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輪廻の風  作者: 夢氷 城
第2章
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誰がために燃ゆる


真実とは何か。

そして、真実と呼ぶに値するものが、この世界に本当に存在するのだろうか。


語り手の主観、あるいは時代の風向き、勝者の都合。

歴史の真実とは常に改竄の誘惑と背中合わせであり、無抵抗の犠牲者こそが最も語るべき資格を有する者である。


だが、死人は沈黙する。

口を閉ざされた者に代わり、数少ない生存者だけが語り継ぐのだ。

ゆえに真実は、唯一無二でなければならない。


時計の針は、今、静かに十年前へと遡る。


――神央院・幼稚舎。

昼休みの鐘が鳴ると、園舎から飛び出した子供たちが、雪の積もった中庭へ一斉に駆け出していく。


真冬の冷気すら意に介さず、彼らは歓声を上げながら雪合戦に興じていた。


「ガッハッハー!ガキンチョは元気で上等!」

当時、聖衛使徒隊の長だったノストラは満面の笑みをたたえ、雪にまみれる子供たちを眺めていた。

皺だらけの目尻がさらに細くなる。


そんな中で、彼の視線を引き寄せたのは、周囲に背を向けてひとり雪と戯れる金髪の少年だった。


自ら孤独を選んでいるようで、その小さな背中から寂しさは感じられなかった。


むしろ、孤独を心地よく味わっているかのような、そんな不思議な佇まいだった。


ノストラは気になって近寄り、声をかける。


「おう坊主、何してるんじゃい?ええ?」

柔らかく問いかけるその声に、


「雪だるま作ってるの!」

無邪気に振り返り、笑みを浮かべて答えたその少年は、当時6歳のカインだった。


ノストラはその笑顔に軽く目を細めながら、腰を下ろして隣に並んだ。


「んなもん見れば分かるわい。どうして他の子に馴染もうとしないんじゃい?」

彼の声音には、どこか優しい叱咤がにじんでいた。


「お父様に言われてるの。友情なんて何の価値も無いから、友達なんて作る意味ないって。他所の子と関わると、気高きメルローズ家の血筋を引く僕の価値が下なっちゃうんだって!そんな暇があるから優秀な戦士になることだけを考えろって言われたの。」

カインは誇らしげな顔で、それを当然の教えとして語った。


「…バンベールがそんな事を言ったんか?」

ノストラはあえて驚いたふりをして、探るように尋ねた。


「おじちゃん!お父様のこと知ってるの??」

カインは瞳を丸くして驚いた様子を見せた。


「そりゃ知っておるわい。なんたってワシは聖衛使徒隊の長じゃからのう!」

胸を張って言い切ったノストラの声に、カインは興奮して身を乗り出す。


「えー!おじちゃん聖衛使徒隊なの!?すごい!僕も聖衛使徒隊に入りたいんだ!そしていつか、お父様みたいな戦士になりたいなあ!」

キラキラと目を輝かせ、声を弾ませるカイン。

その姿はまさに純粋そのものだった。


「どうして聖衛使徒隊に入りたいんじゃい?」

ノストラは、穏やかだが真剣な声音で問いかけた。


「お父様が喜ぶから!」

即答するカインの瞳に、迷いの色は一切無かった。


ノストラはその言葉に、ほんの少しだけ眉を曇らせ、そっと憐れむような眼差しを向けた。


その時、1人の青年がぎこちない足取りでノストラの前に立った。


「あの…失礼します!3日前に聖衛使徒隊に入隊したロックフォード・バスクです!ノストラさん、お噂はかねがね聞いております!どうぞ何卒、よろしくお願い致します!」

青年――若き日のバスクは、極度の緊張から手足の動きもどこか硬直していた。


「おお、おどれがバスクか!話は聞いておるぞ。聖衛使徒隊はどうじゃい?もう慣れたんかい、ええ?」

ノストラは親しげに声をかけながら、その挙動を観察する。


「いやあ全然…バンベールさん超怖えし、ウィンザーさんとハルディオスさんは何考えてるか分からねえし…アッサムさんだけが唯一の救いです。」

バスクは胃の奥を押さえるような声で言った。

顔に滲むのは、明らかな疲労の色。


傍らで雪だるまをこねていたカインを見ても、バスクはそれがバンベールの息子だと気づいていなかった。



「そうかそうか。アッサムはええ男じゃからのう。まあ、適当に慣れい。」

ノストラはうなずきながら、そっと空を見上げる。


アッサム――それはエンディの父であり、当時の聖衛使徒隊の筆頭戦士であった男だ。


かつてはバンベールと並び称された上級戦士で、次なる長の後任候補でもあった。


すると、バスクの背後から、モジモジと顔を覗かせる少女がいた。


「その娘さんは誰じゃい?」

ノストラが目を向けた。


「この子はアマレットです。ユリウス家のお嬢さんですよ。内気な性格でね、中々みんなと馴染めなくて、俺が来るといつも俺の後ろ引っ付いてくるんですよ。」

バスクは苦笑交じりにそう説明した。


「そうかそうか。ほれカイン、1人もん同士なあ、仲良くしたれよ。」

ノストラの言葉に、カインは少し戸惑った表情でアマレットに視線を向ける。


「えっ、でも…お父様に怒られちゃうよ。」

声を潜めるように言ったカインの眉は、不安に揺れていた。


「ワシは聖衛使徒隊の長じゃからの、バンベールよりも座布団一枚上なんじゃぞ。奴にはワシが言っとくから安心せいよ。ええな?」

頼もしく言い放ったノストラの声に、アマレットは勇気を出してカインに駆け寄る。


「私も…一緒に雪だるま作っていい?」

小さな手を握りしめて問うアマレットに、カインは顔を真っ赤にして戸惑いながらもうなずいた。


「うん!」

声は震えていたが、笑顔だった。


2人は肩を並べ、仲良く雪だるまを作り始めた。


子供たちは不思議な生き物だ。

言葉も時間もほとんど必要としない。

ただ一緒にいるだけで、心が通う。


ノストラとバスクはその様子を穏やかに見守っていた。


この時のカインは、まだ何も知らなかった。

自分自身を疑うことも、疑われることも。


そしてこの日、初めて“友達”という存在を知った。

胸の中に小さな光が灯った気がした。


だがその光は、時が経つごとに薄れていった。




──それから6年。つまり、現在から4年前。


カインは12歳となり、炎の力を自在に操るまでに成長していた。


そして、史上最年少で聖衛使徒隊の正式戦闘員に任命された。


「ユドラ人最高傑作」と謳われ、その名に恥じぬ才覚と忠誠を遺憾なく発揮していた。


しかしその異例の出世は、彼の運命を大きく歪めていった。


この日、カインはユドラ帝国の至高にして、イヴァンカの実父でもある最高権力者レムソフィア・レイティスの謁見の間に呼ばれていた。


彼は慎ましく頭を垂れ、跪いていた。


「カイン、お前は本当に従順だな。その忠誠心、痛み入る。今日まで一体、どれ程粛清した?」

レイティスの声には、慈しみとも残酷さとも取れる響きがあった。


「恐れながら、10を超えた辺りから数えるのはやめました。数など無意味かと。」

平然とした声音で答えるカインの瞳には、かつての無垢な光はもう存在しなかった。


レイティスは、徹底した猜疑と排除の哲学を掲げる独裁者だった。


カインは、12歳にしてその忠犬となっていた。


「これからも期待しているぞ。」

レイティスからの重々しい言葉にも、一切動じないその様は、若干12歳の少年の肝の座り方ではなかった。


「御意。失礼します。」

カインは淡々と頭を下げ、玉座を後にする。


向かうのは、バベル神殿内にあるメルローズ家の居城――その途中で、彼は偶然の再会を果たしてしまった。


「カイン!久しぶりー!」

明るい声と共に手を振る少女。

それは同じく12歳となったアマレットだった。


だがカインは、表情一つ変えず、足も止めずに通り過ぎようとした。


アマレットは慌てて追いかけ、カインの前に回り込む。


「なんの用だ?」

冷ややかな声音とともに、目線も合わさず問うカインに、アマレットはそっと手を伸ばした。


「冷たい…まるで幽霊みたい…。どうしてそんな風になっちゃったの?」

触れた指先の感触に愕然とし、アマレットは震える声で問いかけた。


「気安く触るんじゃねえよ、ユリウス家如きがよ。お前らみたいな低俗な一族の奴らと俺じゃ、種としての格が違うんだ。2度と話しかけるなよ。」

その言葉は、刃のように鋭く、容赦なかった。


カインはそのまま振り返ることなく歩き去る。


アマレットはショックに目を見開いたまま、ただ立ち尽くしていた。


だがその胸に湧いたのは怒りではなく、悲しみだった。


「…あの子は、優しい子だねえ。優しすぎるから、ああなっちゃったんだねえ。」

アマレットの祖母が、カインの後ろ姿を遠く見つめながら呟いた。


「おばあちゃん、どうしてそう思うの?」

涙を堪えながら尋ねるアマレット。


「あんたが気にかける男の子なんだから、きっと素敵な子で間違いないわよ。」

祖母は微笑みながら、そっとアマレットの背中を撫でた。


その言葉の意味を、アマレットはまだ完全には理解できなかった。


一方、居城に戻ったカインは、父バンベールに報告する。


「お父様、只今戻りました。」

緊張の色を一切見せぬ、完璧な所作での挨拶。

まるでロボットのようだ。


「おかえり、カイン。早速で悪いんだが、先程城下町に他国のスパイと思われる者が3名、憲兵隊に捕らわれた様だ。お前の炎で葬って来い。」

バンベールの声は冷酷で、もはや人間味を感じさせなかった。


「分かりました。」

カインは眉一つ動かさず、任務へと赴いた。


バンベールは、その背を見送りながら、隣にいたもう1人の息子――アベルに目を向けた。


「カインは素晴らしい、本当によくできた子だ。それに比べてお前ときたら…全く、同じ兄弟とは思えないな。」

氷のような視線を浴びたアベルは、ビクリと肩を震わせた。


彼はいつも怯えていた。

神央院でも劣等生、家でも孤立無援、兄には無視され、父には罵られる。


アベルは、自分の殻に閉じこもるしかなかった。


その頃、カインは城下町へと到着していた。

3人の男たちが結束バンドで縛られ、憲兵隊に囲まれている。


「後は俺がやる。お前らは下がってろ。」

カインの鋭い声音に、憲兵たちは即座に敬礼し、後退した。


「チッ…こんなクソガキに殺されんのかよ…!」

スパイの1人が唇を噛み、怒りと屈辱を露わにした。


「俺を恨むのはお門違いだぜ?恨むなら無力で知性の無い己を恨め。」

カインは冷たく鼻で笑い、右手に炎を灯した。


だがその瞬間、突風が吹き抜け、炎は一瞬で掻き消された。


カインは驚愕し、目を見開く。


「やめろよ!何も殺すことはないだろ!?」

勇敢な声が風に乗って響く。


その声の主――ひとりの少年が、カインの前に立ちはだかった。


正義感に満ちた眼差しで、カインを見据えている。

その少年こそ、当時12歳のエンディだった。


これが、カインとエンディの「始まり」だった。

宿命が交わる、最初の瞬間だった。


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