かげみたま-062:変幻の影格子
俺は藤原健二。突然人が消えるとの報告のあった古い倉庫を単独で調査中。今回は下見のため遠巻きで倉庫を調査することになった。
しかし、突然視界が歪んだかと思うと地面が液体状となり、どんどん俺の体は地面の中へと沈んで行く。気が付けば俺は不思議な白い空間へと飛ばされていた。
そこは六~八畳ほどの四角い部屋で、床、壁、天井すべてが真っ白に染まっている。窓やドアのようなものはないが、俺の四方八方を囲む白い壁材が発光しており、光源はなくとも部屋全体を見渡すことが出来た。
俺は改めてその部屋の中を見渡す。影が攻撃してくる素振りは見せない。
俺は警戒しながらも、その真っ白な部屋を一通り歩き回った。
あれからどのくらいの時間が経っただろうか? ふと、ある違和感を感じ始める。
「ん? こんな線あったっけかな?」
目が光に慣れたのか、それとも徐々に浮き出てきていたのか、部屋中に格子状の黒い線が走っているのに気が付いた。方眼紙のように一定間隔で縦横に黒い線が伸びている。
そして部屋の構造も変化しているのに気付いた。それまで何もなかった壁には白いドアが一つ作られており、各壁に一つずつ計四つのドアがある。
こんなところにいてもしょうが無いと、俺はそのうちのひとつのドアに手を伸ばす。恐る恐るドアを開くと、そこには今いた部屋と同じような部屋があった。
次々に部屋を進んでいくと内部の構造も少しづつ変わっていった。入室ごとに内装が変わり、格子状の模様が回転・拡張し線が生きているかのように移動している部屋まである。
その時だった、何気なく踏んだ黒い線から大量の腕が伸び俺の右足を捕らえる。
その黒い線に足を踏み入れると赤(情熱)が標的となった。線が黒く滲み視界が歪む。肌にも格子状の模様が浮かび上がり激痛が走った。
「くそ! やっぱりこいつ影だったか!」
赤の喪失が始まり情熱が薄れ、行動力が鈍る感覚。肌の模様が広がり黒く染まっていく。黒化の段階だ。痛みは針のように全身を刺し、油汗が滝のように滴る。
俺は足に力を入れ踏ん張ると、絡みついてくる複数の腕を引きちぎった。そのまま次の部屋に飛び込む。
追ってこないことを確かめると、急いで俺はボイスレコーダーを取り出しスイッチを入れる。そして、胸元のホルダーに装着した。
「影格子の構造、ランダム回転、線状影の移動。踏むと捕食開始することが判明」
俺はできるだけ平然を保つように心がけるが、影がその時間さえ与えてくれない。先程まで腕にあった格子状の模様はゼンタングルの様に複雑な模様に変化していた。
部屋の模様も進むにつれて複雑化していっている。進んでも進んでも無限に続く白い部屋。
いや、もう部屋の半分以上が黒い色に染まりかけている。「終わり」が近いということなのだろうか……。
とうとう俺の体にも白化の段階が訪れた。指の先が線画のように朦朧としており輪郭が揺らぐ。赤の喪失で活力が消え無気力が襲っていた。
影が今まで以上に活性化し、線が俺の体を貫く感覚が続いている。気が付けば、部屋は真っ黒に染まり、俺の体は白く染まっていた。
――そしてそれは突然終わりを告げた。
それまで複雑に絡んでいた部屋の黒い模様は徐々にほぐれ、部屋の中心に向かって影の線が集まり始めた。そして繭なようなものを形成していき、その塊は心臓のように鼓動を始める。
「くっ、アレを使わないといけなくなるとは……」
俺は最後の力を振り絞り最終手段を取ることに決めた。自ら行う線画の逸脱だ。
影の捕食によってもたらされる現象だが、魂守は自ら線画を切り離す事ができる。元々は仲間に自分の線画や色を渡す行為だ。
しかし仲間がいない今は与えるのではなく、ただ切り離すという行為になる。一部を削るのではなく、完全に存在しなくなるのだ。
これを行うと一時的だが人間の内側に詰まっている色が吹き出し、爆発的なエネルギーを発する。
多分このくらいの多きさの空間なら十分な破壊力を持っているだろう。この領域ぐらい簡単に破壊できる威力を。そう、本当に「最終手段」なのだ。
俺が生きている保証はない。しかし、この「かげみたま」をそのままにして置く訳にはいかないのだ、絶対に。
俺は線が逸脱用のナイフを取り出すと歯を食いしばり、黒く染まった左腕と右脚の線画をぶった切った。
その直後、切り落とされた足と腕は消え去り、そのかわりに断面から血とも墨汁とも言えないような濁った液体が吹き出した。そしてそれに続き赤、青、黄、緑の四色もその傷口から溢れ出す。
今までに感じたことがない激痛が走った。それもそのはずだ、腕と脚を切り落としたのだ。俺はあまりの痛さに床を転がり回り、叫び続ける。
「ああ、くそ! くそ!!」
次第にモノクロだった部屋の中に色が溢れ眩い光りに包まれ出した。そして崩壊が始まる。
空間は液体のように形を保つことができなくなり、また俺は地面の中へと沈んでいった――。
ふと、目を覚ますと俺はベッドの上で横になっていた。起き上がろうとすると体に激痛が走る。うめき声を上げる俺を誰かが抑え込んだ。影山さんだった。
影山さんの話によると、どうやら俺は報告のあった古い倉庫の近くで横たわっていたらしい。俺を探しに来ていた他の魂守に保護されたようだ。
報告によればあのかげみたまはもう発生しなくなったそうだ。良かった、これでひとつあいつらが悪さをしなくなったわけだ。
この腕と脚を失ったのは痛手だが、もうこれ以上、他のやつがあの恐ろしい空間に喰われるのを阻止し出来たんだ、良しとしよう。
調査結果: 成功。かげみたまを崩壊させ、異常は収束。 記載者: 魂守 藤原健二




