罪の記憶
カインは、重い影を引きずるように玉座の間を数歩進み、アベルの隣で静かに立ち止まった。
エンディは、飲み込んだ息すら喉に詰まるような緊張の中で、その姿を見つめていた。
玉座の間に漂う空気が変わる。
冷たく、張り詰め、皮膚の下をなぞるような静電気が立ち込めていく。
「カイン…お前何してんだよ?」
エンディの声は驚きに震えていた。
カインは応えなかった。
ただ黙して、アベルの隣に佇んでいる。
「フフフ…さっき兄さんと言ったね?君たちは兄弟なのかな?」
バレンティノが落ち着いた声で尋ねた。
戦士の眼差しで敵を測るように、だが決して感情を表に出さずに。
「そっ、僕たちは双子の兄弟だよ!あんまり似てないけどね!」
アベルが無邪気に微笑んだが、その笑みに人の温度は宿っていなかった。
「まさかとは思うが…おめえらユドラ人か?」
ポナパルトの鋭い問いは、空気にさらに重みを与えた。
直感が告げている――これは戦の匂いだと。
「ユドラ人って…アズバールが言ってた?」
エンディが思わず呟いた。
隣のラーミアも、顔をこわばらせている。
「ご名答。」
カインの声がついに空間を切り裂いた。
冷ややかで、乾いていて、刃のようだった。
「メルローズ…それが僕たちの姓だよ。」
アベルの言葉に、ポナパルトの眉間が険しく歪む。
エスタ、ジェシカ、モエーネは戸惑いを隠せず、その場に凍りついていた。
「フフフ…まさかねえ…メルローズ家といえば、ユドラ人の中でもかなり上流階級の名家だよね?」
バレンティノの声には、静かな戦慄が滲んでいた。
「信じるか信じないかはお前らの自由だが、これは紛れもない事実だぜ?今日俺たちは、いずれ死にゆくお前たちに、宣戦布告をしに来たんだ。」
カインの言葉が、玉座の間に氷の楔を打ち込んだ。
エンディはその言葉に背筋を凍らせた。
息を飲む、という言葉が比喩ではなく現実になる瞬間だった。
「ちょ、ちょっと待てよ!みんなさっきから何の話をしてんだ!?カイン!お前もさっきから何訳分かんねえ事ばっか言ってんだよ!?」
混乱に揺さぶられるエンディの叫びは、必死の理性の足掻きだった。
「訳分かんねえ事って、君の出自だって僕たちに負けず劣らずの名家の筈なんだけどな。ほんと、記憶喪失の人ってめんどくさいよね…兄さん?」
アベルが皮肉を込めて笑ったが、カインは何も言わなかった。
その無言が返って、意味深に重くのしかかる。
モスキーノがアベルの言葉に目を細め、何かを探るような表情を見せた。
「おい、どういう意味だ??」
エンディが詰め寄ろうとすると、ラーミアがそっとその腕を掴んだ。
「エンディ、落ち着いて?」
優しく、だが確かな声に、エンディの混乱はわずかに沈静化した。
「エンディ、よく思い出してみろよ。ガキの頃教わったはずだぜ?俺の一族もお前の一族も、太古の昔からレムソフィア家に忠誠を誓い、殺戮の限りを尽くしてきたじゃねえかよ。」
カインの声には、異常なまでの静けさがあった。
その静けさが逆に恐ろしかった。
その瞬間――エンディの脳裏に、何かが閃光のように走る。
男の声。少女の悲鳴。
「エンディ、永遠なんて物は無いんだよ。」
「人殺しいーーっ!!」
映像はぼやけ、声だけが鮮明に残る。
それは記憶か、幻か。
だが脳髄をえぐるような激痛が、エンディを襲った。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
頭を抱え、崩れ落ちるエンディ。
ジェシカとモエーネが驚愕の表情を浮かべ、バレンティノとエスタは動かず、茫然としていた。
「おいエンディ!何があった!?落ち着けよ!」
ポナパルトの怒鳴り声が響く。
すると、ラーミアが一目散にエンディに駆け寄り、しゃがみ込んでエンディを抱きしめた。
その腕は強く、あたたかく、包み込むようだった。
「エンディ、落ち着いて。大丈夫だから。」
その声は、戦場に咲いた一輪の花のように、確かな安らぎを与えた。
「大丈夫。私が守ってあげるから。」
その囁きに、エンディの心が少しずつ凪いでいく。
「ラーミア…ごめん急に…。」
「ヒュ〜熱いね、お二人さん?」
アベルの軽口が空気をかすかに歪ませた。
「で?何か思い出したか?」
カインの鋭い視線に、エンディはギクリと震える。
「無理に思い出そうとしなくてもいいからね?」
ラーミアの言葉が盾となり、再びエンディを守った。
「はいはーい!茶番はここまで!」
モスキーノが手を打ち鳴らすと、その笑顔は一瞬にして狂気に変わった。
「おいユドラ人、国王様を殺ったのはてめえらか?ロゼ王子はどこにいる?死ぬ前に答えろや。」
殺意が音を立てて充満する。
その視線に、玉座の間の空気すら震えていた。
「あいつの顔を直視しない方がいい。殺気で気絶しちまうぜ?」
エスタの言葉に、ジェシカとモエーネが震える。
「おいモスキーノ!出しゃばってんじゃねえよ!このクソガキ共は俺が泣かしてやる!」
「フフフ…ユドラ人だか名家だかなんだか知らないけど、上等だね。喧嘩売ってるなら買うよ?なんなら神々の聖地とやらを制圧してやろうか?」
ポナパルトとバレンティノが前に出る。
「なんか凄いことになってきたな…」
エンディは空気の張り詰めた中で、思わずそう呟いてしまった。
だがカインは、なおも微動だにしなかった。
「怖いなあ。さすがの僕たちでも3将帥相手はちょっときついよね〜、兄さん?」
アベルの飄々とした態度に、ポナパルトの怒りが限界に近づいていく。
だがその時――
玉座の間の大窓が、まるで内側から破裂するかのように砕け散った。
「え!?なんだよこれ!?」
エンディが叫んだ。
無数の白い刃――否、羽が、弾丸のように室内へと襲いかかる。
バレンティノが急かさず一閃。
風の如く振るわれた剣が、空間を裂き、無数の羽の刃を無力化した。
羽の刃は音を立てて床に散った。
窓の外には、空を切り裂くように飛ぶ、巨大な純白の、神秘的な雰囲気を漂わせた鳥が、両翼を羽ばたかせながら停滞し、玉座の間をジーッと見ていた。
その姿を見て、エンディは言葉を失った。
「おいおい、まじかよ…。」
「フフフ…これは流石にちょっと…驚いたねえ。」
ポナパルトとバレンティノが動揺を隠せない。
モスキーノは、完全に体を硬直させ、唇を震わせながらその鳥を凝視していた。
「マルジェラ君…?」
呟いたその声は、小さく、しかし異様なほどに重かった。




