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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第二話 神国の異変

 神に愛された国、クローウィン。その歴史には、神子が深く関わっている。そもそも、歴史に残る最初の神子が降臨と同時に救ったのが、滅びようとしていた大昔のクローウィンなのだ。その神子に率いられ、神殿という組織を作り上げたことで、この国は瞬く間に大きくなった。初代の神子はその後、聖地に渡って中央神殿を建てたため、当然聖地との関わりも深い。歴史上、最も多くの神子が降りた国であり、最も多くの大神官長を輩出した国でもある。

「ついでに、これはリザも知っていると思うけれど、アネモスの王妃シルヴィア様はこの国の王族でもあるよ。今からお会いする国王陛下は、王妃様の実の兄君にあたるんだ」

「へぇ。道理で雰囲気が似てると思ったわ」

 僕の言葉に、リザは納得したように頷いた。その深い紫の瞳が、不意にすっと細められる。

「じゃあさっき見たあのヘタレっぽい王子は、あいつらの従兄ってことになるわね」

「……そういうこと、本人の前で言わないようにね」

 確かに、僕より二歳ほど年下である次期国王は、どこか頼り無さげではあったけれど。あまりにも容赦のない言い方に思わず苦笑すると、彼女はくすっと笑って僕を見上げた。

「ジルといいシリルといい、あたしの周りの男って大体そうだわ」

「それは、……否定は、しないけど」

「ちょっとくらいしてみせなさいよ」

 呆れたような声色で言われても、少し前まで自分が置かれていた状況を思い出すと、反論する言葉なんて浮かんでこない。為す術も無く敵の罠に嵌り、リザを傷つけ、味方であったはずのたくさんの人たちを傷つけて、挙句の果てにリザに助けられたというのだから、情けないにも程がある。苦い記憶を振り払うように首を振ると、僕は「そういえば」と話を逸らした。

「神子を見つけたのは、シリル様だったらしいね。大丈夫だと良いけど……」

「何が?」

「彼のことだから、妙な責任感に囚われていらっしゃるんじゃないかな、って」

 王であれ、と彼に言い続けたのは僕だ。シリル様が必要以上にそうあろうとして、自分を押し殺してしまう可能性は十分にあった。そう説明すると、リザはまた呆れ顔で嘆息する。

「神子はシリルと同い年くらいの少女だ、って噂よね?」

「うん、だから余計にまずいんだ。神子を自国に繋ぎ留める、最も手っ取り早い方法が婚姻だから」

 その言葉だけで、リザは察したようだった。

 そう、同年代で異性の神子と出会ってしまったら、シリル様が取るであろう行動は一つしか考えられなかった。彼にとってアネモスという国は、その利益は何より優先すべきものなのだ。場合によっては、自分自身よりも。僕がアネモスにいた頃から、彼は恋愛というものに諦観を抱いていたように見えた。……ならば。

「そうね、あいつ、駄目なところまでジルの真似してるもの。でもねジル、あたしたちが今それを心配したところで、どうにもならないんじゃない? 帰る予定は、まだ無いんでしょ」

「……そうだね。何かあったらすぐに向かうつもりだけど、神子が降りただけなら逆に平和すぎるくらいだ。行く理由も、意味も無いよ。それに、依頼というのも気になるし」

 いつものように城下街に滞在していた僕たちの元に城からの使者が訪れたのは、ついさっきのことだった。賢者がいるという噂を聞きつけた国王が、相談があると使者をよこしたのだ。訪れた国で、そうやって為政者に呼ばれることは、割とよくある。けれど神子が降りたという噂が信憑性を帯び始めたこのタイミングで、よりによって神国の王に呼ばれるというのは、流石に何かあるのではという疑いを持たずにはいられなかった。神子が降りたのが事実であるというのは故郷からの手紙で知っているから、なおさらだ。

 それでも相手は一国の王で、故郷の王妃様の兄君である。断れないというわけではないけれど、断りたくない。

「でも、誰もその依頼の内容を知らないってのは妙よね。……そうでもないのかしら」

「国政に関わるような大事なことなら、それもありえるのかもしれないね。どんな国の王でも、徒らに民を混乱させたり、不安を与えたりするのは避けたいだろうし」

「ああ……そっか、ジルに相談してくるってことは、細かいことは王も分かってない可能性だってあるものね。本人に訊いてみなきゃ分からない、か」

 実際、確認したわけではないがアネモスも、神子が降臨したという事実を未だ公表していない。恐らく、神殿を通して正式に神子が表舞台に出てくるまでには、更に時間がかかることだろう。神子がこの世界に慣れるまで――そして、彼または彼女がアネモスの名を背負うに足る、信用出来る人物だと見極められるまで。陛下は慎重な方でいらっしゃるし、シリル様だってそうだ。思慮深くあるように教えたのは僕なのだから、間違えようがない。納得したように頷くリザに、僕は微笑を向けた。

「そういうこと。多分、今彼が忙しいのもそのせいだろうね」

「神子が降りたってことは、忙しいのはアネモスの奴らも一緒よね。本当、王族や貴族に生まれなくて良かったわ」

「王族はともかく、貴族でも次男以降は気楽なものだよ。国にもよるだろうけれど」

 アネモスでは爵位を継げない貴族の子供たちは学者や魔法使い、騎士なんかになることが多いけれど、それも別に強制されているわけではないのだ。そう言うと、リザは目を細め、呆れたように僕を見てくる。

「王族の教育係として城勤めしてたやつが何言ってんのよ」

「……それについてはもう、僕の過失としか」

 ただの子供のふりをして全て隠し通して、成人と同時に国を出てしまえば良かったのだ。三年前のあの事件以来、何度もそう後悔した。けれど今更悔いても遅いし、そうしていたらきっと、僕は今も前世むかしのまま変わらず、やがてあの愚行を繰り返していたのだろう。

「まぁ、何ていうか、ジルはジルよね」

「けなしてる?」

「褒めてんのよ馬鹿」

 冗談っぽく訊ねると、面白がるような笑みが返ってくる。それを心地良く思ったところで、ノックの音が響いた。


 ◆◇◆


「異変、か……なるほどね」

 クローウィンの神泉を一目見るなり、ジルは僅かに表情を引き締め、納得したように頷く。あたしはゆっくりと白い光を帯びた泉に近づくと、恐る恐るそれを覗き込んだ。

「……これ、触っても平気なの?」

「普段なら大丈夫だけど、今は止めた方が良いかもしれない。何があるか分からないからね」

 彼の言葉に頷き、出しかけた手を引っ込める。けれど、見ているだけでは彼らのいう異変とやらは分からない。いや、ジルは見ただけで気付いたのだから、あたしには分かりようがないのか。何となく悔しくて、あたしは眉を顰めて隣に立つ青年を見上げた。

「そんなにはっきり違うわけ?」

「リザは、神泉を見るのは初めて?」

「……だって、気に食わないじゃない」

 神なんて何もしてくれないのに、どうしてわざわざこっちから出向かなければいけないのか。そもそも祈りなんてただの気休めじゃないか。小さい頃は前世ゆめの影響もあって本当に捻くれていたから、神殿自体滅多に訪れなかったのだ。メルカートリアもグリモワールと同じように信仰心の薄い国だったから、特に白い目で見られることも無かったし。子供の言い訳のように目を逸らして呟くと、ジルは苦笑した。

「僕もグリモワール辺りに生まれていたら、そうしていたんだろうね。立場上、神殿を訪れないわけには行かなかったけれど」

「公爵家の次男、だものね。シルヴィア様のこともあるし」

「うん、そういうこと。……多分リザも、一度でも神泉を見たことがあったら、すぐに気付いたと思うよ。それくらいはっきりした異変だから。具体的に説明するのは難しいんだけど、とにかく『違う』んだ。ここがアネモスなら、神子が降りたことによるものだと説明することも出来たんだろうけど……それ以外の国の神泉に何かあれば、それだけで立派に『異変』だ」

「説明するのが難しいものを、調べるわけ?」

 そう、それこそが国王から賢者への依頼だった。神子が降りたことは、民に対してはまだ公表されていないものの、聖地やクローウィンには使者が知らせに来たらしい。その少し後から、神泉の様子がおかしいというのだ。だから、ちょうど国を訪れていた風の国の賢者に原因を調査、出来ることなら解決してほしいという。

 質問と同時に見上げると、ジルは面白そうに微笑んでいた。

「分からないから調べるんだよ。幸い、普通なら絶対読めないような、一般に公開されていない書物なんかも見ていいことになったし」

「じゃ、最初の目的も達成出来るわけね。そう言えば城下の図書館で調べても、大して新しい情報は無かったけど」

「恐らく一般には知られてはいけない情報があるんだろうね。ちょうどいい機会だし、神子については詳しく調べておこう」

 いつになく彼が楽しそうなのは、恐らく純粋な知識欲からだろう。それにしても、明るくなったものだ。少し前に彼が初めて見せた泣き顔を思い出して微笑むと、その鋭さであたしの考えていることに気付いたのだろう、彼は困ったように笑みを返した。

 神泉の異変、その事実が含んでいる重大な意味には気付かないまま、日は過ぎていく。


こんばんは、高良です。寝ても寝ても眠いです。


クローウィンに着いた二人は、シリル君やクレアの伯父にあたる神国の王からある相談を受けます。それを引き受けた二人ですが、調査の過程である事実が明らかになり……


そうそう、もしかしたら八月辺りから、更新が一週間おきくらいになるかもしれません。一応受験生ですのでそれもあるのですが、枯花と並行して新作を始めたいな、などと考えておりまして。まだ未定ですので、一応ご報告だけ。


ではでは、また次回。

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