巨悪討つ風刃
「稽古って…?」
エンディは首を傾けた。疑念と焦りがその眉に滲む。
「エンディ、お前はまず風の力をコントロール出来る様にならなくてはな。そして、ラベスタと言ったな?お前は見たところ剣士のようじゃからな、ワシが剣術を教えてやる。」
老人は2人を交互に見つめながら、淡々と告げた。
だがその眼差しには、静かな熱が灯っている。
「1ヶ月って…そんな時間ないよ!その間にラーミアが…。」
エンディの声には焦燥が混じっていた。
だが、老人はそれを一蹴した。
「今からユドラ帝国に乗り込んだところで、お前達では何も出来ん!ただ捻り潰されるだけじゃ。その前に1ヶ月間、みっちり修行をする必要がある。」
その言葉に、エンディの表情は陰った。
「1ヶ月修行すればユドラ人と同等に渡り合えるようになれるの?」
ラベスタが真剣な眼差しで問いかける。
「…まあ、そうじゃな。ラベスタよ、少なくともノヴァって子を救うのに充分な力をつけられるのは確かじゃぞ。」
老人の言葉は曖昧だった。
ラベスタの鋭い感性は、即座にその含みを察知する。
「1ヶ月稽古しても厳しいんだね。ユドラ人って、そんなに強いんだ。」
「――ああ。イヴァンカの下には聖衛使徒隊と呼ばれる10人の戦士がおる。奴らは相当手強いぞ…特に筆頭隊と呼ばれる5人はな…。」
ノストラの声音は深く、暗い。
長い歳月を越えてきた者だけが持つ静謐な絶望が滲んでいた。
エンディの喉がごくりと鳴った。
「そいつらを束ねているイヴァンカは、もっと強いのか…?」
「イヴァンカ…奴の力は強いなんて一言では言い表せるものではない…神の領域すら遥かに超越しておる…。ナカタムの3将帥が束になっても、手も足も出ないじゃろうな…。」
沈黙が落ちた。あまりの現実に、空気が張り詰める。
「おいおいちょっと待てよ…今から1ヶ月間修行して…俺たち3人だけで乗り込んで大丈夫なのか!?」
エンディの声には不安が滲む。
「エンディ…ワシはな、お前ならイヴァンカを討てると確信しておるんじゃ。」
老人の目が燃えていた。
老いた体の奥に、若き者を信じる烈火が灯っていた。
「…え?」
「エンディ、まずは昔の勘を取り戻せ。昔のように風の力を自在に操り、そして更に極めろ。そうすればきっと、イヴァンカにだって勝てるはずじゃ。」
「昔の勘って?どう言う意味だ?俺は昔、風の力を使いこなしていたのか?」
「――ああ。」
老人は短く頷いた。
「エンディって、実はすごく強いの?」
「エンディとカイン…お前たち2人は当時、ユドラ人最高傑作と評されるほどの実力者だったんじゃぞ。」
衝撃だった。
エンディは自分の中に眠る力の大きさに、思わず目を見開いた。
ラベスタの目にも、一瞬だけ感情が揺らいだような光が浮かんだ。
「じいちゃん…俺やるよ。やってやる!」
エンディは拳を握り、まっすぐに老人を見た。
「俺もエンディに負けないように強くなるよ。おじいちゃん、指導よろしくね。」
「ガッハッハッ!ワシは厳しいぞ〜?しっかりついてくるんじゃぞ?」
「はい!」
エンディは元気に応じた。
ラベスタは無表情なまま立っていたが、瞳の奥に闘志を宿していた。
「お前らのう、さっきから気になっていたんじゃが…ワシの事じいちゃんとかおじいちゃんとか呼ぶのやめてくれんかの?ワシの名前はノストラじゃ。」
「ノストラさんね、分かった!」
「これからよろしくね、ノストラさん。」
ノストラは、くすぐったそうに笑った。
「よし、それでは早速始めるぞい!ここにいたら追手が来てしまう。場所を変えるぞ、ついてこい。」
◆
薄暗い森を抜け、彼らが辿り着いたのは、黒くぽっかりと口を開けた洞窟の前だった。
「ノストラさん、まさかこの洞窟の中で修行するの?真っ暗で何も見えないよ。」
エンディが真っ暗の穴ぐらを覗き込んだ次の瞬間、背後に鋭い殺気が走った。
ノストラの表情が、冷たい鋼に変わっていた。
次の瞬間、ノストラは剣を抜き、無言でエンディに斬りかかった。
「え?え?ちょっとノストラさん…?何すんだよいきなり!?」
とっさに飛び退いたエンディに、さらに追撃の剣が閃く。
「なになに?とち狂っちゃった?」
ラベスタが慌てて剣を抜いたが、ノストラの殺気に金縛りのように動けなくなった。
刹那、ノストラの剣がエンディの喉元へと迫る。
死を確信した瞬間、エンディの全身から突風が爆発的に放たれた。
風は荒れ狂い、森を揺らし、草木を切り裂いた。
「これがエンディの風の力か…。」
ラベスタはその場に立ち尽くし、右手で顔を覆う。
ノストラは、満足げに一歩退いた。
そして、風が次第に鋭利な鎌となって舞い踊る。
一瞬で地形が変わった。
木々は薙ぎ倒され、洞窟の入り口はえぐれ、岩が砕け散った。
ノストラはすべてのカマイタチを正確に捌いた。
ラベスタも気合いと根性で防いだが、息が荒くなっている。
風が止み、エンディはその場に膝をついた。
「やはりな…戦い方を忘れたとはいえ、命の危険を感じると無意識に防衛本能が働いくようじゃな。」
「エンディ、今の何?びっくりしたよ。」
ラベスタの目は驚愕に揺れていた。
「立て、エンディ。」
ノストラの声が厳しく響く。
「何となく、感覚は取り戻せたかの?」
「いや、全然…何が何だか…。」
「そうか。じゃがな、まずは風の力をコントロールできなくては話にならん。今のように力が暴発して、制御できなくなったら周囲の人間に危害が及ぶからの。エンディ、洞窟の中に入れ。そんでもって、力をコントロール出来るようになるまで出てくるな。ええな?」
「そんなこと言われても、どうすれば…。」
エンディの肩が落ちた。
「音もなく、光も差し込まない洞窟の中で自分自身と向き合い続けるんじゃい。今までどのような状況に陥った時に風の力が発動したのか、よく考えるんじゃ。昔はあれだけ自在に操れていたんだから大丈夫じゃ、お前なら出来る。なんたってお前は天才じゃからな?ワシはそう信じておる!」
「分かった、俺やってみるよ!」
エンディは洞窟へと足早に消えていった。
「ガッハッハー、相変わらず単純な奴じゃのうしかし!」
ノストラは嬉しそうに笑った。
「なかなか無理難題な事を言うんだね。ところでノストラさん、俺は何を?」
「そんなの決まっておる。お前はワシと同じ剣士じゃろ?とりあえずお前の腕前を見てみたいからの、ひたすらワシに打ち込んでこい。当然、ワシも反撃するからの。ついでにワシの剣技も適当に盗め。」
「…分かった。」
ラベスタの表情は相変わらず無表情だったが、足元の砂が静かに舞っていた。
――決戦前の静けさは、こうして破られた。




