親友を殺す日
「エンディ、やっぱり生きてたんだ。良かった。」
「よう、元気そうじゃねえかよ。俺は生きてるって信じてたぜ?」
ラベスタとロゼが、心からの安堵を滲ませて声をかけた。だが――
エンディは、彼らの呼びかけに一切応じなかった。
ただ、静かにカインだけを見据えていた。
その瞳に宿った無表情さは、どこか人間離れしており、周囲にじわりと広がる異様な空気に、皆、言い知れぬ不気味さを覚えていた。
「エンディ…?」
ラーミアが震える声で名を呼んだ。
が、エンディは彼女にすら目を向けなかった。
全ての感情を遮断したかのような静寂。
ただ一つ、視線だけがカインに固定されている。
「久しぶりだな。記憶が戻ったのか?」
カインが問いかけると、エンディは小さく「…ああ」とだけ答えた。
「そうか、それは何よりだな。で?記憶が戻った今、お前は何がしたい?」
「イヴァンカを…殺す。」
吐き出すように言ったその言葉に、場の空気が凍りついた。
あのエンディの口から“殺す”という言葉が出たこと――
それは、ロゼたちにとって想像すらしていなかった衝撃だった。
「なるほどな。てめえにとっちゃイヴァンカ様は両親の仇だもんな。でもよ、よく考えてみろよ。そのイヴァンカ様を解放したのはこの俺だぜ?てめえの両親は、俺が殺したも同然だ。てめえの憎しみの矛先は、俺にも向いているだろ?」
カインは口角を吊り上げ、嘲るように笑った。
「俺は…お前とは戦いたくない。」
「は?何言ってやがる?本当は俺のことも殺したくて仕方ねえはずだろ?」
カインは煽り口調で続けたが、エンディは動じなかった。
「お前は俺の…大事な友達だ。」
その言葉に、カインの顔に露骨な嫌悪の色が浮かんだ。
まるで腐った肉を嗅がされたような表情だった。
「甘えこと言ってんなよ。俺たちはいずれ決着をつけなきゃいけねえ宿命なんだよ。どちらかが死ぬまでな?それはお前も分かってるはずだぜ?」
言い終えると同時に、カインの全身から火炎が吹き出した。
まるでその身体が焚き木となり、世界を燃やすかのような熱波。
「そうか…もう本当に、やるしかないんだな…。カイン、お前の目を覚させてやる。」
エンディは拳を握り、風を纏い始めた――が、その瞳の奥にはまだ微かな迷いが残っていた。
イヴァンカに刃を向ける覚悟はある。
だが、カインにそれを向ける決意は、まだ深く凍りついていた。
「嫌だ…私…あの2人が戦うところなんて見たくない!」
アマレットが叫び、涙を浮かべながら駆け寄ろうとした――
だが、その腕をラーミアが静かに掴んだ。
彼女の瞳には、何かを覚悟したような強さが宿っていた。
たとえこの戦いがどんな終わりを迎えようとも、邪魔してはならない。
ラーミアは、本能でそれを悟っていた。
ロゼたちもその意志を読み取り、静かに頷いた。
戦いを、見届ける――その選択が全員に伝播した。
エンディは疾風とともに地を蹴った。
風を纏った拳が渦巻き、小さな竜巻のような圧力を生んでカインに迫る。
だが――
「ガッ」
次の瞬間、カインの蹴りがエンディの顔面を捉えた。
吹き飛ばされながらも、エンディは即座に空中で態勢を立て直し、右手を前に突き出すと、無数のカマイタチが嵐のように襲いかかった。
だがカインは、目の前に巨大な火焔の盾を創り出す。
その炎の壁が、全ての風刃を相殺し、焼き尽くしていった。
「すげえ…なんて戦いだよ…。」
ノヴァは目を見開き、言葉を失ったまま呟いた。
「まだこんな力を隠してたなんて…つくづく、許し難い男だよ。」
アベルは唇を噛み、カインを睨みつけていた。
ポナパルトとバレンティノは、あまりの気圧と火風の交錯に、全身から汗を噴き出していた。
「カイン…初めて見た時から只者ではないとは思ってたけど…まさかここまで強いとはね。」
モスキーノが目を細めながら口にした。
その言葉は、3将帥である彼らすらを上回ると認めた証だった。
実際、カインの力は間違いなく、3将帥を凌駕していた。
「エンディ、つまらねえ小手調なんかやめろよ。もっと全力でかかってこい、軽く捻り潰してやるからよ。」
カインの瞳には余裕と苛立ちが混在していた。
その瞬間、カインの足元から突風が巻き起こり、巨大な竜巻となって彼を包んだ。
だが――
カインはその刹那、爆発的な闘気を放ち、竜巻を粉砕した。
「てめえよ…いい加減にしろよ!やる気あんのか!?こんなつまらねえ技でこの俺を倒せると本気で思ってんのか!?そんなもんじゃねえだろてめえの実力はよ!」
カインの怒りは、失望に近かった。
エンディの拳に、覚悟が籠もっていないことを、彼は敏感に察していた。
「俺は信じてるんだ。またお前と、昔みたいに笑い合える日が来るって。互いを友と呼び合える日が来るってな。」
エンディの笑みは優しく、どこまでも純粋だった。
「“また”とか”昔みたいに”とか、意味不明だな。ガキの頃の事なんてもう忘れちまったよ。てめえはいつまでもガキの頃から時が止まってんのか?」
「忘れるわけないよ、覚えてないだけだろ。それか、思い出そうとしてないだけだ。」
記憶喪失を経験した者だからこそ、言える言葉だった。
その響きには、芯の通った重みがあった。
「うるせえ!黙れ!てめえら全員殺してやる!」
カインは血走った目で感情的に言った。
「心が壊れちゃったのか?何を言おうと、俺の中でお前は…いつまでも変わらない、昔の優しいままお前なんだよ。」エンディは優しく言った。
「…お前よ、さっき俺の目を覚まさせてやるとか言ってたよな?悪いが目ならとっくに覚めてる。いつまでも目が覚めてねえのはお前だろ?本来従うべき永主に逆って、その下につく俺を友と呼び、まともに戦おうともせず…信念のない奴だな。その甘っちょろさと主体性の無さがお前の敗因だ。いいだろう、冥土の土産に俺の”隔世憑依”を見せてやるよ。目を覚ます暇すら与えずに、俺の炎で地獄に送ってやる…お前も、お前の仲間もな?」
カインの口元が歪み、冷たい笑みが浮かぶ。
「隔世憑依じゃと…?」
ノストラの表情が凍りついた。
「おいじっちゃん、隔世憑依ってのは何だ?」
ロゼが息を呑んで尋ねる。
「隔世憑依…それは自身の能力の限界を超え、その真髄を極めた異能者にのみ発現が許される…いわば異能者の究極形態じゃ。人間に許された限界を遥かに超越したその力は、世界を滅ぼす程の威力を秘めておると言われておる。都市伝説の類かと思ったったがのう…。」
――世界を滅ぼす力。
その言葉の意味に、皆の顔が青ざめていった。
「エンディ、お前も出来たはずだぜ?やってみろよ。まあお前は隔世憑依を会得したその日に記憶を失ったからな、記憶を取り戻しても勘までは取り戻してねえだろうから無理か。残念だぜ?お前の力の底を見れなくてよ。」
「カイン、お前本当に俺を…俺たちを殺すつもりなんだな…。」
「…ああ。イヴァンカ様に逆らう野郎は、誰であろうと例外なく皆殺しだ。」
「そうか…分かった。じゃあ俺も…お前を殺すつもりでいく。もう、揺るがない…!」
ついに、エンディの覚悟が固まった。
竹馬の友に殺意を向けるという、魂を引き裂く決断。
エンディはそれでも、前を向いた。
大切な仲間を護るため、イヴァンカを討つため、そしてカインの心を取り戻すため――
「隔世憑依 太陽の化身」
カインがその言葉を唱えた瞬間、彼の身体は強烈な発光に包まれた。
それは光ではなく、炎だった。
エンディは咄嗟に手で顔を庇いながら、信じがたい熱気に身を竦ませた。
その炎は、視界を焼き、呼吸を奪い、
大気中の水分すら奪い尽くす――
生きとし生けるもの全てを、灰に還す。
太陽を身に纏っているかのような、地獄の業火だった。




