ろすと、リザは諦めたように嘆息した。

「正直にってことは、神の存在は認めてるけど信じちゃいない、って? 向こうはどう返してきたわけ?」

「最初から僕がどう答えるか予想は出来ていたみたいだね。あまり驚いていなかったよ」

 他国ならともかく、この神国の、それも王族が僕の答えに動じないというのは、正直少しだけ意外だった。けれどよく考えれば、そういう答えを期待していたからこそ、僕にあんな質問をしたのだろう。戸惑う僕に対し、彼は少しだけ哀しそうに語ってみせたのだ。

「彼にとっては、僕やリザが羨ましく見えるらしいよ」

「羨ましい?」

 そう言った途端、リザの表情が険しくなる。それはそうだろう、僕だって昨日殿下の言葉を聴いたときには、僅かに反感を覚えたのだから。けれど今はそのことについては触れず、話を続ける。

「本物かどうか分からない信仰心に縛られて生きるよりずっと自由だ、って。神国に生まれた人間は自然と信仰心が強くなるけれど、本当にそれでいいのかどうか、殿下は分からなくなっているみたいだね。神を信じているし、日常的に祈りもするけれど、それが本当に自分の意志なのか分からない。神国にとって神意は何よりも優先されるべきものだけれど、果たしてそれは本当に正しいのか……相談されたところで、僕にも分からないんだけどね」

「そういえば前世むかしからよくそういう深刻な相談受けてたわね、あんたは」

 相談しやすい雰囲気だもの、とリザは僅かに頬を緩めた。……確かに、慎だった頃は嫌われたくない一心で色々していたし、自分からそう思われようとしていたことも否定は出来ないのだけれど。僕が苦笑してみせると、彼女は再び険しい表情に戻り、呟く。

「でも、自由……自由、ね。今はともかく、ついこの間まで前世かこに縛られてたあたしたちが?」

「それは……」

「……ねえジル、あたし思うんだけど」

 不意にリザは顔を上げ、僕を見据えた。

「神って、本当に人の味方なのかしら?」

「どういうこと?」

「あたしたちが奴に嫌われてるのは、多分もう間違いないわよね。だけど他の人間だって、みんな幸せとは言い切れないじゃない。原初記だってそうだわ、何もしないで黙って見といて、全部終わった後で八つ当たり? だったら最初から助けなさいよ!」

「リザ、落ち着いて」

 珍しく感情任せに叫ぶ彼女を宥め、その顔を覗き込む。どこか弱々しい、今にも泣きそうに潤んだ瞳が僕を見返した。……やはり変だ、と、少し前から抱いていた疑いが強まる。

「何かあったの? アネモスにいたときから様子がおかしかったけど……この国に来てからは特にそうだ。やっぱり、クローウィンに来るのは嫌だった?」

「ちがっ……違う、そんなんじゃ」

「でも――」

「大丈夫、何でもないわ。平気よ」

 なおも訊ねようとすると、リザは顔を上げ、にこりと微笑んだ。その笑顔はいつも通りの強気なもので、……だからだろう、ちくりと胸が痛む。それどころか、僅かに苛立ちのような、もやもやした感情すら。

「……僕は、そんなに頼りにならないかな」

「え?」

「それは……あんなことがあったし、君の想いを現在進行形で無視し続けているわけだから、リザがそう思うのも無理はないけれど。でも、少しくらい――」

 頼ってくれたって。ずっと彼女を傷つけてきた僕がそんなことを言うのはあまりにも傲慢に思えて、そう続けることは出来なかった。不自然に言葉を切った僕をどこか呆然と見つめ、戸惑うように瞬くと、不意にリザはおかしそうに笑う。

「ジルのそんな顔が見られただけで十分だわ」

「……どんな顔?」

「内緒よ」

 悪戯っぽくはぐらかすと、彼女は唐突に立ち上がる。まだ心配で見上げると、リザもそれが分かったのだろう、苦笑混じりに首を振った。

「大丈夫だって言ってるでしょ? さっきのはちょっと言ってるうちに苛々しただけ。辛かったら言うわよ」

「本当に?」

「ジルと違ってね」

 事あるごとにそうやって論破するのは、出来ることならやめてほしい。黙り込んだ僕を見て、彼女は楽しそうに笑った。ようやく互いにいつも通りの雰囲気が戻って、僕もほっと息を吐く。

 ……けれど。頭の片隅には、どこか悲鳴のような彼女の叫び声が、いつまでも残っていた。


こんばんは、高良です。


シリクレの従兄はやっぱりヘタレと見せかけて実はそうでもないようです。……いえ、どうでしょうね?

後半はジルリザ。二人きりになると高確率でシリアス突入するんですがシリニナ辺りを見習っていただきたいものですね。リザのトラウマをぐりぐり。


では、また次回。

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