第8話 顔面凶器の純情と、タロットカードの嘘
「こ、恋……ですか。バルド団長が」
綺麗に片付いた王城の宝物庫の片隅。
俺は用意された木箱の上に座りながら、目の前の巨漢を見上げて目を瞬かせた。
王国の平和を守る、近衛騎士団のトップ。
顔の右半分に恐ろしい剣の傷跡を持ち、泣く子も黙る『顔面凶器』と恐れられる男が、今、俺の目の前でモジモジと身をよじっている。
「は、はい……。お恥ずかしながら」
バルド団長は巨大な両手で顔を覆い、耳まで真っ赤に染めていた。
普段の威圧感はどこへやら、完全に恋する乙女の反応である。
「お相手は、どなたなんですか?」
「……第一王女である、エリアーナ殿下です」
その名前を聞いた瞬間、俺は危うく木箱から転げ落ちそうになった。
エリアーナ王女といえば、この国で最も美しく、誰からも愛される太陽のような存在だと噂に聞いている。
いくら騎士団長とはいえ、一介の武官が王族に恋をするなど、一歩間違えれば不敬罪で首が飛びかねない大問題だ。
「先生、どうか笑わないでください。私のようなバケモノが、あのように美しく尊いお方に想いを寄せるなど、許されるはずがないことはわかっているのです」
バルド団長は深くうなだれ、悲痛な声で絞り出した。
「ですが、どうしても諦めきれない。せめて私のこの想いが、星の巡り合わせとして少しでも希望があるのか……それだけでも知りたいのです」
俺は黙って、彼の顔をじっと観察した。
一見すると、彼の顔は怒りに満ちた恐ろしい形相に見える。
だが、これは前世で培った『人相学』と『微表情』の分析を当てはめれば、まったく別の真実が浮かび上がってくるのだ。
(なるほど……。この人、ただ顔の傷のせいで表情筋が引っ張られて、常に睨みつけているように見えるだけだ)
人は本当に怒っている時、眉間だけでなく、唇が薄く引き伸ばされる。
しかし今のバルド団長の唇は、小刻みに震え、内側へと丸まり込んでいる。
これは極度の『不安』と『緊張』を示すサインだ。
さらに、彼の目は伏せがちで、瞳孔がわずかに開いている。
純粋な好意と、拒絶されることへの恐怖。
恐ろしい顔面の下に隠されているのは、驚くほど繊細で、純情すぎる乙女心だった。
「バルド団長。あなたの心の美しさは、私にはっきりと見えていますよ」
俺はゆっくりと立ち上がり、彼に向かって優しく微笑みかけた。
この純情な大男を、無下に突き放すことなどできない。
ここは一つ、占い師としての最高のハッタリで、彼の背中を力強く押してやろうじゃないか。
「星の導きを、カードに尋ねてみましょう」
俺はローブの懐から、使い込まれたタロットカードのデッキを取り出した。
シャッフルしながら、彼に精神を集中させるよう促す。
「過去、現在、そして未来。あなたの想いがどのような結末を迎えるのか、このカードが真実を映し出します。さあ、一枚引いてください」
バルド団長は震える太い指で、慎重にデッキの中から一枚のカードを引き抜いた。
それを小さなテーブルの上に、ゆっくりと表に返す。
めくられたカードの絵柄を見た瞬間、バルド団長は「ああっ……!」と絶望の悲鳴を上げた。
そこに描かれていたのは、落雷によって真っ二つに砕け散り、人々が真っ逆さまに落ちていく塔の絵。
タロットカードにおける最凶の一枚、『塔』の正位置だった。
「やはり、ダメだったのですね……! 私の身の程知らずな恋心は、このように無惨に砕け散る運命なのだ……っ!」
彼は頭を抱え、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
普通ならここで「諦めなさい」と言うのが占い師だろう。
だが、俺はニヤリと笑い、わざとらしく大げさに首を振った。
「バルド団長。あなたはカードの表面的な恐ろしさに囚われている。タロットの真の解釈は、そのような単純なものではありませんよ」
「え……? し、しかし、絵柄はどう見ても破滅を……」
俺はテーブルの上の『塔』のカードを指差し、自信たっぷりに語り始めた。
「いいですか。タロットにおける『塔』は、単なる破滅を意味しません。これは『古き殻の破壊』と『劇的な価値観の変化』を示すカードなのです」
「古き殻の破壊……?」
これは決してデタラメではない。
現代のタロット占いにおいて、塔のカードは『行き詰まった現状を打破する』という前向きな意味で解釈されることが多々あるのだ。
相手を絶望から救い上げる、心理的フォローの基本テクニックである。
「落雷は、神の啓示です。そして崩れ落ちる塔は、あなたが勝手に作り上げている『身分違い』という心の壁そのもの」
俺は彼の目を見据え、力強く断言した。
「星はあなたに告げています。己の顔や身分に対するコンプレックスを今すぐ破壊しなさい、と!」
「私の中の、心の壁を……破壊する……っ!」
バルド団長はハッと息を呑み、目を見開いた。
その瞳に、再び希望の光が宿り始めている。
「さあ、もう一枚引いてください。これがあなたの選択の先にある、未来のカードです」
促されるままに、彼が二枚目のカードをめくる。
そこに描かれていたのは、天使の祝福を受ける全裸の男女。
大アルカナの第六番、『恋人』のカードだった。
「おおおおっ……! これは、これは……!!」
「見事です、バルド団長。これ以上の答えはありません」
俺はカードの絵柄をなぞるように指を動かしながら、決定的なトドメを刺した。
「塔を破壊した先には、素晴らしい『選択』と『調和』が待っている。あなたの純粋な愛は、間違いなく天に祝福されています」
「先生……っ! おお、先生ぇぇぇっ!!」
バルド団長はついに耐えきれず、俺の両手をガシッと握りしめて号泣し始めた。
二メートル近い大男が、子供のようにボロボロと涙を流している。
その握力があまりにも強すぎて、俺の手の骨がミシミシと嫌な音を立てていた。
「い、痛い痛い! 団長、手が砕ける!」
「申し訳ありません! しかし、私は、私は……! 先生のおかげで、ようやく決心が尽きました!」
彼は鼻水を拭い、騎士団長としての凛々しい顔つきを取り戻した。
その瞳には、かつてないほどの熱い決意が燃え上がっている。
「私は明日、エリアーナ殿下の元へ赴き、この想いのすべてを打ち明けます! 砕け散ることを恐れず、心の壁を壊してみせます!」
「そ、その意気ですよ。頑張ってください」
俺はホッと胸をなでおろし、引きつった笑顔で頷いた。
とりあえず、彼を絶望の淵から救うことには成功したようだ。
これで占い師としての俺の仕事は完璧に終わった。
「先生! 最後に一つだけ、教えてください!」
意気揚々と立ち上がったバルド団長が、振り返って俺に尋ねた。
「明日、私が告白に向かうべき『最高の時間帯』はいつでしょうか! 先生の占星術で、どうかお導きを!」
「時間、ですか」
俺はポケットからスマートフォンを取り出し、適当に天文アプリを開いた。
明日の昼間なら、彼も公務の合間に会いに行けるだろう。
画面をスワイプし、パッと目についた時間を適当に告げる。
「そうですね……。明日の『午後二時』。この時間が、あなたの情熱を後押しする星回りになるでしょう」
「明日の午後二時ですね! 承知いたしました! 先生、この御恩は一生忘れません!」
バルド団長は深々と一礼すると、足取りも軽く宝物庫を去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は大きく伸びをした。
「ふう、疲れた。でもまあ、これで王城の厄介事もすべて片付いたな」
あとは彼がフラれようが結ばれようが、俺の知ったことではない。
占いなんてものは、背中を押すためのただのキッカケにすぎないのだから。
俺はスキップでもしそうな気分で、待たせていた馬車へと向かった。
いよいよ、クラーク商会のVIPルームでの甘美なスローライフが待っている。
だが。
俺の適当に指定した『明日の午後二時』という時間が。
王城の歴史を揺るがす、とんでもない大事件と完璧にリンクしてしまっていることなど、この時の俺は知る由もなかったのである。
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次回お楽しみに。




