炎と氷、一触即発
「フフフ…」
バレンティノの静かな笑い声は、まるで闇に響く毒蛇の舌。
切れ長の両眼は、獲物を玩ぶ猛獣の様に輝いていた。
モスキーノは半開きの瞳孔でカインを睨み続けていた。
「何が言いたい?」
カインの声は、凍てついた岩壁の反響のよう。
モスキーノが酷薄に切り込んだ。
「エンディの事情は分かった。だがお前の行動には信念が感じられない。無人島でひっそり暮らしてたお前がどうして出会って間もない、恩義もなければ素性も知れないエンディに協力した?何が目的でこの国に近づいた?答えろ。」
その言葉は、心臓を貫く氷の刃の如く鋭かった。
エンディが慌てて割って入った。
「違うんです、カインはその…なんて言うか、俺が無理矢理連れ回しちゃって…。」
その弁護は、嵐に抗う若木ののうに揺れめていた。
だが、モスキーノは更に畳み掛けた。
「塔の上層階も、随分と都合の良いタイミングで炎上したみたいだな。」
その疑念は、暗礁に潜む毒針の刺突。
「知らねえよ。誰かが火でもつけたんだろ?めんどくせえ勘繰りはやめてくれよ。」
カインは強気に返した。
その態度は、波濤を切り裂く鋼の舳先。
見かねたレガーロが一喝した。
「貴様らいい加減にしろ!ここをどこだと思っている!私の前で争うな!」
その声は、山脈が崩れる轟音の如く響いた。
モスキーノはリモコンの切り替えボタンを押された機械のように、瞬時にニコニコと豹変した。
「ごめんなさーい国王様!ついいつもの悪い癖が出ちゃいました〜!てへっ!カイン君も、突然ごめんね?」
モスキーノは軽快な口調で言った。
カインは面白くなさそうにプイッとそっぽを向き、再び無言になった。
「勘弁してくれよモスキーノ。お前本当にイカついぜ?」
「ったく、お前タチ悪すぎるぜ…まじでよ?」
ロゼとポナパルトの呆れ声は、嵐後の潮騒のように響いた。
エンディ、ラーミア、ジェシカは呆然としていた。
まるで霧に閉ざされた船乗りのように。
「フフフ…顔色ひとつ変えないとはねえ。」
バレンティノはボソッと呟いた。
モスキーノに殺気を降り注がれても、物怖じしなかったカインに感心しているようだ。
その感心は、闇に潜む猟師の賞賛。
「みんな、エンディとカインは俺が預かることになったんだ。責任持って面倒見るから心配しないでくれ!こいつらにはさっそく動いてもらう。」
ロゼは気持ちを切り替え、場を仕切るように言った。
「え!もう任務ですか!??」
エンディはワクワクしながら尋ねると、ロゼは頷いた。
「ああ。おそらく、ジェシカの裏切りはノヴァファミリーに既にバレてる。奴らは研ぎ澄まされた警戒心とその用意周到さで、軍や保安隊が総力をあげて調べても全くシッポを掴めない。そこでだ!お前らに連中のことを調べてもらいたい。どこにも属してないお前ら2人なら怪しまれずに動けるだろ?」
その指令は、暗闇に投じる松明の輝き。
エンディが勢いよく手を挙げる。
「はい!お任せください!!」
エンディは張り切って返事をする。
「カイン、エンディが1人で突っ走らねえようにしっかり見てやってくれよな?」
ロゼは念を押した。
「ああ、分かった。」
カインは相変わらず、無粋に答えた。
すると、サイゾーとクマシスがダルマインを連れて、玉座の間に入ってきた。
「国王様、ただいま戻りました!」
サイゾーは緊張した様子で叫んだ。
「ゲッ!さささ、3将帥?!!めんどくせえ奴らに会ったまったなあ!」
クマシスの驚愕のあまり、心の声を盛大に漏らしたが、お咎めなし。
「おお、早かったなお前ら。そいつはダルマインじゃねえかよ。」
ダルマインは手錠に縛られ、まるで生気を吸い尽くされた枯木の様に沈んでいた。
「ほう、その男がダルマインか。たしかラーミア誘拐の主犯格だったな。そんな外道を王宮に連れてくるな!早急に処刑しろ!」
レガーロは冷酷に見下ろしながら言った。
その命令は、刃が首を撫でる鋭さ。
「お任せください国王様!こいつは俺が殺してやりますよ!」
ポナパルトが吠えた。
その気迫は、戦鎚が岩を砕く轟音。
だが、ロゼが割って入る。
「待て待て落ち着け。こいつもこっちの手駒にしちまおう。ゴミだってリサイクルすれば役に立つだろ?」
「何が言いたい、放蕩息子よ。」
レガーロは不機嫌そうに尋ねた。
「うっせえよ、黙ってろクソ親父。なあダルマイン、お前今夜エンディ達とパニス町にいってノヴァファミリーを探ってもらえないか?」
「お待ちください若、この男は信用できません!」
ジェシカが異議を唱えた。
「いくらこいつでも、首の皮一枚でつながってる状況で下手な真似はしねえだろ。マフィアどもに顔が割れてるこいつは逆に利用できる。なあダルマイン、お前が役に立つ男だと証明してくれよ。そうすりゃ俺が免罪符切ってやってもいいぜ?」
その提案は、溺死寸前の者に命綱を投げる号令。
「勝手なことを言うな!」
「飾り物の国王様は黙ってろよ。」
苛立つレガーロを、ロゼは一喝した。
ロゼの反発は、雷霆が岩を割る閃光。
ダルマインの表情には、まるで枯れ木に芽吹く新緑の様に、みるみるうちに生気が蘇っていた。
「ロゼ王子、今ここに永遠の忠誠を誓います。わたくしこの命尽きるその時まで、貴方様の手となり足となり戦う所存でございます。忠義の証として、手始めにお靴をお舐め致しましょうか?」
ダルマインは手慣れた口八丁で場を乗り切ろうと、キリッとしていた。
「はあ〜…こいつは。」
エンディは呆れ返っていた。
「よし!じゃあ今夜19時にパニス町に集合な。あ、サイゾーとクマシス、お前らも来いよ。どうせ暇だろ?」
「しょ、承知致しました!」
唐突に任務を命じられたサイゾーは、吃りそうになるのを堪えながら返事をした。
「暇じゃねえよふざけンモゴゴォ…。」
うっかり本音を漏らしたクマシスの口を、サイゾーが命懸けで塞いだ。
「勝手にしろ。お前達もう下がれ。」
レガーロはうんざり吐き捨てた。
3将帥を先頭に、皆が玉座の間を後にした。
「エンディ、カイン。気をつけてね?」
ラーミアの心配は、船を送る灯台の光。
エンディが拳を握る。
「大丈夫だよ。よ〜し!やってやるぞお!」
エンディの気合いは充分過ぎるほど満ち足りていた。