-天星使-約束された生まれ変わり
「なんだてめえ?誰に向かって口聞いてんだ?」
カインは刺すような眼光でエンディを睨みつけ、氷のように冷たい声を放った。
しかし、エンディは一歩も引かない。
背筋を伸ばし、堂々とカインを見据えていた。
「俺はウルメイト・エンディだ!お前がどれだけ偉いか知らないけどな、その人達を殺したら俺が許さないぞ!」
強く言い放ったその瞳には、正義への揺るぎない決意が燃えていた。
「ウルメイト…?お前ウルメイト家の者か?」
カインは一瞬驚いたように目を細め、思案を巡らせた。
ユドラ帝国の二大貴族、ウルメイト家とメルローズ家。
500年に渡ってレムソフィア家に忠誠を誓い続けてきた両家は、表向きこそ対等だが、性質は対極だった。
平和を重んじるウルメイト家と、戦闘を美徳とするメルローズ家。
水と油のように交わらず、特にメルローズ家はウルメイト家を一方的に敵視していた。
それでもウルメイト家は、唯一彼らが認めざるを得なかった“異物”でもあった。
「こいつらは敵国のスパイだぜ?殺すに決まってんだろ。何でお前がそれを止める?生け捕りにしろって命令でも下ったのか?」
カインはあくまで冷静に、任務遂行者としての正当性を主張する。
「そんな命令受けてねえよ。ただ殺したらこの人達が可哀想だろ?この人達にだって、家族はいるんだぞ!悪いけど俺は、目の前で殺されそうになっている人間を見捨てるほど腐った男じゃないぞ!」
エンディは胸を張って言った。
憤りとまっすぐな想いが声に滲んでいた。
カインは一瞬、困惑した表情を浮かべた。
理解できないものを見る目だった。
「意味不明だな。頭大丈夫か?俺はこいつらを殺せと命を受けている以上、それを遂行するのみ。邪魔するならてめえから殺すぜ?」
カインの言葉は機械のように無感情で、それゆえに不気味な鋭さを持っていた。
「そこに大義はあるのか?お前のその行動は、本当に自分の意志なのか?」
エンディは一歩踏み出して、真っ直ぐにカインを見据えながら問いかけた。
その言葉が、カインの胸に妙なざわめきを起こす。
カインは一瞬、呼吸を止めた。
“自分の意志”――その響きが、彼にとってあまりに未知だったからだ。
「訳分からねえこと言ってんじゃねえ!」
カインは感情を乱し、手のひらから炎を放とうとした。
だがその瞬間、エンディは右手をかざし、「ほっ!」と軽く唱えると、風が巻き起こり、炎をあっさりと打ち消した。
「今のは…風?嘘だろ…この国に俺の攻撃を相殺できるガキがいるってのか…?」
カインは目を見開き、声を失っていた。
「ガキって、おい!お前だってガキだろ!」
エンディが憎まれ口を叩いたその時、彼の背後に一人の男が姿を現した。
バンベール――冷気すら感じさせる、その冷酷な剣士の登場だった。
「何をしている。」
淡々とした口調。
だが、その声色には明確な威圧があった。
エンディは本能的に背筋を凍らせた。
「お父様、どうしてここに?」
カインの声はわずかに震えていた。
「お前の帰りがあまりにも遅いもんだから様子を見に来た。何をグズグズしているんだ?カイン、あまり俺を失望させないでくれよ。」
バンベールの瞳は氷のように冷たく、そこには情の欠片もなかった。
「も、申し訳ありません!お父様、こんな奴…すぐに俺の炎で粛清してみせます!」
カインは慌てて声を張り上げた。
そして更にその背後に、もうひとりの男が立つ。
穏やかで理知的な雰囲気を纏った眼鏡の男――エンディの父、アッサムだった。
「バンベール、子供同士の喧嘩に親が首突っ込むもんじゃないよ?」
軽やかに、しかし芯のある声音で告げるアッサム。
その穏やかな微笑が、不思議と場の空気を変えた。
バンベールは明らかに動揺していた。
「お父さん!」
エンディは嬉しそうに瞳を輝かせ、駆け寄ろうとした。
「なるほど…そいつがお前の息子か。」
バンベールが冷淡に言い捨てる。
「お父様、あのものをご存知なのですか?」
カインが尋ねると、バンベールは冷笑を浮かべて言った。
「ああ、ウルメイト・エンディ。奴は未だに神央院すらまともに卒業出来ずにいる出来損ないだ。ウルメイト家が産んだ史上最低の失敗作だな。」
その瞬間、アッサムは剣の鋒をバンベールの首元に突きつけていた。
「俺の愛する息子の悪口を言う奴は、誰であろうと許さない。」
その声音は静かだったが、眼鏡の奥の瞳は剣より鋭く輝いていた。
バンベールは声を失い、顔から血の気が引いていた。
しかし、息子の前で威厳を保つため、無理に平静を装っていた。
「フン…事実を言ったまでだ。聞いているぞ、エンディは風の異能者らしいな?それも相当な手練れだと。だがその力を全く有効活用せず、いつも遊び呆けているうつけ者だろ?」
「俺は息子の個性を尊重して伸び伸びと育てているだけだ。息子を自分の所有物の様に扱うお前と違ってね?俺は心優しき我が子を誇りに思っている。」
アッサムは静かに剣を納め、バンベールから距離を取った。
バンベールは内心ホッとした様子で小さく息を吐いた。
「俺は自由が好きなんだ!」
エンディは胸を張って言った。
風のように屈託のない笑顔だった。
「君達、見逃してあげるから帰りなさい。その代わり次はないぞ?2度とこの地に足を踏み入れるなよ。」
アッサムは冷静に命じ、スパイたちの縄を解いた。
彼らは驚愕の表情を浮かべたまま、深々と頭を下げ、逃げるようにその場を後にした。
「アッサム、毎度のことながらお前の思想は本当に理解に苦しむし反吐が出る。いつか必ず、俺が足元をすくってやるからな。行くぞ、カイン。」
バンベールは吐き捨てるように言い、踵を返した。
「カイン君、待ってくれ。」
アッサムに呼び止められ、カインはそっと振り返った。
「他所の家の子にあれこれ言うのは気が進まないが…聞いて欲しい。君の持つその力、これからは大切なものを護るために使ってみてはどうだろう?」
穏やかに語りかけるアッサムの声に、カインは一瞬呆けたような表情を浮かべた。
“大切なもの”――それが何か、カインにはまだ分からなかった。
「愚か者の言葉になど耳を貸すな!早く帰るぞ!」
バンベールの冷酷な声が再びカインを現実に引き戻した。
「カイン!俺たち今日から友達な!今度一緒に遊ぼうぜ!」
エンディは笑顔で手を振りながら叫んだ。
だがカインは何も言わず、黙って父の背中を追った。
その背を向けながらも、心の中には確かな違和感が芽生えていた。
カインは歩きながら、胸の奥にわだかまるものを抱えていた。
同じ親子でも、こうも違うものなのか。
同じ名門の家に生まれながら、どうしてここまで光と闇のように在り方が異なるのか――
心のどこかで、エンディという少年に強い興味が湧いていた。
そしてふと、父に気づかれぬように後ろを振り向いた。
そこには、アッサムと笑い合うエンディの姿があった。
風にそよぐような柔らかな笑顔。
まるで、大空を漂う雲のように、自由で縛られない存在だった。
その瞬間、不思議な感覚が胸を撫でた。
優しい風が吹いた気がした。
暖かく、心地よく、穏やかな風――
もし世界中にこの風が吹けば、争いは消えるかもしれない。
そんな夢のような思いが、カインの中に浮かび上がっていた。
「ただいまー!!」
その頃、エンディとアッサムはウルメイト家の居城に帰宅していた。
玄関を開けるなり、母アミアンが駆け寄り、満面の笑みでエンディを抱きしめた。
「おかえりエンディ〜〜!!あなたは今日も可愛いねえ〜!!」
アミアンの声には、純粋な母性愛が溢れていた。
「おいー、離れてよお母さん!」
エンディは恥ずかしそうに顔を赤らめながら抗議した。
アミアンは聡明で、太陽のように明るい女性だった。
その笑顔には、人を自然と安心させる力がある。
やがて、彼女の手料理が食卓に並べられ、家族三人はテーブルを囲んだ。
今日の出来事を話しながら、和やかであたたかな時間が流れていた。
「エンディは優しい子だねえ。カイン君と仲良く出来るといいね!それにしても、エンディの他にも異能者の子供がいたなんてビックリだなあ〜。」
アミアンが笑いながら言うと、アッサムは眼鏡をクイッと上げて口を開いた。
「異能者か…その呼び方、個人的にはあまり好きじゃないな。なぜならそれは、その力を疎ましく思った者達が、彼らに対して侮辱の意を込めて名付けたものだからだ。」
彼の声は柔らかかったが、そこには歴史と知識に裏打ちされた確かな芯があった。
しかしその態度が、アミアンの癇に障ったようだった。
「何よ偉そうに!みんなそう呼んでるんだから別にいいじゃない!」
プイッとそっぽを向く彼女に、アッサムはたじろいだ。
長い結婚生活にもかかわらず、妻の怒りのツボをいまだに把握できていないらしい。
どうやら、エンディの天然な一面は父譲りのようだった。
「いや…すまない。昔ね、どこかの国の文献をこっそり見たことがあって…そこにそう書いてあったんだ。」
アッサムが慌てて弁明すると、エンディが真剣な顔をした。
「お父さん!海外の書物を読むのは犯罪なんじゃないの!?」
正義感の強いエンディは、父を心配そうに見つめた。
「ははっ、法規制なんかじゃ知的好奇心は抑えられないよ。」
アッサムはいたずらっぽく笑った。
「ねえねえ、その文献には何が記されてたの?」
アミアンが興味津々で身を乗り出す。
「ああ、最初の内容は世界神話と同じだよ。全知全能の唯一神、ユラノス命導師が魔法族の王に殺され、その後ユラノスに仕える10人の神官が魔法族に立ち向かった。魔法族は軒並み封印されたが、10人の神官は戦死した。」
「うんうん、それでそれで?」
エンディはワクワクした表情で身を乗り出した。
「その10人の神官はね、他の輪廻士と違い、それぞれ特殊な能力を使って魔法族と戦ったと記されていた。その中には、エンディの様に風を操る者、カイン君の様に炎を扱う者もいたらしい。彼らは総称して、こう呼ばれていた…**天星使**と。」
「天星使…?」
エンディは不思議そうに首を傾げた。
「ああ。彼らは500年前に命を落としたが、その力は脈々と受け継がれていくものだと信じられていたんだ。」
「受け継がれるってどういう意味?」
アミアンがさらに問いかける。
「天星使は魔法族との戦いで全員命を落とした。しかし彼らは死の直前、遠い未来で封印されし魔法族の王が復活した時、自分たちの無念を晴らし、再び世界を闇から護る戦士達が現れる事を祈ったんだ。そして彼らの”力”と”遺志”は途絶えることなく、輪廻転生を繰り返して今日まで生き続けている。」
アッサムの語りに、アミアンは思わずゾクリと鳥肌を立てた。
「う〜ん、どういう意味?」
エンディはまだうまく理解できず、首をかしげる。
「つまりエンディは…500年前に世界を護る為に命を賭して戦った、誇り高き風の戦士の“生まれ変わり”って事だよ。」
アッサムは優しくエンディの頭に手を乗せながら微笑んだ。
「生まれ変わり…俺が??」
エンディはポカンとした表情を浮かべ、戸惑っていた。
「そういえば…エンディは昔、不思議な寝言を言ってたわね。」
アミアンがふと何かを思い出したように言った。
それはエンディが3歳の頃のことだった。
夜中、激しくうなされていたエンディを、アッサムとアミアンは慌ててあやしていた。
そのとき、エンディははっきりとこう言ったという。
「早く助けに行かなくちゃ…約束したんだ…次は絶対に護るって!!」
その様子は、何かに取り憑かれているかのようだったらしい。
「え…そんなことがあったんだ…。」
エンディはまるで他人事のように呟いた。
まったく記憶には残っていなかった。
「エンディはあの時、前世の夢を見ていたのかもしれないね。一体、何を護ろうとしていたんだろうね?」
アッサムは優しく、しかしどこか神秘を湛えた瞳で語った。
「エンディ〜!やっぱりエンディはすごい子だね!素晴らしい!とても私たちの子だとは思えないわ?鳶が鷹を生んだわね!」
アミアンはエンディの髪をわしゃわしゃと撫でながら言った。
「鳶は鷹なんて産まないよ。何故ならそれは生物学上、絶対にあり得ない。」
アッサムは律儀に眼鏡をクイっと上げて訂正した。
「モノの例えなんだけど、馬鹿なの?」
アミアンは再びムッとし、アッサムはまたしてもあたふたしていた。
「何にせよ…エンディは俺たちの自慢の息子だな?」
アッサムがふと静かに言った。
「うん!」
エンディは嬉しそうにうなずいた。
彼は、両親から注がれる無条件の愛に包まれていた。
それがどれほど尊いものか、まだ知らなかった。
そして、その幸せが遠からず壊れてしまうことも、まだ夢にも思っていなかった――




