-血塗れの手を握る者- 綺麗な世界で、もう一度君と
「ど…どんだけ壮絶な幼少期を過ごしてんだよオメェら〜!今まで辛かったな〜…苦しかったなあ〜…。」
話の全てを聞き終えたポナパルトは、鼻水を垂らしながら大粒の涙をこぼし、まるで自分のことのように感情移入していた。
「…カインは、初めから死ぬつもりだったのよ…。エンディに隔世憑依のやり方を思い出させて…エンディがイヴァンカを斃してくれると信じていたのよ…。そして全ての罪を償って、全てをエンディに託して、最期は自決する道を選んだんだわ…。」
アマレットは声を震わせ、泣き崩れた。
後悔と悲しみがその涙に混じっていた。
エンディは下を向いたまま沈黙し、影のような表情を浮かべていた。
「思えば…カインはいつも私たちを助けてくれてたわね。ダルマインがラーミアを抱えてミルドニアの塔の高層階から飛び降りた時も…私たちがアズバールに追い詰められていた時も…インドラの破壊光線銃がバレラルクを焼き払おうとした時も…カインが危機を救ってくれなかったら、私たち今頃死んでいたわ?どうして気付けなかったんだろう…。」
ジェシカは唇を噛みしめ、悔しげに目を細めた。
「俺、実は見ちまったんだ。前に俺とラベスタが王宮を襲撃したことあったろ?エンディが憎しみに駆られた俺たち2人を必死に諫めていた時、カイン…泣いてたんだ。今までずっと、見間違いかと思ってたぜ…。」
ノヴァは遠くを見つめるような目で静かに言い、胸の奥に詰まった感情を吐き出していた。
「独りぼっちで無人島で暮らしてた4年間…カインはどんな気持ちで過ごしてたんだろう。何度、眠れない夜を過ごしたんだろう。」
ラベスタは目を伏せ、かすかな震えを伴って呟いた。
「それでも、カインは逃げなかったんだ。全ての罪を償う為…覚悟を決めて俺たちの前に立ちはだかったんだ。自ら嫌われ役に徹してな?ケジメをつけてお役御免なんて、悲しすぎるぜ…。」
ロゼは拳を握り締め、肩を落としながらもその背筋には敬意が宿っていた。
ラーミアは、黙々と手を動かし続け、カインの治療に全神経を集中させていた。
だが、その眼差しには確かな祈りが滲んでいた。
そんなラーミアの元へ、アベルが歩み寄ってきた。
ラーミアは彼の気配に敏感に反応し、何をしようとしているのかと一瞬だけ身構えた。
「兄さん…僕に勝ったまま死ぬのかよ!?そんなの絶対に許さないからな!兄さんを殺すのは僕なんだ!勝ち逃げなんて卑怯だよ!だから…死ぬなよ…死なないでくれよ!」
アベルは地面に額を擦りつけ、全身を震わせて泣き叫んだ。
その時、カインの眉がピクリと動いた。
「カイン!?」
ラーミアが目を見開き、呼びかけると、カインはゆっくりと瞼を開けた。
「カイン…カイン!良かった…。」
アマレットは心の底から安堵し、堰を切ったように涙をこぼした。
モエーネはそんなアマレットを後ろからそっと包み込むように抱きしめた。
「ラーミア…何してやがる?勝手な事してんじゃねえよ…俺はもう…死にてえんだよ。」
カインは虚ろな声で呟き、自嘲気味に天を見上げた。
すると、エンディが勢いよくカインの胸ぐらを掴み、無理矢理その上体を起こさせると、頬を力任せに殴りつけた。
「ちょっとエンディ!何考えてるの!?」
ラーミアは信じられないという目でエンディを睨みつけた。
「はっ…エンディ…何だよ…その腑抜けたパンチはよ?もっと全力でこいよ。そして一思いに殺してくれよ。」
カインが挑発するように笑った時、エンディの中で何かが切れた。
「うるせえ!いい加減にしろよ!このウジムシ野郎!!」
怒声が場を震わせた。
「おいエンディ、落ち着けよ。」
エラルドが低く冷静な声で制止を試みた。
「死にてえだと?殺してくれだと?ふざけんなよ!お前は結局、また逃げようとしてるだけじゃねえか!俺に隔世憑依のやり方思い出させて、最期の最期に自分の本音を語って死のうとして…それでケジメをつけたつもりか!?どうして最初から、俺たちと一緒に戦おうとしなかったんだよ!お前さえ心を開けば、俺たちは快くお前を受け入れてたぞ!」
エンディは拳を握りしめながら、怒りと悲しみを押し殺すように叫んだ。
「一緒に戦うだと?俺にそんな資格あるわけねえだろ。俺は悪行を重ねすぎた…数え切れないほどの人間を殺してきたんだ。お前の両親もアマレットのばあちゃんも、俺のせいで殺されたんだぞ?俺みたいな汚い人間がよ、お前らみたいな奴らと一緒にいることなんて、許されねえんだよ!」
カインの叫びには自己嫌悪がこもっていた。
まるで自分を罰しているようだった。
「許されねえだと?そんなのお前が勝手に思い込んでるだけだろ?俺は昔も…記憶を失っている時も、ずっとお前を友達だと思ってた。俺だけじゃない、他のみんなもお前を仲間だと思ってたから、今お前の周りにこんなに人が集まってんだろ?嬉しい事も辛い事も、独り占めしないで分かち合おうとしろよ!それが仲間だろ!お前の勝手な独りよがりで、俺たちがどれだけ寂しい思いをしたか、少しは考えたことあんのかよ!?」
エンディの言葉は、怒りというより、ずっと押し殺してきた哀しみの叫びだった。
カインはうなだれ、言い返す力もなく沈黙した。
その時、アマレットがそっとカインの隣に腰を下ろした。
「アマレット…近づくんじゃねえよ。俺の手は血で薄汚れちまってんだ…何度洗っても拭えない程にな。だからお前は、俺なんかに近づいちゃいけねえんだよ、あっち行ってろ。」
カインは顔を背け、彼女の優しさから目を逸らした。
だがアマレットは、躊躇なくカインの右手を両手で包み込んだ。
「カインは汚くないよ。綺麗だよ。」
その瞳には、真実だけが映っていた。
「おい…どうしてそんな事が言えるんだ?俺が今まで何をしてきたか…お前は知ってる筈だぞ?」
カインは驚きと困惑に満ちた目で見つめ返した。
「私ね、ずっと後悔してたの。あなたに“この国から出てって”なんて言ってしまった事に。あの時私がカインと真剣に向き合っていれば…こんなことにはならなかったのに…ってね。」
アマレットは、まるで自分に罰を与えるように静かに語った。
「アマレットは何も悪くないよ!」
モエーネが割って入ったが――
「2人の邪魔をするな。」
ロゼは目でそう言い、モエーネはすぐに黙り込んだ。
「貴方がいなくなってから、私の世界は色を無くしちゃった。色褪せた世界を流れるスピードが、こんなにも速いなんて思わなかったわ。でもね…この4年間、本当に色々な事があったの。嬉しいことがあって誰かに話を聞いて欲しくなった時…嫌な事があって誰かに愚痴を言いたくなった時…綺麗な花を見つけた時…美味しいものを食べた時…いつも最後に必ず思うのは、隣にカインがいたらなあって。」
アマレットは穏やかな微笑みと共に、すべてを包み込むように言った。
「俺…生きててもいいのか?」
カインが恐る恐るそう尋ねると、アマレットは彼を優しく抱きしめた。
「あなたと一緒に、綺麗な世界で生きていきたい。いいですか?」
その一言に、カインの心の氷がゆっくりと溶けていった。
「ありがとう、アマレット。ありがとう…エンディ。ありがとう…みんな。」
カインはそのまま涙を隠すように、アマレットの肩に顔を埋めた。
「おかえり、カイン!」
エンディは満面の笑みを浮かべて言った。
「アマレット〜!良かったね…本当に良かったね〜!」
「ちょっと…なんであんたが泣いてるのよ!?」
モエーネとジェシカが涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら言い合った。
「ヒュー!カップル爆誕だねー!」
「フフフ…若いって、素晴らしいねえ。」
モスキーノとバレンティノも、幸せな光景を目を細めて見守っていた。
「恋かあ。恋…ねえ。」
「俺にはよく分からねえけど…まあ、おめでたいんじゃねえか?」
ラベスタとエスタは苦笑しながら言った。
「良かったな、カイン。」
ロゼは自分のことのように喜んでいた。
「ったく、敵地のど真ん中で何やってんだか。」
ノヴァは呆れたように言ったが、その視線はジェシカに向けられていた。
「彼女かあ…考えた事もねえなあ。」と小さく呟いた。
「ガーハッハッハー!おう若いもん等よ、大志を抱けえ!」
ノストラは豪快に笑い、場を明るく盛り上げた。
エンディは、カインと再び心を通わせることができたことに、心の底から幸福を感じていた。
仲間たちも皆、彼を真心で迎え入れていた。
そして――
カインはようやく、本当の意味で笑った。
その笑顔には、もう影がなかった。
あたりは、穏やかで暖かな空気に包まれていた。
だが、その場にいた誰もが――
肝心なことを、完全に忘れていた。
浮かれきったエンディたちを、冷酷な眼差しで見下ろす、もう一つの巨大な悪影の存在に。




