世にも珍しき武闘派王子
インダス艦の船長室は、ビーフカレーの香りと笑顔で満たされていた。
男性陣は食後の満足に身を委ね、まったりとくつろぐ。
ラーミアとジェシカは厨房で洗い物を進め、ダルマインはテーブルで爆睡。
エンディは元気を取り戻し、鍋を手に取った。
「俺も手伝うよ!」
その声は、まるで朝陽が新たな力を宿すようだった。
ラーミアが小声で囁いた。
「ねえ、エンディ?」
「ん、なに?」
「前に提督さんの部下たちに撃たれそうになった時のこと覚えてる?あの時…どうやって弾丸を跳ね返したの?」
「え、そんなことあったっけ?よく覚えてないな…。」
エンディの無垢な答えに、ラーミアは心の中で呟く。やっぱり無意識だったんだ、と。
一方でジェシカは皿を洗いながら、塔の炎を思い出し、シビアな表情を浮かべていた。
すると、突如轟音が艦を揺らした。
砲撃音が空を切り裂き、インダス艦が激しく震動したのだ。
「うおおおぉぉ!追手がきたぁ!こ、殺されるうぅっ!」
ダルマインは飛び起き、テーブルの下でガタガタ震え始めた。
その姿は、まるで嵐に怯える子犬のようだ。
エンディはよろけるラーミアを優しく、紳士的に支えた。
カインとジェシカが甲板に飛び出した。
「ラーミアはここにいて!」
エンディはそう叫び、二人を追った。
ジェシカの部下も後に続いた。
甲板に立つと、巨大な軍艦が視界を圧する。
「え?これ、バダリューダ号じゃない!」
ジェシカが叫んだ。
バダリューダ号がインダス艦に幅寄せし、サイゾーとクマシスが先陣を切って乗り込んできた。
「貴様ら旧ドアル軍だな!?おとなしく投降しろ!」
二人に続き、20人の連合軍の戦闘員が機関銃を手に突入してきた。
インダス艦には砲撃による大きな穴が開き、海水が侵入していた。
沈没まで秒読みだ。
緊張が空気を支配した。
だが、ラーミアが甲板に現れると、状況が一変した。
「あれ?サイゾーさんにクマシスさん!?」
「え!?ラーミア!?どうしてここに!?」
サイゾーは驚愕し、状況が読み込めず、一瞬頭が真っ白になった。
ラーミアが必死に説明した。
「待ってみんな、違うの!この人たち私を助けてくれたの!今みんなでバレラルクに向かってるところよ!」
殺気立っていた連合軍の兵士たちは思わぬ事態に困惑し、戸惑いの波が広がっていた。
そうこうしているうちに、インダス艦は徐々に海に沈んでいった。
「と、とにかくラーミア!こっちに来い!」
「え?隊長、ラーミアを捕獲したって事はつまり…ミルドニアまで行かなくていいって事ですか!!」
クマシスの顔がパッと明るくなった。
先程までの憂鬱そうな表情が嘘のように。
「そういうことになるな…全軍引き上げ!これからバレラルクに戻るぞ!」
サイゾーの号令に、兵士たちは拍子抜けしながらも、すんなり撤退した。
サイゾーも、内心安堵していた。
戦闘をする必要性がなくなったからだ。
「砲撃して悪かった。まさかお前が乗ってるとは思わなくてな。とにかく、バダリューダ号に移ってくれ!」
「分かりました。あの…この人たちも一緒に連れてってもらえませんか?」
「ああ、そのつもりだ。色々と聞きたい事があるしな。」
サイゾーの視線は、エンディたちを鋭く貫いた。
避難用はしごを一列で渡り、全員がバダリューダ号へ移った。
「グスン…俺様のインダス艦が…。」
どさくさに紛れてはしごを渡るダルマインを見たサイゾーは、思わず叫んだ。
「貴様っ、ダルマイン!!」
兵士たちが一斉に飛びかかり、ダルマインを結束バンドで拘束した。
ダルマインは必死に命乞いをした。
「ちょっと待てよおめえら!確かに俺様はラーミアを誘拐したが、もう改心したんだ!その証拠にラーミアを無事バレラルクまで送り届けようとしてたじゃねえか!おい、おめえらも証言してくれよ!」
「いや、こいつは捕まえておいた方がいい気がするな…。」
エンディの苦笑いをしながら言った。
ラーミアが続ける。
「提督さん、しっかり反省しないとね。」
「ちくしょう〜、もう俺様の人生は終わりだ…。」
ダルマインの絶望は、まるで海底に沈む船のようだった。
「隊長…この女見たことあります。確かノヴァファミリー大幹部のジェシカですよ。」
クマシスがボソッと呟いた。
「なに?本当か?」
サイゾーはジェシカを凝視した。
「本当よ。だったら何?」
ジェシカの反抗的且つ好戦的な態度で言った。
「ジェシカ、煽らないで!サイゾーさん、ジェシカは悪い人じゃないわ?」
ラーミアの声は、まるで波を鎮める光の様だった。
サイゾーは警戒心を募らせながらジェシカに近付いた。
「おいジェシカとやら、お前らミルドニアで何をしていた?ラーミアを助けたのはどういう風の吹き回しだ?答えろ。」
「あなたごときに教える事は何もないわ。」
ジェシカはそう言い終えると、プイッとそっぽを向いた。強気な態度を崩す気配は一向に見られなかった。
「なんだと?マフィアごときが誰に口を聞いている?」
サイゾーはまんまとジェシカの挑発に乗り、苛立ちを募らせていた。
ジェシカの部下の四人は、怯えてオドオドしていた。
「おいおい、みんなちょっと落ち着けよ。」
「そうよ、一旦話し合いましょ?」
エンディとラーミアは場を鎮めようと奔走した。
一方カインは、呆れた視線を投げるのみ。
「おいおいおい…なんの騒ぎだあ?」
すると、奥からいかにも軽薄そうな若い男が現れ、喧嘩の仲裁に入るようにツカツカと歩いてきた。
「あっ…。」
ラーミアの驚きの声をあげた。
どうやら、この男と顔馴染みのようだ。
「厳ついなあ…ここまで来てバレラルクに引き返すのかよ。せっかくミルドニアで大暴れしようと思ってたのによぉ。なあ、どうなってんだよ…ジェシカ?」
男の言葉に、何故かジェシカは即座に跪いた。
サイゾーとクマシスは唖然とする。
「あわわわわ…。ピンク色の髪…右目の下に2つの涙ボクロ…背中にでかい槍…その男は……ナカタム王国王子、ウィルアート・ロゼ…!」
ダルマインは声を震わせ、怯えていた。
「え〜〜!王子様〜!??」
エンディの驚愕は、まるで雷に打たれた叫びの様だった。
部下たちは慌てふためく。
「え?なに?何なのこの状況?全然意味がわからないんだが!?」
クマシスは軽くパニックを起こしていた。
サイゾーが恐る恐る問尋ねた。
「あの…ロゼ王子。なぜマフィアの大幹部であるこの女が、貴方様に頭を垂れているのでしょうか…?」
「ん?こいつは俺がノヴァファミリーに送り込んだスパイだよ。俺が全幅の信頼を置いている3人の腹心のうちの1人だ。」
ロゼは軽快な口調で、しれっと衝撃的な事実を暴露した。
一同は一斉に叫ぶ。
「ええぇぇーーーっ!??」
いつもクールなカインでさえ、微かに動揺していた。