第19話 囲み再発:囲んだ子たち
遠足の帰り道は、行きより声が軽かった。
お弁当を食べて、歩いて、笑って。
林を抜けて、丘を下って。
足は少し疲れているのに、気持ちは妙に明るい。
「また行きたい!」
「次はもっとおやつ持ってくる!」
「先生、遠足って毎日ないの?」
先生が前を歩きながら笑う。
「毎日はないよ。だから楽しいんだよ」
その言葉に、子どもたちが「そっかー」と納得したように笑った。
私は班の端を歩きながら、広場で弁当を分けた時のことを思い出していた。
あの時の笑いは、自然だった。
刺さらない笑いだった。
今日は、期待じゃなくて信頼だった。
それが胸に残っていて、歩幅も少し軽い。
……軽いまま、町の入口が見えてきた。
町に近づくほど、人が増える。
買い物帰りの大人。
道端で話す人。
馬車の音。
遠足の列は、目立つ。
「お、遠足かい」
「元気だねえ」
声がかかると、子どもたちはさらに元気になる。
足取りも軽くなる。
その軽さが、少し危うい。
「見て見て!」
「ここ、知ってる道だ!」
はしゃいだ声が跳ねる。
跳ねた声に引っ張られるみたいに、列が少し散りかける。
先生が前でまとめようとするが、距離が広がった。
私は班の端にいた。
端は安心できる。
でも端は、寄って来やすい。
急に、背中側から声がした。
「ルミシア!」
私は反射で振り向いた。
数人の子が笑いながら近づいてくる。
「見て見て!」
「さっきの林、すごかったね!」
「弁当、何食べたの?」
楽しそう。
悪意はない。
でも、近い。
近いと輪になる。
輪になると、囲みになる。
私は一歩だけ下がった。
けれど後ろにも人がいる。
町の入口は狭い。
足が止まる。
輪ができかけた。
その瞬間、体がこわばった。
肩が上がる。
指先が冷える。
呼吸が浅くなる。
囲まれると息が浅くなる。
私はそれを知っている。
でも今日は、頑張りたかった。
信頼が胸に残っている。
だから大丈夫だと、思いたい。
けれど、輪ができる速さは私の心より速い。
「ねえ、未来見える?」
混ざってはいけない言葉が混ざった。
からかい半分の声。
面白がりの匂い。
胸の奥がきゅっと縮む。
言い返したくなる。
でも言い返したら尖る。
尖ると、もっと面白がられる。
嫌だ。
短くて、尖らなくて、ちゃんと止める言葉。
それを探す。
……探す前に、誰かが動いた。
ミオだった。
ミオが私と子どもたちの間に、すっと入った。
声じゃなく、体で。
そして片手を上げた。
止まれ、という合図みたいに。
「……ここ、だめ」
ミオの声は小さい。
でも手がはっきりしている。
輪が一瞬止まる。
「え、なに」
「別に悪くないじゃん」
誰かがそう言いかけた時、もう一人が小さく言った。
「……囲まない」
読む係の子だった。
その言葉は強くない。
怒っていない。
ただ、決まりごととして落ちる。
「囲まない」
それだけで空気が変わった。
輪は囲みになりかけたまま止まり、
“ここから先はだめ”という線が見える。
私はその線に支えられて、ようやく言葉を出せた。
「……やめて」
大きな声じゃない。
でも、ちゃんと届くように言った。
「やめて」
繰り返しはしない。
増やすほど、自分が苦しくなる。
輪がほどけた。
近かった子が、気まずそうに視線をそらす。
からかい半分の子は肩をすくめた。
「冗談だって」
そう言って去っていく。
去り方だけは早い。
残った子が、少し遅れて言った。
「……ごめん」
その声は小さい。
でも本当の声だった。
私はうなずいた。
「……うん」
それだけでいい。
輪は消えた。
道がまた戻ってきた。
その時、先生の声が後ろから届いた。
「こらー、列を崩さない。みんな、班に戻って」
先生がようやく状況に気づいて、慌てて近づいてくる。
でも私はもう、倒れていなかった。
ミオがちらっと私を見る。
「大丈夫?」
私は短く答えた。
「……大丈夫」
本当は少し怖かった。
息も浅かった。
でも今日は違う。
私は一人じゃなかった。
⸻
班に戻って歩き出すと、足音がまた揃う。
町の入口を越えると、人の声が少し遠のいた。
私は歩きながら胸の奥を確かめた。
囲まれるのは怖い。
でも、“守られる”経験は怖さを薄くする。
私が何かをうまく言えなくても。
動けなくても。
誰かが前に立ってくれる。
誰かが言葉を言ってくれる。
そのことが、私の中に残っていく。
残ったものは、次の強さになる。
私はそう思った。
⸻
家に帰ると、父が玄関にいた。
「遅かったな」
責める声じゃない。
確認の声。
「……町で、人が多かった」
父はうなずく。
「人が増えると、騒がしくなる」
「……うん」
父はそれ以上言わなかった。
でも私の指先が少し冷えているのを見て、短く付け足した。
「湯を沸かす」
その言葉で、体の力が抜けた。
「……ありがとう」
父は「うん」とだけ返した。
それで十分だった。
⸻
夜。
机に紙を広げて記録を書く。
『町の入口で、人が増えた。』
『はしゃぐ声が増えた。』
『囲まれそうになった。』
『息が浅くなった。』
『ミオが前に立った。』
『読む係の子が言った。』
『私は「やめて」と言えた。』
『輪がほどけた。』
『ごめんと言われた。』
最後に、今日いちばん大事なことを書く。
『私の前に立ってくれた背中が、今日は星みたいに見えた。』
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