第5話 風水という名の『オフィス環境改善』
「……で? 俺たち大工と清掃業者を集めて、一体何をさせる気だ?」
腕の太さが丸太ほどもある大工の親方が、不機嫌そうに腕を組んでいた。
彼の背後には、急な呼び出しで集められた数十人の職人たちが、怪訝な顔をして並んでいる。
無理もない。呪われた館の除霊に呼ばれたと思ったら、ただのヒョロい占い師が立っていたのだから。
「親方、どうか先生の指示に従ってください! 先生は偉大なる風水魔術の使い手なのです!」
アイリスが必死にフォローを入れるが、親方は鼻で笑った。
「お嬢ちゃん、騙されちゃいけねえ。悪霊退散なら教会の坊主を呼ぶべきだ。壁を叩いたって呪いは解けねえよ」
「まあまあ、親方。騙されたと思って、俺の言う通りに動いてみてください」
俺はニコニコと愛想笑いを浮かべながら、館の見取り図(ただの平面図だ)を広げた。
ここからが俺の腕の見せ所だ。
ただの「リフォーム指示」を、いかに神聖で神秘的な儀式に見せかけるか。
「まずは外の庭です。あの館に覆い被さっている巨大な樹木。あれをすべて伐採してください」
「はあ? なんで木を切るんだよ」
「陰陽五行において、この土地は『陰』の気が強すぎるのです。木々が太陽の『陽』の気を遮断し、邪悪な精霊を呼び寄せている。すべて切り倒し、光の結界を張り巡らせるのです」
もっともらしい言葉を並べ立てたが、要するに「日当たりが悪くてカビが生えるから木を切れ」というだけだ。
親方は渋々といった様子で、弟子たちに斧を持たせて庭へと向かわせた。
「次は清掃業者の方々。この館の地下室と水回りを開け、徹底的に磨き上げてください」
「磨くって、ただ掃除するだけでいいのかい?」
清掃のリーダーが首を傾げる。
俺はわざとらしく目を伏せ、深刻なトーンで告げた。
「ええ。ただし、強い度数の『酒』と『酢』を混ぜた聖水を使用してください。水脈に巣食うドロドロの悪霊どもを、これで溶かして浄化するのです」
アルコールと酢。現代日本における、最強のカビ取り&殺菌コンボである。
この館の不快な臭いと社員たちの吐き気の原因は、間違いなく地下や水回りに繁殖した黒カビだ。
これらを根絶やしにしない限り、シックハウス症候群は治らない。
「最後に、親方。この館の窓という窓を、すべて三倍の大きさにぶち抜いてください」
「窓を大きくする!? おいおい、そんなことをしたら隙間風が酷くなるぞ!」
「それでいいのです。風の通り道である『龍脈』が塞がっているせいで、行き場を失った風が壁の隙間で泣き叫んでいる。それが獣の唸り声の正体です」
俺の断言に、親方は目を丸くした。
気密性が中途半端に高いせいで起こる『風鳴り』現象。
窓を大きくして風通しを良くすれば、気圧差が解消されて嫌な音は完全に消え去るのだ。
「……チッ、わかったよ。金はしっかり貰うからな! 野郎ども、壁をぶち抜け!!」
親方の号令と共に、大工と清掃業者たちによる大規模な『風水魔術(という名の大掃除)』が開始された。
* * *
数日後。
大規模な改修工事を終えた第二支部は、見違えるような姿になっていた。
「おお……っ! なんということでしょう!」
館に足を踏み入れたアイリスが、感嘆の声を漏らした。
鬱蒼としていた木々は伐採され、大きく広げられた窓からは、眩しいほどの陽光がたっぷりと降り注いでいる。
「空気が……あんなに淀んでいた空気が、信じられないほど澄んでいます!」
「獣の唸り声も、まったく聞こえなくなりました……!」
青白い顔をして倒れていた社員たちが、次々と起き上がり、深呼吸をしている。
重度のシックハウス症候群に悩まされていた彼らだが、原因であるカビが消え、新鮮な空気が循環したことで、劇的に体調が回復したのだ。
「先生! やりましたね、悪霊は完全に退散しました!」
アイリスが俺の手を握り、ポロポロと嬉し涙を流している。
俺は「ふっ」と余裕の笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかけるように指示を出した。
「まだ完全ではありません。次は社員の皆さんのデスクの配置を変えます」
「デスクの配置、ですか?」
俺は彼らに指示を出し、部屋の真ん中に固まっていた机を、すべて部屋の隅へと移動させた。
そして、絶対に『ドアに背を向けて座らない』ようにレイアウトを組んでいく。
「これも風水です。ドアに背を向けて座ると、背後からの殺気に怯えることになり、精神的な疲労が蓄積します。壁を背にして、部屋全体を見渡せる位置に座るのが『皇帝の座』なのです」
「こ、皇帝の座……!」
心理学的に言えば、背後に人が通る環境は無意識のストレスを生む。
壁を背にするだけで、人間の集中力と安心感は飛躍的に向上するのだ。
「最後に、部屋の四隅に『観葉植物(ただの鉢植え)』を置いてください。これが木の大精霊となり、残ったわずかな毒素も吸い取ってくれるでしょう」
「なんて完璧な陣形……! 先生、あなたは本当に神の使いです!」
社員たちが俺に向かって、次々と土下座のような勢いで平伏していく。
大工の親方も「まさか本当に呪いが解けるとは……あんた、すげえ魔術師だな」と震えながら拝んできた。
(いや、だからただ掃除して換気しただけなんだけどな……)
俺は引きつる頬を必死に抑えながら、威厳たっぷりに頷いてみせた。
これでこの支部の生産性は爆上がりするだろうし、俺の顧問としての地位も盤石だ。
またしばらくは、VIPルームで美味しいお茶が飲めるぞ。
そう思って、俺はホクホク顔で館を後にしたのだった。
* * *
だが、俺はまだ知らなかった。
この『完璧に計算されたオフィスレイアウト』が、思わぬ副産物を生み出すことに。
その日の、深い夜。
静まり返った第二支部の裏口に、黒い装束に身を包んだ怪しい影が忍び寄っていた。
「クラーク商会め……。我が主、ゴードン様を破滅させた恨み、ここで晴らしてやる」
男の正体は、先日摘発されたライバル商会が雇っていた、裏社会の暗殺者だった。
彼は手に火のついた松明を持ち、第二支部を全焼させるつもりでやってきたのだ。
「見張りはいないな。フフフ、無防備な館だ」
暗殺者は音もなく鍵を開け、館の中へと侵入した。
しかし、彼が足を踏み入れたその空間は、数日前とは劇的に変化していたのだ。
広々と見渡せる直線の廊下。
死角を完全に無くしたデスクの配置。
そして、気の流れを良くするために廊下の角に配置された、大きな『八角鏡』。
「な、なんだこの異様な空間は……!?」
暗殺者は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
彼がどこに隠れようとしても、必ずどこかの鏡に自分の姿が映り込んでしまう。
物陰に身を潜めようにも、不要な家具が排除されているため、身を隠す場所が一切ない。
まるで、館全体が「侵入者を監視するため」に作られた巨大な罠のように感じられた。
「ひぃっ!? 誰か見ているのか!?」
パニックに陥った暗殺者が後ずさった、その瞬間。
「……おい。そこで何をしている」
夜間警備のために館を巡回していた騎士が、一直線の見通しの良い廊下の向こうから、呆れたような顔で暗殺者を見下ろしていた。
「あ、いや、これは……っ!」
見晴らしが良すぎるオフィス環境は、皮肉にも『世界で最も侵入しにくい防犯結界』として機能してしまっていたのだ。
暗殺者の悲鳴が、月夜の王都に虚しく響き渡った。
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次回お楽しみに。




