裁きの牙 修羅の子現る
エンディとラベスタが山籠りの修行に入ってから、一週間が過ぎた。
時刻は、すでに午後七時を回っていた。
ナカタム王国では、近衛騎士団と保安隊が、ロゼとエンディの行方を探し、血眼になって動いていた。
国境の内と外、徹底した捜索と取り締まりが敷かれ、街路の隅々まで捜索隊が目を光らせている。
そんな中――バレラルクの郊外、霧がかった山の稜線をなぞるように、サイゾーとクマシスの二人は捜索を続けていた。
「これだけ探しても見つからないとなると、2人とももう国外にいるんじゃないですか?」
クマシスが気怠そうに呟いた。
「その可能性はあるな…。しかしバレンティノさん相手に逃げ切るとは…エンディの奴、なかなかやるな。」
サイゾーは思わず感心していた。
「バレンティノの野郎、てめえが逃したならてめえで捜せよな。何で俺たちがその尻拭いしなきゃならねえんだよ。ふざけんなよマヌケがよ」
言い終わるや否や、クマシスははっと我に返る。
「クマシス、頼むから本人の前で絶対にそういうこと言わないでくれよな?」
サイゾーは周囲を見渡しながら、冷や汗まじりに言った。クマシスもすぐに小さく頭を下げた。
「おっと失礼。つい心の声が…それにしても、ノヴァとラベスタまで行方不明とは…兵長と副兵長に任命されたばかりだというのに、一体何を考えているんですかね?」
クマシスは呆れ気味に吐き捨てた。
「ナカタム兵団なあ…新設されて早々、トップ2人が姿を消すとは、大問題だなあ」
「エンディも早く見つけなきゃまずいですね。彼がユドラ人と分かった以上、このまま野放しにはできませんからね」
「……クマシス、確かにエンディの捕縛も重要だが、最優先すべきはロゼ王子の確保だ。一国の王子が行方不明というのは国の根幹を揺るがす事態だ。それに……ロゼ王子は、レガーロ国王殺害事件の重要参考人でもあるからな…」
声を潜めながら、サイゾーは深刻な表情を浮かべた。
クマシスは真剣な面持ちでサイゾーを見つめ、そして毅然と言った。
「俺は、ロゼ王子を信じてますから」
「……クマシス、それは本心で言っていると信じるぞ」
「本心に決まってんだろ。俺はお前みたいな猫被り野郎とは違うんだよ」
「……クマシス、貴様斬り捨てたろか?」
サイゾーのこめかみがピクリと動いた。
互いに口を慎む気配はないが、それでも二人は息の合ったように捜索へと集中し直した。
くだらない言い争いの裏で、信頼だけは不思議と揺らいでいなかった。
•
一方その頃、ノストラとラベスタは今日の稽古を終え、川辺で焚き火を囲んでいた。
火の中では、彼らが釣り上げた川魚がパチパチと音を立てて焼けていた。火種には落ち葉や枯れ枝を使い、すべて自給自足の山暮らし。
ラベスタは岩に腰掛け、焼けた魚にかぶりつきながら肩を落とした。
「ああ…きついな」
日々の稽古に、すでに体は悲鳴を上げている。
「ガッハッハー、なんじゃい、もう音を上げるんかい、ええ? しかしラベスタよ、お前なかなか筋がええぞ!」
ノストラは嬉しそうだった。
久方ぶりに誰かと心から向き合い、語らい、手合わせし、鍛える日々。
それが年老いた心に新たな火を灯していた。
「それは嬉しいね。今日は早く寝て、明日もまた頑張るよ」
「おう、その意気じゃ! それにしてもラベスタよ、ノヴァって子はそんなに大事な友達なんか?」
「うん、かけがえのない友達だよ」
即答だった。迷いは微塵もない。
「ええのう。友達を大事に思うのはええ事じゃ。エンディとカインもなあ、昔は良い仲間じゃと思っとったがのう……」
ノストラの声に、一抹の哀切が混じった。
「あの二人、昔は仲良かったの?」
ラベスタは珍しく興味ありげに尋ねた。
「まあ、そうじゃなあ……少々、歪な関係じゃったがのう……」
ノストラは遠くの闇を見つめ、言葉を探していた。
「歪な関係?ねえ、それってどう言う意味?」
ラベスタが問い返したその時――
ノストラの瞳に、光が宿った。
「ところでラベスタよ、お前少し気を抜きすぎじゃぞ?ええ?まだ気がつかんのか?」
「え? 何が?……!!」
ラベスタは遅れて気づいた。
木陰に潜む、得体の知れない気配。
それも、並の者ではない。
空気に漂う殺気が、肌を刺すようだった。
「おーい、隠れてないで出てこんかい。ええ?」
ノストラが声をかけたその瞬間――
カツン……カツン……靴音が、暗闇の奥から地面を叩いた。
そして、紫色の髪をした彫りの深い少年が、薄暗い森影からゆっくりと姿を現した。
「これはこれは、さすがノストラ先輩! 気配は消していたつもりだったんだけどな。やっぱ元・聖衛使徒隊の長は次元が違えぜ!」
少年の笑みは、狂気と快楽の混じったものだった。
「いくら気配を消してもなあ、そんなに危ない殺気を放っておれば誰でも気がつくぞ?」
ノストラは軽く肩を竦めて言った。
「おいおい、殺気とは人聞きが悪いぜ? 俺は大先輩にラブコールを送ってただけだぜ?」
「気色悪い奴っちゃのう。おい、おうち帰って歯磨いて早よ寝い。ええな?」
ノストラはシッシッと手を払った。
「おいおいおい、そんな邪険に扱うなよ!悲しいじゃねえかよ!」
「なんの用?」
ラベスタが立ち上がり、剣を構えた。
「てめえに用はねえよ。小物はすっこんでろや」
少年はニタリと笑い、挑発的に言い放った。
ラベスタは無表情のまま、しかし内心では憤っていた。
「おう小僧、おどれ何者じゃい? ええ?」
ノストラの問いに、少年は待ってましたとばかりに胸を張った。
「俺か? 俺はユドラ帝国上級戦士!聖衛使徒隊の一人、エラルド様だ!」
「え? 聖衛使徒隊……?」
ラベスタの体がわずかに強張った。
「何じゃい小僧、使徒隊の者かい? 何しにきたか言うてみい。ええ?」
「そんなもん決まってんだろ? 裏切り者のあんたに、神の裁きを下しにきたんだよ!」
エラルドの舌が、猛獣のように牙を剥いた。
「神の裁きじゃと? 思い上がるのも大概にせいよ。それにしてもおどれのような小僧がメンバーに入れるとのう、使徒隊も地に堕ちたもんじゃのう」
ノストラは静かに、しかし確実に挑発した。
「思い上がってんのはあんただろ? いくら元使徒隊の長といえどよぉ、全盛期はとっくの昔に過ぎてんだろ? 今となっちゃただの老兵、俺の敵じゃねえぜ!」
ノストラの素性に驚いたラベスタは、息を呑んだ。
「だーれが老兵じゃい!?ふざけたこと抜かしとったら承知せんぞ!」
「ハハッ、本当のことだろ? ついでにエンディの野郎もぶちのめしてやりてえなあ。おい、あの野郎はどこにいるんだ?」
「エンディはお前なんぞ相手にせんぞ」
「老兵ごときがよ、さっきから癪に障る言い方ばっかしやがって。あんま馬鹿にすんなよ?」
「ガッハッハー!ええか小僧!若いうちはのう、馬鹿なくらいがちょうど良いんじゃよ。でもなあ、アホンダラにはなっちゃいけねえぜえ?」
言葉の応酬は鋭く、静かに火花を散らし始めた。
ラベスタは、ただその場で立ち尽くしていた。
剣を構えていながら、自分が脇役に追いやられているようで、どこか腑に落ちない――それが、正直な気持ちだった。




