独裁者の末路と真の支配者層
凍てつく森が、まるで星屑の海のように輝いていた。城下町を覆う木々が氷の彫刻と化し、月光の下で静かに佇む。
突然の寒さに、モエーネが叫んだ。
「ちょっと!何よこれ!?」
「何が起きたんだ…?」
ノヴァが困惑の目を森に注いだ。
いつも無表情のラベスタさえ、目を丸くして立ち尽くした程だ。
ジェシカとラーミアは言葉を失い、突如目の前に誕生した白銀の世界に息を呑んだ。
「モスキーノの野郎、派手にやりやがったな…!」
ロゼは苦笑いを漏らした。
気温が急降下したはずなのに、冷や汗すらかいた。
その凍てつく森の奥で、ギルドが這っていた。
インドラの墜落から辛うじて脱出したものの、全身に火傷を負い、両足は折れ、地面を匍匐前進していたのだ。
「くそっ!なんだよこの氷は…こんなところで死んでたまるか…!絶対に生き延びてナカタムをぶっ潰してやる…!諦めねえぞ…!」
ギルドの声は、プライドをズタズタにされた悔しさと、復讐の執念で震えていた。
だが、その背後に冷たい声が響いた。
「因果応報」
ギルドが慌てて振り返ると、剣を抜いたエスタがゆっくりと近づいてきた。
「誰だてめえ!?」
「善行も悪行も…自らの行いは必ず、巡り巡って自分に返ってくる。お前のように傲慢で狡猾な人間はロクな死に方をしない。」
「おいクソガキ!やめろっ!やめてくれ!」
ギルドが命乞いの叫びを上げたが、エスタの目は虫けらを見るように冷たかった。
「いつの時代も、独裁者の末路なんて哀れなものだな。」
エスタの剣が閃き、ギルドの首を一瞬で斬り落とした。
その刹那、凍てつく森がガラスのように砕け散った。
キラキラと光る氷の欠片が夜空に舞い、城下町は更地へと変貌した。
かつての賑わいは、跡形もなく消え去っていた。
「すげえぇ!!でも町が…。」
エンディはモスキーノの能力に興奮しながらも、失われた城下町を惜しむ複雑な表情を浮かべた。
「仕方ないよ〜。これから復興作業を頑張るしかないね!住民を避難させておいて良かった〜!」
モスキーノは気楽に笑った。
その軽さに、エンディは思わず苦笑した。
一方、アズバールは全身に凍傷を負い、肩で息をしながらモスキーノを睨みつけていた。
立っているのがやっとの状態だった。
「そんな怖い顔しないでよ。まあ、これで2回目だもんね〜、ウチの将帥にやられたの!そりゃプライドも傷つくよね〜。首の傷でも疼いてきた?」
モスキーノの煽る口調に、アズバールが苦しげに笑った。
「ククク…青二才が…言ってくれるじゃねえかよ。」
そこへ、ポナパルトとバレンティノが駆けつけた。
「おいモスキーノ!てめえ何勝手な事してやがんだぁ!?」
「フフフ…俺の出る幕はなかったみたいだねえ。」
続いて、ノヴァ、ラベスタ、ロゼ、ジェシカ、モエーネ、ラーミア、そしてナカタムの軍人たちが続々と集結した。
アズバールは完全に包囲されてしまった。
「観念しろアズバール。もうお前に逃げ場はない。死ぬ前に、マルジェラ君のことを教えろ。彼はお前を斬った後、一体どこに行った?」
モスキーノの顔が、殺意に満ちた悍ましいものへと変貌した。
さっきまでの無邪気な笑顔が嘘のよう。
この悪魔が乗り移ったような豹変ぶりは、彼を長年見てきた兵士たちですら、毎度肝を冷やしていた。
それは、同じ将帥の称号を持つバレンティノとパナパルトにすら、冷や汗をかかせるほど。
しかし、元来恐怖心が欠落しているアズバール動じず、冷たく答えた。
「ククク…知らねえなあ。」
「あっそう。じゃあ死ねよクズ。」
すると、モスキーノがアズバールを殺そうと一歩前進しようとした瞬間、エンディが叫んだ。
「ちょっと待ってください!!」
「は?何?」
モスキーノが恐ろしい目でエンディを睨んだ。
エンディは背筋が凍る思いだったが、勇気を振り絞ってアズバールに問いかけた。
「アズバール、結局お前の目的はなんだったんだ?4年前にドアル王国を滅ぼしたナカタムに復讐をする…本当にそれだけなのか?どうしてここまでラーミアに執着するんだ?」
全員が息を呑み、アズバールの答えを待った。
「ククク…復讐だと?俺はそんなもんに興味はねえよ。ドアル王国なんざ滅びようがどうでもいい。俺を動かしているのは"支配欲"のみ。気に食わねえ連中は全員ぶっ殺して…全部ぶっ壊して…世界の覇権を牛耳って…血と暴力に塗れた俺だけの世界を創る。この野望を叶えるためだけに…俺は今日まで生きてきた。」
「どうしてそんなことしたいんだ?」
エンディの純粋な問いに、アズバールが冷笑した。
「"力"ってのは使う人間と使われる人間しかいねえ。俺は力を使い支配する側の人間でいたい…ただそれだけのことだ。その為には邪魔者を皆殺しにする必要がある。そんな時、隣に人体の損傷を完璧に治癒できるその女がいれば、無敵だろ?」
アズバールがラーミアをギロリと睨むと、彼女はビクリと震えた。彼は続けた。
「俺は必ずこの世界の頂点に立つ。じゃなきゃ死んでも死に切れねえからな…。ユドラ人を屈服させ、神々の世界をも手中に収めてやる。世界の歯車はこの俺が廻すんだ…!」
「ユドラ人」という言葉に、ロゼがピクリと反応した。
「神々…?何言ってんだこいつ…。」
エンディは困惑した。
「はっ、何がユドラ人だよ。そんなもんお伽話だろ?実在するわけがねえ。」
ノヴァが嘲笑したが、ロゼが静かに口を開いた。
「いや、ユドラ人は実在する。」
その言葉に、兵士たちがざわつき始めた。
ノヴァも目を丸くした。
「あの、ユドラ人ってなんなんですか?」
エンディがモスキーノに尋ねた。
「太古の昔から世界全土に語り継がれている神話がある。それが世界神話…。ユドラ人はその神話に登場してくる"神の末裔"と謳われている種族だ。まさか実在するとは…。」
モスキーノの笑顔が消え、冷や汗が滲んだ。
「500年前…輪廻道開祖にして全知全能の唯一神、ユラノス命導師と、それに仕える10人の神官が、魔法族との戦いに敗れて死に、世界は闇に包まれた。その闇を振り払うべく、魔法族を討ち斃し、世界に再び光をもたらし、平和へと導いたのが、ユラノス命導師の子孫であるユドラ人だ。奴らは死者の魂を次の命に繋げる輪廻士と呼ばれる種族…。そのユドラ人を束ねているのがレムソフィア家…5世紀もの間、世界の歴史を陰から操り、世界の頂点に君臨し続けている謎の一族だ…。」
ロゼは動揺を抑え、冷静に語った。
「ユドラ人…輪廻士…レムソフィア家…。」
エンディがその言葉を反芻した瞬間、脳裏に閃光が走った。
血まみれの男女が地面に倒れる光景が、魂を締め付けた。
辛く、苦しい記憶が胸を抉り、心臓の鼓動がドクンと響いた。
汗が止まらず、過呼吸に襲われ、エンディは意識を失って地面に倒れた。
「エンディ!?」
ラーミアが慌てて駆け寄った。
「エンディ!どうした!?」
ロゼも心配そうに叫んだ。
辺りがざわつき始めた。
「ククク…このままじゃ終わらねえからな。てめえら全員、必ず殺してやる…震えて眠れよ?」
アズバールが酷薄な笑みを浮かべた瞬間、彼の体が樹木のように変形し、両足から地中へ潜っていった。
「待てコラァ!」
ポナパルトが拳を振り下ろし、大地を粉砕した。
亀裂が放射状に広がり、まるで地震のような揺れが森を震撼させた。
「フフフ…無駄なことはやめなよ。地中に逃げられたらもうどうにもできないよ。」
バレンティノは他人事のようにクスクス笑った。
「どうせあの体じゃ何もできないよ。まあ傷が回復してまた何か仕掛けてきてら、今度こそ俺が殺すけどね。」
モスキーノが自信満々に言うと、ポナパルトがイラついた。
「なんだよモスキーノ!えらく自信満々じゃねえかよ!?」
「だって俺、超強いもん?」
モスキーノの余裕の笑みに、ポナパルトが呆れたようにため息をついた。
バレンティノはクスクスと不敵に笑った。
「敵の大将は逃しちまったけどよお…この戦い、俺たちの勝ちだよな?」
ロゼが勝ち誇った笑みを浮かべ、仲間たちを見回した。
その言葉に、緊迫していた空気がふっと和らいだ。
軍人たちは肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべた。
ノヴァ、ラベスタ、ジェシカ、モエーネは気絶したエンディの元へ駆け寄った。
将帥の三人は、掴みどころのない表情で互いを見やり、何かを思案しているようだった。
「全軍引き上げ!!戦いはおわりだ!!」
ロゼが力強く号令をかけた。
ナカタム王国と旧ドアル軍の戦いは、ナカタムの勝利で終結した。
仲間たちの絆と魂の鼓動が、夜空に凱歌を響かせた。




