表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の風  作者: 夢氷 城
第1章
4/34

波動の涙 運命の目覚め



エンディの胸は、まるで嵐に翻弄される船のようだった。


少女と目が合った瞬間、稲妻が全身を貫き、魂の奥底で何かが砕け散った。


歓喜か、感動か、悲哀か。

その感情は、言葉で縛れぬほど深く、鳥肌が立つほど鮮烈だった。


なぜ泣いているのか、彼自身にもわからなかった。


涙は滝のように頬を流れ、心臓は星が爆ぜるように脈打った。


少女は、目の前で号泣するエンディを見上げ、呆然とした表情を浮かべた。


長い髪が海水に濡れ、儚げな顔は月光のように蒼白だった。


彼女の瞳が一瞬揺れ、そっと閉じられた。



「あ!」

エンディの心が凍りついた。

気絶したのか、それとも死んだのか。

考える間もなく、彼は少女を抱き上げ、走り出した。


冷たい雨が降り始めた。


海を離れ、麦畑と果樹園の間を抜ける畑道を突き進む。


泥濘む道を蹴り、町へと急ぐ。

日が沈み、雨はさらに強さを増していた。


通りには人影一つなく、ただ風と雨の唸りが響く。


だが、不思議と、冷たいはずの雨粒が肌に温かく感じられた。


まるで、遠い記憶の欠片が彼を包むように。


「病院はどこだ!」

気が動転し、町を走り回る。


濡れた髪が額に張り付き、視界を遮るが、少女を握る腕だけは決して緩まなかった。


どれほどの時が流れたか、ようやく小さな町医者の看板が目に入った。



「やった! もう大丈夫だからな!」

エンディは叫び、閉まったドアを勢いよく叩いた。

あまりの力に、木の扉が軋み、壊れそうになった。


「何だ、うるせえな! 今日はもう閉めてんだよ!」

ドアの向こうから、気怠い声が響く。


現れたのは、頭の禿げたビール腹の中年男。

苛立ちを隠さず、眉をひそめた。



「この子、沖合いで倒れてたんだ! 遭難者だ!助けてください!お願いします!」

エンディは完全に気が動転していた。



「遭難者だと? そりゃ大変だな…」

ドクターはエンディの勢いに圧され、渋々ながらも事態の重さを察した。


「分かったよ、診てやるよ。さっさと入れ」

小さな病院の扉が開く。


意外にも、屋内は清潔で整然としていた。


埃一つなく、器具や書類が几帳面に並ぶ。


エンディは心の中で呟いた。

『このオヤジ、見た目と違って几帳面だな』


玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。


受付の横には、待合室に長椅子が三列。

大人五人が座れるほどの広さだ。


受付を抜け、小さなドアを開けると診察室があった。


机にはカルテや医療器具が整然と並び、清潔感が漂う。


ドクターは少女をベッドに寝かせるよう指示した。


「こんなとこまで運んで疲れたろ。あとは俺が責任持って診る。お前は帰れ」



「え、いや、俺も…」


「何だ、しつこいな。じゃあ、待合室で待ってな」


エンディは診察室を出て、待合室の長椅子の端に腰を下ろした。


雨に濡れた身体が冷えるが、心は熱く燃えていた。



「頼む、無事でいてくれ」



初対面の少女。

言葉すら交わしていない。


それなのに、なぜこんなにも必死に祈るのか。


彼女の命が、なぜ自分の命よりも重く感じるのか。


エンディにはわからなかった。


ただ、魂の奥で、何かが響き合っていた。


二十分が経過した。

エンディにとっては永遠のように長く感じた。


ようやくドクターが診察室から出てくる。


「心配すんな。疲労と軽い栄養失調で寝込んでるだけだ。点滴を打って一晩寝りゃ元気になる。今夜はここで寝かしとく。お前も安心して帰れ」


「帰る家なんて…ないんだよ」

エンディの言葉に、ドクターは一瞬気まずそうに目を逸らした。


「そうなのか?」



「ごめん、だから今夜はここに泊めてくれ。この子も、目が覚めて知らない部屋にいたら驚くだろうし…俺がここで見ておくよ」


ドクターはため息をつき、肩をすくめた。


「分かった、好きにしろ。ただし!ウチは朝九時から営業開始だ。それまでには出てけよな?」


ドクターはそう言い残し、診察室脇の階段をドシドシと上っていった。


どうやら、その上階が住居らしい。


エンディは長椅子に座り直し、少女の無事を確認した安堵感に、ようやく息をついた。


だが、同時に、今日一日の疲れがどっと押し寄せた。




「濃い一日だったな…」


巨大熊を倒し、パウロの屋敷で気まずい歓迎を受け、少女を救った。


そして今、その見知らぬ少女の命を案じ、こんな場所にいる。


なぜ、あの瞬間、涙が溢れたのか。

あの「また会える?」という声は、風の囁きか、魂の呼び声か。



エンディの瞼が重くなる。記憶の彼方で、青空と黄金の太陽が揺らめく。あの血塗られた荒野の夢が、かすかに顔を覗かせた。


だが、今はただ、眠気が彼を包む。



この夜が、エンディの孤独な旅に、新たな光を投じることを、彼はまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ