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輪廻の風  作者: 夢氷 城
第2章
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つまらない大人に負けるなよ


「み、見逃してくれよ…頼むよ…な?」


黒装束の男が泥にまみれた尻で地面にへたり込み、情けない声で命乞いしている。


その目は虚ろで、頬には乾きかけた血がこびりついていた。


無言で男を見下ろす“夢の主”の男は、まるで感情の抜け落ちた人形のようだった。


眼差しの奥は凍てついており、一切の情けを含んでいない。


「仕方ねえじゃねえかよ、神は死んだんだ…俺みたいなのが生き残るためには…魔法族の仲間入りするしかなかったんだよ…!あの悪魔には…誰も敵わない…!」


声を震わせながら、男は涙を流した。

自分の卑劣さすらも認めたうえで、それでもなお生きたいと懇願していた。


その懺悔が届いたのか、“夢の主”の男は何も言わずに背を向けて歩き出す。

重い足音だけが、冷たい地面に響いた。


「馬鹿が!敵に背を向けるとは笑止千万!貴様の首を"御闇”に差し出せば、俺の株も右肩上がりだぜ!」


突如として表情を反転させた男が、背後から襲いかかった。

刹那、その足元で空気が渦を巻く。


風が唸り、竜巻のような気流が地を裂くと、男の身体はその中へと呑み込まれた。


「ぎゃーーー!!」


風刃の嵐が男の身体を幾重にも切り裂き、肉片と悲鳴が宙に舞った。


数秒後、風が止んだとき、そこにあったはずの命の痕跡は、風のように消え失せていた。


夢の主の男は、振り返ることもなく、淡々と歩を進めていった。


 


「はっ…!」


エンディは汗ばんだ額を押さえながら目を覚ました。


心臓が激しく鼓動し、まるで夢と現実の境が曖昧なまま世界に投げ出されたようだった。


「何だ…?今の夢は…?」


ただの夢にしては、あまりに生々しく、感覚が残りすぎている。


記憶の奥底を何かが叩いていた。


「って、夢なんてどうでもいい!早く行かなくちゃ!」


思考を振り切るように、エンディは飛び起きた。


夜空を仰ぐと、バベル神殿が陽光の中にそびえ立ち、圧倒的な存在感を放っていた。


「とんでもねえ高さだな…。よし、待ってろよラーミア!すぐに助けてやるからな!!」


力強く叫び、神殿の中へと駆けていった。


 


エンディとダルマイン以外の仲間たちは、すでに神殿内部へと潜入していた。


彼らは、それぞれの意志を胸に秘めて行動していた。


 


ラベスタは、神殿内の廊下でユドラ帝国の憲兵隊に発見されたものの、戦う素振りは一切見せなかった。

まるで影のように、壁沿いを縫って走る。


「雑魚を相手にしている暇はない。いつ聖衛使徒隊とぶち当たってもいい様に体力は温存しておこう。」


その考えのもと、ラベスタは闘いを避け、静かに足音を消しながら奥へと進んでいく。


 


一方その頃。

ロゼとバスクは、神殿のあるフロアに到着していた。


「着いたぜ。俺の戦う理由を知りたいんだろ?その答えはこの扉の向こうにある。」


静かに語ったバスクが手を伸ばし、重々しい扉を押し開ける。


ロゼは息を呑んだ。

中に何があるのか、その直前まで想像もつかなかった。


 


「あー!バスクおじちゃん!!」


瞬間、部屋いっぱいに子供たちの明るい声が響き渡った。


三十人ほどの無邪気な幼児たちがキャッキャと笑いながら駆け寄ってくる。


「おうオメエら!良い子にしてたかあ!?」


バスクが屈んで両腕を広げると、子供たちは雪崩のように飛びついた。


「遊ぼう!バスクおじちゃん!」

「今日は何して遊んでくれるの?隠れんぼ?」

「僕鬼ごっこがいい!!」


「…は?」

予想の斜め上すぎる展開に、ロゼは完全に呆気に取られていた。


「このピンクのお兄ちゃん誰〜?」

「ピンクのお兄ちゃん!遊ぼう!!」


好奇心全開の子供たちがロゼに群がる。

ロゼは逃げるように後ずさったが、勢いに押されてその場に立ち尽くすしかなかった。


「私が鬼だよー!みんな早く隠れて!」


その一言で、子供たちは一斉に部屋を走り出した。

いつの間にか、隠れんぼが始まっていた。


 


「おいバスク、これは一体…?」


「おうロゼ、俺たちも隠れるぞ!」


満面の笑みを浮かべたバスクは、ロゼをバルコニーへ引っ張り出し、机の下へと潜り込んだ。


「おいバスク、あのガキどもはなんだ?」


「あいつらは神央院の幼稚舎のちびっ子どもだ、可愛いだろ?今は昼休みなんだよ。」


神央院――バベル神殿内に存在する、憲兵隊育成のための訓練施設。

その幼稚部にあたる子供たちだった。


「おいバスク、お前の戦う理由ってまさか…?」


「察しがいいな、ロゼ。ちびっ子たちの未来を守る。俺はその為に戦ってるんだ!」


その言葉はまっすぐで、重くて、眩しかった。


 


「おい、下を見てみろ。」


バスクに促され、ロゼはバルコニーの手すりに目をやった。


その下に広がる庭園には、10代半ばの少年少女たちが無言で並んでいた。


彼らの目に生気はなく、どこか人形のような雰囲気を纏っている。


ロゼはゾッとした。

あんな子供達を、これまでただの一度たりとも見たことがなかったからだ。


「大体あれくらいの歳になるとな、あんな風になっちまうんだよ。無垢なちびっ子たちは、教育という名の洗脳を受けて純粋な心を失っちまう。あの無邪気なちびっ子たちもよ、近い将来ユドラ人の歪んだ思想にどっぷり浸かっちまうんだよ。」


バスクの目は、遊ぶ子供たちに向けられていたが、その視線はどこか遠くを見ていた。


ロゼは口を閉じ、じっとその横顔を見ていた。


「あまりでかい声じゃ言えねえが、俺は自分も含めてユドラ人を高尚な存在だと思った事もねえし、自分たちが神だと思ったことも一度もねえ。こんなクソの掃き溜めみてえな国、虫唾が走るぜ!」


あまりでかい声じゃ言えねえが…とは言ったものの、バスクは十分大きな声で、尚且つはっきりとした口調で言った。


「おいおい、そんなこと言って大丈夫なのかよ。雷帝さんの耳に入ったら消されるぜ?」

ロゼはヒヤヒヤしながら、辺りをキョロキョロ見渡した。


「…でもな、こんな救いようのねえ国にも子供が産まれてくるんだ。それだけが唯一の希望だ。こいつらが大人になる頃にはよ、今より少しでも良い世の中になっていて欲しいんだ。子供の頃の純粋な気持ちも忘れないでほしいしな…だから俺はこいつらを守ってやりたい。そして若い世代に希望を託す…おこがましい気もするが、それが俺の使命だと思ってる。」


バスクの語りには、誇りと哀しみが同居していた。


 


ロゼはしばらく外の景色を眺めたあと、ゆっくりと重い口を開いた。


「俺は人間が死ぬほど嫌いだ。どんな人格者も善人も、蓋を開けてみりゃ所詮は我欲の塊だ。王族の生まれってだけで、ガキの頃から気持ち悪い薄ら笑いを浮かべた大人どもがたくさん寄ってきたよ。ヨダレ垂らした汚い欲に塗れた大人どもがな。人間は自分の保身のためなら平気で嘘をつくし裏切る。そんな奴らの末路は悲惨なもんだったぜ?堕落していく奴らは止めようがない…。ほんと世の中汚いぜ、嫌になるくらいにな。歴史の真実ってのは、机上で教科書の文字の羅列を眺めてるだけでは伝わらないくらい残酷な破壊力がある。」


その言葉には、剥き出しの怒りと失望、そして深い孤独が混じっていた。

生まれて初めて、心の奥底に秘めた感情を誰かに話した。

彼は、初対面のバスクに、無意識に心を開いていたのだ。


それは、バスクの真っ直ぐで優しい人間的魅力に、無意識に惹かれていたからだ。



バスクはロゼを遮らず、黙ってその吐露を受け止めた。


やがてロゼの声色が、どこか柔らかくなる。


「だけどよ、こんな汚い世界でしか見つけられないモノも、確かにあるんだ。世の中にはよ、損得勘定で動かない人間も少なからずいるんだ。だからよ、世の中まだまだ捨てたもんじゃないって思えるぜ?俺はよ、そういう奴らの期待に応えたいんだよ。」


その言葉に込められた思いはまっすぐで、どこまでも真摯だった。


ロゼの脳裏には、エスタ、ジェシカ、モエーネ、そしてエンディの顔が浮かんでいた。


「ロゼ、お前も随分と風変わりな王子だな?」


バスクは穏やかに微笑み、まるで仲間としてロゼを受け入れるような眼差しを向けた。


 


「バスクおじちゃんとピンクのお兄ちゃんみーつけたっ!!」


明るい声に、ロゼとバスクは驚いて身をすくめた。


「おじちゃん!次は鬼ごっこしようよー!」


無邪気な声に続いて、子供たちがバルコニーに雪崩れ込んできた。


ロゼとバスクのもとに駆け寄り、目をきらきらさせながら手を引っ張ってくる。


「わりいなオメエら、これから仕事があるからよ、今日はもう帰るわ!また遊んでやるからよ?」


バスクは申し訳なさそうに笑いながら頭を撫でる。

子供たちは露骨に肩を落とし、残念そうな声を漏らした。


「え〜、おじちゃん、もう帰っちゃうの?」


その姿に、ロゼがふと尋ねる。


「バスク、仕事って?」


「侵入者どもに挨拶してくる。ロゼよ、お前が何の目的でこの国に来たのかは敢えて聞かねえよ。だけどよ、お前はお前の信念を貫けよ?まあ歩む道は違うけどよ、お互い頑張ろうぜ?」


バスクは右手を差し出した。

それを見たロゼも、少し照れ臭そうにしながら手を伸ばし、固く握手を交わした。


「また隠れんぼしようぜ?」


「——ああ、そうだな。ロゼ、達者でな!」


バスクは振り向かずに歩き出した。

ロゼはその大きな背中をじっと見届け、子供たちは寂しげに手を振っていた。


 


「ピンクのお兄ちゃん、遊んでよ〜!」


「わりいな、俺もこれからやらなきゃいけねえことがあるんだ。」


ロゼがそう言うと、子供たちはさらにしょんぼりと項垂れた。


出口へと歩く途中、ロゼはふと足を止め、子供たちに向けて言った。


「おい…何も頑張ってない癖に足ばっか引っ張ってくるつまらねえ大人達に負けるなよ?」


意味が難しかったのか、子供たちはポカンとした顔でロゼを見つめていた。


ロゼはそれ以上何も言わず、背を向けて部屋を後にした。


 


その頃――

エスタとジェシカ、モエーネは神殿内を走っていた。


三人はロゼを探して上層階を目指していたが、広大な構造に悪戦苦闘していた。


「もう!この広さに部屋の多さ…どうやって探せばいいのよ!」


モエーネがうんざりしたように文句を言う。


「あんたさっきからうるさい!文句ばっか言わないでよ!」


ジェシカが苛立たしげに返す。


「何よ偉そうに。あんたこそ何ピリピリしてるのよ?」


モエーネは反発するように睨み返す。


「おいお前ら、こんな時に喧嘩すんなよな。落ち着いてゆっくり探そうぜ?」


エスタが冷静な声で割って入るが、二人の火花は消える気配を見せない。


 


そんな中、三人は気づけば重厚な扉の前に立っていた。


「この部屋…なんか怪しいな。」


エスタが扉を見上げながら、直感的な違和感を口にした。


ゆっくりと扉を開けると、そこにはまるで異世界のような空間が広がっていた。


床も壁も天井も、すべてがピンク一色。

クマやウサギのぬいぐるみが転がり、お姫様のベッドのような豪華なキングサイズベッドが奥に鎮座している。


「何この部屋…可愛すぎる〜!」


モエーネが目を輝かせ、部屋に入り込んでいく。


「私の部屋とは大違いね…。」


ジェシカは、なぜか敗北感に似たものを覚え、視線を逸らした。


「なんか嫌だなこの部屋…入らなきゃよかったぜ。おい、さっさと出ようぜ?」


エスタが嫌悪感を口にするが、モエーネもジェシカも夢中で部屋を物色し始めていた。


 


そのとき――


「あらあら、勝手に人の部屋に上がり込んじゃって…ナカタム人って礼儀がないのね?」


どこか甘ったるくも冷え冷えとした声が、天井の遥か上から降ってきた。


三人が見上げた先、異様なほど高い天井に、一人の女が浮かんでいた。


 


「ようこそ、バベル神殿へ。」


魔法の箒にまたがり、頬に薄ら笑いを浮かべたその女――

彼女こそ、聖衛使徒隊の一人、アマレットだった。


三人の背筋が一斉にこわばる。


部屋に漂っていた可愛らしい空気は一変し、そこには確かな殺気と魔力が満ちていた。




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