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輪廻の風  作者: 夢氷 城
第2章
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この命尽きる前に、愛する息子へ

解き放たれたイヴァンカが最初にしたことは、己の実父――レイティスの命を奪うことだった。


そして、忌まわしき血の絆で結ばれたレムソフィア家の者たちを、容赦なく次々と葬り去った。


幼少期より己を疎み、蔑み、否定し続けてきた一族への憎悪。


それは静かに燃え上がる業火となり、積年の怨念が爆発したかのようだった。


次に、彼はユリウス家へ向かった。


あの忌まわしい檻の魔法を施した者たちを、無表情のまま屠っていった。


地上唯一の魔法族の血統。

徒党を組まれれば、のちに厄介なことになる。


しかしただ一人、幼き魔法使い、アマレットだけはその手を免れた。


理由は明快だった。

その才能と魔法は、いずれ自らの道具となり得ると踏んだからだ。


その後、イヴァンカはウルメイト家とメルローズ家の激闘に、まるで何事もなかったかのようにしれっと加わった。


そして、悍ましい笑顔で、両一族の戦士たちを次々と斬り捨てていった。


ただし、アベルとカインの命は奪わなかった。


アベルはイヴァンカに深い憧れと信仰を抱いていた。


その兄・カインもまた、今後利用できる可能性を孕んでいた。故に、生かされた。


死体の山を背に、イヴァンカは無感動に立ち尽くしていた。


アベルはその姿に恍惚とした表情を浮かべ、魅入られたかのように拝んでいた。


「アベル、私は君の父親を殺した張本人だよ。そこに憎しみの感情はないのかい?」


イヴァンカが冷ややかに尋ねた。


「憎しみ?とんでもございません。お父様を殺してくださり、誠にありがとうございます。これからは貴方様のお役に立てる様、精進致します。僕は身の心も、命も、イヴァンカ様に捧げます。」


アベルは深々と頭を下げながら、まるで忠犬のように忠誠を誓った。


その一方でカインは、地獄の底に突き落とされたかのような絶望に苛まれていた。


自分が引き起こしてしまった、取り返しのつかない破壊と死。


その罪の重さに押し潰されそうになっていた。


「どうしたカイン。私は君の望みを叶えたよ。それなのに、どうして君はそんなに浮かない表情をしているんだい?カイン、嬉しい時は素直に感情を曝け出しても良いんだよ。ほら、遠慮しないで笑いなさい。」


イヴァンカは慈しみのこもった声で語りかけた。


だが、その言葉は、カインの心をさらに深く凍らせた。


カインは恐怖に震えていた。

額からは汗が噴き出し、喉は焼け付くように乾き、足がまるで地に縫い付けられたかのように動かなかった。


「そうだよ兄さん。これで争いはおさまったんだ。もっと喜びなよ!」


アベルは無邪気な笑みを浮かべ、両手を広げながら言った。


「ところでカイン、君が以前私に話してくれた、ウルメイト家の風使いはどこにいるんだ?それらしき少年は見当たらなかったが。」


イヴァンカがふと尋ねたその瞬間、カインの胸に激痛が走った。


心臓が跳ね上がり、脳に焼けるような警鐘が鳴り響く。


「カイン、黙ってないで教えてくれないか。その少年と君は親しい間柄らしいじゃないか。是非、私に紹介してくれないか?カイン…エンディをここに、連れて来てくれ。」


ゆっくりと歩を進めながら、イヴァンカはカインに語りかけた。


その一歩一歩が、カインの精神を削り取っていった。

まるで死神が首筋に吐息をかけているかのようだった。


「…はい。」


カインはようやく言葉を絞り出した。

声はか細く、今にも霧にかき消されそうだった。


やがて彼はフラフラと歩き出した。


だがその姿は、まるでエンディを探すというよりも、この耐え難き地獄から逃げ出そうとする者のように見えた。


***


その頃、城下町から戻ったエンディは、目の前に広がる惨状に立ち尽くしていた。


「なんだよ…これ…?」


血の匂い。瓦礫と死体。

無数の命が一瞬で奪われた、異常な光景。


ふと、渡り廊下を歩くアマレットの姿が目に入った。


彼女の顔は青ざめ、目は虚ろだった。


「アマレット!何があったんだ!?」


エンディは慌てて駆け寄り、両肩を掴んで問い詰めた。


「ひ…人殺しーーーっ!!!」


アマレットは震えながら、絹を裂くような悲鳴を上げた。


その言葉に、エンディの心がざわめいた。

急激に湧き上がった不安が、両親の安否へと直結した。


彼はアマレットを置いて、迷いなくウルメイト家の居城へと走った。


扉の前に辿り着いた時――そこは地獄だった。


血の匂いが鼻を突き、悲鳴の残響が壁に染みついているようだった。


居城の中へ駆け込んだエンディは、リビングに倒れている両親の姿を見つけた。


血塗れのアッサムとアミアン。動かない体。


それは、いつも笑い合っていた食卓とは似ても似つかぬ、冷たい光景だった。


「お父さん…お母さん…。」


足がすくんだ。

現実を受け止めるにはあまりに残酷だった。


エンディは震える唇を噛みしめ、膝が砕けそうなほどの痛みに堪えていた。


「エンディ…無事…だったのか…良かった…。」


「エンディ…?そこに…いるの…?」


かすかな声――。

両親は、まだ生きていた。


「お父さん!お母さん!何があったの!?」


エンディは泣きながら駆け寄り、震える手で2人を抱きしめた。


「情けない話だが…突如現れた赤毛の男にやられてしまった。恐ろしく強かったな…まるで歯が立たなかったよ…」


アッサムが絞り出すように言った。


「赤毛の男!?そんなことより2人とも、無理に喋らないで!医者を…お医者さんを呼んでくるから!」


そう言って立ち上がろうとしたエンディの腕を、アミアンが掴んだ。


「エンディ…お願い、行かないで…側にいて?」


アミアンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。





「…え?行かないでって…だってこのままじゃ2人とも死んじゃうよ!?」


エンディの叫びに、アッサムは静かに、しかし確信をもって言った。


「ああ、そうだ。俺たちは間もなく死ぬ。もう助からない。だから治療など受けるだけ無駄だ。」


その言葉の重みに、エンディは息を呑んだ。


アッサムもアミアンも、己の死を悟っていた。

だからこそ、最期のひとときを息子と共に過ごしたいと願ったのだ。


「そんなこと言わないでよお父さん!!俺ね、今よりもっともっと強くなって、お父さんとお母さんのこと絶対護るから!今は2人に護られてるけど…いつかお父さんとお母さんを護れるくらい強くなるから!親孝行だって、何だってするよ!だからお願い…死なないでよ!」


エンディは泣きながら、必死に声を絞り出した。


「エンディ…私たちはね、親孝行なんて望んでないよ?あなたが幸せに…笑顔で生きてさえいてくれれば…私たちは何もいらない。あなたからはもう、充分すぎるくらい…沢山の幸せを与えてもらったよ?」


アミアンは泣きながらも、優しく微笑んでいた。


「エンディ…あの赤毛の男の名は…おそらくレムソフィア・イヴァンカだ。あの怪物がなぜ復活したのかは不明だが…あの男が表に出てきた以上、おそらくこの国…いや、この世界は血で血を洗う恐ろしい世の中になるに違いない。これから始まるんだ…真の絶望が。エンディにはこれから、沢山の苦難が待ち受けているだろう。だが…エンディならきっと乗り越えられると…俺たちは信じている。」


アッサムの言葉は、静かな確信に満ちていた。


恐怖が、エンディの胸を蝕んでいた。


「エンディ…俺はな、人に偉そうにあれこれ言えるほど立派な人間ではないことは自覚している。しかし…父として…最期にどうしても伝えたいことがある。聞いてくれ…。」


その言葉に、エンディは嗚咽を飲み込んだ。


父の言葉を一言一句、心に刻もうと真剣な眼差しで見つめた。


アッサムは、血に濡れた床に仰向けになったまま、ゆっくりと語り始めた。


「息子よ…元気でいろ、健康でいろ。まずはそれが一番だ。決して力強くなくていい、そのかわり人の道を踏み外さず真っ直ぐ生きてくれ。強い男になれとは言わない…ただ、目の前で苦しんでいる人を見て見ぬふりする様な人間にはなるな。弱者に寄り添える人間になれ。そして…愛を恥ずかしがるな。大切な人の手はしっかり握りしめ、決して離すなよ。自分にとって大切な何かを護れる力だけは、何がなんでも持ち合わせておけ。」


言葉のひとつひとつが、エンディの心に鋭く突き刺さった。


涙は止めようもなく頬を濡らしていた。


「アミアン、君も最後に何か伝えたいことがあるなら…今のうちに言っておけよ。」


アッサムは妻に目を向けた。


「そうねえ…言いたいことは山の様にあるけど、多分全部言い切れないまま死んじゃうから…手短にまとめるね?」


アミアンの言葉に、アッサムは微笑みながら「おいおい、手短にって…俺の話が長いって言いたいのか?」と返した。


「うるさいなあ…そんなこと言ってないでしょ?あなたはいつも…一言余計なのよ。」


「ははっ…それはすまないね。次からは…気をつけるよ。」


最後の会話は、どこか懐かしく、微笑ましかった。


「エンディ…とりあえず、抱きしめさせて?」


アミアンは激痛に耐えながら、優しく笑った。


エンディはそっと膝をつき、母の腕に包まれた。


抱擁にはもはや力はなかった。

だが、温もりだけは確かに伝わってきた。


「大好き。幸せになってね?」


アミアンのその言葉に、エンディは耐えきれず涙を溢れさせた。


「エンディ、忘れるなよ…俺たちはいつもエンディの味方だからな。何かに負けそうになった時…挫けそうになった時は空を見上げてくれ…俺たちはこの先も…ずっと…エンディを見守っているからな…。」


アッサムの瞳が静かに閉じられ、アミアンの腕も力を失った。


二人は、安らかな顔でこの世を去った。


***


エンディは泣いた。

何もかもが崩れ落ちたように。

涙は、尽きることなく溢れた。


しばらくして、泣き疲れたエンディは立ち上がり、両親の亡骸に別れを告げた。


「うおおおおおーー!!!」


彼は怒りと悲しみを爆発させ、神殿内を走り回りながらイヴァンカを探し始めた。


***


その一方で、カインもまた神殿内を彷徨っていた。

そして偶然、アマレットと出くわす。


「カイン!何してるの!?」


アマレットは慌ててカインの腕を掴んだ。


カインはその場に崩れ落ち、体を小刻みに震わせながら呟いた。


「俺の…俺のせいだ…。全部俺のせいだ…。ごめんなさい…ごめんなさい…許してください…!」


錯乱したその姿に、アマレットは戸惑いながらも必死に叫んだ。


「カイン!落ち着いて!」


両手でカインの頬を挟み、目を見つめて語りかける。


その瞬間、カインの意識が微かに戻った。


「アマレット…?」


「カイン…あなたはもうここにいちゃいけない!この国にいたら、あなたはおかしくなっちゃう!だからもう、この国から出て行って!そしてどこか遠い国で暮らした方がいい!お願い…もうこれ以上、あなたの苦しむ姿を見たくないの…!」


涙を溢れさせながら、アマレットは訴えた。


その優しさに、カインは驚いていた。

自分を責めず、ただ救おうとするその純粋さに――。


彼はしばらくアマレットの顔を見つめ、何も言わず走り去った。


アマレットは、彼の背中が見えなくなるまで見つめ続けた。


きっともう、二度と会えないから。


***


その頃、エンディはついに謁見の間へとたどり着いた。


そこにいたのは、赤毛の男――イヴァンカ。


「赤毛…お前がイヴァンカだな!?」


エンディは剣のような視線を向けて叫んだ。


「そうだよ。もしかして、君がエンディかい?会いたかったよ。おや、カインは一緒じゃないのかい?」


イヴァンカがそう言い終える前に、エンディの体から風が放出された。


それは嵐の如き暴風となり、彼の周囲に渦巻いた。


その瞬間、彼の体は銀色に輝き出した。

――隔世憑依。怒りが、彼を覚醒へと導いた。


「ほう、これは驚いたな。素晴らしい。」


イヴァンカは興味深そうに呟いた。


エンディが飛びかかろうとした瞬間――イヴァンカの右手から、雷が放たれた。


稲妻はエンディを直撃し、彼はその場に崩れ落ち、気を失った。


イヴァンカはその姿を見下ろしながら、冷笑を浮かべた。


「残念だな。折角、我が麾下に迎え入れてあげようと思っていたのに。」


その時、謁見の間の扉が開き、ノストラが現れた。


「おどれだけは…何が何でも死なせんぞ…!」


ノストラはエンディを抱き抱え、命がけで逃走した。


「愚かな…。」


イヴァンカは呟いたが、追おうとはしなかった。


***


この日、ノストラはエンディを連れ、国外へと逃亡した。


激しい雷撃と精神的ショックによって、エンディは記憶を失った。


――その後の出来事は、すでに物語の中で語られている。


ナカタム王国の海辺の町にたどり着いたノストラは、記憶を失ったエンディをそっと置き去りにした。


彼を見捨てたのではなかった。

過去を思い出すことなく、心の傷を忘れ、新たな人生を歩む方が幸せだと信じたから。


そして、そこに自分が関わる資格はないと悟ったから。


こうして、体の痺れが癒えたエンディは、四年間にわたる孤独な旅を始めた。


一方、カインもまた、獰猛な野生が蠢く無人島に身を隠し、同じく四年の歳月を耐え抜いた。


――そして四年後。


エンディはラーミアと出会い、カインと再会し、仲間と出会い、少しずつ記憶を取り戻していった。


闇に封じられた過去の記録は、ここに閉じられる。


時計の針は、再び現在へと戻った――。


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