疑惑の炎と落日
火柱の上がった現場に駆けつけたポナパルトとバレンティノの目の前には、すでに一人の男が立っていた。
モスキーノだった。
その視線の先には――地面に刻まれた、円形の焼け跡があった。
それはまるで、何かが静かに着地し、瞬時に消え去った証のようにも見えた。
「おうモスキーノ!お前も来てたのか!」
ポナパルトが声をかける。
だがモスキーノは返事をせず、じっと焼け跡を見つめていた。
彼の脳裏には、かつてジェシカから報告を受けた、ミルドニアの塔が謎の業火に包まれた話が過っていた。
そしてインドラの破壊光線が謎の炎で掻き消された事実。
それらが交錯し、不穏な輪郭を帯び始めていた。
眉間に刻まれた皺が、彼のただならぬ思考を物語っていた。
「――あれ!?3人ともここで何を!?」
息を切らし、エンディが到着した。
額には汗。シャツの襟元も濡れている。
「フフフ…君も来たのか。」
バレンティノが小さくつぶやいた。
「はい、この辺から火柱が上がったのが見えたので…あの、何が起きたんですか?」
「フフフ…分からないねえ。この焼け跡以外、何も残ってないからね。この辺りは人も滅多に通らないしねえ。」
バレンティノは言った。
口元はスカーフで隠れていたが、笑っているのが手に取るように分かった。
その笑みはどこか冷ややかで、冗談にしては背筋が寒くなる。
「ねえエンディ…カインがどこにいるか知らない?」
モスキーノがゆっくりと振り返った。
その顔は、いつもの能天気な笑顔ではなかった。
無表情。いや、冷徹だった。
その圧に、エンディは自然と萎縮した。
「俺も分からないんです。最近全く見かけてなくて…あの、カインが何か?」
「疑ってんだろ?カインのこと。」
ポナパルトが横から静かに言った。
まるで、その場の誰もが抱えた疑念を代弁するかのように。
「え?まさかこれがカインの仕業だって言うんですか!??」
エンディはまるで胸ぐらを掴まれたかのような声を出した。
「やっぱりあいつを野放しにするべきじゃなかったな…。これからカインの捜索にあたる。エンディ、お前にも協力してもらう。」
モスキーノの言葉に、エンディの顔が強張った。
「ちょっと待ってくださいよ!どうしてカインを疑うんですか!?」
その問いに、モスキーノは何も答えなかった。
そこへ、ジェシカとモエーネが駆けつける。
顔色は暗く、眉間に刻まれた緊張は尋常ではない。
「おう!何の用だ!?」
ポナパルトが言うと、ジェシカが静かに報告を始めた。
「一応報告しておこうかと思いまして…。火柱が上がる少し前に、ノヴァ兵長がこの辺りを一人で歩いているのが目撃されています。ノヴァ兵長はそれ以降、行方がわかっていません。それから…」
「それからなんだ!早く言え!」
ポナパルトの声音に苛立ちが混じる。
今度はモエーネが口を開いた。
「つい先程、演習場付近でラベスタ副兵長が血を流して倒れていると報告が入りました…。幸い命に別条はなく、今はラーミアが治療にあたっているそうです。」
「え!?ラベスタが??ついさっきまで一緒にいたぞ…何があったんだ!?」
エンディが思わず声を荒げる。
「それが…報告によると、意識を取り戻したラベスタが『アルファにやられた』って証言していたみたいで…。」
「アルファが…?嘘だろ??」
愕然とするエンディ。
「フフフ…アルファって誰なの?」
バレンティノが呑気そうに問いかける。
「最近王室で働き始めた新人の給仕です。私は彼と面識があるのですが、とても鈍臭くて常にオドオドしている男の子ですよ。ラベスタがあんなのにやられたなんて、とても信じられません…。」
ジェシカは混乱した様子で語る。
「そもそも、アルファはどうしてラベスタを…?」
モエーネは困惑を隠せず、首をかしげた。
「くそがっ!一体何がどうなっていやがるんだよ!?」
ついに、ポナパルトの怒鳴り声が炸裂する。
足元の砂が跳ね上がるほどの勢いだった。
「フフフ…これはただならぬ事態だねえ。」
バレンティノが腕を組みながら、まるで演劇の観客のような口調で呟く。
「すぐにカインとアルファってガキを探した方がよさそうだね。」モスキーノが冷酷な声色で言った。
「フフフ…それも大事だけど、まずは王宮近辺の警備を厳重にするべきでしょ。」
バレンティノの提案に、モスキーノがふっと笑った。
「…たしかに!さすがバレンティノ、冷静だね〜!」
少しずつ、現場が落ち着きを取り戻していく。
「とにかく!まずは国王様とロゼ王子、そんで市民たちの安全を最優先に動くぞ!エンディ!おめえはラーミアを守ってやれや!」
ポナパルトの一喝に、エンディが力強くうなずく。
「はい!」
「俺とバレンティノは王宮の警護にあたる!カインとアルファって小僧の捜索はモスキーノに任せる!」
ポナパルトがその場をきっちりと仕切る。
「エンディ、私たちはあなたと一緒にラーミアを守るわ。」
ジェシカとモエーネが、静かに寄り添うように言った。
「いや、お前らはロゼ王子のそばに居てあげた方が良くないか?」
「若にはエスタが付いてるから平気よ!それに、若はああ見えてすごく強いからね!」
ジェシカが笑って言うが、モエーネの眉間には不安の皺が寄っていた。
「いや、ラーミアとラベスタは俺が責任持って守るから大丈夫だ!モエーネ、ロゼ王子のことが心配なんだろ?そばに居てやれよ。ジェシカはノヴァを捜せばいいんじゃないか?」
エンディが静かに、だが真っ直ぐな目で二人を見つめてそう言った。
「エンディ…あなた1人で平気なの?」
モエーネの声が少し震える。
「俺は大丈夫だ!」
エンディは、まるで風を切るように即答した。
「おいてめえら!いつまでお喋りしてやがる!さっさとそれぞれの持ち場へ向かえや!」
ポナパルトが痺れを切らしたように怒鳴った。
だがその瞬間、誰もが思わず目を見開くことになる。
「えぇ!?ラーミア!?何してるの!?」
エンディは思わず間抜けな声を出した。
ラーミアが、顔を青ざめさせながら駆けてきたのだ。
その隣には、ラベスタの姿もあった。
少し顔色は悪いが、歩けるほどには回復している。
ジェシカとモエーネも言葉を失っていた。
「みんな…落ち着いて聞いてください…。さっき近衛騎士団の方から連絡が入って…」
ラーミアは息を整えながら、震える声で告げる。
「なんだ!?なにがあった!?」
ポナパルトの声が空を裂く。
「レガーロ国王様が…亡くなりました…。」
ラーミアは両手で口を覆い、涙が頬を伝って零れ落ちた。
あたりが一瞬で静まり返る。
エンディたちの表情から、色がスーッと引いていく。
まるで世界そのものが、音を立てて崩れたかのようだった。




