-ありがとう友よ- 許されぬ手で、君を抱けず
「ディフェーザ!!」
アマレットは息を切らしながら叫んだ。
すると空間が瞬時に歪み、正方形の結界が出現する。
それは仲間たちを包み、灼熱の空気からかろうじて守っていた。
「おいモスキーノ!ありゃやべえぞ!オメエの氷でなんとか出来ねえのか!?」
ポナパルトは珍しく焦燥を露わにしていた。
「無理だね。大気中の水分が乾燥し切ってて、氷を創れない。」
モスキーノの声には、いつもの軽口がなく、静かな絶望だけが滲んでいた。
アベルも水を引き出せず、術を封じられていた。
それほどまでに、熱は“神罰”のように支配的だった。
「おいエンディ!一旦退け!こっちに来い!」
ノヴァが結界の中から叫ぶ。
「…あいつ…なんであんなもんの近くに立っていられるんだよ…?」
ロゼは驚愕を隠せず、唇を震わせた。
「己の無力を知り慄け。絶望しろ。お前らはこれから灰になる。だが安心しろよ、痛みを感じる間もない程一瞬で終わらせてやるからよ。」
カインの声は冥界の獣のように冷たかった。
だが、エンディはその場から一歩も引かず、堂々と立っていた。
まるでこの世の理など一切恐れないかのように――静かで、凛としていた。
彼は風を絶え間なく放出し、カインの熱気を真正面から押し返していた。
「マルジェラさんのおかげで…俺は記憶を取り戻すことができた。」
エンディは、静かに呟くように言った。
「は?何言ってんだてめえ?」
カインはギロリと睨みつける。
「そして今、命の危険をひしひしと感じるこの状況で”あの日”感じた恐怖を鮮明に思い出した。不思議だな…人間ってのは危機的状況に陥れば陥るほどに進化していくんだな。生命の維持が困難だと脳が敏感に感じ取れば、その進化も劇的になる。」
「何が言いてえんだよ?」
エンディの回りくどい物言いに、カインは徐々に苛立ちを露わにした。
「隔世憑依のやり方を…やっと思い出せたって言ってんだよ。お前のおかげでな?」
エンディのその一言に、カインの顔がわずかに動いた。
驚き。興奮。達成感。
そのすべてを含んだような表情で、口角が上がった。
「思い出したのか…。見せてみろよ!」
言葉の奥に、子どものような期待が混ざっていた。
エンディは一度、深く呼吸を整えた。
まるで風そのものと同期するように、静かに、そして決意を込めて。
「隔世憑依 風の使者」
その言葉とともに、世界が揺れた。
台風のような風が天から地へと吹き荒れ、
渦巻く力は彼の体内に収束し、銀色の光が肉体を包んだ。
「すげえじゃねえか。これでやっと…終わるんだな。」
カインはどこか達観したように言った。
「カイン…俺はお前とこんな風になっちまった事、本当に残念に思ってるぞ。」
エンディの声は苦しみに満ち、そして限りなく優しかった。
「まだそんな下らねえ事言ってんのかよ。もう殺し合いはとっくに始まってるんだぜ?これで何もかも…終わらせてやる!!」
カインの右手に燃え盛る火が現れた。
それはまさに、小さな太陽だった。
エンディも応じるように、右手に風を纏わせた。
それはまるで、地球そのものを呑み込むハリケーン。
互いに走り出す。
交差の瞬間、拳と拳がぶつかり合った。
――轟音。
――大地が割れる。
――山脈が崩れ落ちる。
世界が再構築されるほどの衝撃が走った。
「これは…2人とも死んじゃうね。」
バレンティノの声が震えていた。
それでも、その言葉は“現実”だった。
「クソォ…どうすりゃいいんだよ!」
ロゼが歯噛みする。
「俺たちにはどうすることも出来ないね。」
ラベスタの声は、どこまでも静かだった。
「エンディ…カイン…。どうしてこんなことに…。」
ラーミアの瞳から、静かな涙が零れた。
かつてのバレラルクでの日々が、胸を締めつける。
「カイン!もうやめて!エンディはね…カインが皆んなから怪しまれていた時も、カインのことずっと信じてたんだよ!?あいつはそんな奴じゃないって…あいつはきっと戻ってくるって…。大切なお友達だと思ってたの!ずっとカインの事気にかけてたんだよ!?ずっと信じて待ってたんだよ!?エンディも、今でもその気持ちは変わってないでしょ!?お願いだからもうやめて!」
ラーミアの叫びは、裂けた空にすら届くようだった。
そして――
「そんな事、わざわざお前に言われなくても知ってたさ。」
カインが、うつむきながら呟いた。
「…え?」
エンディの耳には、確かに届いた。
だがその意味をまだ、すぐには理解できなかった。
拳のぶつかり合いは、まだ止まらない。
地が裂け、空が焦げ、時間すら揺れていた。
そして――
カインは顔を上げ、エンディの瞳を見据えた。
(全部わかってたよ。お前が俺のこと信じてくれていた事も、俺のことを大事に思っていてくれてた事も。
俺は全部知ってたよ、昔から。)
カインは心の中で、確かに呟いていた。
そのまま、少しずつ――
隔世憑依を解き、力を弱めていった。
「カイン、お前…どうしたんだよ?」
エンディが息を呑んで尋ねた。
ーー汚水は真水には戻れない。
烏は白鳥に成れない。
一度汚れてしまった心は、2度と純粋さを取り戻せないんだ。
綺麗な人間になりたかった。
だけどそれは叶わぬ夢だった。
俺の心は救いようのないほど汚れてしまったから。
だから、俺はお前らみたいな綺麗な人間とは一緒に居ちゃいけないんだ。
本当は俺だって、お前らと一緒に楽しく生きたかった。
信頼できる仲間達と幸せを分かち合いたかった。
お前らに心を開きたかった。
だけど、俺にはそんな願望を持つ資格すらない。ーー
カインは自殺志願者のような暗い表情で、心の中で呟いた。
そして遠い目をしながら、ロゼたちの顔を順に見つめる。
そして最後に見つめたのは、アマレット。
視線が合った。
だが、カインはすぐに逸らす。
ーーアマレット、お前が未だに俺のことを想ってくれてるなんて夢にも思わなかったぜ?
俺の事なんてとっくに忘れていると思ってたからよ、心の底から嬉しかった。
だけど、俺はその気持ちに応えちゃダメなんだ。
血で汚れきったこの腕では、お前を抱きしめる事なんて決して許されないから。
お前には俺の事は忘れて欲しい、俺はお前のこと忘れないけどな。
もし生まれ変わりというものがあって、生まれ変わった世界でまた巡り逢えて、お前が俺の前世の過ちを許してくれるなら…その時はちゃんと心から愛してると伝えたい。
たとえそれが実らなくても。ーー
カインは再び、心の中で呟いた。
「おいカイン!お前何やってんだよ!」
エンディの叫びが、沈黙を破った。
彼はカインの異変に気づき、自らも力を弱めていった。
だが――
カインは突然、エンディの右腕を掴み、自分の腹部へと引き寄せた。
風を纏ったその拳が、カインの胸を貫いた。
「カイン…お前…何考えてんだよ…?」
エンディの目が大きく揺れた。
全てが崩れ去る音がした。
しかし、カインは静かに微笑んでいた。
「エンディ、お前は記憶を失っても昔から何も変わらなかったな。呆れるほどお人好しで純粋で、泣き虫で…心痛めてる奴見れば自分の事の様に悲しんで、そのたび寄り添って…馬鹿がつくほど正直で優しくて…俺はそんなお前のことが大好きだったぜ?ありがとな、俺みたいな汚い人間の事を友達だって呼んでくれてよ。後は任せたぜ?親友…」
カインは、今度は心の中ではなく、自身の口でしっかり言葉を紡いだ。
まるで遺言のように
そして、静かに瞼を閉じた。
「カイン!!!」
エンディの絶叫が空を裂いた。
その体は震え、言葉にならぬ慟哭に変わっていく。
アマレットは防御結界を解き、無我夢中で駆け寄った。
「カイン!カイン!どうして!?」
彼の体を揺さぶりながら、泣き叫ぶ。
何度名前を呼んでも、カインの瞳は開かれなかった。
「ラーミア!カインを治してやってくれ!早く!!」
エンディの叫びに、ラーミアはすぐさま駆け寄り、術を放った。
アマレットは嗚咽を漏らし、絶望に沈んでいた。
その姿は、見る者の心を切り裂くほどに痛ましかった。
エンディは、ただ祈ることしかできなかった。
蘇ってくれと、命の炎が消えぬようにと――
そんな中、ロゼが重い口を開いた。
「なあエンディ…話してくれないか?お前ら一体、過去に何があったんだ?そして…4年前の出来事も、聞かせてくれないか…?」
その質問がどれだけ残酷なものであるか、ロゼは承知していた。
だが、それでも聞かなければならなかった。
エンディは、しばらく黙っていた。
口を開くことに躊躇があったのだ。
しかし――
「エンディ…私も一緒に話すよ。」
泣き腫らした顔で、アマレットが力強く言った。
この時が来たのだ。
エンディの、失われていた記憶の扉が――今、ついに開かれる。




