表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の風  作者: 夢氷 城
第2章
70/180

老兵の一喝 世間を舐めるな

「それにしても、よくワシの居所が分かったなあしかし。」


ノストラは、ゆるりとした口調ながら、その眼差しにわずかな警戒をにじませた。


「バレンティノ相手にあんだけ派手にやり合ったんだ。そりゃ気がつくぜ?バレラルクにはウチのスパイが山ほど入り込んでるからなあ。下らねえお喋りはこの辺にして、さっさとおっ始めようぜぇっ!」


エラルドの目がギラついた瞬間、その身体が猛然とノストラに突進した。


だが――


ノストラは呻き声を上げ、左胸を両手で押さえながら、その場に崩れ落ちた。


「ああん!?」


勢いよく飛び出したエラルドは、あまりの拍子抜けに立ち止まり、苛立った声を漏らす。


「ノストラさん?」


ラベスタは悲鳴を飲み込みながら、膝をついたノストラへ駆け寄った。


「ぐっ…こんな時に…寄る年波は越えられんか…。」


その言葉は、老体に刻まれた限界の呻きであった。


エラルドは舌打ちをし、つまらなそうに肩をすくめた。


「体の衰えた老兵を殺すなんて仁義のねぇことしたくねえけどよ…こっちも色々事情があってよ、そんな甘い事も言ってられねえんだわ。なんせあんたは裏切り者だからよ、悪いがここで死んでもらうぜ?」


ラベスタは無言で剣を構え、目を細めてエラルドの動きを警戒する。


「ガッハッハッ、裏切るも何も…ワシはのう…イヴァンカに忠誠を誓ったことなど一度たりともないわい。」


ノストラの声はかすれながらも、どこか誇りを含んでいた。


「てめえ…その名を軽々しく口にしやがって…しかも呼び捨てかよ?食えねえジジイだぜ。」


その反応は、予想以上にエラルドの心を掻き乱したようだ。


ラベスタはその一瞬の隙を逃さなかった。鋭く踏み込み、剣を振る。


だが――


「ガキンッ!」


金属が金属を叩いたような音が、山あいに響いた。

ラベスタの一撃は、少年の前腕に阻まれていた。


「え?腕硬くない?」


混乱するラベスタ。その間に、エラルドは足を振り抜いた。


「オラァッ!!」


ラベスタの横腹に蹴りが食い込み、彼の体は空中を滑空して岩陰に叩きつけられた。


「てめえ確か、ノヴァの相棒だろ?そんな腑抜けた斬り込みじゃあ俺の体には傷1つつけられねえぜ?」


ラベスタは苦痛に顔を歪めながら、なおもその視線で問いを放つ。


「ノヴァを知ってるの?あいつは今どこにいるの?」


「奴なら今頃、投獄されてるぜ?ノヴァだけじゃねえ。アズバールも、ラーミアとかいう女も…異能者は全員俺たちが貰う。」


「なんの為に?」


「決まってんだろ?しっかり調教してよぉ、こっちの駒にするんだよ。異能者は良い戦力にもなるし、何かと役に立つからなあ?」


その口調には、冷酷さと傲慢さと狂気がないまぜになっていた。


ラベスタの眼が燃えた。悔しさと怒りが入り交じる。


「だからエンディの野郎も連行しろと命を受けてんだよ。だけどなあ、個人的にはそんな命令どうでもいいんだよ。俺はただあの野郎をぶっ殺したい…ただそれだけなんだよ…!」


その声には、長年鬱積した憎悪と劣等感が滲んでいた。


「お前…過去にエンディと何かあったんか?」


ノストラの問いかけに、エラルドは鼻で笑う。


「何もねえよ。そもそも面識もねえしな、あいつは俺のことなんて認知すらしてねえと思うぜ?ただムカつくんだよ。同い年でユドラ人最高傑作だなんて持ち上げられてたあの野郎がな…昔からムカついてムカついて仕方ねえんだよ!だからエンディの野郎をぶち殺して、この感情を晴らしてえ…ただそれだけなんだよ…!」


その歪んだ感情に、ラベスタはあからさまに引いた。


「だけどここにいねえんじゃ仕方ねえな。てめえら口も割らなそうだし、自分で探すわ。とりあえずてめえら殺しとくか。」


カツン、カツン、と足音が夜に響く。エラルドがゆっくりと近づいてくる。


「くっ…!」


ラベスタとノストラの動きは止まったまま、逃れる術がなかった。


「ヒャハハっ、死ねや!」


エラルドの右手が振り上げられた、刹那――


突如、風が逆巻いた。


吹き抜ける一陣の風に、エラルドの身体が揺れた。


「まさか…?」


ラベスタの呟きに、ノストラは微笑んだ。


「ガッハッハ…ようやくか…。」


風の中に、静かに立つ少年の姿があった。


エンディ――ついに洞窟から戻った。


その風貌は、どこか逞しさを増していた。


「遅くなってごめん!」


エンディは、はにかんだ笑みを浮かべながら言った。


「どんだけ待たせるんじゃい、ええ?」


ノストラが声を荒げる。


「ごめんごめん…ところで2人ともどうしたの?何があったの?えっと…そこのモヒカン君はどちらさん?」




エンディの質問に、エラルドはしばらく沈黙し、ジッと彼を見つめる。


「エンディ、そいつユドラ人だよ。聖衛使徒隊のメンバーだ。」


一瞬にして空気が張り詰めた。


「ヒャハハッ、ハハッ…ハハハハ…ヒャーハッハッハッハッハッハァ!!!!」


エラルドの狂気が空を割った。


「何だお前、頭大丈夫か?」

エンディは心配そうに尋ねた。


「ようやく会えたぜ…嬉しいねえ…。」


「え?俺に会えて嬉しいの?何で?」


「そりゃあ嬉しいさ…ガキの頃は手の届かなかったお前を…ようやくこの手でぶっ殺せるんだからなあ!!!!」


エンディは即座に風を纏い、戦闘態勢を取る。


右腕には、渦を巻く風が龍のように宿っていた。


「ほお…。」


ノストラはその成長を目を細めて見守っていた。


エンディは風のごとき速度で距離を詰め、拳をエラルドの腹へ叩き込む。


――ドゴンッ!


空気が裂ける音。エラルドの体が吹き飛んだ。


「すごい…これがエンディの力…。」


「うむ、勘を取り戻した様じゃな。確かにすごい力じゃ…しかし、甘いな。」


ノストラの声には、冷ややかな現実が滲んでいた。


「うわあ、痛ぇっ…!!」


エンディが拳を押さえる。

なんと、ヒビが入っていた。


「おいおいエンディ〜!冗談やめろよな!?そんかもんなのか!?ああ!?」


エラルドは、立ち上がりもせず、なおも不敵な笑みを浮かべる。


驚く事に、彼は無傷だったのだ。


「お前…何でそんなに体が硬えんだよ…?」


「何でって?そりゃ俺もお前と同じ、異能者だからよ。俺は全身を鉄に硬化できるんだぜ?そんなパンチ屁でもねえよ馬鹿野郎!」


その言葉を最後に、エラルドは反撃に転じる。


肘がエンディの頭を打ち、血が噴き出す。

エンディの頭部には、まるでハンマーで叩かれたような強い衝撃が走った。


「エンディ…てめえ、何で手を抜いた?」


「エンディは優しいからのう、昔から。本気でお前さんを殴ったら死んでしまうと思ったんじゃないんか?」


「ははっ、鉄って…先に言ってくれよな。そうと分かってたら、もっと全力で殴ったのに…。」

エンディは力なく言った。




「てめえ、ナメてんじゃねえぞこの野郎…!」


エラルドは怒りに満ちた声で叫びながら、エンディの右頬を容赦なくカカトで踏みつけた。


「おう小僧、その辺にしておけよ、ええ?」


ノストラはゆっくりと立ち上がりながら言い放った。そして腰の剣を、静かに抜いた。

老いた手つきには衰えが見えるが、その動きは無駄なく、洗練されていた。


「なんだよジジイ、元気になったんか?」


エラルドは眉をひそめながら、なおも挑発的な態度を崩さない。


「小僧、お前の言う通りワシはユドラ帝国を逃亡した情けないジジイじゃ。偉そうなことを言う資格はないことは重々承知しておる。じゃがな、これだけは言えるから耳の穴かっぽじってよーーく聞いておけよ?」


ノストラの声には、怒りでもなく、哀しみでもなく、ただ一途な覚悟がにじんでいた。


エラルドは不敵な笑みを浮かべつつも、その声音の奥に潜む凄みに、無意識に背筋を正していた。


「世間を舐めるな。人様を舐めるな。己の見ている世界が全てだと思うな。自らを神だと驕り高ぶった人間の寿命は短いぞ。ええな?」


ノストラの言葉は、夜の空気を震わせるように鋭く響いた。


しかし、エラルドの耳には届かなかった。

いや、届いていても、それを認める器がなかった。


「おいジジイ、ボケてんのか?俺たちユドラ人は神々の末裔…そんなもんは500年も昔からガキでも知ってる周知の事実だろ?そして俺様はそのユドラ人の中でも限られた者にしか与えれない聖衛使徒隊の称号を持つエリート戦士だぞ!俺たちは神なんだからよお、驕り高ぶるも何もねえだろぉ!?現に世界の頂点に君臨しているのは俺たちなんだからよお!」


誇らしげに胸を張るエラルドの姿は、もはや人間ではなく、虚構に酔いしれた偶像のようだった。


「安い陶酔だね。」


ラベスタは静かに、しかし確かな嘲笑を浮かべて呟いた。


「神に逆らったらどうなるか、てめえもこれから思い知ることになるぜ?ナカタム王国滅亡の日も近いな!」


その言葉に、エンディの眉がぴくりと動いた。


「滅亡?どういう意味だ?」


問いかける声には怒りではなく、深い懐疑が滲んでいた。


「500年間、俺たちユドラ人は圧倒的な力で世界の頂点に君臨し続けてきた。世界中の名だたる王族や権力者を裏で牛耳り、歴史を操ってきたんだ。ところでてめえらよ、どうしてナカタム王国が、第五次まだ続いた世界戦争を勝ち続けることが出来たか、てめえら知ってるか?」


「ウィルアート家がユドラ人に金を積んでいたから、じゃろ?」


ノストラの答えに、エラルドは目を細めてニヤリとした。


エンディとラベスタは、それまで信じていた世界の歯車が音を立てて軋むのを感じた。


「御名答!ウィルアート家はそこそこ財力があったからな。奴らはその財力を駆使してずーっと俺たちユドラ人に媚びへつらってきたんだぜ?見返りに俺たちはウィルアート家に武力、資源、そして敵国の機密情報を提供してたんだよ。500年間ずっとな?だからナカタム王国は世界一の軍事大国と謳われるようになったのさ。」


そして、彼は吐き捨てるように言った。


「ところがレガーロが国王になってから状況が一変した。あのクソ野郎、“我々は貴様らなどには屈しない。“なんてほざきやがって、ユドラ人との断交を宣言しやがったんだ。本来ウィルアート家は、俺達ユドラ人に足向けて寝れねえ筈なのによ、レガーロの野郎は恩を仇で返すどころか、神に山返したとんでもねえ大罪人だぜ?だから警告も兼ねて、見せしめに粛清されたんだ。次はナカタム王国そのものを滅ぼしてやるぜ?」


エンディは、まるで巨大な蜘蛛の巣に絡め取られたような世界の構造を、初めて目の当たりにした思いだった。


「そんな事情があったんだ。知らなかった。」


ラベスタの呟きは、夜の静けさに吸い込まれた。


「それにしても、ナカタムってのは辛気くせえ国だよな?さっき中心街に寄ってみたんだけどよ、どいつもこいつも死んだ魚の目して歩いてやがる。とんだ腑抜け野郎の集まりだぜ。あれじゃ死んでるのと変わらねえな?まあそれも当然、所詮てめえらは俺たちの掌の上で転がり続ける、思考停止した意志無きブリキの人形だもんなあ?」


エラルドが放ったその心無い言葉は、さすがにエンディの心に火を点けた。


「生きていれば、辛くて苦しくてどうしようもない時もある。時には死にたくなる時だってある。だけどそれは真面目に自分の人生に向き合っている証だ。自分にとって大切なモノを守る為に、幸せになることを信じて、みんな歯食いしばって生きてるんだよ。一生懸命生きてる人たちを馬鹿にするな!」


彼の瞳には怒りではなく、祈りに近い想いが宿っていた。


ノストラは、優しくふっと微笑んだ。


ラベスタも、無表情ながらもその言葉を心に刻んだ様子だった。


「はぁ〜。」


エラルドは長いため息をつき、やがて背を向けた。


「おい、どこ行くんじゃい?ええ?」


「帰るんだよ。なんかシラけたわ。これ以上てめえらみてえな情けねえ馬鹿どもと会話してたら、俺の運気が下がっちまうぜ。」


エラルドは面倒くさそうにその場を立ち去ろうとした。


「おい!この状況で逃げんのか?」


エンディが問う。


「逃げるだとぉ?てめえ状況分かってんのか?俺が帰ればてめえら全員、少なくとも今日のとこは命拾いするだろ?弱っちいくせしやがってよお、でけえ口叩くなよ?」


苛立ちを隠そうともしないエラルドが、肩越しに吐き捨てるように言った。


「死に損ないの老人殺して、昔より弱くなったてめえぶっ飛ばしても寝覚めが悪くなるだけだ。だからよ…来いよ、ユドラ帝国に。てか、ラーミアって女を助けてえなら出来るだけ早く来た方がいいぜ?てめえとの決着はその時につけるわ。俺はいつでも誰でもウェルカムだからよ。」


そう言い残して、エラルドは闇に姿を消した。


エンディたちは追おうとしなかった。


もはや体も、心も、重すぎる現実に打ちのめされ、立つことさえできなかった。


だが確かに、彼らの瞳の奥には――揺るぎない決意が宿り始めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ