神話の終焉 ペンが偽りの仮面を刺す
世界神話。
それは、世界全土に広く語り継がれる壮大な叙事詩であり、ユドラ人の栄光と正義の系譜を記した“聖典”だった。
500年前、レムソフィア家の初代当主・レムソフィア・ラディオスによって編纂されたとされ、現代では御伽噺の一種として扱う者も多い。
だが、その物語の書き出しはあまりに劇的だった。
──全知全能の唯一神、ユラノス命導師が、魔法族の王の手によって殺された日から始まるのだ。
世界は一夜にして深い闇に包まれ、光は失われた。
その混沌を打ち払おうと立ち上がったのが、ユラノス命導師に仕えし10人の、神官と呼ばれた輪廻士たち。
彼らは魔法族と激闘を繰り広げ、最終的に封印に成功するも、命を落とした。
だが、それでも世界は救われなかった。
神も悪魔も去った世界に秩序は生まれず、逆に統制を失った種族たちは牙を剥き合い、法も金も意味を持たず、文明は旧人類の時代に逆戻りしたかのような荒廃を見せた。
争いと憎悪の連鎖。
血が血を呼び、叫喚と悲鳴が風に乗る──
そんな地獄に差した一筋の光──
それが、ユラノス命導師の“子孫”を名乗るユドラ人の登場だった。
彼らは神の力を受け継ぎし者とされ、光と秩序を世界にもたらした救世主。
その卓越した武力で、瞬く間に覇権を手にしたのだ。
だが──それは、虚構だった。
その“歴史”は、勝者によって書き換えられた捏造の神話だったのだ。
確かにユドラ人は、混沌を制し、世界の頂点に君臨した。
だが、彼らは輪廻士でも、神の末裔などではない。
ただの“人間”だった。
違っていたのは、他種族を凌駕する戦闘能力。
生き延びるために暴力を選び、奪い、支配した。
その果てに得た富と力で、彼らは世界全土に名を轟かせ、ついには誰も逆らえなくなった。
そして今度は、その威光を利用せんと、ユドラに媚びへつらう種族が現れ、彼らの名のもと、次々と戦火が巻き起こる──
こうして始まったのが、500年間に渡り、第五次まで続いた世界戦争である。
この真実を、今──
ノストラが全員の前で、白日の下に晒した。
その言葉に、場の空気が凍りついた。
ウィンザーとハルディオスは、静かにそれを聞き流していた。
バリーザリッパーとガンニバリルドは、あくびでもしそうなほど上の空。
だが、他の者たちはあまりの衝撃に、声すら出せずにいた。
「嘘だ…俺たちが…人間…?神じゃなかったのか…?」
エラルドは虚ろな目で呟いた。膝が震えていた。
「たしかにノストラの言ったことは事実だ。だが、我々の先祖が神も悪魔もいなくなった世界を制圧し、世界の歴史を陰から操り続けていたのは紛れもない事実。5世紀もの間、全知全能の唯一神、ユラノス命導師に代わり、世界の頂点に君臨し続けていた我々ユドラ人は、実質神であることに相違はない。」
ハルディオスは冷静に、まるで訓練された論客のように言い放った。
「神とかよく分からないけど…とどのつまりあんたらは…一体何を目指しているの…?」
ラベスタは苦しげな息の中、振り絞るように問いかけた。
「平和さ。争いや差別を無くし、世界を一つにすることだよ。」
ウィンザーは口元に笑みを浮かべて答えた。
その答えに、誰もが一瞬、耳を疑った。
ウィンザーは誰もが理解していないことに気づくと、続けた。
「なぜ人間は争うのか。何故過去の過ちを忘れ歴史を繰り返すのか…それは人間があまりにも多くの感情を兼ね備えているからだ。自らを絶対的な正義と信じて疑わない者同士で徒党を組み、そしてそれに相反する思想を持つ集団を敵とみなし、些細な食い違いで争いは起き、憎しみの連鎖により戦争が始まる。その全ての根底にあるのが”感情”だ。祖国を、同種族を、家族を、友を、愛する者を護りたいという感情こそが全ての元凶だ。ならば、その感情を奪えばいい。そうすればヒトは争いをやめ、世界は真に平和となる。」
彼の瞳は狂気を孕みながら、どこまでも真っ直ぐだった。
「感情を奪うだと…?どうやって…?」
ロゼが警戒心を滲ませながら尋ねた。
「簡単なことだ。まずはこの世界を一旦無に帰す。ユドラ人を除いた全ての人類を一掃し、新たな文明…新世界を創る。そして新たに誕生した全ての人間に、物心つく前から我々ユドラ人の思想を徹底的に植え付け、永主に絶対的な忠誠を誓わせる。反逆する者はその芽から叩き潰す。そうることで争いも差別もない平和な世界は誕生する。そうでもしないと平和など永久に訪れない。」
ハルディオスは淡々と語った。
「例えイヴァンカ様が悪だとしても、あのお方には導いてもらわねばならない。必要悪に勝る抑止力は、この世にないからね。」
ウィンザーの声には、どこか信仰にも似た決意が宿っていた。
「要するに洗脳って訳か…ただの恐怖政治じゃねえかよ。タチが悪いな?」
ロゼは鼻で笑い、皮肉を投げた。
「生意気な口を聞くな。ロゼ、君が今のうのうと豊かな暮らしをしているのは誰のお陰だと思っている?我々ユドラ人が500年前から、君達ウィルアート家に援助していたからだろ?少しは立場を弁えなさいね。」
ウィンザーの言葉に、ロゼは言葉を失った。
「俺とウィンザーは同じ一族に生を受けた親戚同士だ。しかし20年前、一族で下らない内部紛争が勃発し、それが原因で俺は家族を、ウィンザーは愛する女を失った。分かるか?同じ時代に同じ国に生まれ、同じ一族に産まれた者同士ですら争いは起こるんだ。俺たちはもうそんなものを見たくない‥だからこそ、誰かが変えるしかないのだ。それを変えられるのはイヴァンカ様しかいない。」
ハルディオスの瞳は、どこか哀しみを湛えていた。
「恐怖で支配された世界では、確かに争いは起きないかもしれんの。じゃがそんなものは平和とは呼ばん。確かにおどれらの言い分も少しは理解出来る…過ちだらけの間違った世界…人生などこれっぽっちも思い通りにいかんわ…じゃがの、だからこそ生きる価値があるんじゃないのか?こんな世界でも皆、自分を信じ、幸せを追い求め、世の中をより良くするよう試行錯誤しながらガムシャラに生きておるんじゃい!過去の過ちから少しずつ学びを得て、人類はゆっくりじゃが確実に進歩しておる。おどれらの思想は、そんな先人たちの努力を冒涜し無碍にする卑劣極まりないものじゃ!」
ノストラは、弟子たちに向けて魂を削るように叫んだ。
しかし──その叫びは、空へと消えた。
「詭弁だね。君の下らない価値観なんて、君のその空虚な脳内でしか通用しないんだよ。」
ウィンザーは一蹴した。
「おい!どうでもいいからさ、早く!コイツら、喰わせて!腹減った!」
ガンニバリルドがよだれを垂らしながら吠えた。
「黙れガンニバリルド。まずは聖衛使徒隊の長であるウィンザーがこいつらの息の根を止める。喰うのはその後にしろ。」
ハルディオスは冷たく命じた。
「ガ、ガ、ガンニバリルド….喰うのは構わないけどさ…そ、そ、その前に…こいつらの血を…採取させてくれないかな…?不浄の血を…コレクションにして…寝室に…飾りたいんだ…。」
バリーザリッパーの囁きは、どこまでも狂っていた。
「さようなら、侵入者及び裏切り者の諸君。賊軍がここまで辿り着いたのは、ユドラ帝国建国以来初めてのことだろう。胸を張れ、これは類を見ない快挙だ。しかし君達の健闘は、後世に伝えられることはない。」
そう言って、ウィンザーは剣を高く掲げた。
万事休す。
絶体絶命。
誰もが、終わりを覚悟した。
その瞬間──
ウィンザーの腕が、突然パキッと音を立てて凍った。
「なんだ…これは?」
ウィンザーの声に困惑が滲む。
「この氷…まさか…!?」
ロゼは、僅かな希望を感じ、後ろを振り返った。
──その時。
三人の豪傑の影が、戦場に歩を進めていた。
「ごめーんみんな、遅くなっちゃった!」
「フフフ…でもまあ、中々良さげなタイミングで到着したよねえ。」
2人の声が聞こえてきた。
「なんだ貴様ら、何者だ?」
ハルディオスの問いに、男が高らかに答えた。
「俺たちが何者か…だとぉ!?ナカタム王国最強戦力の俺たちを知らねえたあ、てめえら勉強不足にも程があるぜ??」
──モスキーノ、バレンティノ、ポナパルト。
ナカタムの三将帥が、ついに姿を現した。
その登場は、まさに希望の到来そのものだった。
「へえ、三将帥か。何をしにきた?」
ウィンザーが問う。
「何をしにって、決まってるじゃん!取材に来たんだよ!世界神話の続編を執筆するにあたってのね。神になり損なった君たちの、哀れで惨めな末路を詳細に書きたいからさ!」
モスキーノがおちょくるように笑った。
「何だと?」
ウィンザーは苛立ちを隠さなかった。
「栄華を極めたユドラ帝国の終焉…これより俺たちはその歴史的瞬間の生き証人となる。さてと…覚悟は出来ているかな、世界の黒幕さん?」
モスキーノの笑顔の奥には、確かな闘志と凄みが宿っていた。
──その瞬間、戦場に風が変わった。




