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例えばこんな未来なら  作者: 都桜ゆう


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第2話 消費期限の夜、雨に捨てられて

 そこからの数時間は、記憶が断片的だ。

 誰とも知れない大きな手に乱暴に組み伏せられ、無理やり服を剥ぎ取られた。抵抗する気力さえ奪うような重圧感。皮膚を擦りむくような荒い愛撫と、何度も繰り返される暴力的な行為。耳元で聞こえる男たちの荒い呼吸と、嘲笑。僕が悲鳴を上げれば上げるほど、主人は愉快そうに声を上げて笑った。


「くくっ……やはり、二十歳を過ぎた肉など、こうしてなぶり倒す以外に使い道はないな。

 おい、遠慮はいらんぞ。壊れるまで使い潰してしまえ」


 主人のその言葉を合図に、男たちの動きはさらに容赦のないものになった。一人、また一人と、男たちが僕の体の上を通り過ぎていく。意識が朦朧とし、痛みさえも遠のいていく中で、僕は自分がもはや人間ではなく、ただの「肉の塊」になったのだと理解した。主人の冷酷な笑い声だけが、僕の壊れていく意識の底で響き続けていた。




 明け方、ようやく悪夢のような時間は終わりを告げた。体中が鉛のように重く、指先ひとつ動かそうとするだけで節々が悲鳴を上げる。そんな僕の惨状を気にかける者など、ここには一人もいない。男たちは、使い古した雑巾でも片付けるような手つきで僕の両手足を掴むと、裏口の重い鉄扉を開けた。


「……っ、あ」


 無造作に放り出された体は、硬い石畳に叩きつけられた。骨が軋む鈍い音がして、肺の空気が強制的に押し出される。男たちは汚物を見るような目で僕を一瞥すると、何の言葉もなく扉を閉めた。背後で響いた重々しい金属音は、僕のこれまでの七年間が完全に断ち切られた合図のようだった。

 僕は湿った地面に頬をつけたまま、荒い呼吸を繰り返した。泥と油の匂いが鼻をつく。服は引き裂かれ、露出した肌には自分のものではない汚れがこびりついている。けれど、それを拭う力さえ今の僕には残っていない。


 不意に、額に冷たいものが当たった。最初は、誰かが唾を吐きかけたのかと思った。けれど、それは一つ、二つと増え、やがて音を立てて降り始めた。雨が降り始めていた。冷たい水滴が、数々の生々しい痣や傷を容赦なく叩き、熱を持った皮膚の痛みを呼び覚ます。


「もう十分だ。古くなった家具を捨てるのと同じさ。二十歳を過ぎた男に、もう価値なんてない」


 主人が、最後に言い捨てたその言葉が頭の中でリフレインする。

 雨は次第に強まり、僕の体にこびりついた汚れを洗い流そうとするけれど、心の奥底に染み付いた絶望までは消してくれなかった。


 自由になったという実感はなかった。ただようやく「商品」としての役目が終わり、誰にも見られず死ぬことを許される場所にたどり着いたのだと思った。

 壁に背を預け、震える体を抱きしめながら、僕はゆっくりと目を閉じた。このまま呼吸を止めてしまえば、この地獄も消えない痛みもすべて終わる。そう思っていたその時だった。


「君、どうしたんだい?」


 その声は驚くほど澄んでいた。 この街に漂う嫌な匂いとは無縁の、清潔な響き。僕は重い瞼をゆっくりと持ち上げる。 視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど高価そうな、一点の曇りもない革靴だった。


「なんでも……、ない……」

 掠れた声で答える。喉が焼けるように痛い。


「なんでもないわけないだろう? 顔面蒼白だよ」


 男は僕の目の前で膝をついた。覗き込んできた瞳は、僕を憐れむわけでもなく、ましてや欲望を抱いている風でもなく、ただ純粋に僕の体調を案じていた。


「……ああ、こんな所で問答しててもしょうがないな。歩けるかい?」


「歩く、くらい……っ」


 意地を張って立ち上がろうとしたけれど、膝が笑い視界が真っ黒に染まる。 地面に叩きつけられると思った瞬間。 ふわり、と僕の体は宙に浮いた。


「だいぶ体力がなくなってるみたいだね。……失礼」


「うわっ! ちょっ、何!?」


 男は僕の膝裏と背中に腕を回し、まるで壊れやすい宝物でも扱うような手つきで、僕を横抱きに抱え上げたのだ。あまりに突然のことに、僕は驚きのあまり声を上げた。けれど、反射的に暴れようとした体はすぐに力を失った。


 首筋に触れる彼のコートの柔らかな質感。そして腕の中から伝わってくる、驚くほど高くて規則正しい体温。それは僕をこれまで蹂躙してきた男たちの、どろりとした粘りつく熱とは違う。ただ静かにそこにある、命の灯火のような温かさだった。その心地よさに、凍りついていた僕の胸の奥がほんの少しだけ震えた。


「……っ、放して。……一人で、歩けるから……」


 腕の中で弱々しく抵抗する僕に、男は困ったように眉を下げた。けれどその腕の力が緩められることはなかった。


「今の君を一人にするわけにはいかないよ。……俺の家がすぐそこだから、少しだけ我慢して。温かいものでも食べて、ゆっくり休んだほうがいい。……独り暮らしで大したものは出せないけど、何もしないで帰すわけにはいかないから」


「え? いや、そんなのいらないから! 放してよ!」


「遠慮しなくていいんだ。困ったときはお互い様、だろう?」


 男は、僕をあやすように優しく笑うと、そのまま迷いのない足取りで歩き出した。彼から漂うのは石鹸のような清潔な匂い。それが、僕をこれまで弄んできた男たちの脂ぎった欲望の匂いとはあまりに違っていて、僕は毒気を抜かれたように大人しくその腕の中に収まった。


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