懐かしさの正体
「よし、決めた。」
狭い部屋でエンディはそう呟き、静かに立ち上がった。
その瞬間、コンコン、と控えめなノック音が響く。
部屋のドアが、外から誰かに二度叩かれたのだ。
「……?」
エンディは眉をひそめ、玄関へと駆け寄りドアを開ける。すると、そこに立っていたのは――ラベスタだった。
「あれ、ラベスタじゃん。どうした?」
「エンディ、突然ごめんね。ちょっと今後のことについて、エンディと色々と話し合いたいなと思って。」
ラベスタは普段通りの仏頂面のまま、妙にかしこまった調子でそう告げた。
「今後の事? 悪いけどラベスタ、俺急いでるからさ、そんな時間ないんだ。」
エンディは彼を突き放すような口調で続けた。
「俺はこれから…ユドラ人をぶっ飛ばしに行くんだ!」
「…は?」
自信満々に胸を張り、瞳をキラキラと輝かせて言い放つエンディに、ラベスタは思わず口を開けて呆然とする。
「あれから色々考えてみたんだ。これからどうするべきか…。奴らがまたいつ攻め込んでくるか…。だけどちっともいい考えが思いつかなかった…。だから決めたんだ、こっちから出向いてやる!!」
「エンディ、ちょっと待って。落ち着いてよ。」
――なんて安直な発想なんだ、とラベスタは心底呆れた様子だった。
「いいや待たねえ。落ち着けるわけねえだろ! 俺は行くぞ、邪魔するな!」
エンディは怒気まじりに叫び、足早に部屋を出ようとする。しかし――。
「いいから待ちなって。」
ラベスタが苛立った様子でエンディの腕を掴んだ。
「離せよラベスタ! こうしている間にも、ラーミアが酷い目に遭ってるかもしれない! カインのことも放っておけねえし…ロゼ王子だってあいつらに捕まってるのかもしれない!のんびり待ってられるかよ!」
焦燥感が、エンディの声を震わせていた。
「行くってどこに? ユドラ人たちがどこにいるのか知ってるの?」
「……あっ。」
ラベスタの一言に、エンディは完全に虚を突かれた顔をした。間の抜けた沈黙。
ラベスタは重いため息をついた。
「エンディ、少し外を歩こうか。」
「……うん。」
誘いに頷き、エンディは部屋を後にした。
少しだけ、頭が冷えていた。
城下町を並んで歩く二人。
ナカタム王国の王京都の喧騒は、昨日までの喪に包まれた空気が嘘だったかのように、日常の顔を取り戻しているように見えた。
だが――。
表情をよく観察してみると、街の人々は皆、どこか影を落とした顔をしていた。
不安を抱え、何かに怯えている。
そんな目つきだった。
「気持ちはわかるけど、焦っても何も始まらないよ。こういうピンチの時こそ冷静でいなくちゃね。」
「うん、そうだね…ラベスタはすごいな。」
ナカタム兵団の副兵長としての責務を背負いながらも、冷静さを崩さぬラベスタに、エンディは心からの敬意を抱いていた。
「なんてね…偉そうなことを言ってるけど、実は俺も内心穏やかじゃないんだ。実は昨日から、ノヴァも行方不明なんだ。」
ラベスタはふと視線を伏せ、不安を吐露した。
「え? ノヴァが?」
エンディは驚愕した表情で立ち止まる。
「うん、もしかしたらユドラ人達に攫われちゃったのかも。それにしてもアルファ…じゃなくてアベルに撃たれた傷口が痛むなあ。まさかあんな奴が噂のユドラ人だったなんて夢にも思わなかったよ。」
肩口を軽く押さえるラベスタの表情には、痛みと悔しさがにじんでいた。
「カインもユドラ人…そして俺も…。」
エンディの声は、自嘲のように小さく掠れていた。
「俺もそのユドラ人だったんだ。だけど何も思い出せない…。レガーロ国王が殺されたのも、ラーミアが拐われたのも、ロゼ王子とノヴァが失踪したのも、もしかしたら全部俺のせいかもしれない…。」
重たい言葉が、ゆっくりと口から零れ落ちた。
「エンディ、考えすぎるのはよくないよ。でも、確かに今回の件に、エンディが何か関係している可能性は大きいと思う。それにエンディは、カインと何か大きな確執があるような気がするんだ。」
ラベスタの言葉は鋭くも温かい。
核心を突きながら、突き放さない優しさがあった。
「ああ、そうだよな。俺もそう思うんだ。あいつ、俺に言ったんだ。ユドラ人の地へ来いって。」
「そうなんだ、じゃあ行くしかないね。俺もノヴァのことが心配だし。でも、肝心のユドラ人の根城がどこにあるのか分からないからどうしようもないね。」
「だよな…。ラベスタ、俺はみんなを守りたいんだ。ラーミアもロゼ王子も、カインとアベルもノヴァも、みんなを救い出したい。」
「いやアベルはいいよ、あいつ俺のこと撃ってきたし。」
ラベスタはプイッとそっぽを向いた。根に持っているらしい。
エンディは苦笑した。
2人は、それでも前を向こうとしていた。
そのときだった。
「フフフ…そこのお二人さん、こんにちは。」
突如、背後から声がかけられた。
振り返ると、そこにはバレンティノが立っていた。
不意に現れ、背後から無言で覗き込んでいたその姿は、まるで虫のように不気味だった。
「バレンティノさん!? びっくりしたあ…。」
「フフフ…そんなお化けでも見たような顔しないでよ、悲しいなあ。」
「なんの用?」
ラベスタが軽く睨むようにして言った。
敬語など一切なしだが、バレンティノは気にも留めていない様子だった。
「フフフ…君たちが白昼堂々と物騒な会話をしていたんでね、苦言を呈しにきたんだよ。勝手な行動は許さないよ?」
バレンティノの眼差しは冷たく、鋭い。
エンディとラベスタは、一瞬にして緊張感に包まれた。
「フフフ…ラベスタ、君は副兵長でしょ? 兵長のノヴァが居ない今、君まで国を離れてどうするの。あとエンディ、君がユドラ人と分かった以上、君には色々と聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたいことって…バレンティノさんも知ってると思うけど、俺は記憶喪失なんです。何も話せることはありません。俺だって出来ることなら、早く記憶を取り戻して真実を知りたいですよ。」
「フフフ…記憶喪失ねえ…本当にそうなの?」
「…何が言いたいんですか?」
「フフフ…ごめんごめん、冗談だよ。でもね、よく考えてみてほしい。ここまでユドラ人共に好き放題やられているのに、ユドラ人である君をこれ以上野放しにしておく訳にはいかないんだ。もう”記憶を思い出せない”では済まされない所まできてるんだよ、分かるかな? 思い出せないなら無理矢理にでも思い出させてみせるよ。」
その目は冗談の色を微塵も帯びていなかった。
エンディの背筋に冷たいものが走る。
「暴論だね。」
ラベスタが低い声で言った。
「フフフ…なんとでも言えばいいよ。とにかくエンディ、一緒に来てもらうよ。」
エンディは頭が真っ白になった。
「エンディ、行かなくていいよ。こんなの相手にしないで。」
ラベスタの言葉も、今は耳に入ってこなかった。
そして。
突如、黒いフードを被った謎の男が、ぬっと現れた。
男は何も言わず、ただ3人の前に立ちはだかった。
「フフフ…君は誰だい?」
バレンティノが問いかけるも、男は反応を見せない。
ラベスタは目を丸くし、ただ見つめる。
エンディは、その男が放つ空気に、なぜか懐かしさを感じていた。
理由は分からない。
だが、確かに心のどこかが、過去を呼び起こそうとしていた――。




