風の旅路の第一歩
海辺の丘を下り、エンディとラーミアは王都バレラルクへの旅の話を始めた。
朝の陽光が麦畑を金色に染め、遠くで波が静かに歌う。
二人の足音は、まるで土に新たな物語を刻むようだった。
「ねえねえ、バレラルクてどんなところ? やっぱ王都ってだけあって大都会なんだろうな〜!」
「良いところだよ!大都市だからね!田舎に比べると自然は少ないけど、有名な建築家が手がけた美しい建造物が街中にあるの。古代遺跡なんかもね!ただ…」
「ただ?」
「戦勝国とは言っても、つい四年前まで戦争をやっていたから、まだまだ経済が不安定で飢えに苦しむ人や失業者がたくさんいるの。年々少なくはなっているんだけど…。治安もあんまり良くないし」
「そうなんだ…」
エンディの胸に、期待と緊張が交錯した。
王都の華やかなイメージに、戦争の傷跡が影を落とす。
ラーミアの言葉は、まるで風に運ばれた古い記憶の欠片のようだった。
彼女の話では、王都バレラルクの領土はムルア大陸の五分の一を占めるほど広大だ。
現在の港町から一時間ほど歩けば隣町に着き、そこから汽車で三十分で王都の入口に到達する。
だが、王宮までは、さらに五百キロメートルの道のり。
王都の城下町や王宮にたどり着くには、保安隊やラーミアの捜索部隊に保護されれば早いが、さもなくば気が遠くなるほどの時間がかかる。
それでも、エンディの心は軽やかに躍った。
ラーミアと長い旅を共にできる喜びが、胸を膨らませる。
だが同時に、王都で記憶の手がかりが見つかるかもしれないという期待が、不安と混じり合い、彼を落ち着きなくさせた。
あの嵐の夜、フードの男、血塗られた荒野の夢。
すべてが、王都のどこかで答えを待っている気がした。
ふと、ラーミアのお腹がぐ〜と鳴った。
「ごめんね、昨日から何も食べてなくて。出発する前に何か食べて行かない?」
顔をポッと赤らめながら、彼女は言った。
「そうだよね、お腹すいてるよね」
エンディは自分の気の利かなさに焦り、目に入った店に急いで飛び込んだ。
小さな店だったが、洗練された雰囲気が漂う。
まだ昼前なのに、成金風の男女がワイングラスを傾け、笑い合う。
壁にはパスタとピザのメニューが誇らしげに掲げられ、香ばしいオリーブオイルの香りが店内に満ちていた。
海が見える窓際の席を望んだが、二人は奥のテーブルに案内された。
エンディは魚介の旨味が凝縮されたボンゴレビアンコを、ラーミアは高級チーズがたっぷりのカルボナーラを注文した。
「このアンチョビのピザ美味しそう!2人で半分こしようよ!」
「いいねいいね!おれもこれが食べたいと思っていたんだよな!」
運ばれてきた料理は、想像を超える美味しさだった。
パスタの塩気、チーズの濃厚さ、アンチョビの深い風味が舌で踊る。
二人は顔を見合わせ、目を輝かせた。
値段は高めだったが、量も味も申し分ない。
エンディはいつもならガツガツと頬張るが、ラーミアの前では精一杯上品に、ゆっくりとフォークを動かした。
パスタを平らげ、オリーブオイルが光るアンチョビととろけるチーズのピザに手を伸ばす。
「バレラルクに着いたら、何かやりたいことある?」
「散歩がしたい。あと、仕事も探さなきゃな。給仕ってどんなことするの?」
「私は王宮内にある大広間の食堂で、調理のお仕事をしてるよ。軍人さんたちがたくさん来るからすごく大変。楽しいけどね。あとはたまに掃除をしたり。一緒にやる?」
「調理に掃除か…おれそういうの絶対向いてないわ。力仕事がしたいな。よし、軍隊に入ろう!」
「力仕事? 軍隊? そんなひょろひょろしてるのに無茶だよ〜!」
ラーミアはお腹を抱えて笑った。
「いやいや…おれ結構強いんだぜ? 体力だってあるし!」
「はいはい」
ラーミアに軽くあしらわれ、エンディはムッとした。
ひょろひょろと言われたのが悔しく、なんとしても彼女にカッコいいところを見せたいと心に誓った。
その時、突如、外から「ビーー」と鋭い音が響いた。
窓の外で、港町の静けさが一瞬にして破られた。