花の都の光と闇
ジェット機の機内は、興奮と緊張の交錯する嵐の渦だった。
エンディは窓から地上を見下ろし、落ち着きのない様子でキョロキョロしていた。
「うお〜すげえ!!高え〜!速え〜!」
「うるせえな。静かにしてろよ。」
カインが冷たく言った。
「ごめん…。」
エンディはズーンとしょぼくれてしまった。
「まあまあカイン、そんなに怒らなくても。でもすごいスピードね?これならあっという間に着きそう!」
ラーミアが場を和ませる様に言った。
一方ジェシカは、コックピットでロゼに声をかけていた。
「若、操縦は私が…。向こうでお休みになっていてください。」
「だめだ!これは俺の愛機だぞ?俺以外のやつにハンドルは握らせねえ!」
ロゼの頑なな声は、まるで幼い子供のワガママの様だった。
ジェシカはため息をつき、ラーミアの隣に座った。
「はぁー、若のわがままにも困ったものだわ。ところであなた達、バレラルクに着いたらどうするつもり?」
ジェシカの問いの直後、エンディは目を輝かせた。
「そのことなんだけどさ、ジェシカ!おれ軍隊か近衛騎士団ってのに入ってみたい!いつでもラーミアを守れるようにもっと強くなりたいんだ!」
エンディは情熱を燃やすようにそう言うと、ラーミアの頬がほのかに赤らんだ。
「なるほどね。あなた達強そうだしいいんじゃない?保安隊には入りたくないの?」
「保安隊はなあ…あのサイゾーって人口うるさそうだし…。」
エンディの呟きは、彼がサイゾーに苦手意識を持っていることを周囲に露見させた。
「おい、何があなた達だ。俺はどこにも入隊する気なんてないぞ?」
カインが不機嫌に割って入った。
ジェシカが続けた。
「ふーん。まあ入隊しないにしても、何かしら仕事を見つけないとね。ところであなた達、出自は?」
その質問は、エンディが顔を曇らせた。
「ジェシカ、エンディは4年前から記憶喪失なの。」
ラーミアはやんわりとフォローした。
「あら、そんな事情があったの…。カインは?」
ジェシカは若干気まずそうにしながら、すぐに話題を変えるべくカインに話を振った。
「…答えたくない。答える義理もないしな。」
カインの言葉は、閉ざされた鉄の扉のようだった。
まるでとりつく島が無い。
「あっそ、あなたって本当に無愛想な男ね。」
ジェシカは呆れ返っていた。
カインはそっぽを向いたまま微動だにしなかった。
「おーい、もうすぐ着陸するからちゃんとシートベルト閉めとけよ?」
ロゼが軽快な口調で言った。
「え、もう着いたの!?」
エンディの驚きの声を上げると、ロゼは自慢げに笑った。
「当然だ、このジェット機は時速350キロだぜ?」
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ジェットは遂に、王都バレラルクの軍演習場の滑走路に降り立った。
演習中の軍人たちが戸惑いながらもゾロゾロと集まってきた。
「え?ロゼ王子!?」
「お帰りなさいませ!」
「随分とお早いご帰還で…あの、他の者達は?」
そのざわめきは、波が岩に打ち寄せる響きの様に広がった。
「おう、お疲れさん。ちょうど良かった、これ格納庫にしまっておいてくれよ。」
ロゼは軽やかに言った。
ジェット機を指差し、軍人たちに命じ、ロゼはエンディたちを連れて演習場を後にする。
王都バレラルクの城下町は、荘厳な石畳と清らかな河川が織りなす絵巻のようだった。
古代遺跡の影が街並みに溶け、まるで過去と現在が共鳴する楽曲みたいだ。
エンディの目は、初めて見る世界に奪われる。
「おお!ロゼ王子だ!」
「おーいみんな、ロゼ王子がお見えだぞ!」
「はあ…なんとご立派な佇まい…。」
「カッコいいー!」
国民の声援は、熱狂の波濤。
ロゼの背中に浴する光は、まるで王冠の輝き。
なぜかエンディまで照れ臭くなった。
「はあ〜毎度毎度困っちまうぜ、歩きづらくてしょうがねえ。」
ロゼは満更でもなさそうに言った。
彼は悪趣味な仮面を被って変装した。
「これなら誰も俺だって気がつかねえだろ?」
そのヘンテコなデザインに、ラーミアとジェシカは笑いを堪えていた。
まるで子供の悪戯に付き合う姉妹のように。
仮面の効果で、先程の喧騒は嘘のように霧の如く消えた。
静かな城下町を歩むエンディは、ふと違和感を覚えた。
「たしかに良い街だけど…なんか活気がないな。みんな顔に生気がない…。」
その呟きは、凪いだ海に投じた小石。
ロゼがピクッと振り返り、路地裏を指した。
「あれを見ろ。」
そこには、ガリガリに痩せた子供たちがうずくまり、汚れた老人が酒に溺れ、喧嘩が絶えない街のリアルな情景が、嫌でも目に留まった。
保安隊員が仲裁に走る。
突如、男の叫びが響く。
「おい!また首吊りだぞ!」
路地裏に若い男の首吊り死体。
群がる人々の声が刺さる。
「また自殺か…今週に入って何人目だよ?」
「可哀想に、まだ若いのに…。」
エンディは言葉を失った。
その衝撃は、まるで心に突き刺さる氷の棘。
ラーミアとジェシカも気持ちが沈み、夜の海底のように静かになった。
「貧しいだろ?戦争に勝ったところで、結局不況は終わらないし貧富の格差も縮まらない。幼い子供を苦しめ、人々の心を追い詰め、未来を担う若者が未来に絶望し、抗議することなく自ら命を絶つ。これが世界一の軍事大国、ナカタム王国の王都バレラルクの現実だ。」
ロゼは重く語った。
その背中は、悲壮な波濤に耐える岩礁。ロゼが続ける。
「国民がこんなに苦しんでるのに、王族や一部の軍人達は豊かな暮らしをしてるんだぜ?信じられるか?」
「え、どうして…?」
エンディの問いは、純粋な子供の瞳。
カインが冷たく答えた。
「税収だろ?国民から税金とらなきゃ国は維持できないもんな。」
その言葉は、冷たい海流の如く流れた。
ロゼの表情が曇る。
「ご名答。俺も飢えた人々から税金を巻き上げている側の人間だ。」
「若、そんな言い方なさらないでください!」
「そうですよ!ロゼ王子はちゃんと国民に寄り添える素晴らしい王子です!それはみんな分かってますよ?」
ジェシカとラーミアの擁護は、嵐を鎮める灯台の光。
ロゼの目が燃えた。
「愛国心を抱き、納税する事を誇りに思う。この国にはそんな国民1人もいねえんだよ。そんな国に未来はねえよ。だけどな、俺は絶対に諦めねえ。絶対にこの国を変えてやる。」
そう語ったロゼの両目には、強烈な灯火が宿っていた。
すると、エンディがロゼの前に立ち塞がった。
「ロゼ王子…おれ頭悪いし、どうしたら良いかよく分からないけど…おれ、ああいう人たちの力になりたい!弱い立場の人を救える人間になりたい!」
エンディもまた、ロゼに負けないくらい強い目をしていた。
ラーミアが続く。
「私も!力はないし、役に立てるか分からないけど…私に出来ることがあれば何でもお申し付けください!」
ジェシカも進み出る。
「私も、若の夢が叶うその日まで戦います。夢が叶った後も、この命尽きるまで若をお守りします!」
二人の声は、寄せる波と打ちつける岩の協奏曲みたいだった。
カインは無言のまま。
この現状を見て、一体何を思い、何を考えているのか、皆目見当も付かないような顔をしている。
ロゼは嬉しそうにはにかんだ。
「この国も、まだまだ捨てたもんじゃねえな。お前らしっかり俺に着いて来いよ?」
その言葉は、希望の帆を掲げる船の号令。
一同は王宮の門前に辿り着いた。
その門は、まるで新たな運命の扉を開く巨人の口。




