表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の風  作者: 夢氷 城
第1章
55/180

勝利の凱歌と神々の影


長い夜が明け、バレラルクの空に朝陽が昇った。


戦いの傷跡が残る城下町跡地は静寂に包まれ、仲間たちの絆が新たな希望を灯していた。


王宮とパニス町の間に位置する軍の収容所。

その一角に、毒ガス室と呼ばれる冷たい部屋があった。


天井には巨大な水栓シャワーのような装置が備わり、霧状の毒ガスを散布する仕組み。

罪人を一気に処刑するための、残酷な部屋だ。


そこには、旧ドアル軍の兵士とノヴァファミリーの構成員、約200名が収容されていた。


手錠も足枷もないが、絶望し、未来を諦めた彼らに戦う気力など既に無く、床にうずくまり、放心状態だった。


全ての者が一睡もせず、敗北感に打ちのめされていた。


「アズバールさんがやられたらしい…。」


「ギルド総帥とジャクソンさん死んだってよ。」


「俺たちこれからどうなるんだろう…。」


「全員処刑に決まってるだろ…。」


絶望が彼らの心を覆い、死を待つだけの空気が漂っていた。


そこへ、王室の給仕たちがぞろぞろと入ってきた。


先頭の三人が大きな寸胴鍋を運び、床に置いた。


ラーミアとアルファは、大量のパンが詰まったカゴを二人で抱えていた。


鍋からは、牛肉と野菜がゴロゴロ入ったビーフシチューの香りが立ち上った。

温かく、食欲をそそる匂いだった。


給仕たちはシチューとパンを丁寧に盛り、囚人たち一人一人に手渡した。


処刑を覚悟していた彼らは、予想外の出来事に呆然としたが、香りに誘われ、次々と食べ始めた。


「うまい…うまい!」


囚人たちの顔に、久々の幸福感が広がった。


「まだまだおかわりありますよー!」


アルファが元気いっぱいに笑顔で呼びかけた。

少年の明るさが、部屋の重い空気をほぐした。


「こんなうめえメシは久しぶりだろ?おめえらロクなもん食ってなさそうだったもんな。」


カツン、カツンと足音を響かせ、ロゼが堂々とガス室に入ってきた。

囚人たちは手を止め、緊張の目でロゼを見上げた。


「実はよ、昨夜から上層部とずっと話し合っててな、今しがたお前らの処分が決まったところだ。」


全員がゴクリと息を呑んだ。

食事の温かさも忘れ、凍りついた。


「急遽だが…新たな戦闘部隊が新設された!部隊の名はナカタム兵団!お前らには、そこに加入してもらう!」


ロゼの言葉に、囚人たちの頭が真っ白になった。

処刑ではなく、生かされる。

あまりにも予想外の展開だった。


そこへ、ノヴァとラベスタが現れ、ロゼの横に立った。


「兵長のノヴァだ。そして副兵長は隣にいるラベスタだ。これからよろしく頼む。」


ノヴァが真剣な顔で告げた。

ラベスタは無表情のまま、軽く頷いた。


「もう武器を手に取りたくない、って奴もいると思うが安心してくれ。働き口は俺が斡旋する。地方じゃ農業や漁業が深刻な若手不足らしいからな。」


ロゼの言葉に、納得できないドアル人たちが声を上げた。


「ちょっと待ってくれよ!俺たちは王宮を攻め落とそうとしたんだぞ!?普通処刑だろ!?」


「なんかおかしいぜ…何企んでやがる!」


ざわめきが広がった瞬間、ロゼが突如、彼らに対して深々と土下座した。


囚人たちは言葉を失い、部屋が静まり返った。


「おいおい…王子がそんなことしていいのか?」

ノヴァが呆れた口調で呟いた。


ラベスタは無表情のまま、じっと見つめていた。

実は内心では驚いていた。


「言いたいことも色々あるだろうが…納得してくれ。俺はもう争いたくないんだ。ここでお前ら全員を処刑したらまた新たな憎しみが生まれて、無益な殺し合いの火種になっちまう…俺はこの憎しみの連鎖を断ち切りたいんだ。」


ロゼの声は悲痛だったが、立ち上がると力強く続けた。


「復讐なんてやめろ…そんな綺麗事を言うつもりはねえ。だから、ナカタム人が憎いなら俺を殺してくれ!国に対する憎しみは全て俺にぶつけてくれ!今すぐ俺の首を狙っても構わねえ…俺は逃げも隠れもしねえからよ。」


ロゼの覚悟に、囚人たちの目に悲しみが宿った。


一国の王子が賊軍に頭を下げる。

前代未聞の光景が、彼らの心を動かした。


アズバールの恐怖に操られていた旧ドアル軍に、憎しみに取り憑かれた者はほとんどいなかった。


誰もロゼに刃を向ける者はいなかった。


「この中でまだ納得のいってねえやつはいるか!?いるなら遠慮なく言え!納得できたなら返事をしろ!」


ノヴァが威厳ある声で号令をかけた。

兵長としての貫禄が、部屋を圧した。


「はいっ!!」


旧ドアル軍の残党、ノヴァファミリーの面々が、一斉に返事をした。


プロント人や多様な民族が集まる彼らの顔は、まるで生まれ変わったように輝いていた。


許された慈悲に報い、新たな人生を歩もうとする意志が、魂の鼓動となって響いた。


「早速だがおめえらに任務を与える!もうすぐ国中の職人達が王宮に到着する。みんな城下町の復興作業に協力してくれるそうだ。お前らはその手伝いをしろ!まずは瓦礫の撤去作業からだ!飯を食ったらすぐ準備しろよ?」


ロゼが言い残し、部屋を出た。


「お前って本当に異色な王子だよな。」


ガス室の入り口で、エスタがロゼを待っていた。

どうやら、一部始終を見ていたようだ。


「おうエスタ!来てたのか!」


「あんな姿、ジェシカやモエーネが見たら発狂するぜ?」


「はははっ、かもな。ところでエスタ…昨日発見されたギルドの死体の件だが…あれやったのお前か?」


ロゼの鋭い眼差しに、エスタは平然と答えた。


「…そうだけど、なんか問題ある?」


「まあ別に咎めはしねえけどよ…ガキのうちからあんま人を殺しすぎるとロクな大人にならねえぜ?」


ロゼが半笑いで言うと、エスタは小さく頷いた。


「…肝に銘じておくよ。」


「まあ、程々にな?」


二人は軽い会話を交わしながら、収容所を後にした。


---


ロゼの居城の一室では、エンディはベッドに横たわっていた。

炊き出しを終えたラーミアがお見舞いに訪れていた。


「エンディ…勝手なことしてごめん…。」


ラーミアは、睡眠薬を使って皆を眠らせ、一人でインドラへ向かった自分を責めていた。

緊張した様子でエンディの顔色を窺った。


「ラーミア…無事でよかったよ。」

エンディは優しい笑顔で答えた。


思うところはあったが、仲間が無事で戦いが終わった。

それだけで十分だと心に言い聞かせていた。


ラーミアは彼の優しさに、胸を熱くした。


「よっ!元気い〜?」


「エンディ、元気そうね。」


モエーネとジェシカが果物カゴを手に部屋に入ってきた。


「元気だよ!全然大丈夫!昨日は急にぶっ倒れてみんなに心配かけちゃったな…色々あって疲れてたんだよ!」

エンディは明るく笑ったが、それは空元気だった。


ユドラ人とレムソフィア家の名を聞いた瞬間、脳裏に蘇った血まみれの男女の記憶。


あの光景は誰なのか?

自分が殺したのか?

過去の自分が何者だったのか?


考えれば考えるほど、頭が破裂しそうだった。

恐怖が手を震わせ、胸を締め付けた。


「エンディ?どうしたの?」


ラーミアが思いつめた表情に気づき、心配そうに声をかけた。


「なんでもないよ。それよりカインはどこにいるの?」


「それが、あいつどこにもいないのよ。」


「掴みどころのない男よね。顔だけはイケメンなんだけどね!あっ…もちろん、若の次にね?」


ジェシカとモエーネが呆れたように言った。


エンディは窓から青空を見上げ、突如雲隠れしたカインの身を案じた。


---


一方玉座の間では、レガーロとモスキーノが厳粛な空気の中で対峙していた。


「賊軍どもを迎え入れるとは…我が息子ながら何を考えているのかさっぱり分からんな。」

レガーロが頭を抱えた。


「いいんじゃないですか?これから起こる大きな戦いに備えて、兵を増やすのは得策だと思いますけどね。」

モスキーノの軽快な口調に、レガーロが目を細めた。


「何のことだ?」


「昨日、第五次世界戦争が本当の意味で終結しました。しかし本当の闘いはこれからですよ。世界戦争なんて、これから始まる巨大な戦いの序章に過ぎません。」


モスキーノの笑顔が消え、鋭い目つきに変わった。


「国王様…あなたは歴史上、初めて神々に反旗を翻した王族です。これからはひたすら修羅の道を邁進することになるでしょう。その御覚悟はおありですか?」


レガーロは顔色一つ変えず、厳格な眼差しで答えた。


言葉はなかったが、その瞳には、例え相手が神であろうと、ナカタム王国を蹂躙する者を迎え撃つ覚悟が宿っていた。


---


パニス町の高台に、カインが一人立っていた。

風に髪が揺れ、王宮を見下ろすその顔は、冷酷さと切なさが交錯する複雑な表情だった。


「呪われた黒い血が疼き出したか…エンディ。記憶が戻る日も近いかもな。」


独り言を呟き、彼は風に身を任せた。


輪廻の風 第一章 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ