第7話 王城宝物庫と、五つの大魔術『5S』
「……あの、団長さん。俺、本当にただの占い師なんですが」
王都の中央にそびえ立つ、白亜の王城。
その敷地内へと続く石畳を、王室専用の豪奢な馬車が滑るように進んでいた。
ふかふかのビロードの座席に揺られながら、俺は引きつった笑顔で目の前の巨漢に語りかけた。
「ご謙遜を、先生。あの完璧な防犯結界を見せられては、あなたの実力を疑う者など騎士団には一人もおりません」
俺の向かいに座っているのは、近衛騎士団長のバルドという男だ。
身の丈は二メートル近くあり、丸太のように太い腕と、顔の右半分を斜めに走る巨大な剣の傷跡。
どう見ても国を守る騎士というより、裏社会を牛耳る山賊の頭目にしか見えない。
この恐ろしい男に「国家の危機だ」と強引に馬車に押し込まれ、俺は今、王城の地下深くへと連行されている最中だった。
(いや、だからあれは職場のレイアウトを変えただけだって言ってるのに……!)
心の中で何度叫んでも、彼らには届かない。
一度ついた「偉大なる風水魔術師」という嘘は、もはや国家レベルの真実として王城にまで轟いてしまっているのだ。
こうなったら、適当にそれっぽいアドバイスをして、一刻も早くクラーク商会のVIPルームに帰るしかない。
馬車が停まり、俺たちは厳重な警備が敷かれた地下通路へと案内された。
「ここが、我が国の宝物庫です。歴代の王が収集した魔剣や呪具、そして莫大な国家予算が眠る最重要施設なのですが……」
バルド団長が重々しい鉄の扉を開ける。
分厚い扉の向こうに広がっていたのは、サッカー場ほどもある広大な地下空間だった。
だが、俺はその光景を見た瞬間、思わず絶句してしまった。
「……なんだこれ。泥棒に入られた後ですか?」
「いえ。恥ずかしながら、これが通常の状態です」
そこはまさに、足の踏み場もないほどの『ゴミ屋敷』だった。
金貨の詰まった麻袋が無造作に積み上げられ、その横にはいつ爆発するかもわからない不気味な魔法薬の瓶が転がっている。
床にはサビだらけの剣や槍が散乱し、奥の方には謎の巨大な石像が通路を塞ぐように倒れていた。
「この宝物庫には、侵入者を阻むための古代の魔法罠がいくつも仕掛けられています。しかし、ご覧の通りの有様でして……」
バルド団長が深くため息を吐く。
「警備の騎士が見回りの途中で魔剣につまずいて呪われたり、崩れてきた金貨の山の下敷きになって骨折したりと、怪我人が後を絶たないのです」
「……なるほど」
俺は額に手を当てた。
これは魔法の罠の欠陥でもなんでもない。ただの『労働災害』だ。
整理整頓がまったくされていない職場で、危険物を適当に放置しているのだから、事故が起きるのは当たり前である。
しかも、これだけ物が散乱していれば、泥棒が金貨を数枚くすねたところで誰にも気づかれないだろう。
防犯システム以前の問題、完全な在庫管理の崩壊だ。
(ふふっ……チョロい。これなら余裕で解決できるぞ)
俺は内心でガッツポーズを決めながら、わざとらしく眉間にシワを寄せ、重々しいトーンで口を開いた。
「バルド団長。これは酷いですね。宝物庫全体の『気』が完全に死んでいます。これでは呪いが蔓延するのも当然だ」
「やはり……! 先生の風水魔術で、この呪われた空間を浄化することは可能でしょうか!?」
「ええ、お安い御用です。ただし、我が秘伝の『五つの大魔術』を展開するためには、騎士団の皆さんの協力が必要になります」
俺がそう告げると、バルド団長はすぐに数十人の屈強な騎士たちを地下室に呼び寄せた。
彼らは皆、呪いの宝物庫に怯えるように顔を青くしている。
俺は彼らの前に立ち、大魔術の詠唱を行うかのように、両手を大きく広げた。
「これより、東洋の神秘にして最強の空間浄化術……『5S』の儀式を行います!」
「ご、ごえす……!? なんだその恐ろしげな響きは……!」
騎士たちがざわめく。
俺は咳払いを一つして、現代日本が誇る最強の職場改善メソッドを、もったいぶって語り始めた。
「第一の魔術は『整理』。ここにある物の中で、一年以上使っていないガラクタや、サビた武器をすべて外へ運び出しなさい。不要な物は陰の気を呼び寄せます」
「な、なるほど。使わない魔剣は処分するのですね!」
「第二の魔術は『整頓』。残した宝物に定位置を決め、床に白いチョークで線を引いて区画を作ります。金貨はここ、魔法薬はここ、と。そして、絶対にその線の外に物を置いてはいけません」
「物の居場所を固定し、結界の線を引くのですね! わかります!」
俺のただの整理整頓の指示を、騎士たちは『高度な魔法陣の構築』だと勘違いして熱心にメモを取っている。
バルド団長に至っては、感動のあまり目に涙すら浮かべていた。
「第三の魔術は『清掃』。ホコリは邪気の塊です。床を這いつくばって、チリ一つ残さず磨き上げなさい。第四の魔術『清潔』は、その綺麗な状態を毎日維持すること」
俺はそこで言葉を区切り、一番大切な最後の魔術を口にした。
「そして第五の魔術は『躾』。決められたルールを、騎士団全員が必ず守るよう徹底すること。この五つの魔術が連鎖した時、この宝物庫は絶対に破られない鉄壁の要塞となります」
「素晴らしい……! 整理、整頓、清掃、清潔、躾! これが風水の極意『5S』……!」
バルド団長が感極まった声で叫ぶと、騎士たちも「おおおおっ!」と雄叫びを上げた。
「野郎ども、聞いたな! 先生の魔術を完成させるぞ! 不要な呪具を運び出せ! チョークで結界の線を引くんだ!」
「はっ! 団長!」
屈強な騎士たちが、ものすごい勢いで宝物庫の片付けを開始した。
俺は彼らが汗だくになって働く姿を、安全な入り口付近の椅子に座って、出された高級な紅茶をすすりながら眺めていた。
(いやー、人に掃除させるのって最高だな)
* * *
数時間後。
ゴミ屋敷だった宝物庫は、見違えるように美しい空間へと変貌を遂げていた。
床にはチョークで綺麗な四角い枠が描かれ、その中に種類ごとに宝物が整然と並べられている。
通路には一切の障害物がなく、どこに何があるか一目でわかるようになっていた。
まるで現代の最新型物流倉庫のような美しさだ。
「なんということだ……。空気が、あんなに重かった宝物庫の空気が、澄み切っている!」
バルド団長が震える手で、チョークで囲まれた宝物の山に触れる。
「これなら、誰かが足を引っ掛けて転ぶこともない。さらに、定位置が決まっているため、金貨がたった一枚盗まれただけでもすぐに異常に気づくことができます!」
「ええ。整理整頓こそが、最強の防犯システムですからね」
俺が適当に頷くと、バルド団長は俺に向かって深々と、直角に頭を下げた。
「先生! あなたは天才だ! これほど理にかなった魔法陣を、私は見たことがありません!」
騎士たちも次々と俺の前にひざまずき、「先生の5S魔術、一生忘れません!」「我が家の倉庫にも結界の線を引きます!」と口々に感謝を述べている。
(だからただの掃除だって……まあ、丸く収まったし、もう帰っていいかな)
無事に国家の依頼を片付けた俺は、ふうと息を吐いて立ち上がった。
これでたっぷり報酬をもらって、今度こそクラーク商会のソファで昼寝ができる。
そう思って出口に向かおうとした、その時だった。
「……先生。お待ちください」
背後から、地を這うような低い声が響いた。
振り返ると、バルド団長が他の騎士たちを全員下がらせ、ただ一人、鬼のような形相で俺を睨み下ろしていた。
顔の傷跡がピクピクと引きつり、額には尋常ではない量の脂汗が浮いている。
その手は剣の柄にしっかりと握られており、今にも俺に斬りかかってきそうなほどの凄まじい殺気を放っていた。
「ひぃっ!? な、なんですか団長! 掃除のやり方が気に入らなかったですか!?」
俺は悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえながら、後ずさった。
しかし、バルド団長はズンズンと俺に詰め寄り、退路を塞ぐように巨大な両手を壁にドンッと突いた。
いわゆる、壁ドンである。
ただし、相手は二メートル近い傷だらけの大男だ。恐怖で寿命が縮みそうだった。
「……先生の空間を操る力、しかと見届けました。そこで、です」
バルド団長は周囲に誰もいないことを確認すると、ゴクリと大きく喉を鳴らした。
「先生のその偉大なるお力で……どうか、私の『運命』を占ってはいただけないでしょうか」
「運命、ですか……?」
国家の反逆か、それとも騎士団内部の暗殺計画か。
俺が最悪の事態を想定して身構えていると、バルド団長は顔を真っ赤に染め上げ、もじもじと指を絡ませながらとんでもないことを口走った。
「そ、その……。私のように顔に傷のある恐ろしい男でも、身分違いの美しい女性に……恋をしても、許される星回りでしょうか……?」
「……はい?」
王城の冷たい地下室に、俺の間の抜けた声が虚しく響き渡った。
どうやら俺の次の仕事は、この王国最強の騎士の『乙女チックな恋愛相談』に乗ることらしい。
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次回お楽しみに。




