雷の子、忌まれし生誕
28年前。
レムソフィア家に一人の男児が生まれた。
その子は、産声すら上げぬままこの世に現れ、「イヴァンカ」と名付けられた。
出産の直後、母ミネルバは謎の感電死を遂げる。
息子に命を奪われるかたちでこの世を去ったミネルバと、無音のまま生を受けたイヴァンカ。
その忌まわしい出生は、一族の中で異端視され、冷たい眼差しに晒され続けた。
当時、ユドラ帝国の頂点に君臨していたレムソフィア家の当主・レイティスは、自らの子ら──三人の息子と二人の娘──に、帝王学を始めに過酷な英才教育を施していた。
だが、末子のイヴァンカだけは例外だった。
レイティスは彼に愛情を注ぐことも、教育を授けることもなく、育児の一切を部下に任せきりにしていた。
それも、常時、独房のような殺風景な部屋に閉じ込めたまま。
時が流れ、イヴァンカが六歳になった年。
ユドラ帝国の憲兵隊から選抜された精鋭十一名が、何者かに惨殺される事件が発生した。
遺体の状況は凄惨を極め、死因は全員「感電死」。
謀反の気配に危機感を抱いたレイティスは、犯人の確保を命じ徹底的な捜査を開始させたが、結局、犯人は見つからなかった。
焦燥に駆られた父の姿を見て、イヴァンカは生まれて初めて笑ったという。
「お父様、部下が死んでしまって悲しいの?」
その無邪気な問いに、レイティスは身の毛もよだつような戦慄を覚えた。
以後、イヴァンカは「ユドラ帝国の危険因子」として、厳重に幽閉されることとなった。
監獄には、脱出が不可能なほど強力な封印術が施されていた。
その封印を施したのは、ユリウス家──魔法使いの一族だ。
魔術に長けたその一族もまたユドラ帝国の名門であり、ウルメイト家・メルローズ家と並ぶ一族であった。
だが、そのユリウス家すら、最終的には一人の少女を除き、イヴァンカの手で粛清された。
そして18年の幽閉を経て、イヴァンカを外に解き放った者がいた。
それが、当時12歳だったカインである。
解き放たれたイヴァンカは、その手で実の父を、兄を、姉を含めたレムソフィアの血を引く全ての者を葬り去った。
その後、5世紀もの間、自身の血族に忠義を尽くしてきた3つの一族まで滅ぼしたのだ。
ここまでの話を老人から聞き、エンディは愕然とし、言葉を失っていた。
ラベスタもその横で、衝撃に呑まれていた。
「イヴァンカを解放した後、カインはすぐ国外逃亡を図り、行方をくらませた……。イヴァンカに心酔しておったアベルは、その忠誠心を買われて殺されずに済んだ。そして……ワシはイヴァンカに殺されかけたお前を連れて、ナカタム王国に逃げたのじゃ……」
老人の声は、悲しみに濁っていた。
何も言えずにいたエンディへ、老人は静かに語りかけるように続けた。
「その後ワシは……王都バレラルクに移り住み、片隅で身を潜めながら、人目を忍んでひっそりと生きておった。そんなある日、ロゼ王子と共にいるお前とカインを見たとき、我が目を疑ったわい……。恐ろしくなって、すぐにその場を立ち去ったがのう…」
それは、エンディとカインがロゼのプライベートジェットで初めてバレラルクへ降り立った日のこと。
老人の記憶が、あの日へと遡っていく。
「おじいちゃん、どうしてカインはイヴァンカを解放したの?どうしてエンディとカインの一族は皆殺しにされたの?」
ラベスタの問いに、老人が何かを言いかけたとき──
「ちょっと待った!」
エンディの叫びがその言葉を遮った。
その声に驚き、老人とラベスタはエンディの顔をじっと見つめた。
「それ以上は……聞きたくない。自分で思い出す。」
エンディの瞳は、怯えと決意がせめぎあっていた。
「そうじゃな、それがいいな」
「うん。エンディがそう言うなら、それで良いと思う。」
老人とラベスタは、エンディの意思を尊重するように頷いた。
「じいちゃん、俺をユドラ帝国に連れて行ってよ。ゆっくり思い出していくからさ。ちゃんと自分の過去と向き合っていくよ。そしてラーミアを助けて、カインも連れ戻す!」
「俺も行くよ。ノヴァを助けなくちゃ。」
二人の瞳には、確固たる決意の炎が宿っていた。
その眼差しは、まるで運命に抗おうとする勇者のようだった。
「ガッハッハ!そう来るじゃろうと思ったわい。いいだろう……じゃが、今はまだ時期尚早じゃ」
老人は豪快に笑いながら、少し強めの口調で答えた。
その笑いに、エンディとラベスタは一瞬面食らいながらも、意外な一面に思わず笑ってしまいそうになった。
「時期尚早って……なんで?今すぐ行きたいんだけど!こうしてる間にも……」
焦るエンディを、老人は手のひらで静かに制した。
「落ち着け。今のまま、お前たちだけでユドラ帝国へ乗り込むのは無謀すぎる。あやつらの力は常軌を逸しておる…あまりに強大じゃからのう。だから…今日から一ヶ月間!ワシがお前たちに稽古をつけてやる!」
その宣言に、エンディとラベスタは驚愕した。
「け、稽古お!? 一ヶ月!?」
ぽかんと口を開けた二人の顔が、緊張から一転して笑いを誘うほど間抜けに見えた。




