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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第四部
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第三十七話 動き出した世界

「うっ……わあああああ! ちっちゃい! 可愛い!」

 リオネルさんは落ち着いたら城に連れてくると言っていたけれど、そんなに待てるわけがない。以前からそうだった私はともかく、前までは政務に追われていたシリルも陛下に怪我の治療に専念するよう言われたらしく、帰ってきてからのこの一週間は互いに暇だったのだ。トゥルヌミール公爵邸にお邪魔しようか、という流れはある意味自然だった。到着するなりアドリエンヌさんとマリルーシャさんに長々とお説教を喰らったけれど、まぁそれは覚悟していたので良いだろう。精神的なダメージはともかく。

 そんなことより目の前にいる赤ちゃんである。流石に初めて見るわけではないけれども、今までは町中でちょっとすれ違ったりとかその程度だったから、こうして間近で見るのは初めてだった。いつだったか、授業で幼稚園に行ったけれど、幼稚園にはもうちょっと年上の子たちしかいなかったし。

「うん、小さいね……」

 目を輝かせる私の隣で、私と同じようにマリルーシャさんの腕に抱かれた赤子を凝視しながら、シリルが真顔で呟いた。私は思わず首を傾げ、彼の方に視線を向ける。……ちなみにカタリナはというと、子供は苦手だとかまだ魔力が回復していないだとか色々言い訳して、この屋敷についてからは出てこようとしなかった。

「シリル、赤ちゃん見たことないの?」

「……城には大人しかいなかったよ」

「でも、リオネルさんとマリルーシャさんはそのうち城に挨拶に来るって言ってたでしょ? そんな感じで貴族が挨拶に来たときに見たりとか」

「跡継ぎの誕生を陛下に報告に行くのは公爵家のみですわ、ニナ様。今の公爵や次期公爵はほとんどがシリル様より少しだけ年上ですから、シリル様が真面目に国政に関わるようになられてから生まれたのはこの子が初めてなのです」

 マリルーシャさんの言葉に、私はそういえばと頷く。言われてみれば、年齢差についてはアドリエンヌさんにも聞いたことがあった気がした。それ以外で王城に赤ん坊が訪れる機会は、確かに無いだろう。

「よろしければ、抱いてみますか?」

「良いんですか?」

「ええ、もちろん。現在は薄れてしまいましたが、昔は神子様に我が子を抱いて頂くことで祝福を授かるという考えもあったそうですよ」

「そんなことしなくても、すっごい大物になりそうですけどね」

 何しろリオネルさんとマリルーシャさんの実子だ。ついでに私にとっては先生であるアドリエンヌさんの血も引いているわけで、もう何ていうか今から将来が恐ろしい。冗談交じりにそう言いながら赤ちゃんを受け取ると、緊張から体が硬くなるのが分かった。

「そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ、ニナ様。あ、首は支えてあげてくださいね」

「ふぇ? ……こ、こうですか?」

 マリルーシャさんが今までしていた抱き方を思い出し、見よう見まねでそろそろと腕をずらす。何となくそれっぽい形になると、彼女は微笑んで頷いた。

「ええ、お上手ですわ。 シリル様はどうなされます?」

「……遠慮しとくよ、この腕じゃ落としそうだから」

 苦笑交じりにそう返し、シリルは左腕を軽く撫でる。治癒魔法によって少しは良くなったものの、傷が塞がったわけでもないから、そこにはまだ包帯が巻かれていた。シリル曰く、痺れて上手く動かない状態も続いているらしい。他の、黒い煙が掠っただけだった部分は痺れもすぐに消えたと言っていたけれど、流石に直撃はまずかったのだろう。私の力でどうにか出来るかもしれないと言っても、傷が治るまでは迂闊に弄るわけにいかないし、私だってまだ自分の力を使いこなせるわけじゃないから、しばらくシリルは不便な生活を強いられることになる。もちろん私を含めて周囲の人間は心配しているのだけれど、当のシリルはそこまで重く受け止めてはいないようだった。

 そんなことを考えながら、私は腕の中で眠り続ける赤ちゃんに視線を下ろす。見知らぬ他人に抱っこされているというのに起きもせず眠り続けている時点で、既に相当大物な予感がした。生まれたばかりだからか、髪の色は薄いけれど、それでも何となくマリルーシャさんと同じ色っぽい。ほら、リオネルさんに似たら青みがかってるだろうし。あ、でも目は多分リオネルさんやお兄ちゃんと同じなのかな。

「そういえば、名前はもう決めたんですか?」

 ふと気になって顔を上げると、マリルーシャさんは笑顔で頷いた。

「ええ、ちょうどシリル様とニナ様がお帰りになった前の日に。エルネスト=ユメル=トゥルヌミールといいます」

「エル君かぁ」

 何となく名前を縮め、眠る彼に向かって呼びかけてみる。……あ、ちょっと口が笑った? 気のせいだと分かっていても何だか嬉しい。そんな私を見ながら、シリルが面白そうに微笑んだ。

「楽しそうだね、ニナ」

「うん、ちっちゃい子って見てて飽きないよね。ほら、私も流石にこのくらいの時のことは覚えてないから」

 両親に聞いた話では私は早産で、体重なんかも全然足りなかったから、生まれてから一週間は保育器で過ごしたらしい。母が過保護気味だったのは、恐らくそのせいでもあるのだろう。そんなことを考えながら、マリルーシャさんにエル君を返す。私と違って慣れた手つきで赤ん坊を受け取ると、彼女は不意にシリルの方を見た。

「そういえば、ご婚約おめでとうございます。本来なら最初にこちらを言うべきでしたね」

「まだ父上や一部の人間に話しただけで、正式に婚約したわけじゃないんだけどね……ありがとう、リオネルに聞いたのかい?」

「はい。それはもう楽しそうに語っていらっしゃいましたわ。この子の主はお二人のお子様になりそうだ、とか」

「……君たちは何なの、実はまだ物凄く怒ってるとか? 僕をからかって楽しい?」

 ジト目でマリルーシャさんを睨むシリルの顔は一瞬で真っ赤に染まっていて、何というか迫力に欠けているというか、説得力が無い。かく言う私も、頬に熱が集まったのは自覚していた。……私もシリルも、こういう話に耐性が無いわけじゃないのだ。ただ、自分が標的となるのに慣れていないだけであって。多分。

 そんな私たちを見てマリルーシャさんは優雅に微笑むと、「冗談はさておき」と再び口を開いた。

「わたくしもリオ様も、シリル様が幼い頃からお仕えしていましたから。ジルがいなくなって、わたくしも城を出て、クレア様とハーロルト様もグラキエスに帰られて……シリル様がずっと強がっていらしたのもよく存じていますし、そんな貴方がニナ様に出会えて本当に良かったと、心からそう思っているのです」

「マリルーシャ……」

 驚いたように目を見開くシリルがおかしくて、そっと彼の右手に自分の手を重ねる。それを見てマリルーシャさんがまた笑ったところで、不意にノックの音が響いた。

「入っていいか? マリルーシャ」

「まあ、リオ様? どうぞ」

 アドリエンヌさんか使用人の人たち辺りから聴いていたのだろう、リオネルさんは私とシリルの姿を見ても特に驚かず、軽く頭を下げて部屋に入ってくる。僅かに目を細めてマリルーシャさんに抱かれたままのエル君を撫でると、彼はすぐに表情を引き締めてシリルの方を見た。

「シリル様、一つお話しておきたいことが。ジルとリザがクローウィンに戻った、というのは先日お話ししましたね?」

「うん。聴いた話だと、アネモスよりも神国の方が酷い状況だったみたいだね。こっちの神泉に祝福が戻ると同時に、各地の異変も無くなったって聞いたけど」

「はい。二人はかの国で対処に当たっていたそうなのですが……」

 そこで、珍しくリオネルさんが言い淀む。しかしそれは一瞬のことで、彼はすぐに、けれどどこか自分でも信じられないとでも言いたげに続けた。

「ちょうどシリル様とニナ様の帰還の翌日、突然行方を眩ましたそうです」

「……え?」

 彼の言葉に、シリルは目を見開く。ショックを受けたのは当然黙って聞いていた私やマリルーシャさんも同じで、リオネルさんの言葉の意味を理解したところで、私は慌てて身を乗り出した。

「それって……事件に巻き込まれた、とかじゃ」

「荷物も無くなっていたそうですから、恐らく自分たちの意思であることは間違いないでしょう。ただ、国王に何も言わずに、というのは妙だ」

「そうだね、先生たちらしくない。……何か、あったのかな」

 だとしたら、あの二人にそこまでさせるほどの『何か』とは一体何なのか。眉を顰めるシリルを見て、私もまた俯く。同時に、神国と言えば、と色々なことを思い出した。

 私がいない間の異常気象の理由。封印されていたはずの魔物が突然目覚めた理由。シリルの腕の怪我のこと。推測は出来ても、アネモスで調べられる状況にはそれを確信に変える力はない。そんな色々なことが起きた原因である、私が元の世界に帰れた理由については、未だに何も分かっていない。……大体、そもそも神子とは何なのか。私は何のために、何によって、この世界に来たんだろう?

「……お兄ちゃん……お姉ちゃん」

 全て終わったはず。色々あったけれど両親に再会出来て、シリルとも想いを伝え合って、けれどこうしてアネモスに戻ってくることも出来て、物語ならもうここでめでたしめでたしで、ハッピーエンドで終わってもいいはずなのだ。それなのに……何かとても不吉なことが起きるような、そんな予感はいつまで経っても消えなかった。

 ――私はまだ、何も知らなかったのだ。大切な人たちを縛る運命というものの残酷さも、彼らを苦しめ続けるこの世界の非情さも、何も。


こんばんは、高良です。


リオマリ第一子、初お披露目。いずれ公爵の位を継ぐことになるであろう、既に将来有望な男の子です。

リオネルさんがもたらした、シリニナにとっては聞き捨てならない情報。ジルリザがそんな行動に出た、そのわけは――


そんなわけで、半年以上続いた第四部もようやく完結となりました。……長かった。本当に長かった。というのも実はこのエピソード、思いついた当初は別作品としてあげる予定だったんです。プロットとか組んでるうちに本編に組み込んだ方がいいと気付いてこうなったわけですが。

今後の予定としては、作者がテスト前ですのでしばらくお休みをいただいて、早ければ今月の十八日辺りから番外編を開始。七月には第五部を開始出来ればいいな、と考えております。ちなみに番外編の内容は未定。


そうそう、読者の皆様には、一押しの枯花キャラっていらっしゃるでしょうか。

ちょっと気になったので、お暇な方はweb拍手からでも感想からでも、好きなキャラを何人でも良いので教えていただきたいな、なんて。人気が高かったキャラの出番を増やす……ことは恐らく出来ませんが、一番人気のあるキャラで短編書くくらいはしてみようかな、と思いますので、是非教えてくださいませ。


では、また次回。

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