優しき遺言と冷たき足跡
エンディたちは、一心不乱に王宮へと駆けた。
脳裏に響いていたのは、ただひとつ。
レガーロ国王の死。
それが真実ならば、ナカタム王国は前代未聞の大混乱に見舞われる。
もし誰かに殺害されたのだとすれば――それは、未曾有の反逆だった。
エンディ、ラーミア、そして三将帥の五人は、真実を確かめるべく走り続けた。
ラベスタは途中で兵士に保護され、療養所へと運ばれていた。
ラーミアの治癒魔法で傷口は塞がったが、出血量が多く、意識が朦朧としていたため安静が必要と判断されたのだ。
王宮に着いた彼らを迎えたのは、不気味な静寂だった。
かつて威厳と活気に満ちていたその空間には、今や息を呑むほどの沈黙が支配していた。
玉座の間の扉を開けた瞬間――その場の空気は凍った。
レガーロ国王が、血まみれで床に倒れていたのだ。
上半身には、深々と刻まれた斬撃の跡。
その傷口からは血が滝のように流れ出し、床に赤黒く広がっていた。
体内の血の三分の二以上が失われていると見て取れた。
その光景を、エスタは呆然と見下ろしていた。
彼の目は虚ろで、唇は震えていた。
精神は限界に近かった。
「何が…一体何があったんだ…?」
エンディが声を絞り出す。
その声は、壊れかけた子供のようにか細く、震えていた。
その時、ラーミアが小さく息をのんだ。
レガーロの右手――その人差し指の第一関節が、かすかに動いたのだ。
一瞬のうちに、ラーミアは彼のもとへ駆け寄り、両手を傷口の上にかざす。
その手から光が放たれ、レガーロの傷を包み込んだ。
「治るの!?ねえ!国王様助かるの!?」
モエーネが叫ぶように問いかける。
だが、ラーミアの顔には深い悲しみが滲んでいた。
必死に涙をこらえながらも、彼女は悟っていた。
レガーロの命は、風前の灯火だった。
どれだけ光を注いでも、もはや消えゆく命を引き止めることはできない。
「エン…ディ。そこに…いる…のか…?」
その声は、枯れかけた葉が地に落ちるように小さく、震えていた。
「レガーロ国王!俺…ここにいます!」
エンディが国王の側に膝をつく。
レガーロは、今まで一度も見せたことのないような穏やかな目でエンディを見つめた。
「ロゼを…頼んだ。ラーミアを…しっかり…守ってやるんだぞ…。」
そして――その言葉を最後に、レガーロは静かに目を閉じた。
「そんな…どうして…?」
ラーミアは光を止め、両手で涙を押さえた。
だが、それでも涙は零れ落ち続けた。
「レガーロ国王!しっかりしてください!レガーロ国王ーー!!」
エンディの叫びは、空虚に響く。
モエーネは、断末魔のような声をあげて崩れ落ちた。
ジェシカは下を向き、静かに涙をこぼした。
「国王様…!」
ポナパルトでさえ、唇を噛みしめていた。
モスキーノとバレンティノは、ただ静かにその死を受け入れていたように見えた。
ウィルアート・レガーロ。
ナカタム王国第83代国王。
彼は、ここに息を引き取った。
「うるせえよモエーネ!!」
突然、エスタの怒声が響いた。
その場の空気が一変する。
モエーネはびくりと肩を震わせ、泣き声を止めた。
「エスタ!そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
ジェシカが怒鳴り返す。
「うるせえっ!ごちゃごちゃ言うな!!大体、ロゼはどこにいるんだ!?あの野郎、こんな時にどこほっつき歩いてやがる!」
エスタの叫びは、もはや理性を失っていた。
「それが…報告に来た騎士団員の話によると、国王様は直前までロゼ王子と玉座の間に2人きりでいたそうで…。」
ラーミアが言った瞬間、エスタが振り返り、彼女を睨みつけた。
「うん…それは間違いないね。火柱が上がった時、ロゼ王子は自ら国王様の護衛を買って出た。そして俺は現場に向かったんだ。」
モスキーノの冷静な口調が、空気をさらに張り詰めさせる。
「おいてめえら…まさかロゼが犯人だって言うんじゃねえだろうな??」
エスタの形相は鬼そのものだった。
「エスタ君!私はそんなつもりで言ってない!そんな捉え方はやめて!」
ラーミアが強く言い返す。
「けど今現在、ロゼ王子の行方が分からなくなっているのは事実。疑われても仕方ないよねえ。直前まで会っていたのなら尚更…。」
バレンティノのその一言に、ついにエスタの怒りが爆発する。
剣を抜き、バレンティノに斬りかかった。
「やめろよエスタ!今はこんなことしてる場合じゃないだろ!?」
エンディが割って入り、二人の間に体を投げ出した。
「部外者はすっこんでろや!国王様が殺されて、ロゼが疑われて…黙ってられるわけねえだろ!?ロゼはそんなことする男じゃねえよ!」
「分かってる!ロゼ王子がそんな事するはずないって!俺もそう信じてる!気持ちはわかる、取り乱すのも無理はない!けど一旦落ち着け!これから何が起こるか分からない、もしかしたらもっと恐ろしいことが起きるかもしれない!だからこそ、まずは落ち着くべきだ!」
エンディの声が、広い玉座の間に響いた。
その間に、静かに一人の男が二人の間に入ってくる。
ポナパルトだった。
「いい加減にしろよてめえら。ここをどこだと思ってる?国王様の亡骸の前でみっともねえ真似するんじゃねえよ、殺されてえのか?」
ポナパルトは静かに、低く、しかし底知れぬ怒気を込めて言い放った。
その言葉に、エンディもエスタも凍りついた。
エスタはやがて剣をゆっくりと鞘に戻した。
「そうそう、今は内輪揉めしている場合じゃないでしょ?」
突如響いたその声は、場違いなほど陽気だった。
玉座の間の扉の前。
アベルが、いつの間にかそこに立っていた。
「窮地に立たされた時、いかに冷静でいられるか、
適切な対処を実行できるかで人間の真価は問われるものだよ?」
嘲るように笑いながら、彼は告げた。
「アルファ!?お前いつの間に??」
エンディは、まるで幽霊でも見たかのように言った。
「アルファ…ラベスタがあなたから攻撃を受けたと言っていたんだけど…本当なの?」
ラーミアの問いに、アベルは大げさにため息をついた。
「アルファじゃなくてアベルだってば…ラベスタさんにもそう伝えたはずなんだけどな?」
「フフフ…御託はいいよ。君がアルファだろうとアベルだろうとどっちでもいい。君は何者で、この事態についてどこまで知っているのか…話してくれるかな?」
バレンティノが静かに睨む。
「めんどくさいなあ。わざわざ君たちに話すことなんて何もないよ。そもそもそんな義理もないしね?」
「おいてめえ、調子に乗るなよ?」
エスタが再び剣を抜いた。
「あ〜怖い怖い。別に僕たちは君達と戦うつもりはないよ。今はね?だからそんなに構えないでよ。」
「僕たち?今は?何が言いたいんだ??」
エンディの声は、戸惑いと警戒に満ちていた。
「質問が多いなあ…てかエンディにそんなこと聞かれると笑っちゃうなあ、君はもうとっくの昔から”この件”に深く関わっているのに。まあ、記憶喪失なら仕方ないか。ねえ…兄さん?」
その一言で、空気が変わった。
アベルは笑ったまま、玉座の間の重厚な扉をちらりと見る。
扉が、ゆっくりと軋みを立てて開いていく。
その向こうに立っていたのは――
血の通わぬ、爬虫類のような瞳を持つ少年。
カインだった。




