風と氷の交響曲
インドラを脱出した旧ドアル軍の兵士たちが、パラシュートで降下する中、ナカタムの兵士たちに次々と拘束された。
森は混乱の叫びと怒号で揺れていた。
ロゼたちは、インドラが墜落した現場へ急いだ。
炎と煙が立ち上る森の奥へ進む中、上空からパラシュートが舞い降りてきた。
目を凝らして見てみると、ラーミア、ノヴァ、ラベスタ、そしてダルマインの姿が月光に浮かんだ。
「あれ!?お前ら何してんだ!?」
ロゼが驚きの声を上げた。
「ラーミア!無事でよかった!」
モエーネがラーミアに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。ラーミアの頬に安堵の笑みが広がった。
「何があったの?」
ジェシカがノヴァとラベスタを見据えて尋ねた。
「墜落の原因は分からねえ。ただ、エンディがアズバールに連れて行かれたかもしれねえ。」
ノヴァの言葉に、ロゼたちの表情が凍りついた。
空気はより一層重たくなった。
「みんな、勝手なことしてごめんなさい…。」
ラーミアが申し訳なさそうに呟いたが、ロゼは鋭く手を振った。
「話は後だ!エンディが連れて行かれた方向へ案内してくれ!」
ノヴァとラベスタが頷き、先頭に立って森の奥へ走り出した。
ロゼ、ジェシカ、モエーネが後に続いた。
ダルマインはポツンと取り残され、呆然と立ち尽くしていた。
「ちょっと俺は墜落現場に行ってくる。」
エスタが静かに言い、単独でインドラの残骸へ向かった。
その小さな背中は、地獄にて咎人に審判を下す執行者のような威圧感を放っていた。
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一方、森の奥でエンディはアズバールと対峙していた。
だが、エンディはアズバールに近づくことすら出来ない。
四方八方から縦横無尽に襲い来る木の枝が、口から鋭い刃を突き出した蛇のように彼を追い詰める。
エンディは苦しげに息をしながらも、驚くほど軽やかに攻撃を回避していた。
まるで風そのものが彼を守っているかのように。
「ククク…俺とお前じゃ力の差が大きすぎる、天と地ほどもな。女1人守る為に、随分と無謀な真似をするんだな?」
アズバールの冷笑が森に響いた。
「無謀じゃねえよ。お前倒してこの戦いを終わらせるんだ!」
エンディの声は、揺るぎない決意で満ちていた。
「ククク…勇猛果敢…聞こえは良いが、お前はただ無駄死にするだけだぜ?」
「そんなのやってみなきゃ分からない。力の差がどれだけあったとしても、勝てる可能性が1%でもあるなら…頑張ってみる価値はあるだろ?」
エンディは誇らしげに笑った。
その笑顔が、アズバールの逆鱗に触れた。
眉間に深いシワが刻まれ、邪悪なオーラが彼から溢れ出した。
森が震え、木々が不気味にうねった。
突然、エンディの背後に三本の細い木が突き出し、獲物を締め殺す蛇のように彼の体を絡め取った。
身動きが封じられ、息さえ苦しくなる。
「おい…死ぬ前に答えろ。金髪のガキはどこにいる?」
「カインのことか?知らねえし、知ってても教えねえよ!」
エンディの強気な言葉に、アズバールの目が残忍に光った。
「ククク…あのイケ好かねえ金髪のガキ、カインっつうのか。それだけ知れりゃ十分だ。もうてめえに用はねえよ、ここで死ね。」
無数の木々が、鋭い槍となって、磁石の様にエンディに殺到した。
死が目前に迫る瞬間、エンディの心は悔しさで燃えていた。
間違いなく死ぬ。
エンディはそう確信した。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
無力な自分に激しい怒りを覚えた。
エンディは昔に比べて、生への執着心が強くなっていた。
生きたいという気持ちが、日増しに強くなっていたのだ。
それは、ここまでの旅路でたくさんの仲間に出会い、守りたいものができて、記憶喪失の自分と向き合おうという強い意志ができたからだ。
死にたくない。まだまだ生きたい。
やり残したことはたくさんある。
こんなところで死んでたまるか。
心から、そう思った。
だが、その刹那、エンディの全身から風が迸った。
まるで魂が歌うような、鋭くも美しい突風だった。
絡みつく木を切り裂き、襲い来る枝を木っ端微塵にした。
それはまさに風の刃、カマイタチだった。
これは、無意識に放たれた力だった。
風の刃はアズバールにも迫った。
彼は咄嗟に、地獄の門を彷彿とさせるような大木の盾を生やしたが、それは一瞬で切り裂かれ、アズバールの体に無数の斬り傷を刻んだ。
致命傷には至らなかったが、血が滴り、彼の顔は動揺に歪んだ。
「て…てめえ…異能者だったのか…。」
エンディ自身、何が起きたのか理解できていなかった。
呆然と立ち尽くす彼に、アズバールが血まみれの笑みを向けた。
「ククク…ただのガキだと思って油断したぜ。名を聞いておこうか?」
「エンディだ。」
「ククク…エンディか…覚えておくぜ。」
その瞬間、森の空気が変わった。
モスキーノが、まるで風に舞う葉のように現れたのだ。
「エンディ〜、只者じゃないとは思ってたけど、まさか異能者だったとはねえ!しかも風かぁ!」
ニコニコと無邪気な笑顔で、モスキーノが言った。
「てめえは…将帥のモスキーノだな?」
アズバールが警戒の目を向けた。
「そうだよ!初めましてだね!アズバールさん?」
「モスキーノさん!?どうしてここに?」
「楽しそうな気配がしたから来ちゃった!おかげで面白いものが見れたよ!」
モスキーノの子供のような笑みに、アズバールが哄笑した。
「ククク…運がいいぜ。将帥を1人ここで、殺せるんだからなあ!」
アズバールが狂信的な笑みを浮かべて吠えた瞬間、森が一斉にうねり、膨大な数の木々が波のように動き出した。
まるで、自然に宿る精霊の怒りを買ってしまったように。
幹や枝が、まるで生き物の群れのようにエンディとモスキーノに襲いかかった。
逃げ場のない絶望的な状況。
エンディの顔は青ざめていたが、モスキーノは微動だにしていなかった。
刹那、森が静寂に包まれた。
空気が冷え、息が白く凍る。
襲いかかる木々が一瞬にして氷の彫刻と化した。
城下町を覆う森全体が、まるで冬の王国のように輝いた。
アズバールもまた、氷の檻に閉じ込められ、動けなくなっていた。
エンディは言葉を失った。
凍てつく空気の中、美しくも厳かなで、神秘的な光景が広がっていたからだ。
「え…モ、モスキーノさんも、その…異能者ってやつですか?」
「そうだよ!エンディも俺みたいに、力をコントロールできるようにならないとね!」
モスキーノは、雪遊びをする子供のような無邪気な笑みで言った。
しかしその笑顔の裏には、狂気が見え隠れしていた。




